Page31:ヒントとピースメーカーと
道中にある村に立ち寄って補給しながらおよそ12日。
山のふもと一帯と少し登ったところにまで広がる街並み。
鉱石と風の街、セレスパルナッソスまでやってきた、のだが。
「……飛竜?」
明らかに鳥ではありえない大きさの生き物が山の上空を飛んでいる。
それも複数匹。
「ここの名物の翼竜だ。あれで山を越える」
まじかよ。
事故とか無かったんだろうか。
主に翼竜に食べられるとか。
「ここの翼竜は生まれた時から人と一緒にいるから自分から人を襲うことはないんだってさ」
蒼華が街に入る時にもらったパンフレット片手に説明してくれる。
山と翼竜のおかげで観光名所でもあると。
「生まれた時からって……。そんな前から続いてるのか?」
そもそも人と竜じゃ寿命が違うだろうに。
今山の上を飛んでいる竜だって100年くらい軽く生きてそうだしな。
「人と竜がこの街を創ったんだとよ。ここの関係はこの街が出来た時から続いてる」
人と竜がねえ。
竜ってのは多分長生きなんだろうし、知識を蓄えて人と意思疎通が出来る奴がいたんだろうな。
そのうち人の言葉を発する竜ってのも見れるかも知れないな。
「ほれ、まずは宿だ。呆けてねえで行くぞ!」
おっさんに背中を叩かれて歩きだす。
蒼香は見たことのない風景に目を輝かせながらお上りさんの様にキョロキョロと忙しなく辺りを見回している。
俺もやりたい気持ちは山々あるが、蒼香を見ていると少し恥ずかしいので自重しておこう。
「宿の後は酒場か」
「ひと時の楽園亭だね」
携帯に送られてきたメッセージ。
それの意味するものは何か。
トラブルじゃなければいいんだけどな。
「……俺は外しておいた方が良いか?」
「変な気使わなくてもいいっつの」
おっさんが恐る恐る聞いてきたので答えを返す。
思えばおっさんはまるで関係ないんだから巻き込む前に別れた方がいいんだろうか。
うーむ、後でおっさんに意思確認しておかないとまずいな。
やれやれ、面倒事が多すぎるっつの。
ギィ、と見た目通りの古びた音を立てながら木製の扉が開く。
中から聞こえてくるのは随分と楽しそうな声だった。
昼間だからなのかも知れないが、あまり酒場という感じはしない。
「いらっしゃい! あ、初めての人ね。席は自由にどうぞ」
看板娘というやつだな。
顔良し、スタイル良し。87点。
そんなことを思っていたら蒼香に小突かれた。
俺はそんなに分かりやすいんだろうか。
「ユウキ。言っちゃあなんだが、見すぎだ。俺でも分かる」
「ああ、なるほど」
それは相手にも失礼だし、気をつけよう。
さてさて、件の一番奥のテーブルは、と。
昼間から酒盛りしている男たちや遅めの昼食を取っている女性たちを横目で見ながら店の奥へと進む。
――いた。
見た目は少女。黒を基調としたゴスロリ?の服を着ている。
髪の色は薄い紫。黒猫を抱きかかえて大変可愛らしいとは思うのだが……。
――キモチワルイ。
少女の佇まいというか、雰囲気というか。
あの黒に少しだけ青が混ざった様な色の魔力も。
何と言えばいいのか分からないが、少女に近付くことを体が拒絶している。
「ユーキ?」
誰かが俺を呼ぶが、それに反応することが出来ない。
今すぐにでもここから逃げ出したい。だがそれをなんとか押し込んで踏み止まる。
俺を呼ぶ声に反応したのか少女がこちらに視線を向けて、静かに嗤った。
「あ……。――オイシソウ」
――ッ!!
一瞬にして総毛立ち、声にならない叫び声を上げる。
後ろへ跳んで、強く何かにぶつかる。関係ない。
少しでもあの少女から離れないと――!
