Page30:平和の創造者と想いと
「そおぉぉぉぉい!!」
街道に無駄に響き渡る俺の声。
言うまでもなく魔術の練習である。
昼に街を出た後、蒼香に昨日貰っていた本の詳細を聞いたところ、なんと基礎魔術書の写本だった。
どうやら前のギルドの奥には書物庫のようなものがあるらしく、そこにあった魔術書をあのお姉さんが写したものの1つらしい。
「しかし、やれどもやれども上手くならねえなぁ」
おっさん、うっさい。
人が気にしてることを言うんじゃない。
「てえぇぇぇぇい!」
指先に灯る光はまるで切れかけの蛍光灯のように点滅している。
あ、消えた。
ここまで持続が出来ないとは、泣きたくなってくる。
みんなにコツを聞いてみたが、蒼香は「搾り出すように?」、おっさんは「練習しかない」、イリスに至っては「気合!」、などと全く当てにならない答えが返ってきたのでお手上げ状態である。
だけどまあ、折角聞いたのでイリスの気合とやらを実行中。
結果は……無残なものである。現実は非情である。
楽なものではないと分かってはいたが、基礎でここまで躓くとは……。
「続けてれば結構簡単に出来るようになったりするよ」
蒼香から励ましだかなんだかよく分からない言葉を貰った。
そういうものか、とも思うが蒼香が出来たからって俺が出来るとも限らないので必死になってやっている。
……まあ、おっさんの言うとおり、上手くなる気配が全く無いのだが。
「イリスの魔術の腕前ってどんなもんなんだ?」
軽く休憩がてら質問してみる。
確か広範囲殲滅型だったか。
「例えるなら敵だと無駄に強かったライバルが仲間になった感じ?」
「弱体化!?」
しかも分かりにくい!
まあ、あるよな。
敵だと猛威を振るっていたライバルとかが味方になった途端物凄く弱かったりしてな……。
詐欺だろ、あれは。
と、そんな懐かしい思い出に浸っても仕方ないので方向修正。
「もしくは前作で壊れだった格ゲーキャラが修正入って最弱にされちゃった感じ?」
「少し分かりやすくなったけど使えねえことこの上無いな!?」
……ん?
違う。そういうことを聞きたいんじゃない。
「聞き方を変えよう。どんなことが出来るんだ?」
「えー?」
あれでもない、これでもないと考え始めるイリス。
そんなに考えるようなことだろうか?
まさかこれも話してはいけないことに入るのか?
いや、イリス個人の力量に関することだからそんなことはないか。
「全盛期でも国1つを相手にして壊滅させるくらいしか……」
「あんたはどこまでいけば気が済むんだよ!?」
個人で国を相手に出来るってどこの最強キャラだよ!
そんな奴がそこらにいたら世界が成り立たないわ!
