Page28:復旧と片鱗と
燦々と降り注ぐ光。木を叩く小気味いい音が辺りに響き渡る。
他の場所からも音は響き、まるで合奏のようにも聞こえる。
街の人々が大忙しと駆け回る中、民家の日陰に青い髪の少女が佇んでいるのが見えた。
「いやー、今日もいい天気だねぇ」
「明後日の方向を見ながら突っ立ってないで仕事しやがれ」
滞在2日目。街の修理を手伝っている俺たちである。
「そんなに時間も掛からずに直りそうだねぇ」
「流石魔術と言いたくなる光景だな」
何せ木材で形を整えた矢先に土や石が次々と形を変えて積み上げられていくのだから、こっちとしては荷物運びくらいしかすることもない。
その荷物運びもつい先程終わってしまって、手持ち無沙汰な状態なのである。
街の人の半分位は魔術が使えるから人手にも困らない上に、牛鬼討伐隊の中でも比較的傷が浅かった人も駆り出されている。
「あ、魔術で思い出したけど、私“闇”の属性も使えるようになったから」
「少しその才能をよこせ」
いやもう、割と真面目に。
どんだけ才能の塊なんだよ、お前は。と呟くが本人はどこ吹く風。これっぽっちも気にしていないようである。
いや、まあ。使えるようになった経緯を考えるとろくでもないが。
うーむ、俺にも何かないだろうか。
そう思いはすれど、ようやく安定して光の玉を作れるようになった俺が、新しく魔術を使えるようになる訳もなく。
――って、そういえば。
「“無”の魔術……」
全く気にしていなかったけど、どんなもんなんだろうか?
つーか何をイメージすれば使えるようになるんだか。
むむむ、と唸っていると轟音と地面が揺れる。
なにかが落ちたような感じだな。それもかなり大きくて重いものが。
音の位置としては多分ギルドとかある街の入り口の方だろう。
うん、魔術は後回しでいいや。
とりあえず野次馬になってみようかな。
予想通り。丁度ギルドの前に人壁が出来ている。
小人族や巨人族などもいるから一概にそうとは言えないが、こっちの世界の人の身長の平均は180くらいだと思う。
170ほどしかない俺には前が見えん。
「報酬があれだけってのはどういうことだっ!?」
怒鳴り声が聞こえる。
いちゃもんつけてんのか。こんな時にやることないだろうに。
そんなことよりさっきの音はなんだったんだろうかと思っているとコートの袖を引っ張られた。
「あれ」
蒼香が指差した方を見ると、納得。
溶けかけの大きな氷が道に鎮座していた。
うっすらと青く光っているので魔術で創り出したものだと分かった。
魔術すげえ。
「うん、錬度が足らない」
氷を見て頷きながら呟く蒼香。
どこぞの職人か、貴様は。俺には魔術で創ったただの氷の塊にしか見えん。
「なんていうか、こう、粗削りというか急場で創ったハリボテというか。見せ掛けだけの脅し用?」
さいですか。
俺には分からない見分け方の様なものがあるんだろう。
それは置いといて、要するに。
「依頼をこなしたはいいが、報酬が少ないから騒いでる感じか」
「だろうね。でも基本的に報酬は事前に決まってる筈だけど」
ふむ、確かに成功報酬だとこういった問題が多々あるから事前に報酬金額が掲示されているとかなんとか。
「先程から説明しているように、この街の復旧のために経費を割いているのです。それでも十分な報酬を用意した筈です」
凛とした声が聞こえてくる。
牛鬼討伐依頼のことか。
……街の被害って俺たちが原因じゃん。
蒼香もそれが分かっているのか少し身を縮こまらせている。張本人だし、仕方ないね。
「あれだけのことをやらせておいてあの金額じゃ割りに合わねぇっつってんだよ!」
「色でもなんでもつけやがれっ! このクソアマ!」
「それともあんたが体で払ってくれるか? あぁ!?」
ちょっと強引に前の人を押しのけて騒ぎを起こしている人を見た。
1人じゃなく3人。どれも似たような柄の悪い男。ついでに言うと頭も悪そう。
その中でも1歩前に出ているリーダー格の男が青い魔力を纏っているのが見える。
対峙しているのはギルド職員の制服を着ている銀髪の女性。
