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Page27:怪我と無事と


夕刻の一室で女が声ならぬ声を上げている。

その声は周りにいる者を自分と同じ様にしようと呪っているようにしか聞こえない。

全身が痛むはずだ、無理もない。その苦しみを誰かに与えてしまいたいのだろう。

ふと、声が止む。

諦めたのか、それとも別の要因があったのだろうか。それは当人にしか分からないことだ。

静寂が空間を支配し、やがてそれを壊すように女がポツリと呟いた。


「……痛い」


「うっさい、黙って寝てろ」





割れたガラス窓から心地よい風が吹き込んでくる。

どうやら蒼香を止めた後、力尽きて倒れてしまったみたいだ。

今は魔力の枯渇と重度の筋肉痛のおかげで、治癒院の一室、そのベッドの上で俺と蒼香2人仲良くダウンといったところだ。

大きな怪我はすでに治してもらっているので問題は無いのだが、筋肉痛の方が酷いのだ。

牛鬼のときの反動、さらに蒼香を止めるために全力で動いたこと。それが重なりに重なって俺はベッドの上で腕すら上げられない状態なのだ。

いくら身体機能が底上げされてたって、あんだけ人間離れした動きをしてれば筋肉痛にもなるよなー……。

チラリと横を見る。同じように腕すら上げられない蒼香がいる。

……まあ、いいか。

蒼香も無事、俺も無事。後はおっさんが帰ってくるのを待つばかりだ。

……あのふざけた野郎が残ってたらこうやってベッドの上になんていないだろうし。

思い浮かべるのはあの貴族のような男。

うん、思い出すだけでもムカツクな。止めよう。

ふと気付いたが外からバタバタと走る音が聞こえる。なんだろうか。

確認したいが全身筋肉痛の俺にそんなこと出来る筈もなく、喧騒が通り過ぎていく。

いやー、平和だねぇ……。


「ごめんね」


小さく、しかし確かに聞こえた。

どうせ暴走のことだろうが、何を今更。


「俺も1回やったし、おあいこだ」


「あー、そういえばそうだったねー」


声に出すと体が痛いから顔だけ笑う。

蒼香もきっとそんな感じだろう。

暖かい風が部屋に入ってきて、カーテンを揺らす。

気にしてなかったけど季節ってどうなってるんだろうな。寒いの苦手なんだが。

こっちに来てからは温暖な天気が続いていたので気にも留めていなかった。


「バルドスさん、大丈夫かな?」


「おっさん? ……殺したって死なないだろ、ありゃ」


本音である。

無駄に頑丈そうだもんな、見た目的にもキャラ的にも。

ランクも上な訳だし、特に心配する必要はないとは思うけど……。

あー、でも牛鬼ミノタウロスの群れの討伐だったよな。街にも牛鬼が現れて、しかもそれは人が関与していて……。

ちょっと心配だな。

陽動? そも、何のメリットが?

