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Page25:おっさんたちと罠と

SIDE:Baldus


慌ただしく町の中心に向かって走る奴らと、それとは逆に外に出る奴らを交互に目で追いながら速度を落とさないようにしっかりと自分も町の外へ向かう。

ああ、めんどくせ。

それが俺の今のところの感想だ。

いやいや、町の奴らを護る為でもあるしこんなことを考えるのはいけねえ、んだが。

やはり気が滅入る。


「何をそんなしかめっ面をしているの、鉄槌さん?」


不意に、横から話しかけられた。


「ん? いや、あの馬鹿共がなにかしらやらかしかねないかと思ってな。あとその呼び方は止めてくれ。出来れば口調も」


苦笑しながら答えると横にいる女――フレアはクスクスと笑い出した。

少しだけ俺の眉間に皺が寄った気がした。


「悪いね。あまりにも予想通りだったから、ね」


これから牛鬼の討伐だってのに緊張感の欠片もねえな、俺たち。

俺が言った馬鹿共ってのはもちろんフレアに噛み付いてきたあの3人のことだ。

大方自分に力があると勘違いしているんだろうが、あまりにも馬鹿らしい。

おっと、着いたか。

普通、ギルドはこういった魔物の強襲から町を護るために門の近くに建てる。ここも例外じゃないってことだな。


「門を閉めて下さいっ!」


俺たちの後ろで馬鹿でかい門が、これまた馬鹿でかい音を立ててゆっくりと閉まっていく。

ギルドの女――確かレイナ、だったか――が指示を出している。


「ここから少し離れた場所で戦闘を行います。情報では街道沿いの森を通ってこちらへ向かってきているということなので、後衛部隊が全力で攻撃、先制をした後に前衛部隊に任せます」


まあ、今のメンバーを考えれば妥当なところか。

細かく指示出してたって、いったい何人がパニックにならずに戦えるか分からねえし。

戦場にいるのに戦わない、戦えない奴ほど邪魔なもんは無い。

開けた場所で戦うのは……、まあこっちの戦力によるな。

……なんだ、この匂い?


