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Page24:事件と想いと

※ 男の人にとってちょっと痛い表現があるかもしれません。



宿の2階でゴロゴロと時間を潰していると、外から慌ただしい声が聞こえるようになってきた。

ベッドに腰掛けて窓から見てみると、町一番の大通りで町の人たちが右往左往している。

まるで蜂の巣を突いたような騒ぎだ。


「何かあったのかな」


隣に座っている蒼香は真剣な表情で町の人たちを見ている。

ふむ、今この町の人を脅かす何かと言えば――


牛鬼ミノタウロス……か?」


「多分」


それぐらいしか思い付かんな。

子供を連れて走る母親や、老人を負ぶって行く青年まで様々な人が待ちの中心部の方へと向かっている。

蒼香の話しによると、教会が避難所になっているそうだ。


「俺たちも避難するか?」


「うん。討伐はバルドスさんや他の人たちに任せよう」


蒼香は一応牛鬼くらいなら倒せるそうだ。

だから討伐隊の方に入っていてもおかしくはないのだが、ユーキを1人にすると何をしでかすか分からない、と留守番側になった。

正直、そんなにしたいことも出来ることも無かったから俺1人で宿で待ってればいいと言ったのだが、何故かおっさんにもニヤニヤ笑いながら却下された。


「ほら、行くよ」


蒼香はもう行く準備が出来ているらしい。結局いつもの格好とあまり変わりはないのだが。

俺も壁に立て掛けてあった剣を手にとって部屋から出る。


「きゃあああああぁっ!」


いや。出ようとしたが、甲高い叫び声を聞いて反転、窓へと走る。

見れば大通りが真っ赤に染められて、その中につぶれたトマトの様なモノが転がっている。

瞬間的にそれが何かということが分かってしまい、吐き出しそうになるのを必死に耐える。

何が起きた!?

断続的に悲鳴は続いている。

方向からして町の人たちが避難している教会がある辺りからだ。

窓枠から身を乗り出して見ると、周りの人よりも倍近く大きな男が棍棒を振り回して町の人を薙いでいく。

あれが牛鬼か。でかくね?

現実逃避している場合じゃない。こうしている間にも殺されている。


「蒼香!」


「分かってる、飛ぶよ!」


異常を伝えようと振り向くと、蒼香は既に俺の首根っこを掴んでいる。

そのまま窓の縁に足を掛けて――


「え、ちょっ!」


躊躇ためらいもせずに窓から飛び降りた。

あ、空が見える。

一瞬の浮遊感の後、大きな衝撃が――


風の槌メレウス・ウェンテ!』


無かったけど風で飛ばされそうです。

どうやら風の魔術を地面にぶつけて減速したようだ。

軽やかに着地する蒼香と、落とされるように手を放される俺。

文句の1つでも言ってやりたいが、今はそんな場合じゃないと慌てて立ち上がり、極力周りを見ないように走り抜ける。


「私は囮! ユーキは怪我人を!」


「了解!」


情けないことだが、そっちの方が効率がいいのは事実だ。

もちろん、俺には治癒の魔術なんて出来ないから直ぐに誰かに見させなければいけない。

喧騒が大きくなってくる。どうやら広場で暴れているようだ。

そこへ入ってまず目に付いたのが、地面を染める赤。

惨劇、としか言いようが無い。

真っ赤に染まったものが嫌でも目に付く。

人の体に牛の頭を付けた化け物はこちらに背を向けて、動くものを見つけてはその手に持った棍棒を振り回している。


『響け、青き氷! 我が敵を凍てつかせよ!』


スカートのポケットから何かを取り出して握りこみ、詠唱する。

同時に蒼香の体から青い光が溢れ出す。


霧氷の槍ヤクルム・グラキエース!!』


蒼香の周りに突如として現れた計6本の成人男性の腕ほどの氷の槍は、一直線に牛鬼へと向かって行く。

が、牛鬼は振り向きざまに手に持った棍棒で3本叩き落す。

残った3本は牛鬼の右足と地面を繋ぎとめ、右肩を凍らせ、左脇腹に突き刺さり凍結させる。

蒼香が牛鬼を引き付けている間に倒れている人に近づく。

男の人は……。駄目だ、息をしてない。次!

小さな子供を抱えているおばさん。脇腹が抉れてる。

くそっ!