「まあ今じゃ全力出しても1個中隊相手に出来れば良い方じゃない?」
あっさり言うが、それでも規格外な気がする。
戦闘スタイルというのもあるんだろうが、それにしたって……。
蒼香の父親も強かったが1人で軍隊相手になんて……。
出来そうだな。
あの剣が飛ぶのが魔術だとして、その射程がどれくらいかにもよるけど、少なくとも戦場を引っ掻き回す程度なら出来そうだ。
なんでこんな人外たちに狙われなきゃあかんのか。
「さてさて、私の話はいいから、ユーキの魔術の練習しようか」
イリスが言う。
「ユーキは持続が壊滅的っぽいから、他のところを伸ばしてみようか」
「どうしようか?」
「形変えんのも持続が必要になるしなあ」
「ま、順当に考えて瞬間火力でしょうよ」
持続とは真逆の、一瞬の火力と質を高めること。
「お手本ね」
荷物を置いて、なにも無い草原へと向かう。
イリスの全身から白い光が湧き上がり、それはゆっくりと消えていく。
いや、違う。消えているのではなく、その全てがイリスの右手に収束されていっている。
ビリビリと圧力のようなものが感じとれる。
量だけなら暴走した蒼香と同じくらいであるが、特筆すべきなのは、その輝き。
蒼香やおっさんでは比べ物にならない。
満月の光がそのままそこにあるような存在感。
『――開放』
光が放たれる。
視界を埋め尽くすほどの白は、一瞬で消えてなくなる。
残ったのはイリスを始点として薙ぎ倒された草原だけである。
「なにそれすげえ」
「わ、私だってできるよ!」
「張り合わんでええっつーに」
俺の言葉を聞かずに蒼香はイリスと同じ様に草原へと向かう。
蒼香も白い光を纏うが、やはりイリスほどの輝きはない。
錬度が違うだけでこうも変わるものなのだろうか。
上手く言い表せないが、何か根本的に違う部分がある気がする。
『開放!』
ゴウ、と風が吹く。
だが蒼香が放った光は、イリスのそれと比べると半分ほどだろう。
事実、草原もそれほど倒されていない。
「とりあえず俺の目標は蒼香に追いつくことかな」
「そうね。さすがにいきなり私に追いつけとは言わないわよ」
とりあえずはやってみて体で覚えろ、だな。
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SIDE:Aoka
「さて、蒼香ちゃんはどうしようか?」
「え、私も?」
ユーキが集中し始めた頃、イリスさんが話しかけてきた。
いくらお父さんと同じギルドにいたからって、それほど実力は離れてないと思っていたけど、大違いらしい。
さきほどの魔力の放出を見れば嫌でも思い知らされるというものだ。
「そりゃ当然。勇輝だけが頑張って、蒼香ちゃんは見てるだけってのは不公平でしょう」
「まあ、確かに」
鍛錬を怠っていればすぐにでもユーキに追い越されるだろう。
それは、なんというか、マズイ。
プライドなんて上等なものではない。
ただ、もう少しくらいお姉さんぶっていたいのだ。
と、そこまで考えてイリスさんがニヤニヤと自分を見ていることに気が付いた。
「……なんですか」
「べぇつぅにぃー?」
イラッとする言い方だ。
もちろんじゃれあい程度のことなんだろうが、こちらの考えを見透かされているようで少し気分が悪い。
「ま、悪ふざけはこの辺にしておいて今から鍛錬内容を説明しまーす」
「……はあ、了解」
「蒼香ちゃんは出力が足らないということなので、少し無理をしてもらいます」
どんどんぱふぱふーとやる気の無い感じでイリスさんは合いの手を入れる。
無理、とはどういうことだろうか。
人並み程度のものなら苦もなく出来ると自負しているが。
「とまあそんな感じなことを考えているんだろうけど、息するのも辛くなるだろうから気を付けて」
「ぅあっ!?」
肩に手を乗せられるのと同時に、全身に重圧がかかる。
私はそれに耐え切れずに膝を付いた。
ほんとに呼吸も出来ないし!?
「集中して! 体の中にある魔力を少しずつ吐き出して!」
なるほど。今私の中にある魔力の8割方はイリスさんの魔力だ。
要するにこれは、魔力容量を増やすための荒療治。
自分でやろうとすれば無意識にセーブをかけてしまうから、こうでもしなければ容量はなかなか増えない。
「蒼香っ!?」
「嬢ちゃん、大丈夫か!?」
「だ、い……じょ……ぶ……」
ユーキとバルドスさんが気が付いてくれたらしい。
声を出せないことがこれほどもどかしいとは思わなかった。
汗が吹き出る。
酸欠で意識が曖昧になってきている。
気を抜けば体が破裂してしまいそうな感覚。
手放しそうになる意識を、奥歯を噛み締めて必死に繋ぎ止める。
少しずつ、ゆっくりとでいい。しかしそう思うほど焦ってしまう。
「蒼香っ!」
ぼやけた視界の中、ユーキの顔だけははっきりと見えた。
ユーキの右手が私の額に当てられる。
冷たくて気持ち良い。
最初に会ったときよりも少しだけ固くなった掌。
私のことを引っ張ってくれる、優しい手。
縋り付いてしまっているのも分かっている。
依存しているのも分かっている。
だけどこれくらいの夢を見たっていいじゃないか。
じわりと涙が滲み出る。
私だって女だ。
男を好きになってもおかしくはないだろう。
なんで普通でいられないのさ。
……よし。ちょっと気分的に楽になった。
四肢に力を。顔を上げて。
チマチマとなんかやっていられない。
呼吸を整えて、魔術を使うつもりで一気に――
「……あれ?」
いつの間にか普通に呼吸をしていた。
……なんで?