煙草タバコ?」


吸っている奴は直ぐに見つかった。というより隣にいた。


「ああ。駄目な人?」


「いや、そういう訳じゃねえが。あんたみたいな人でも吸うんだな、と思ってよ」


吸い慣れてないのか少し咳き込んでいるが、中々絵になっている。

美人ってのは得だねぇ。


「願掛け。今日も生き残れますように、ってね」


……それにしちゃあ吸い慣れてねえな。

フレアは少し早めに吸うのを切り上げて、指ではじいて前に飛ばした。


「おい、流石にどうかと思うぞ」


「大丈夫さ。跡形も残さないから」


そう言って、小さな火球を指先から落とす。

本当に小さな灯火だ。

火球が地面の吸殻に触れた瞬間、小さく燃え上がる。

後に残るのは焼かれた地面だけ。


「……無駄にすごいな」


「無駄とか言うな。これでも苦労したんだからな」


膨大な熱量を圧縮した小指の先程度の火球。それをほぼ一瞬で作り出して制御する技術。

流石は称号持ち、ってところか。

言葉とは裏腹に感心していると悲鳴が後ろから響き渡った。


「どうしたっ!?」


「とっ、突然牛鬼がっ!」


聞くまでもなかったか。

目の前に今回の討伐対象がいるのだから。

全部で6体。

足元には何人か血で染まって倒れている。


「オオオオオオォォッ!」


「散開っ! 前衛部隊でおさえて下さっ!?」


言葉を無くすのも無理はねえな。

なにせ細い腕で牛鬼を殴り殺す女がいるんだから。


ほむら!』


言わずもがな、フレアだ。

後ろから見ててもその強さがよく分かる。

つか、せめて指示くらい出してから行けよ。

いつも通りに足を地面に叩きつけ鉄槌を造り出す。


「全員、周りを確認しておけ!」


叫びながら牛鬼へ向かう。

フレアと12、3人が交戦中。他はパニックになったり、それを抑える為に駆り出されている。

1体はフレアが不意打ち気味に倒したから残り5体。

斧を持っていたり、剣を持っていたりと様々だ。


「中途半端に距離をとるな! 突進されるぞ!」


慌てふためいて右往左往している馬鹿共に向かって怒鳴る。


「っ、潰れてろっ!」


周りを確認していて避けられない状態の俺に突進してきた1体を、体を回し遠心力をつけて頭に槌を落とす。

グチャリ、と慣れてしまった嫌な感触と共に絶命するのが分かる。

少し気を抜きすぎてたか。


「ぎゃああああぁぁっ!」


また1人やられた。

最初の襲撃も合わせると10人近くはやられてる筈だ。

対して、牛鬼は残り2体。

これ以上は殺させねぇ!


「さっさと死んでおけ!」


他の冒険者を狙っていた牛鬼の背に、走った勢いをそのままに思い切り鉄槌を叩きつける。

なまじ筋肉の鎧で包まれている分、余計に肉を潰す感触が手に返ってくる。

しかし、牛鬼は止まらない。

痛みの所為か、手に持った斧をやたらめったら振り回している。

突進してこないのはいいが、これじゃ近づけねえ。

横目でフレアの方をうかがうと、向こうも似たような状況みたいである。

遠距離の操作は苦手なんだがな……。

鉄槌を両手で持って、頭上で回転させ勢いをつけたところで地面に振り下ろす。

地面が叩き付けた鉄槌の下から一直線に盛り上がって行き、暴れている牛鬼の手前で止まり、


『地槍!』


そこから魔力で固められた円錐形の土が突き上がる。

槍は狙った通りに牛鬼の胸を貫いた。

人型の魔物は人間とほぼ同じ構造をしてるから弱点は分かりやすい。

もう1体はどうしたかと見てみると、フレアが他の冒険者たちにお礼を言っているのが見えた。

……。


「うあっ、他の奴に頼めばよかったのか!」


普段1人で行動しているからか、他の奴らのことをすっぽりと忘れてた。

わざわざ苦手な魔術を使って魔力を無駄に消費する必要なんて無かったじゃねえか。

後頭部を乱暴に掻く。

生きてるのは……やっぱり30人くらいか。

戦闘に参加できる奴となるとそこから更に10人くらい減るな。

とてもじゃねえが討伐が出来るとは思えねえ。


「おーい、レイナの嬢ちゃん! これからどうすっ!?」


俺たち全員を囲むように宙に浮かび上がるいくつもの魔術陣。

魔術陣からそれぞれ1体ずつ牛鬼が現れる。

嵌められたっ!