子供ごと抱きかかえて教会へと走る。

息も絶え絶えだがまだ生きている。


「あんた、この人を頼む!」


「あ、あぁ。分かった」


教会の前でまごついていた兵士におばさんたちを押し付けて広場の全体を確認する。

あちらこちらにひしゃげた鎧や剣、それらを身に着けていたであろうモノが散らばっている。

生きていそうな人は……。3人、か?

他は原型を留めていなかったりが大半だ。くそっ、吐きたい。

牛鬼は氷から抜け出して棍棒を振り回し、蒼香は牛鬼の懐で離れないように攻撃を避け続け、小さな傷をつけている。

どんだけ目が良くなってるんだか。

っと、そんなことを考えている場合じゃない。早く他の人を助けないと。

3人を手早く抱え、教会の人に全員押し付けてから派手な音が鳴り響く中心地を見る。


雷掌マヌス・トニトルス!』


牛鬼の真正面、懐に入った蒼香の手の平から青白い光が弾けて牛鬼の巨体に絡み付く。

電撃によって硬直した牛鬼に更に叩き込むために詠唱する。

いつの間にか良くなった目は牛鬼の腕が微かに動いたのを見逃さなかった。


「蒼香、逃げろっ!」


「え? うあっ!」


人と同じ形の、しかし比べようもない大きな手が蒼香の体を宙に浮かせ締め上げる。

それを認識した刹那のうちに剣を抜いて走り出す。

重心は前に、滑る様に最短距離を。

牛鬼の約3歩手前。棍棒を持つ手を振り上げるが、遅い。

更に体を倒して地をはしる。

狙うのは蒼香を掴んでいる腕ではなく――


「その、汚いモンをぶら下げて蒼香に触ってんじゃねえっ!」


出来るだけ見ないようにしていた男の急所を、股下を駆け抜け様に斬って地面を削りながら止まる。

噴き出す赤い血と、響くような咆哮。それは痛みだろうか、憤怒だろうか。

いや、どうでもいい。止まっているのであれば好都合。

踏み込んで、跳躍。一撃で断ち切るつもりで首に向けて体を回して剣を振るうが、刃が肉にはばまれてそれほど進まずに止まる。

ありえねぇ、どんだけ硬いんだよ。

牛鬼の肩に立つような感じで食い込んだ刃を抜こうとするが、牛鬼が剣を掴む。認識したと同時に剣から手を放し牛鬼の肩を蹴りつけて飛び降りる。

勢いをつけて投げられた剣は減速することなく一直線に飛び、派手な音を立てて民家の壁に突き刺さった。

やべっ、武器が無い。

三十六計逃げるにしかず。距離を離すために後ろへ跳ぶ。

途端に首の後ろが焼けるかのように熱くなる。


「オオオオオォォッ!」


地を揺るがすような咆哮、動き出す巨体。

鈍重に見えたそれは、一瞬で加速して迫って来る。

避けれねぇ!

