Page33:過去と私と
SIDE:Aoka
目前で広がる火炎の大惨事には目を背けて荒神さんをチラリと盗み見てみる。
その視線は確かにユーキの方へと向かっているが、どこか違う場所を見ているような気がした。
「えっと、お父さんのことを聞いてもいいですか?」
「ん? まあ話せることは少ないかもしれねえが」
声をかけてみるとしっかりと反応してくれた。
どうにも切り替えは上手らしい。
「その、お父さんって、どんな人でした?」
一番聞きたいことを聞いてみる。
イリスさんにも聞いたけど、どうにも抽象的というか子供っぽい言い方しかしなかったからさっぱり分からなかった。
うん、まあ。大切に思われてたっていうのはよく分かったんだけれども。
「あー……、そうだな。始めは変な奴だって思った」
「次はおせっかいな野郎だって変わった」
「最後はやっぱり変な奴だった」
「変な奴って……」
自分のイメージからすれば変とは真逆の位置にいたので少し困惑してしまう。
「変な奴さ。腐っていくだけの俺を拉致って、旅して、戦争を止めて――」
「……」
荒神さんはさっきみたいに遠い目をしていた。
ここではないどこかを思い馳せているのだろう。
少し、安心した。いや、こんなことを思うのは私的にはあんまりよろしくなかったりするのだが。
自分の父親が、どんな理由かも分からず友人の命を狙っているだなんて話は信じたくない。
この眼で見ているとしても、だ。
だから安心したというのはやっぱり私の偽らざる本心なのだろう。
「まあ、出会いはいいか。メンバーは知ってるよな? アイツにイリスにヴェルンに俺とアニマとティーロ。……冷静に考えてみりゃスゲーメンバーだな。馬鹿みてーに力を持った3人と人外2人に俺か」
なんかもう突っ込みを入れたい。
「そうそう、イリスとヴェルンは双子だったか。似てるけど似てない、似てないけど似てるみたいな奴らでな。あいつらの喧嘩を静めるのは暁の役目だったな」
双子?
……たしか、あのときユーキは――。
「イリスとか性格はあんなんだけど、見た目は美人だろ? だから最初にあの姉妹見たときは女神が直々にお迎えに来たのかと思ったぜ。……そんな幻想はぶち壊されたが」
ああ、それは素直に共感できる。
見たことも無いような美人さんが色々と台無しな言葉をポンポン口に出すのだ。
でもそんなことは基本的にユーキの前でしか見なかったけど。
「思えばいろんなとこ行ったな。山を越えて、海を越えて。どこぞの国の王様の寝室に忍び込んだこともあったな。山の上の龍に会いに行ったりもした」
話す内容はどれもまるで絵本の物語のようである。
「暁は生真面目な奴でな。よくイリスとヴェルンに遊ばれてたよ。他の奴等はその姿を見て微笑ましく思ったもんだ」
思わず顔が綻んだ。
小さな頃の記憶も殆ど薄れ、強烈に記憶に残っているのはユーキに向けた剣と拒絶する背中、押し殺した冷たい声だけだから。
「だが、ある日を境に変わっていった」
荒神さんの声のトーンが一段落ちる。
「暁の奴、寝てなかった、いや、眠れなかったんだろうな。目つきが日を増すごとに悪くなっていってよ。そのうちイリスとヴェルンの口数も減っていった」
「……」
そこには押さえ込んだ怒りのような感情が秘められていて――。
「あいつらさ、そんな状態でも笑うんだよ。何でもない、心配ない、ってよ。……まあ、素直に話してくれてたって、俺らには何も出来なかっただろうがな」
同時に、どうしようもない悲しみを含んでいた。
荒神さんが空を見上げるのに釣られ、同じ様に顔を上げる。
「……」
「……」
沈黙。
嫌な沈黙ではないけれど、空気が少し重いのも確かである。
「悪いな、なんか嫌な話になっちまって」
「いえ……、今話してくれたことも、私は何も知らなかったから……」
最後に何があったのか話してくれなかったけど、荒神さんにしても私にしてもいい話ではないのだろう。
眼を閉じて、まぶたの裏に映し出されるのはぼんやりとした記憶。
書斎で父の背中を見つめる私。
隣へ駆け寄って、手元を覗き込んで、びっしりと書き込まれたメモ帳のようなものを持っていて。
私に気付いて向けた顔は――泣いて、いた?