構成をチマチマと考えている暇は無い。

出来る限りの魔力を込めて地面を踏み締める。


『地槍壁!』


牛鬼の群れから遮るように槍を作り出して円状の壁にする。

これで少しは時間が稼げる筈だ。槌を放り出して地に還す。

くそっ、こんな大規模な魔術なんざ使ったことねえよ。

悪態を心の中で吐くが、気付いた。

俺じゃなくて他の奴にやらせればいいんだった。

本日2回目である。

まあ、今回は仕方ねえか。周りが出来るか分からねえし。


「フレア様、バルドス様」


凛とした声でレイナの嬢ちゃんに呼ばれる。流石に冷静ではあるか。


「申し訳ありません。こちらの落ち度でこのような「謝罪は後だ。この壁も10分も保たずに崩れるだろうからどうにかしようぜ」……了解です」


罪悪感からか少し声に覇気が無い。

冷静ではあっても冷血ではないか。ほとんど関係ないから当たり前だが。

いかん、ユーキに毒されてきてる気がするな。

町に残してきた、連れの少女の尻に敷かれている少年を思い浮かべる。

さて、あいつならどうやってこの場を切り抜けるか。

……嬢ちゃん次第だろうな。

嬢ちゃんの性格からして進んで囮とかやりそうだもんなあ。

で、なんだかんだ言いながらそれに付き合うユーキ、と。

万が一、嬢ちゃんが怪我してたら抱えて真っ先に逃げるな。

会ってそれほど時間の経ってない関係だが、何となく想像通りの気がする。


「へぇ、笑ってられるだなんて大した胆力じゃないか。何か思いついたかい?」


フレアに声を掛けられた。

自分でも気付かないうちに笑っていたらしい。

この状況を笑ってたわけじゃねえんだが、まあいい。


「一点突破、全力で町に逃げる」


「妥当だろうね。レイナさんは?」


「いえ、特に異論はありません。周りに伝えておきます」


手早く話し合いを終わらせて準備に入る。

フレアはまた煙草を咳き込みながら吸っている。

いや、願掛けって日に何度もするもんじゃねえだろ。

心の中でツッコミながら気になっていることを聞いてみる。


「魔術師、それも高位の召喚師が何の為にこんなことをしてると思う?」


「さて、ね。他人が考えることなんてアタシには分からないよ」


だよなぁ。

分かることと言えば相手の実力くらいなものだ。

あれほど多くの召喚を一息でこなせる魔術師。

少なくとも称号持ち以上の実力がないと出来ない芸当だ。

1人でやった場合、と頭に付くが。


「でも、まあ。はっきりしてるのは」


吸い終わった煙草を先程と同じように弾く。

違うのは地面に落ちる前に灰も残らず一瞬で燃えたということだ。

ほんとに無駄にすげえ。


「少しイタズラが過ぎたってところだね」


魔力が漏れ出し、辺りに熱気を撒き散らすほどの怒り。

真っ赤な魔力が空へと立ち昇り、空間ごと染め上げている。

正直、傍に居たくないほど熱いんだが。周りも何事かと騒ぎ出してるし。


「他の方は準備が終わりました。それと、協力していただける方がいました。……あと熱いです、フレア様」


フレアに気を取られてて気付かなかったが、レイナが男女を引き連れて後ろに佇んでいた。

1人は栗色のショートカットでメガネを掛けたお嬢ちゃん。紺のローブを着込んで背丈に見合わない大仰しい木製の杖を持っている。言っちゃあ悪いが、鈍臭そうな娘っこだ。

もう1人は金髪のとっぽい兄ちゃん。オーソドックスな革鎧の上に枯草色のマントを着けて腰に剣を差している。ニコニコと笑っているのは何故だろうか。


「時間も無いし、とりあえず出来ることを言って」


「あ、えっと、石人形ストーンゴーレムを5体ほど……」


攪乱かくらんくらいですかねぇ」


フレアの言葉に慌てて答えるお嬢ちゃんと笑みをそのままに答える兄ちゃん。

ああ、どうしようもなく不安だ。


「それなりに選別しましたので大丈夫です。……多分」


表情に出ていたのか、レイナの嬢ちゃんがフォローしてくるが最後に不安を煽るようなことを呟いたので台無しである。


「あと数分でこの壁が崩れるんだろ? 気にしてられないよ。

とりあえず攻撃できる人全員で一点突破。そっちのメガネの子は石人形出して後ろを押さえて。青年はアタシたちと一緒に囮」


「わ、分かりました」


「了解でーす」


緊張感があり過ぎても無さ過ぎても問題だな。

上手く切り替えてくれれば何も言うことはねえんだが。

めがねの嬢ちゃんが何も無い所でつまづいて杖が宙を飛び、立っていた無関係な冒険者の側頭部に突き刺さるのが見えた。

兄ちゃんはそれ見て笑ってるだけだし……。

ああ、不安だ。




「崩れるぞっ!」


程なくして魔力で構成された土の槍の壁がボロボロと崩れ始めてきた。