加速した牛鬼の巨体が突き刺さる。

体が軋み、肺の空気が全て押し出され、世界が回転する。

せめて頭を打たないように、と体を丸めるが本当に出来ているのかも怪しい。

ゴム毬の様に吹き飛んでいたであろう体が、堅い何かに叩きつけられて止まる。


「がっ! げほっ、ごほっ!」


息を吸った先から咳き込んで吐き出してしまう。

こりゃ血も吐いたな。口の中がべた付いてる。

なるほど、蒼香が近距離で纏わりついてたのはこれを喰らわないようにか。

確信は無いが恐らくあばらが何本か折れている。

挽肉にならなかっただけましと思っている俺はおかしいんだろうか。

何とかして立ち上がろうとしていると、不意に影が差す。

牛鬼が俺を見下ろしていた。

手に持った棍棒を振り下ろせば俺を殺せるというのに、それをせずに嗤っているような気がする。胸糞悪い。

でもまあ、あれだ。


「獲物を前に舌なめずりは3流がやること、だったか」


牛鬼の後ろ、その奥で蒼香が右手に赤い光を、左手に緑色の光をほとばしらせてこちらへ走って来ている。

両手を合わせて、合成。熱風が吹き荒れる。

気付いた牛鬼が振り向くが、遅い。

蒼香の歩幅で3歩。そこは既に蒼香の間合いだ。


焼き払う剣フランマ・エンシス


蒼香はまるで鞘から抜くように右手を振って炎で出来た細身の長剣を作り出し、その勢いで擦れ違い様に牛鬼の腹を一閃。更に振り向いて背中を縦に一閃。

燃え盛る剣で斬りつけた箇所には炎が残り、牛鬼の体を侵していく。


「オオオオオオォォォォッ!」


天を見上げての咆哮。牛鬼の傷が急速に塞がっていく。

治癒というより、もはや再生と言った方がいいだろう。

しかし蒼香は退かない。

連刃連撃。

足に、腕に、腹に、背に、顔に、炎の剣を高速で縦横無尽に滑らせる。

再生が追いつかずに、牛鬼の体は赤く包まれていく。

蒼香は燃え盛る炎をものともせずに突進。牛鬼の腹を剣で貫き、抉って、即座に引き抜く。

蒼香の立ち位置は俺を背にして、牛鬼から庇うような形である。


「ッ、オオオオオオォォォォッ!」


突進。

炎に包まれその体を焼かれながらも蒼香を狙っている。

しかし目の前にいる少女は動かない。

そっと、剣を両手で握って頭の上に掲げるだけ。


全て焼却(オムネ・フランマ)


何の感情も聞き取れない声音で死を告げながら、手に持つ剣を大上段から振り抜いた。

剣は牛鬼の体を肩から一直線に縦に裂き、溢れる炎が天へと駆け上がりその体を炭化させ、灰と化す。

あれだけの質量のものを灰にするってどんな火力してんだよ。

つーか蒼香が怖い。

後姿しか見えないが鬼気迫るものを感じる、気がする。

牛鬼の体が半分ほど灰になって、ようやく鎮火し始めた。

蒼香がゆっくりと振り向く。


「大丈夫!? 生きてる!?」


うん、いつもの蒼香だった。

先程までの気配はどこかへ放り投げたようで、俺の体を恐る恐る触って怪我の具合を確かめている。

しかし、何だったんだ?

生き物を殺すのはNGな癖に、ああも無感動に、それこそ作業の様に剣を振り下ろせるだなんて。

……二重人格、とか?

いや、そんな素振りは無かったと思うんだけど……。

他に考えられることといったら……、感情を押し殺す、とかかね? 自己暗示みたいな感じで。

それなら有り得ない話では無いと思うけど……。

俺の胸に手を当てて治癒魔術を掛けている蒼香を眺める。


「……あのね」


「うん?」


蒼香が口を開く。


「私ね、ユーキに助けてもらって嬉しかったの。でも、それ以上にユーキが傷付けられたことが許せなくて。その、気付いたらもう体が動いてた」


自分で何かを殺すって嫌悪感よりも俺を傷付けられたって怒りの方が勝った、ってことか?

……不味くね?

自惚うぬぼれじゃあないが、どんだけ蒼香の頭の中を俺が占めてるんだよ。

1週間ほどしか一緒にいない男への、依存に近いもの。

蒼香の、何かを殺すことへの嫌悪感はそれ程酷くないという可能性もあるかも知れないが、バルドスのおっさんと話していた態度からしてあまりそうも思えない。

俺が見ただけでも2回、今回を含めれば3回、蒼香は自分以外の何かを殺している。


「殺さなきゃ殺されるってことも分かってる。少なくとも前の2回はそうやって判断した。だけど、今回は! 行き着くところはそこだけど、その前に私はっ、痛っ!」


蒼香が額を押さえて呻いている。

うーむ、筋力も上がってる所為か軽くデコピンしただけでも痛いのか……。

涙目で俺を睨んでいる少女。

これだけ見れば普通の女の子なんだけどな……。


「少し考えすぎだ、馬鹿」


「でも……」


蒼香に聞こえるように大きく溜息を吐く。


「ま、色々思うところはあるけどな。蒼香が助けてくれて、俺が生きてる。今はそれだけじゃ駄目か?」


「……ずるい」


仕方ないだろ、お前が分からないのに他人の俺がそう簡単に分かる訳ないんだから。

問題を先延ばしにするだけだが、いい加減休みたい。

殆ど痛みが無くなった体を確認して、蒼香を避けて立ち上がろうとした時――場違いな拍手が響いた。



申し訳ないです。更新遅くなりました。

もう不定期更新って言った方がいいですよね!

いや、ほんとごめんなさい。


あ、少しづつお気に入り登録が増えて喜んでいます。ありがとうございます。

これからもユーキと蒼香、その他大勢(笑)を応援して頂けると嬉しいです。

ではでは。

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