しかも実戦に耐えうるかどうかってなら普通おっさん達の方に行くだろ。意味分からん。

ってことは、別か? 本当にただの偶然で群れになったか、もしくは他の奴が群れを作ったか。

……いいや。

今の俺じゃあどうしようもないし。何より面倒ごとに突っ込むのは蒼香だけで十分だし。

おっさんも良い人っぽいからなー。無理なものは無理って言う人だろうけど。

とりあえず動けるようになったら手当たりしだい祭壇のこと聞いて、魔術の練習して……。

今後の予定としては、多分ここに当分はいるだろう。街の人が許してくれれば、だが。

牛鬼を倒したのはいいが、街ぶっ壊したからなー……。

そこで思考を止める。廊下からも外からも慌てた様な声しか聞こえない。


「何だ?」


「聞こえる範囲では……、怪我人……危険……救援……無理……。なんだか不安になるようなことばっかだね」


多分、牛鬼の討伐に行った人たちだ。

つーかよく聞こえるな。俺には雑音のようにしか聞こえんぞ。


「えっと、召喚……囲まれた……囮になって……逃げて……」


「召喚?」


感心していたらさらに情報が増えた。

召喚ってのは、あれだろ? 俺がここに来たように、そこに無いものを呼び出す魔術だろ。

それが使われたってことは誰かが呼び出したってことになるよな。

うわ、なんか嫌な予感がバリバリですよ。

事態が嫌な方向へと向かっているのを考えていると、乱暴に部屋のドアが開けられる。

首だけ回して(これでも辛いが)見ると、何やら怪我人が数人運び込まれてくる。


「患者いますけど!?」


「疲労と筋肉痛、魔力の枯渇だった筈だ。構わん」


看護師さん(女性)が叫ぶのを尻目に、濃い緑髪の白衣を着た態度が偉そうな女性がこちらへ近寄ってくる。

見たことのある顔だ、などと思っていたら、ベッドの上に寝ている俺を無理矢理蹴り飛ばした。


「~~~~っっ!!」


蹴り飛ばされた痛みと床に落ちた痛み、さらには悶えたことによる筋肉痛が一気に襲い掛かってきて、声も上げられない。

訳も分からず床の上で悶えるしかない。


「男だろ、それぐらい我慢しろ。あぁ、そっちの女の子は丁重にな。それが終わったらこっちの男たちをざっとでいいから治療しておけ。私は他を見てくる」


「はい!」


そう言って女性は看護師を残して去って行く。

何この扱いの悪さ。

泣くぞ? ドン引きするほどに。


「あの……、大丈夫ですか?」


さめざめと床で泣いていると、見かねたのか看護師さんが心配してくれた。

いい人や……。その優しさをさっきの偉そうな人に少しでいいから分けてやってくれ……。

あ、この人よく見ると犬みたいな耳ついてる。亜人……?