怒鳴り声を右から左と言わんばかりに澄まし顔で口を開いた。
「申し訳ありませんが、金額を増やすこともあなた方に体を委ねることも出来ません。気持ち悪いです、嫌悪感しか湧きません、人生やり直してきて下さい」
つらつらと言葉を重ねるその姿を見て少しだけ相手に同情した。
しかし奴さんたちがここまで言われて黙っている筈も無く、米神に青筋立てて今にも爆発しそうな感じである。
「てめぇっ!」
もう爆発した。
取り巻き2人が襲い掛かる。
フワリ、と風が歌い、次に確認できたのは荒れ狂う嵐に巻き込まれ吹き飛ぶ取り巻きたちであった。
「近寄ってこないで下さい、虫唾が走ります」
彼女が手にしているのは翠色の大型の弓。
それを構える姿は凛々しく、1枚の絵のようである。
などと思っていたら足を踏まれた。ブーツだからそれほど痛くはないが。
ジロリと目線で蒼香に抗議するが、取り合ってくれなかった。
別にどんな感想を持とうが人の勝手だろうに。
「くそっ、称号持ちは伊達じゃねえってことか」
「一応、実力でしか認められませんから当たり前です」
なにかやりとりしているが、蒼香の機嫌が少し悪いのでこっちはそれどころじゃない。
というか何度も言うが普通に人の思考を読み取るんじゃねえよ。
「いや、なんていうかユーキは分かりやすい」
さいですか。
蒼香とそんなやりとりをしているうちに事態は進展。
ギルドの人とリーダー格の男が派手に魔術の打ち合いをし始めた。――周りも巻き込んで。
氷塊と風の矢が乱れ飛びそれぞれ相殺し合うが、流れ弾がこないなんてことはない。
周りの人たちと一斉に退避。尻尾を巻いて即座に離脱。
「つーか誰も止めないのかよ!?」
「誰だって巻き込まれるのは嫌でしょ?」
「いや、それにしたってなぁ……」
建物の陰に隠れたところでそこから少しだけ顔を出す。
嵐の中心にいる2人はどちらも1歩も動かず、眼前の敵を討とうとひたすら魔術を行使するだけだ。
青と翠が打ち合い、響き合い、消えてゆく。
命を奪うためのものだと分かっていても、その幻想的な光景に目を奪われずにはいられなかった。
その状況で気付いたのは恐らく偶然。
目の前を飛んで行く氷と、視界の端に映った小さな人影。
即座に陰から飛び出して踏み込む。
流れ弾と、それに気付いていない女の子が目に入る。
何もしなければ間違いなく直撃コース。
ガチリ、と歯車が噛み合う重い音が聞こえた気がした。
加速――。
目に映る光景から色が失われてゆき、雑音は耳に入ることはない。
時間が流れるのが遅くなるような感じを受けながら理解した。
届かない、と。
確かに追いつける。だが、それだけ。
自分の身を割り込ませるには少し遅い。腕1本で防げるような代物にも見えない。魔術で固めてあるだろうからそう簡単に斬ることも出来ないだろう。
どうすればいい。
いくら遅く感じているとはいえ、時間が止まることはない。
こうしている間にも視界の中で氷弾が少しずつ少女に向かって行くのだ。
どうすればいい!
掴む? 無謀 魔術で
見殺し 救えない 剣を 無理
不可能 無駄
――斬って消してしまえばいい。
不意に頭をよぎった言葉のままに躊躇いなく剣を抜いて掬うように斬り上げた。
さしたる抵抗も響くような音が鳴るわけでもなく、無色無音の世界で砂が流れるような音色が聞こえただけであった。
ゆっくりと世界に色と音が戻る。
同時に自分が何をしでかしたのかも少しずつ理解してきた。
いつの間にか地面に座り込んでこちらを凝視している目の前の少女を助けるためとはいえ、至近距離で剣を振り抜くってのはどうなのよ。
混乱していく俺の目の前で、少女の目の端に雫が溜まってゆく。
「ふぇ……」
あ、これはマズイ。泣かれる。
「あー、いや、その、これは……おぶっ!」
どうにかして宥めようと言葉を探していると、いきなり誰かにコートの襟を掴まれて地面に引き倒され、同時にすぐ近くでガラスが割れるような音がした。
「坊主、よくやった!」
地面に押さえ付けられたまま、野太い声と共に乱暴に頭を撫でられる。
ちょっ、顔が地面に擦れて痛い!
