Page22:小人族と牛鬼と
「……でかっ!」
「まあ、こっちの地方では2番目に大きな町だからなぁ」
目の前にあるのは城壁ように聳え立つ大きな壁と、兵士が並んでいる人を1人ひとり身元の確認をしている。
歩き始めてから3日目の昼頃。
旅は順調に進み、予定よりも少しだけ早く俺たちは町に着いたようだ。
前の人たちに倣って列の最後尾に並ぶ。
これほど大きな町だ。人や物、情報も多く集まるだろう。
だが……。
「何かピリピリしてない?」
「確かに。少し雰囲気がおかしいな」
「ちょっと聞いてみるか!」
そう言っておっさんは列から外れて前の方へと歩いて行く。
止める暇も無く行っちゃったよ、あの人。
それ程並んでないから大丈夫だとは思うけど……。
「兄ちゃん兄ちゃん! 兄ちゃんたちは、その格好からして冒険者だよな?」
「ん?」
声のした方を見ると、ぶかぶかのローブを着て、羽根帽子を被った俺の腰くらいまでしかない少年がいる。
しかし、少年と言うには何となく仕草が子供のそれには見えない。
「駆け出しですけど、一応。あなたは……商人の方ですよね?」
俺が考えているうちに蒼香が答えていた。
目の前で考え込むのは失礼だったな。
「そうだぞ! この帽子を見ればすぐ分かるだろう!」
ふむ、あの羽根帽子は商人であることの証明書みたいなものなのか。
でもなんで蒼香は敬語を使ってるんだ?
「もう知っているかも知れないけど、最近このあたりで牛鬼が出たらしいんだ。こっちとしては商売上がったりだよ! 駆け出しでも冒険者なんだろ? なんとかしてくれないかね」
「牛鬼……? でもこれだけ大きな町だから、直ぐに討伐されるんじゃ……?」
ミノタウロス、っていうと上半身だか頭だかが牛の化物だっけ?
結構強そうなイメージがあるけど、どうなんだ?
蒼香と商人の少年の話しを聞きながら考えを纏めていく。
「2、3体ならよかったんだ。でも何故か群れで行動しているらしいんだよ! 気性が荒いから滅多に群れをなさない筈なのに!」
滅多にってことは前例があるのか。
じゃあ今回はその少ない確立の内の1回かもしれないな。
そうこうしているうちにおっさんが戻って来た。が、その顔色はあまり良くない。
「おっさん、どうした?」
「あぁ、自警隊の奴に聞いたんだが、最近このあたりに牛鬼の群れが出るって話しでな」
「私たちもその話を聞いていたんだよ」
やっぱり原因はそれなのか。
おっさんが同じ話を聞いてきたことでどれ程影響が出ているのかが分かった。
「ん? 上半身裸のゴツイ男……。 兄ちゃん、名前は?」
「げっ、小人族の商人……。あー、バルドスだ」
小声で悪態吐いてたな、今。
そんなことには気付かず、商人は捲くし立てる。
「おお、やっぱり鉄槌か! こんな所で会えるなんてな!
何してるんだ? 素材集めか? ギルドの依頼か? それとも牛鬼の討伐に来たのか?」
「あぁ、いや。たまたま通りかかっただけで……」
「何? たまたまなのか! まあ、そんなことはどうでもいい! 最近どうだ? 飯は食えてるか?」
……おっさんが嫌がるのが少し分かった気がする。
詰まるところ、小人族っていうのは――
「すっごいお喋りなんだよね。あと、噂話が大好き」
「おっさん困ってるもんなー」
見れば蒼香も少しげんなりしている。
直接話してないけど、聞いているだけで疲れてきた。
小さな商人のお喋りは途切れることなく、終わる気配も無い。まるで機関銃だ。
あ、そういえば。
「おっさん、鉄槌とか呼ばれてたけど、あれ何?」
「んー、ある程度ランクが上がったら貰える称号みたいなもの、かな?」
二つ名か。鋼の、とか焔の、とかあるのかね?
って――
「おっさんって実は有名人?」
「そうみたいだねー。全然知らなかったけど」
まだ開放される気配の無いおっさんを見ながら何気に酷いことを言う俺たち。
だって、ねぇ。
身近にいる人が有名人とか言われても実感無いし。
何よりも、言われてるのが上半身裸のゴツイおっさんだしなぁ。
もっとこう、美形の騎士とか、美人なお姉さんとか。そういうのだろ!?