全員に緊張が走る。

各々が剣を、杖を、槍を、斧を、弓を構えてその時を待つ。

やがて大きな音を立てて全てが崩れ落ちた直後、


「吹き荒れなさい『風精の螺旋矢エアリアル』」


レイナの嬢ちゃんが凛とした声で魔術を放つ。

轟音と共に風の塊が高速で俺のすぐ傍を通り抜け、前方の牛鬼を3体ほど巻き込んで吹き飛ばす。


「走れ!」


先導しながら叫ぶフレアの声で一斉に走り出す。

火が燃え盛り、風が荒れ狂い、地が隆起し、水が押し流し、氷が阻み、雷が駆け巡り、光が、闇が放たれ前に立ちふさがる牛鬼を打ち倒していく。

もはや小規模の戦争だな。

牛鬼の囲いを走り抜けて、少し距離をとってから振り返る。

50強、ってとこか。

報告よりもはるかに大きい規模の群れ。

それに対してこっちは俺、フレア、レイナ、メガネの嬢ちゃんととっぽい兄ちゃんだけ。

これで時間を稼げと。


「競争する?」


「あん?」


いつの間にか隣でフレアが不敵に笑っている。


「どっちが多く倒せるか」


「冗談。俺は数を倒すのは苦手なんだ。魔力の残量も少ないしな」


「そうかい。残念だ」


少しも残念そうには見えないが。

しかし競争ね。余裕あるじゃねえか。

それに比べて俺は何考えてんだか。

時間なんて稼がなくていい。

もともとあれこれ考えるのは性に合わないんだ。

後先考えずに突っ走ったって構いはしないだろう。


「で、競争する?」


「いや。しねえ」


フレアが何か言っているが、まあ、いいだろう。

足元の地面から槌を造り出す。


「…っし、行くぞ!」


気合いを入れ直して牛鬼に向かう。


「一応アタシが指揮官なんだけどねぇ…」


隣で並走しているフレアがぼやいているが、聞く耳なんぞ持っていない。

そうやって言うくらいだったらそれらしいことをしやがれっての。


「アタシは右に行くよ」


「了解。俺ぁ左だ」


左右に分かれた直後、ちょうど俺たちをかすめるような形で風の塊が通り過ぎ、牛鬼たちを襲う。

着弾した風は、その力を爆発させて周囲を切り刻む。

……せめて貫通型の魔術を使って欲しいんだが。

下手したら巻き込まれてたな。

目の前、4体の牛鬼が迫る。

先頭の牛鬼が剣を斜めに振り下ろす前に懐へ踏み込んで、その手を槌で打ち払う。

体を魔力で強化しながら肩を突き出して倒れるように前へ。

壁に当たったような衝撃が体に返ってくるが、それを無視してさらに踏み込む。

肩から感触が離れ、瞬間的に槌を振り降ろす。

倒れている牛鬼の胸に叩き込む。わずかな抵抗、しかしそれもすぐに消え失せる。

体を反転、槌を牛鬼の体から引き抜いて左右の2体を弾く。

バランスを崩した1体の肩に振り下ろして潰す。血が吹き出て体にかかるが気にしていられない。

すぐさま反転、そのまま横に槌を振り抜いて腹を打つ。

これではまだ殺せていない。

追撃を掛けようと踏み込むと、4体目の牛鬼が巨大な斧を振り回し向かってくるので後ろに飛び退る。


「うざってぇっ! どけっ!」


斧を振り回す牛鬼に、槌を投げる。

手からすっぽ抜けるような形で飛んだ槌は、牛鬼の頭に吸い込まれるように当たり、嫌な音を立てながら顔を潰す。

俺が素手だということを分かってか、殺し損ねた牛鬼が突進してくる。が、甘い。

地面を踏み抜き、新たな武器を作り出す。

片手で扱うにはあまりに長大なもの、突撃槍ランス

それを突進してくる牛鬼に合わせ――突き出す。

大きな衝撃とともに突き刺さり牛鬼は動きを止める。


これで4体。次は――っ!?

左腕に衝撃。無様に吹き飛び地を転がる。

こりゃ、折れたな。

力が入らない左腕に意識を向けながら、体を起こす。

フレアとレイナの嬢ちゃんが同じ数殺してたとしても残りは40近く。

それよりも先に自分の体の限界の方が早いかも知れない。

一向に数が減ったように見えない牛鬼の群れ。

そこから少し離れてしまった。

俺を吹き飛ばしたであろう牛鬼が突進してくる。


「があああぁぁっ!」


突撃槍は先程突き刺したままなので手元には無い。

また新しく武器――今度は柄が長めの戦斧バトルアックス――を造り出し、体を使って右腕だけで振り下ろす。

ちょうど良く、唐竹を割るように頭に食い込み絶命させた。

これで5体か……。

相変わらず減ってるようには思えない。

折れた腕でどこまで頑張れるかね。



……ああ、めんどくせ。



マズイ、少しグダグダになってきた気がする。

もっと気を引き締めて頑張ろうと思います。

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