「あっちも凄いが坊主の方が凄いな!」
「まあ兄ちゃんがやらなくても俺が颯爽と助けてただろうがな!」
「反応すら出来なかった奴が馬鹿言ってんじゃねえよ!」
何この状況。
俺は押さえ付けられたままだし、頭上でドンパチ聞こえるわ、誰かも分からない人たちの笑い声が聞こえてくるわで意味が分からん。
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SIDE: Aoka
よかった。
ユーキに流れ弾が行ったときはどうなることかと思ったけど、ユーキも女の子も無事みたいだ。
気になるのは、日に日にユーキの反応速度や身体能力が上がっていること。
私の才能が、とユーキはいつも言うが、逆だ。
自惚れではないが、自分が多才であるということは何となく思う。だけどそこから先に進んでいる感じはまるでしない。同じ場所で足踏みをしているような、そんな感覚。
ユーキの方がよっぽどそれに溢れているだろう。
いや、まあ、ユーキの覚えが悪いというのには頷かざるをえないけれど。
「このっ、いい加減にしやがれ!」
決闘まがいの乱闘はまだ続いている。
いい加減終わらせないと本当に被害が出そうだ。
まあ、私は自分とユーキとその他一般人に被害が降り掛からなければまだ許容できるけれど。
乱入しても誰も何も言わないよね?
よし、行こう。
『歌え、緑黄の風土。羽よりも軽く、鉄よりも鋭く。紡ぎあげるは敵討つ牙!』
一直線に嵐の中心に走り出し、いつものように呪文を謳いあげる。
左手の人差し指に付けた指輪によって少しだけ自分の負担が軽減される。
必ずしもイコールではないけれど、魔術の構成は綿密になればなるほどその魔術の強度が上がる。
だから私は謳う。より堅牢に、崩れないように。
……まるで私自身のようだ、と思ってしまった。
『旋嵐の双刃!』
両手に生まれた双振りの短剣を滑るように振るってゆく。
甲高い音色が連続して響く。
「てめっ、ガキィ! ぶっ殺されてえのか!?」
何か怒鳴ってるけど、関係ない。
「30秒でいいです。少しだけ時間を下さいませんか?」
「30秒だろうが1時間だろうが頑張りますけどっ!?」
女の人の良く通る声が後ろから聞こえたので適当に返しておく。
正直、向かってくる氷弾の数が多すぎて返事をするのも一苦労なのだ。
いくら手数を重視して風をメインに武器作ったからって私の技量が着いて行くかは別問題。
いくらセンスや才能があるからといって、経験と努力によって裏打ちされた実力には遠く及ばない。
攻めに関してはセンスがあると言われたこともあるが、逆に守りは褒められることも少なかった。
ヂッ、と音を立てて腕を掠めた氷弾。
ああ、集中しなきゃ。考え事をしながらだなんて、私がそんなに器用なわけないじゃないか。
『私は誰にも囚われず 貴方は誰にも縛られず
我らは鳥 何にも属すことない自由の象徴』
後ろから聞こえる澄んだ声。
それに合わせて踊るように、双剣を振るう。振るう。振るう。
絶え間無く襲い来る氷弾を視界に入ってきたものから順に斬り落としてゆく。
ひたすら防戦に徹するがそれでもジリジリと押され始めてきた。
流石にギルドの職員に喧嘩を売るだけのことはあるようだ。魔術の行使の間に隙が無い。
こっちの双剣は少し削れてきているというのに、これじゃあ直している暇も無い。
『彼は何にも拘らず 彼女は何にも侵されず
彼らは雲 誰にも捕まることない奔放の象徴』
ビシリ、と魔力の土と風でできた双剣の1つに罅が走り崩れてゆく。
やっぱり耐えられなかった。ここまで良く持ったとも思える。
2つの属性――1つは固定する力を強めるもの――で固めたといっても私ではこの程度だろう。
残る1本も時間の問題だろう。
とはいってもこのままでは手数が足りずそのまま押し切られてしまう。
あと10秒、かな。
イメージは水。
詠唱を省略。簡略式で速度を重視、刀身は固めずに基本性質の強さを上げる。
射出型、回転数と数を上げるために単発の大きさを小さく。
『穿つ水短槍!』
水と氷がぶつかり合うが、水はなすすべなく蹂躙されてゆく。
まあそれだけでは終わらせないけど。
『侵食!』
氷弾に纏わり付いた水が、その魔術構成を侵し頑強な造りを脆くさせる。
これなら簡単に斬れ――
「ないしぃっ!? ああ、もう! いくら出力が弱いからって得意分野で負けるな、私っ!」
無理だった。
残っていた剣も3つほど斬り捨てたら普通に折れた。
あ、これマズイ。
視界を埋め尽くすほどの氷弾。そのどれもが私を貫き後ろにいる女性を巻き込むには十分な代物。
詠唱を省略して魔術を撃っても焼け石に水。結果はほとんど変わらないだろう。
それでも足掻くけどっ!
詠唱を破棄。"闇"の属性を展開。性質"収束"による魔力の圧縮。
力技で刹那の間に込められるだけの魔力を注ぎ込み、発動!