「おい、今すげえ失礼なこと考えなかったか?」
「いや? 気のせいだろ」
商人の話しを無理やりぶった切って聞いてくるおっさん。
何でこんな鋭いんだか。おちおち考え事も出来やしないっつの。
「次の方ー」
「ん? ああ、もうウチの番だね! じゃあ皆さん、今度会うときにはウチの商品買っていってね!」
前に並んでいた人たちはいなくなっており、小さな商人の番のようだ。
駆けていく小さな背中を見送って、3人で溜息を吐く。
最後まで騒がしい人だった。
「で、なんで敬語?」
「小人族は長生きで、成人したって背はあれ位までだからね。あの人も多分50は超えてるんじゃない?」
やっぱりそういうこともあるのか。
エルフとか巨人族みたいなのもいるのかね……、って巨人っぽい人は前の町で見てるな、そういえば。
数日前のことを微妙に忘れているだなんて。
俺の記憶力が悪くなったのか、密度の濃い日々を過ごしていたからなのか。
後者だと思いたい。
「そういや、牛鬼のことなんだけどよ」
「ん?」
まだ終わってなかったのか?
少し声を潜めるおっさんの顔は真剣なものだった。
「被害報告も来てるみたいなんだわ」
「……具体的には」
考えて然るべきこと。
群れで移動していただけならここまで噂が広まる筈がない。
「確認されてるだけでも村が3つ。そのうち1つに調査隊を送ったらしいが、悲惨な光景だったそうだ。男や老人は殺されて、女は子供でも……、まあ、その、な」
了解、口では言えないような状態な。
「そのまま放置されてたの?」
「そうらしい。いや、女は連れ去られてる数の方が多いだろうがな」
吐き捨てるように悪態を吐くおっさん。
俺も胸糞悪くてすごい顔してるだろうが、蒼香がもっとひどい。
何というか、押し込められた黒くて攻撃的な感情がちょっと溢れ出てるんじゃないかってくらい恐い。
「嬢ちゃん、少し落ち着け」
「分かってます。分かってはいますが、無理です」
素直なのは良いことだよね。物凄く恐いけど。
ふむ、やっぱり人と魔物を天秤に掛ければ人に傾くのか。
人が殺されれば怒って、自分が魔物を殺せば悲しんで。俺には無理だな。
「で、だ。多分討伐隊に俺も組み込まれるだろうからな。ここの町じゃ一緒には行動出来ないかも知れん」
「あぁ、そっか。じゃあ俺たちの平和の為に頑張ってきてく、痛っ!」
おっさんに拳骨貰った。
何だよー、そのための討伐隊だろー。
蒼香にクスクスと笑われているのが分かる。
先程までの黒い雰囲気はなくなって、何とも和やかである。
「次の方ー」
「おぉ、呼ばれたか。ほれ、面倒だからまとめて行くぞ」
「了解」
門の脇にこじんまりとした兵士の詰め所のような場所がある。
そこでいくつか質問されるらしい。
らしい、というのはおっさんが前にも来たことがあって同じようなことをしたんだとか。
「そんなに前の話しじゃねえからな。変わってねえだろ」
おっさんの話を聞きながら詰め所へと進む。
詰め所のドアが開いていたので中を見ると、いかにも兵士ですよみたいなガチムチなおっさん達がいた。
ふむ、魔術師はいないのか?
こんな大きな町で大きな騒ぎを起こすような奴はいないと思うけど、用心しておいて損はないだろうに。
と、そこまで考えてからあることに気付いた。
あぁ、兵士のおっさん達も綺麗な魔力を纏ってるわ。
考えてみればこの世界の魔術師って完璧に砲台って訳でもないんだよね。
蒼香やおっさんもどっちかって言えば戦士とかそっち寄りだし。
思考に沈んでいると襟首を掴まれ引きずられる。
「勝手な行動しないの!」
……お母さんか、お前は。いや、俺が悪いんだけど。
考え事をしてると他の事が出来ないな。なんとか出来るようにしておいたほうが良いんだろうか。
出来るようになるかは別として。
「ユーキ?」
「え?」
おっさんにいきなり話しかけられた。
マズイ、また聞いてなかったみたいだ。
「ランクだよ、お前のランク。どのくらいなんだ?」
「あぁ、確か……黒石?」
1回しか依頼を受けてないし、魔物を倒した訳でもない。なので変わってない!
胸を張って言う事ではないな。一番下のランクな訳だし。
「黄玉、青水晶、黒石の3人ですね?ではギルドカードを見せて下さい」
言われた通りに懐から自分の黒いギルドカードを出す。
おっさんのは透き通るような黄色である。
えーっと、蒼香が中位でクリスタルなんだから、おっさんのトパーズってのは上位になるのか?
くそぅ、こんな上半身裸のおっさんがそんなにも強いのか。
まあ、おっさんは武器の素材のために魔物を狩るらしいから、それでなんだろうけど。
「はい、確認しました。ギルドに行くと牛鬼の討伐隊の募集をしているはずです。自信があればやってください。町の人も怯えてしまっているんだよ」
「おう、何とかしてみるわな。俺だけじゃ無理だがな!」
大きな笑い声が響き渡る。
うん、おっさんに任せておこう。俺は出来ること無さそうだし。
蒼香がどうするのかは分からないが、俺は有無を言わさずに留守番だろう。
さてさて、どうなることやら。