「……呆れた。これも愛の成せるものなのかしら」
イリスさんが何か言っているけど聞こえないということにしておこう。
食べ過ぎのような感覚でちょっと気持ち悪いけど、息もままならない状態よりはましである。
腕、大丈夫。脚、ちゃんと動く。視界も良好。
まだイリスさんの色に染まっている部分もあるけど魔力も問題なく循環している。
「蒼香、本当に大丈夫か?」
「え、あ、うん。少し苦しいくらいで他は何も……」
むしろ魔力の循環に関しては平時よりも調子がいいくらいだ。
「無茶しやがるなあ!」
「こうでもしないと短期間で魔力容量を増やすことは出来ないから、仕方ないことね」
簡単に言ってるけど1歩間違えれば死んでてもおかしくないんだけどなー……。
「さて、じゃあ先を急ぎますか!」
「まだ、最寄の村まで結構あるからなあ!」
イリスさんとバルドスさんが大きな声を上げて前を行く。
え、私のことは放置?
「ほれ」
「?」
ユーキが屈んで背中を見せる。
えーっと、これは、その。
「まだ気分悪いんだろ? 背負ってやるから」
……。
つまり、それは、おんぶということ?
ボッ、と顔から火が出るように熱くなる。
さすがにそれは恥ずかしい。
いや、肩を貸したり(事故だけど)押し倒されたこともあるけれど!
あ、思い出したらまた顔が……。
「じゃあ、失礼しまーす」
これ以上ボロを出さないようにさっさと背中を貸してもらう。
うん、見た目よりも大きく感じる。
そういえば、お父さんに1回だけ負ぶってもらったことが、あった、よう、な……。
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蒼香が背中で寝息を立て始める。
あんだけ元気だったのがこれだけ消耗するのか。わざわざこんな道の途中でやらんでもいいだろうに。
……まあ、いいか。役得って事で。
「ほれ、荷物持ってやるよ」
「おっさん、ナイス」
いくら身体能力が上がってるからって自分の荷物+蒼香と蒼香の荷物は流石に重い。
蒼香は物凄く軽いんだがなあ。
ちゃんと食ってるのか不安になるくらいだ。いや、食べてるんだけどな。
「さすがに無茶しすぎたわね」
「まったくだ。次からは気を付けてくれ」
イリスの言葉に即座に返す。
「ありゃ? てっきり次からはこんなことはするなって言われるかと思ってたんだけど」
「詳しいことは分からんが必要なことなんだろ? 蒼香もやる気はあるんだ。俺がどうこう言っても仕方ないさ」
これでもイリスのことは信用、いや信頼していると言っていい。
「なあおっさん。"ピースメーカー"について知ってることを教えてくれよ」
「俺じゃなくて本人に聞きゃあいいだろうが」
「一般的な認識も知っておきたいんだよ」
「あー、そうだな。"ピースメーカー"のメンバーは6人。
"剣聖"鈴谷暁。"聖女"イリス。"魔浄"のヴェルン。"亜竜"ティーロ。"暴流"荒神。"悪食"のアニマ。――であってるよな?」
おっさんがイリスに確認を取る。
「なんだろう。名前からして強キャラ臭がする」
「実際強いんだよ。それこそ次元が違う。6人揃えば世界中を相手にしても勝てるって言われてたほどだ」
さすがに誇張しすぎだとは思うがな、と続けた。
「20年前、だったか。俺がお前らくらいの時だったからよく覚えてる。
海の向こうの小さな国同士が、自分たちのところの資源がなくなりそうだから領土ごと寄越せっつってな。始めのうちはよくある小競り合いだった。
だがでけえ軍事国家がそれに参加してからどんどん戦火が広がっていった。……それこそ世界を巻き込むくらいに」
ふむ?