犬可愛いよな。狼はトラウマだけど。


「で、この人たちは?」


「あ、はい。牛鬼討伐隊の人たちだそうです。大勢の怪我人が出たってことで……。すみませんがベッドを使わせて頂きます」


さっきの牛鬼の騒ぎでここが半壊してるので、ごめんなさい。と謝られるが、壊したのは俺達だし。罪悪感の方が勝るね。

多分他の公共施設的なとこ――ここだと教会か?――も使われているんだろうし、俺が言うことは特に無い。

それよりも――


「あの、背の高い男の人を見ませんでしたか?」


「大体2メートルくらいで、上半身裸です」


蒼香が先に聞いてくれたが、少し情報が足りない気がするので付け足す。

あんな格好の人はそういないだろ。


「すみません。私は見てないですね……」


「そう、ですか」


蒼香の声のトーンが少し落ちる。

流石に見てないか。

何人入ってきてるのか分からないし、看護師がこの人だけって訳でもないだろうからな。

まあ、死んでなければちゃんと帰ってくるだろ。

大体、俺らは動くだけでも労力が必要な状態だってのに何をしろって話だよな。

一息吐いて、部屋を見回す。

ベッドが6つ。その全てに怪我人が寝かされている、と思う。見えないので何とも言い難いが。

自分が寝ていたベッドを占領している人を見るが、見た目的には重傷と言う程でもない。

ふむ、足や腕、肋骨辺りが折れてるのかもしれないな。もしくは内臓が傷ついたか。

治癒の魔術で治せるんだろうが、魔力も無限ではないしなぁ……。


「くそっ……」


「痛ぇよぉ……」


小さな呻き声が聞こえて来る。

うん、俺も痛いよ。筋肉痛だからあんたたち程ではないと思うけど。

ちょっと張り合って、不謹慎なことをしたと自己嫌悪。

窓下の壁に寄りかかって体と頭を冷ます。


「えいっ」


「……っ!?」


掛け声と共に、腕をポンと叩かれた。それだけで何とも言えない痛みが走る。

痛みに悶えると他の箇所にも痛みが走る。以下ループ。

なんという悪循環。

その引き金を故意に引いた馬鹿を睨みつける。

つーか何でお前は平気になってんだ。


「少しは楽になったでしょ?」


「ん……?」


言われてみて気付いたが、少し痛みが引いている。

例えるなら筋肉痛2日目みたいな感じ。


「さて、と。いつまでもここにいたら悪いし、宿に戻る?」


「んー、まあ、そうだな」


一応俺たちも怪我人なんだが、ここにいたら迷惑だよな。

立ち上がって埃を払い、ミシミシと音を立てる体に不安を覚えながらゆっくりと伸ばしていく。

うん、大きな傷は大体塞がってるし、大丈夫だろ。

荷物などを一通り確認し終わり、思い出した。


「剣が無い……」


「え?」


牛鬼に投げられてどこかの民家に刺さったままだろう。

手元にあった方がいいよな。


「悪い、先に剣取ってくるよ」


「あー、いいよいいよ。私も一緒に行くから」


面倒そうだから先に戻っててくれていいんだがな。

とはいえ断るのもなんなので一緒に行くことにした。

……べ、別に一人で行くのが寂しいわけじゃないんだからな! と、一人ツンデレしてみる。即座に後悔する。

ううむ、ツンデレ自体そんなに好きでもないからな……。

なによりも俺がやったところで、なあ……。

病室を出て、受け付けへ。

今回の治療費は、俺たちが牛鬼討伐の人たちと重なってしまって放置気味だったので少しだけ安くしてくれたそうだ。ナイス。


「ん? お前たちまだいたのか」


「あ、さっきの」


治癒院から1歩外に出たその場所に、煙草を吸う不良医師がいた。

白衣のまま吸うんじゃねえ、臭いが染み付くだろうが。煙草の臭いが嫌いな人だっているだろうに。

多分、相当酷いしかめっ面をしていたのだろう。医師は手元の煙草と俺の顔を交互に見て笑った。


「これか。市販の煙草じゃなくて私が作った薬みたいなもんだ。魔力の循環を少しだが早めてくれる」


臭いも酷くないだろ、と笑われた。

カラカラと笑う顔が快活な感じを際立たせる。

……あぁ、誰かに似てるかと思えば、前の街の治癒院の先生だ。

性格はフレアさんの方が似てるだろうが、笑った顔は先生にそっくりだ。


「なんだ、人の顔をジロジロと」


「いや、前の街――「オルドセイムね」――そんな名前だったのか。そこの治癒院にいた先生に似てると思って」


治癒師は顎に指を当てて少しだけ考えて、やがて納得したようにコクリと頷いた。


「確かにそれは私の……姉だったか、兄だったか」


「分からないのかよ!?」


肉親にも分からないとか、あの人はどんだけ隠してるんだよ!

ますます得体の知れなくなった人物は、俺の頭の中でとてもいい笑顔を浮かべていた。駄目だこりゃ。


「ふむ、後遺症などは無さそうだな。……魔力の枯渇はいい、お前の魔力タンクが小さいだけだ。だが筋肉痛の方。あれは不自然だ。まるで外部から無理矢理力を加えて動かされたような跡がある」


いきなり話始めたことに驚き、そして話す内容も意味がよく分からなかった。

そんな感じはしなかったと思うんだけど。

無理矢理力を加えられただなんて、そんな操り人形みたいなこと。

何を考えている? だってそれは当り前じゃないか。彼女ガオレノ背ヲオシテイルノダカラ――


「っあ!?」


まずい。なんか電波を受信してたような気がする。

俺は普通の人。俺は普通の人。俺は普通の……。

ぶつぶつと言っていたら蒼香に気持ち悪いと言われた。ひどい。


「あぁ、そういえばお前たちが言っていた男な。宿に戻ってる筈だぞ」


「え……。本当ですか!?」


……なんであんたがその話を知っている。その話をした時にはいなかったよな?

目を白黒させて考えていると、治癒師はこちらを横目でチラリと見て笑った。


「治癒以外にも出来ることはあるんだぞ?」


そう言って頭をポンと叩いた。いや、頭じゃなくて耳、か……?

……盗聴?

先生の透視といい、どうしてそうもプライバシーを無視するようなもんを……。


「淑女の嗜みだよ」


「盗聴が嗜みの淑女なんざ豆腐の角に頭をぶつけてろ」


「ふむ、遠慮させてもらおう」


最後にカラカラと笑って院内に入っていったしまった。

あー……、お礼を言うのを忘れてたな。また今度会った時でいいか。

不意に誰かに袖口が引っ張られる。

とはいえこの場には俺と蒼香しかいないのだから、誰かと言うまでもないのだけれど。


「どうしたー、ってうおっ!?」


「よう」


袖を引っ張っていたのは確かに蒼香だったが、その後ろの大きな男が声を掛けてきた。

まあ、おっさんなのだが。


「服を着ているだと……? つーか怪我酷いな」


「俺だって年中裸な訳じゃねえよ! 怪我は掠り傷だ。心配するほどのもんでもねえさ!」


そう言って笑っているが、俺の目には結構な怪我に見える。

左腕はギブスで固定して首から吊り下げてあるし、右手には松葉杖を持って体を支えている。

土色のインナーをよく見てみれば包帯によって出来た凹凸おうとつが見て取れる。


「まあ、俺のことはいいんだ。お前ら街の中で大立ち回りしたそうじゃねえか!」


おおう、いきなり大きな声を出すなっての。

しかし大立ち回りね。そう言えなくもないけど、その結果が一部半壊した街ってのはどうなのよ?