「こーら、止めなさい」
イリスがやんわりと少女の肩を叩いて止める。
少女は些か不服そうではあるが、イリスに向き直って話し始めた。
「大丈夫か?」
すぐ後ろから野太い声がする。
どうやら先ほど後ろに跳んだときにおっさんの体に突っ込んだようだ。
肩を抑えるようにして支えられていた。
「……大丈夫じゃねえよ」
それだけ返す。
むしろなんでおっさんや蒼華が平気なのかが分からん。
蒼香は俺よりも少女に近いところにいるのに不思議そうに俺を見ているだけ。
「……冗談。……からかっただけ」
少女がポツリポツリと言葉をこぼすが嘘にしか聞こえん。
本気で食われるかと思ったっつの。
「……でも、美味しそうっていうのは本当」
「勇輝、この子と二人きりにならないほうがいいわよ。性的な意味とそうでない意味の両方で食べられるから」
イリスの言葉を聞いて吹き出した。
そんな見た目11,12歳の少女に襲われて死ぬエンディングは嫌だぞ。
「……嬉しい?」
抱えている黒猫と一緒に首を傾けて聞いてくる。
これだけ見ればただの少女なんだけどな。
……まあ質問の内容は少女がするもんじゃないが。
「いや、そうでもない」
「……残念」
本当に残念そうに眼を伏せるが、「殺してあげるよ、嬉しい?」などと聞かれて嬉しいと答える人はごく少数なんですよ。
「ほらほら座って座って。あ、アニマ1人だけ?」
「……違う。荒神、一緒……」
イリスが少女の隣に座り、俺たちにも座れと促してくる。
そんなことより、今アニマって言ったよな?
それにその当人も荒神って。
これってもしかしなくても――。
「自己紹介、遅れた……。ピースメーカー、“悪食”のアニマ、です」
「ああ、うん。ユーキです」
「蒼香です」
「バルドスだ」
先ほどのやり取りが普通の様に思える。
やっぱり何か突出して凄い人ってのはどこかおかしかったりするんだろうか。
しかし、人も食うのか……。恐ろしい。
「あ……、誰彼かまわず食べるわけじゃ、ない、よ?」
「どうしてそこで疑問形になるのか」
しかも安心できるような内容じゃねえし。
はた、とそういえば普通に会話が出来る。
抑えてくれればやはり普通の少女と変わりないということか。
「おーれーのーさーけーはーっと。うん?」
呑気な声が近付いてきた。
180後半の身長に浅黒い肌。白いタオルを頭に巻いて、一見すると土方のバイトの兄ちゃんである。
だが、男から立ち昇る鮮やかな紅色の魔力が俺でも分かるほどの実力者ということを示していた。
「おいおいおい、俺が便所行ってる間に随分と大所帯に――」
声の主が一瞬止まる。
視線はイリスに向かっている。
「なんでアンタがここに……」
「細かいことは言いっこなしよ。あ、お酒来たわよ?」
イリスが示した通り、先ほどの看板娘さんが盆に料理とお酒の入ったグラスを乗せて近付いてきた。
男は随分と固まっていたが、やがて諦めたようで椅子を他所から持ってきてドッカリと座った。
「イリスがいるってことはそういうことだよな。荒神だ」
「あ、お姉さん。このリム肉のシチューとオレンジジュースを。パンをセットで」
蒼香よ、空気を読もうな。
リムというのはこの地方特有の羊と牛が混ざった様な動物で、肉は臭みもあまりなく、柔らかくて、安価であると、3拍子揃って庶民の食卓のお供らしい。
「俺はユーキ、そっち蒼香。こっちはバルドス。あ、俺はリム肉のステーキをライスで」
「俺もリム肉のステーキとライス。あとエール」
「おー、そうか。で、そのユーキ達がどうしてこんな所に?」
肉に齧り付きながら聞いてくる。
「アカツキのツルギ」
「……ほう?」
荒神の雰囲気が変わった。
陽気な感じが無くなり、冷ややかな目でこちらを値踏みするように見てくる。
それに気圧されまいとこちらも睨み返してやる。
「オーケー、どうやらマジみたいだな。俺もここで待ってた甲斐があるってもんだぜ」
「待ってた?」
ここで?