その軍事国家も資源が少なくなっていたってことかね?
周りが勝手に疲弊してくれたから横から掻っ攫っていくかみたいな感じで?
じゃあなんで海を越えて戦火が広がったんだ?
周りの国から奪っただけでは満足できなかった、ってところか?
いまいちピンとこない。
「だが、それも突然終わりを告げる。無名のギルドがたった6人で戦争を止めた」
「それが、ピースメーカー」
確信を持ってそう言う。
「そういうことだ。戦争が終わったあとにそのギルドの連中が普通に依頼を受けるようになってメンバーの名前が分かった、と。一般的に知られてるのはこのくらいの筈だ」
……なんだか釈然としない。
出回ってる情報が少なすぎるのか……?
そも、戦争を止めたってくらいだから各方面から怨まれているだろうに、なんで姿を現した?
いや、これは考えても仕方がないことだな。
「イリス、話せることだけでいいから今の話の補足を聞かせてくれないか?」
「んー? あんまり話せることがないなあ。強いて言えば私たちだけで戦争を止めてはいないよ。
さすがに個人の力じゃ出来ることが限られるし」
「そんなもんか」
あまり期待はしていなかったので特になにも言わない。
「まあ、属性とかだけなら言ってもいいかな。
暁はー……、まあ特殊だからおいといて。ヴェルンが"闇"。ティーロは錬気師だから無し。荒神は"火"、"風"、"雷"。アニマは"水"、"土"、"氷"に"闇"。私は"光"と"癒"」
「見事にバラバラだな」
バランスが取れていると言った方がいいだろうか。
しかし、特殊ってのはどういうことだろうか?
俺の"無"と同じ様なもんか?
「あと、錬気師ってなんだ?」
「魔術を使わない、気を使った戦闘をする奴らのことだ」
「"使わない"のか"使えない"のかは人に寄るけどね」
おっさんとイリスが説明してくれる。
魔術に気。
そのうち「合成して最強!」みたいな奴が出てくるんじゃなかろうか。
改めて思うが、ほんとにゲームや漫画の中の世界だな。
「2つの違いは属性の有無とあり方だけだ。それ以外は殆ど変わらねえ」
「あり方?」
「魔力は大体の動植物がその身に含んでいる。それは、大気中にある魔力を体の中に取り込んでいるからで、自発的に生み出しているもんではない。比べて、気は生命力みたいなもんでどんな生き物だろうがこれが無いってことはあり得ない」
「本気で使いすぎると気絶じゃなくてそのまま死んじゃうから気をつけてねってこと」
「折角説明してんのに身も蓋も無い言い方すんじゃねえよ!?」
生命力と精神力ね。
おっさんとイリスが漫才しているのは放っておいて、考える。
どうにもこういう話は楽しくてしょうがない。
何も出来なかったあっちに比べて、選択肢の多いこと。
ファンタジーに憧れるのも分かる気がする。
まあ、代わりに賭けるものが命なんだがな。
「……死ねないよな」
死ぬわけにはいかない。
家に帰りたい。
家族に会いたい。
友人に会いたい。
――蒼香を悲しませたくない。
「参ったね、どーも」
酷く軽い少女を背負い、2人の声をBGMに街道を進む。
ひとつの想いを胸に抱えながら、ってね。