適当に放たれたそれは耳障りな音を立てながら数個の氷弾を逸らすことには成功した。
無理矢理行った魔術行使の代償で右腕に激痛が走っているが関係ない。
更に撃とうとして――爆炎と、土の壁によって阻まれた。
「え……?」
「まるで狙ったようなタイミング。もっと早く来い、と言いたくなりますね」
声に振り向くとそこには異様なものがあった。
先程まで持っていたのは女の人と同じくらいの大きさの弓だった。
今見ているものはそんなものではない。
「魔術式攻城用超大型固定弩。『喰らい尽くす大嵐』」
「そんなもの街中で展開しないでーー!?」
名の通りの見た目と大きさである。
いかにも、前にあるものは全部ぶち抜いていきます! みたいなその形状を従える女性。
ギチリ、と弦を張る音が聞こえた気がした。
「さようなら」
土の壁が崩れると同時に、限界まで張り詰められた弦が解き放たれる。
「く、そがあぁぁぁぁ!」
対峙していた男はいつの間にやら創っていた氷塊を撃ち出すが、翠色の矢はものともせずに貫き男を――
「おああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
男には当たらず、引っかけるような形で空へと消えていった。
……なにこれ?
後に残されたのはやりきった顔をしている女性と空を見上げる私だけ。
「快適な空の旅へ。1名様、ご案内します。出来れば世界の裏側くらいまで行って欲しいのですが」
クルリとこちらへ向き直り深々と頭を下げてくれた。
「助力のほど、感謝いたいます。どうにも決闘まがいのような戦闘は苦手で」
「ああ、いえ、そんな。偉そうなこと言っておいてこんな様ですし」
1時間どころか約束の30秒も無理だったのに。
しかし、女性は首を横に振ってくれた。
「それでも、あなたが来てくれなければ被害は増えていたでしょうから。この街の一員として礼を言うのが当然でしょう」
他人にお礼なんて言われ慣れてないからちょっとこそばゆい感じがする。
多分、私の顔は赤くなっていることだろう。
ユーキの足を踏んでおいてなんだが、微笑まれて少しドキッとしたのは私だけの秘密にしておこう。
「さて、言葉だけというのも少し味気無いですし、お金はありませんがちょっとした物を差し上げます」
「?」
さて、何が貰えるんだろうか。
街の惨状は目に映らないように、少しだけ上を向く私であった。
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SIDE:Baldus
「おい、いいのか? 知り合いなんだろ?」
乱闘していた場所から少し離れた建物の陰。覗き込まなければ見えないような位置。
紺のジーンズに黒のタンクトップ、黒髪を纏めもせずに腰まで伸ばした女――フレア――に話しかける。
こいつも随分と怪我をしていたが包帯の1つも巻いていない。
どうにも魔術の効きが他人よりも顕著らしい。
「いいのさ。見送りまでして1ヶ月も経たないうちに再会だなんてかっこ悪いじゃないか」
影でよく分からなかったが、そう言って軽く伸びをしながら笑うフレアの横顔はさっぱりしたもののように見えた。
「ま、あの子たちを頼むよ。任せたはいいけど少年も中々に危なっかしいからねぇ」
「そりゃあ、かまわねえが」
そんなに心配なら付いてくればいい、と言おうと思ったが止めた。
俺がそんなことを言って付いてくるくらいなら、最初からそうした筈だ。
ふむ。
「じゃあ、達者でな」
背を向けたフレアに声をかけると振り返りもせずに右手をプラプラと振られた。
路地の奥へと消えていくのを見送って、壁に寄りかかる。
「はぁ……」
病み上がりにあんなことさせんじゃねえよ……。
ユーキも嬢ちゃんも正義感というか、出たがりというか。
2人とも1歩間違えば確実に死んでたじゃねえか。
柄じゃねえが年長者として言っておかないと不味いだろうか。
ヒョイと顔を出して2人の様子を盗み見る。
先程まで命を落とす危険があったにも関わらず、2人は笑っていた。
……まあ、いいか。
気を配るのも大人の役目ってな。
いくつか気になるところもあったが、まあ、今はいいか。
あいつら自身でどうにもできなくなったら少し手を貸すくらいでいいよな。
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――……――
――本日、第3都市にて"無"の発動を確認――
――またひとつ、歯車が進む――
本当に申し訳ないです!
やりたいことが多すぎてこの様ですよ。
生きてます。一応。
随分長いこと書いてなかったので色々おかしいところがあるかも知れません。
もし見つけたら感想にでも書いて下さい、お願いします。