俺たちを?
まるで来ることが分かってたかのような言い方だな。
「まあ、後で話してやるよ。今は飯だ! 姉ちゃん、酒持って来てくれー!」
……なんというか、しっかりしてる時としてない時の落差が酷い。
良く言えば切り替えがしっかりしてるってところなんだろうが、目の前の姿を見てるとどうにもそうは思えなかった。
……しかし、若いな。
ピースメーカーのメンバを見て思う。
イリスは20位に見えるし、荒神はいっても30、アニマに至っては12歳位。
おっさんが言ってたとおりならこの人たちは40後半位じゃないと計算が合わないんだが……。
「あんまり歳のこと考えてると、お姉さん怒っちゃうぞー?」
「……イェス、マム」
対面からイリスにナイフを突き付けられた。
口元は笑っているが、目が笑ってない上にハイライトも見えないので余計に怖い。
さて、なんやかんやありながら食事が無事に終わり、食後のお茶を飲みながらのお話である。
「で、待ってたって?」
先ほどのことを荒神に問う。
「言葉通りだ。ここで待たされてた、って方が正しいがな」
誰に、とは言わない。恐らく奴だろう。
しかし、何のために?
「ま、俺の役割は道案内っつーか、道を示すことだ。特に考える必要はねえよ」
「……あんたたちが敷いたレールを進めってか」
自分たちが思い描くルート以外は進んで欲しくないか、それともクリアまでの道のりを教えてくれるのか。
どちらにせよそれに縋るしかないのだが。
俺の言葉を聞いて怒るどころか不敵に笑みを浮かべて、
「そういうことだ。ちなみにレールから逸れると谷底へ真っ逆さまだってことを教えておいてやろう」
そんなことをのたまいやがった。
俺らには選択権もねえってか。
嫌な感じだ。
「ま、あれだ。罠に嵌めようとか、そういうのじゃねえからそこは安心しとけ」
「安心も何もないと思うんだが」
確かめる術はないわけだし。
もし分かったとするならそれは罠にかかった後の話だ。意味がない。
「えっと、荒神さんたちはなんで、お父さんと?」
「お父さん、ってことはお嬢ちゃんがあの時のチビちゃんか。大きくなったもんだ」
こんなに小さかったんだぜ、と親指と人差し指を少しだけ広げて笑った。
いくらなんでも小さすぎだ。胎児か。
思わず突っ込みを入れそうになるが、ここは我慢しておく。
話が逸れても困るしな。
「他の奴らは知らねえけど、俺はグータラしてたところを拉致られた」
「……はぁ?」
理解できない。
「別の地方で山賊稼業やって食ってたんだが、それにも飽きてな。住んでた小屋で自堕落に生きていたら偶然通りかかったあいつに強制的に連れて行かれた」
「はぁ……」
蒼華が気の抜けた返事をする。
うん、俺もそんな気分だ。
「そんな俺が、いつの間にやら国まで相手にして。馬鹿かっつーの」
悪態を吐いてはいるが、荒神の顔は笑っている。
口で言っても、というところか。
さて、こう聞くとますますヤツの人となりが分からん。
「ま、んなことはどうでもいいわ。とりあえずこれから先のヒントを出しておいてやろう」
肩を竦めて話を打ち切り、先のことについてを話すと言う。
もう少し話を聞きたいが打ち切ったということは聞くな、ということだろうか。
「放雷花の園、蕾は未だ咲かず」
また知らない単語が……。
「ホウライカ?」
「ある地方の一部でしか咲かない放電現象を起こす稀少な花の名前だ。魔術の触媒として重宝される」
おっさん、解説ありがとう。
しかし放電する花って危ないことこの上ないな。
それの園って。危険地帯にでも行けと?