「いやあ、ないかなー」
「? どうした?」
記憶への否定の言葉が口に出ていたみたいだ。
荒神さんに変な目で見られてしまった。
はぁー、でも記憶のなかでもお父さんが泣いてるってありえないと思うんだけどな。捏造でもしたかな?
……逆に考えて私のお父さんに対するイメージは泣くことなんてありえないって思っているんだから本当にあったことなのかな?
「まあ、パッと言えるのはこんなもんか。細かく話すとなると俺の頭じゃまとめきれないしな」
「魔術のほうに割合当てすぎなんじゃないですか?」
「あー、有り得なくもない、か?」
冗談を言ってみたのにちょっと深刻な表情で返された。
「さすがトップレベルの魔術師、日常に支障が出るほどの魔術馬鹿だとは……! ってそんなこと考えてたりするか?」
「あんまり自分でトップレベルとか言うものじゃないと思います。事実ですけど」
おちゃらけた雰囲気に戻った荒神さんは先程までと同一人物とは思えないほどに気を抜かしていた。
ここまでくると切り替えが上手すぎるのもどうなのか悩むところだね。
「さて、あいつは――、案外頑張った方か」
「え? ああっ!?」
地面は抉れ、焦げた臭いと熱気が立ち込める中心に倒れた姿。
慌てて駆け寄り口元に手を当てて呼吸をしているかを確かめる。
……大丈夫。息もしているし脈も弱くはない。
ただ服に焦げ目が目立つから、体の方も火傷があるかもしれない。
『柔らかな白。水と混ざり彼を癒したまえ』
体の中で透き通った白と水色を混ぜ合わせるイメージ。
イメージはそのまま確かな形となって効果を表した。
癒の魔術の練習をしといて良かったと思う。
今はイリスさんがいるからそれほど心配していないけど、彼女と別行動になったときとかのために暇なときにやっていたのがこんなにも早く役に立つとは思ってもいなかった。
「……そうだよな」
「はい? 何か言いました?」
「いや、なんでもねえよ」
荒神さんに視線を向けて尋ねてみるが溜息とともに返されてしまった。
何か呟いていたと思ったんだけど、気のせいだったのかな?
「ん……、んあ?」
「あ、起きた。大丈夫? 私のこと分かる?」
ユーキの顔の前で手をひらひらと振ってみる。
まだボーっとしているようだけど火傷は大体治っているはず。
やっぱり、と言うべきか手加減はされていたみたいで体にはそれほどダメージはなかった。
「んん? っかしーな。結構本気で術式構成組んだんだが……」
「はい?」
今の話が本当だとすると、手加減されて怪我が少ないんじゃなくて、ユーキが頑張ったってこと?
「で? おう、どうだったよ?」
「あー……、死ぬかと思った」
そりゃあそうだろう。
これで余裕とか言ったらどんな化け物かって話だよね。
「というかどのあたりが"魔術の使い方を教える"なんだよ。ただのイジメじゃねえか」
「荒療治のほうが俺も面倒じゃねえし。なにより死に物狂いで頑張るしな」
確かにそっちの方が効果はあると思うけれども、死んじゃったら元も子もないんじゃないかなとも思う。
「で、他に気付いた事とかねーのか?」
「……あんたら相手に抵抗もクソもねえな。紙の様に吹き飛ばされるだけだ」
まあ、ユーキはド素人だしねえ。
出力上げたってどうしようもないでしょ。
「だろうな。お前らと一緒にいたでけえ男くらいでようやくまともに機能し始めるってところだろ」
「くそっ、手詰まり感が半端ねえな。自分だけ防具を装備できないRPGやってるようなもんだぞ」
「?」
ユーキはたまによく分からないことを言う。
とはいえそこそこ慣れたし言及もしないのだけれど。
「一撃貰ったら死ぬゲーム……。攻撃を避けるか、攻撃される前にやるかしかないか」
「お前に今ある選択肢はその2つだな。ここまでレベルが違うと基本的には小細工すら無意味だ」
「……やられるまえに殺れ、だな」
何かを諦めたような表情で溜息を1つ吐き、その顔を凛とした表情に変える。
うん、こうやって真面目な顔をしていればかっこいいのにね。
「決まりだな。瞬間火力上げるための練習法教えてやるよ」
「……イリスと同じ内容だったら思いっきり笑ってやろう」
おっと、私もユーキの話ばかり聞いてないで自分の練習しなきゃ。
「えーっと、まず集中」
まずなによりもこれだそうだ。
集中さえ出来ていれば多少構成が無茶苦茶であってもどうにかなる、だそうで。
「次にイメージ」
結果を思い描くことが大切だと言っていた。
自分には出来ると思い込むこと。
「魔力の練り上げ」
深呼吸をしながら、自分の中の一番奥深くでゆっくりと魔力を燃やし続ける。
「留めて――」
練り上げた魔力を右手に移動させて漏れ出さないように留める。
ギチリ、と腕が軋む感覚。
まだ。イリスさんに魔力を無理矢理流し込まれたときのように限界を超えるつもりで。
歯を食いしばる。
腕が張り裂けそう。
もう、限界っ!