そう言ってみると、それはそれ、これはこれ。と言われてしまった。


「死んじまった人には悪いが、運が悪かったとしか言いようがねえ。だが、お前らのおかげで助かったって言ってる人も多いって話なんだ。それは胸張っていいことだろうさ!」


おっさんのその言葉がやけにあっさりと胸に落ちて。自分が助けられなかった人たちのことを悔いているのだと、初めて気付いた。

いかん、ちょっと泣きそうだ。こんなに感傷的な人間だったかな?

少しだけ目を拭って、誤魔化す。

……胸を張ることは出来ない。そんなことをしたら隣の馬鹿が全部背負ってしまうだろうから。

いやはや、難儀なもんだね。素直に喜べもしない。

でも、まあ――


「おっさん、ありがとう」


この人にお礼を言うのはまた別の話ってね。

気にすんな、と大きな声で笑うおっさんに感謝しつつ広場へ到着。

無残に抉られた家屋と石畳が痛々しい。


「おーおー、派手にやったな!」


「あんまり言わないで……」


大笑いしているおっさんと対照的に、蒼香はげんなりとしていた。

うん、まあいい気分ではないよな。

だが蒼香の暴走による被害は街だけで、怪我人はいないとのこと。

怪我人なんぞ出してたら確実に自虐やら何やらをしていたことだろう。


「おお、随分高いとこに刺さってんな!」


おっさんの言葉に2人して頷いて、民家を3人で見上げる。

2階の屋根付近に根元辺りまで刺さっているのが見えた。


「どうやって取るのさ」


うむ、どうしようか。

随分高いところにあるわ、根元まで刺さってるわで、俺じゃ抜けないんじゃないか……?

ふと、おっさんが壁を触りながら剣を見上げている。


「おっさーん? 何してんだ?」


「まあ、見てろ」


そう言っておっさんは壁に手を走らせた。途端に黄色の稲光が壁面にほとばしり、円を描き、複雑な紋様を浮かび上がらせ、1つの陣を形成していく。

それが完成したと同時に強く発光し、民家の壁の一部が崩れだした。

ガシャン、と重く鈍い音を立てて剣が落ちた。


「魔力が少ない状態なら、こんなもんか」


「へぇー」


感嘆の声をあげる。魔術って色々な使い方が出来るんだな。

拾い上げて刃を見てみると細かな傷があるものの、大きなひびのようなものは無いので安心した。

おっさんは剣を見て、ち直した方がいいかもしれないと言うが、生憎とおっさん自身も怪我をしているのでそれもままならない。

とりあえずやることは終わったので蒼香とおっさんに呼びかけて宿へ戻ることにする。

でも剣を取るために壁を崩すってのもどうかと思うんだが……。気にしないことにした。




「そういえば、バルドスさん。牛鬼の討伐は――」


「……運が良かった、ってところなんだろうよ」


宿へ戻る途中、蒼香が思い出したように言った言葉は最後まで発せられることはなく、おっさんの言葉に掻き消されてしまった。

事の概要は、召喚によって呼び出された牛鬼の群れに囲まれ、それを脱するためにおっさんたちが囮になった。しかし数の暴力には勝てず、死に掛けたところで突然牛鬼たちが倒れたというのだ。


「そうだな……。まるで、操り人形の糸が切れたような、そんな感じだった」


誰かが操っていたってことか?

いや、まあ、心当たりがあるけれども。


「召喚師の姿は見てないの?」


蒼香が尋ねるがおっさんは首を横に振るばかりであった。

んんー? 魔術のことはよく分からないから何とも素人考えになるんだが、姿が見えないくらい遠くから召喚って出来るもんなのかね?

イメージ的には術師の周りにしか出来ない感じなんだが……。さっぱり分からん。

兎にも角にも、誰も犯人を見ていないとの事なのでギルドの方もどうしようもないらしい。


「まあしばらくはここで休養だろうから、難しい事なんぞ後でいいじゃねえか!」


そう言って笑うおっさんの姿も、どことなく寂しさを感じるものであった。




今日も快晴。

晴れ渡る空の下で少しずつ歯車が回りだす。





申し訳ありませんっっ!

色々ゴタゴタしてたってのもあるんですが、筆が乗らないというか、指が動かないというか、そんな感じでした。



関係無いけれど、最初の1行だけ読むと妙にエロ(ry


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