「俺が言うのはここまでだ。後は自分たちで考えな」
「ああ、ありがとう。さっぱり分からないけど、どうにかしてみるよ」
「ありがとうございます」
蒼香と2人揃って頭を下げる。
「で、アンタだアンタ。なんでここにいる?」
「そういえば、なんでアニマはここにいたの?」
「一人は、寂しかった……」
半眼で睨みつける荒神をさらっと流してアニマに問うイリス。
その問いに緩々と首を振って小さく呟くアニマ。
先ほどのやりとりがなければ本当に、ただの少女なのだが。
「あと、お金なかった……」
「切実過ぎるだろ!?」
「こいつの場合、報酬の8割が食費に消えるからな」
もう悪食じゃなくて暴食のアニマに改名しようぜ。
と、いうか俺たちの生活費ってどこから出てんだ?
クルリと蒼香の方へと向く。それに連動するように蒼香の顔がおっさんの方へと向く。
「……路銀は尽きたぞ?」
「ああ、うん。本当にスマン」
おっさんに頼り切ってたのか。
もしかしなくても不味いだろ。
「緊急会議!」
「働け。以上」
「会議終了!」
おっさんの一言により5秒で終わった。
久しぶりにギルドに行って依頼を受けてくるしかないか。
「うし、じゃあ解散だ。イリス、アンタは残れよ?」
「仕方ないわね」
荒神に言われてイリスが少しだけ浮かせた腰を下ろす。
アニマも動こうとしてないから残るんだろう。
おっさんが代金の一部をテーブルの端に置いて立ち上がる。
「ありがとうございました! また来てくださいね!」
店員さんに見送られ、店の外へ。
振り返って見上げれば翼竜が茜色の空を舞って山の上を行ったり来たりしている。
そのあまりにも幻想的な光景を、少しだけ見慣れてしまった自分がいることに気付いて苦笑い。
「何? 急に笑って」
「いや、なんでもないさ」
蒼香にそう言って、ヒントのことを考える。
放雷花の園ってのはおっさんが言ってたある地方ってところに行けば、まあなんとかなるだろう。
蕾は未だ咲かずってのはそのままの意味だろうか。分からん。
面倒なヒントだ、と溜め息を吐く。
まあ、どちらにせよ金がなければどうしようもない。
俺でも出来る仕事があればいいのだけれど。
「で、どういうことだよ」
荒神が問う。
悠輝たちと話していた時の様な感じはなく、ただ真剣に。
「止めたいのよ。分かっているんでしょう?」
それに返すイリスも普段の雰囲気はなく、真面目なものである。
「……イリスは、それでいいの?」
「ありがとう。でもいいのよ、終わったことだもの」
不安そうに話しかけるアニマに、イリスは微笑んで返す。
「チッ、わあったよ。手ぇ貸してやる」
面倒なことになった、と荒神はぼやく。
アニマは無表情で沈黙を保っている。
「ごめんなさい、私たちの問題に付き合わせてしまって」
小さく、しかししっかりと頭を下げる。
「それを言うならあのお嬢ちゃんたちに、だろ?」
「そう、ね。あなたに言って損したかしら?」
「アンタな……」
げんなりとした声音で批難の声を上げるが、2人共冗談だと分かっているのでそれ以上はない。
「……アニマは?」
「私は……、うん。イリスの、味方」
少しだけ考えるが、やがてしっかりと宣言した。
その言葉を聞いてイリスは胸を下ろした。
「……ありがとう」
「うし、じゃあ俺らの目的は――」
――暁達を、止めること。
今ピースメーカーのメンバーが、2つに別れた。
遅くなりました。
一応ネギまの二次創作もやっています。
よろしければそちらもどうぞ。
にじファンの方でズックで検索していただければ出ると思います。