『放つ!』
自分が出来るギリギリまで小さく絞った魔術陣を指先に展開して一気に魔力を吐き出す。
全身の力が抜けてしまい、思わずへたり込む。
教えてもらってから初めてやってみたけど、こんなに辛いものとは思わなかったなあ。
いやいや、駄目駄目。
こんなことくらいで弱音を吐いてたらユーキに示しがつかないし!
負けられないし!
「……私はなにと張り合ってるんだか」
1つ溜息を吐いて肩を落とす。
荒神さんとなにやら話をしているユーキを見る。
ユーキは無茶をしているし、きっとこれからもそうするだろう。
支えてあげたい。
頼って欲しい。
「私だって、力になりたい」
脚に力を入れて、立ち上がる。
燃え上がれ。
凍りつけ。
吹き荒れろ。
なんだっていい。
ユーキたちの、ユーキの力になれるなら――!
「なんだっては出来ないけど、出来る範囲内ならやるんだから――っ!」
この思いを全部。
――集中しろ。
――練り上げろ。
――絞れ。
全部、魔力に乗せて吐き出してしまえっ!
突き出した手の先の魔法陣から放たれた光が視界を染める。
光は一瞬。
すぐに今まで見た光景が目に映し出された。
我に返ったせいか、どっと疲労感が押し寄せてくる。
うん、もう無理。立っていられない。
尻餅をつくようにその場に座り込む。
……なにやら視線を感じる。
ここにいるのは私たちだけ。
つまりはあの2人だと思って顔を向けると呆然とこちらを見ていた。
「……えっと」
「いやいやいやいや、なんでもない」
ユーキは首を横にブンブンと振るだけであった。
「荒神さん」
「まあ、なんだ、その、悩みとかあったら誰かに相談するといいと思うぜ……?」
「なんでそんな話が出てくるんですか!?」
集中してたときになにかやらかしてしまったんだろうか。
ユーキと荒神さんの生暖かい視線が痛い。
視線から逃げるように顔を背けると目の前の惨状が眼に映った。
山に面していた広場で、私の目の前はその山の壁面だったのだがそこに浅くない穿った様な穴が空いていた。
……なにこれ。え、これやったの私?
さっきの練習でこんな風になったってこと?
一応間違いがないかユーキたちに振り返ってみる。
2人とも頷くだけである。
……どういうことなのさ。
首を捻って考えてみるけれど分からない。
まさか、さっきのモヤモヤとした状態で撃ったのがこんなに威力が出るだなんて思えないし。
……うん、見なかったことにしよう。
いや、この穴はもともと空いてたんだよ。きっと、たぶん。
「でも、悩みか……」
1人だけで悩んでたって仕方ないこともあるけれど、別にそんなに大きな悩みは……。
と、そこまで考えてユーキをチラリと見る。
うん、まあ色々な意味で悩みの種ではあるけど相談できるようなことでもない。
というか相談したくない。からかわれる事が分かりきっている。
「おい蒼香、大丈夫か? 目が死んでるぞ」
うふふー、と虚ろな笑いを浮かべていたら本格的にユーキに心配された。
いけないいけない、だいぶユーキに毒されてきてるね。
……うん、まあ。
もうちょっと親密になれたら、相談しても、いいよね?