Page21:道中と練習と
噛み合わせた歯車を回す。
奔る様に鋭く、燃える様に苛烈に。
体内を駆け巡るようにして魔力で満たされる。
イメージは蛍光灯の光。
持続ということに関してならピッタリであろうそれを、頭の隅で思い描きながら魔力を練る。
形は球体。持続時間は、目標10秒。
イメージで練り上げられたそれを指先から解き放つ!
「そぉい!」
「……20点」
「いや、5点くらいじゃねえか?」
掛け声と共に人差し指から放たれた小さな光は、一際強く発光して数秒も持たずに消えてしまった。
半袖の白いポロシャツにスカート姿の蒼香と、上半身裸で大きな荷物を背負ったおっさんが採点をしてくれているが、酷いと言わざるをえない。
2人揃って溜息を吐くな。こっちが悲しくなる。
「俺以上に下手な奴って初めて見たな……」
悲しくなるくらいに澄み渡った青空の下で、おっさんの小さな呟きが漏れたのである。
現在町を出てから徒歩で5時間といったところ。
周りは平地、右手には森があり、更に奥には連なる山が見える。
左手は平地が続いているが、小さく森の様なものも見える。
のどかだねぇ。
そんなのどかな風景の中、若草色のコートを着た男が変な叫び声を上げている。俺だけど。
いや、魔術の練習してるんだけどな。これがさっぱり進展が無い。
おっさんも魔術師だそうなので見てもらいながら練習しているが、結果は惨敗。
持続が下手だというおっさん以上にマズイらしい。
「こればっかりはセンスの問題だからねー。続けていればそれなりに出来るようになるとは思うけど……」
「人のこと言えねぇが、ユーキは壊滅的にセンスがねぇな!」
豪快に笑うおっさんだが、当の俺からしてみれば笑い事じゃないっつの。
レジストの為に練習してた時は頑張れたんだけどなぁ。
ここにきて才能の壁が立ちはだかるのか。
……高望みしすぎか。そもそも魔術が使えた時点で俺としては十分すぎるほどなんだし。
でもなー、最大火力で殲滅! みたいなことをやってみたかったのになー。
使う機会はないだろうけど。
何となく物騒なことを考えながら、もう一度魔力を練り直し始める。
……ちょっと無茶してみるか。
「蒼香ー、フォローよろしくー」
適当に声を掛けておいて集中する。
イメージは数日前にボロボロにされた太陽。
ハードルが高すぎるような気もするけど、いつかきっと出来る日が来ると信じて!
『開放っ!』
白い輝きが手の中に生まれる。
――ギチリと全身が軋む。
輝きは強くなり球となって。
――左腕が切り刻まれる。
球体は手からほんの少し離れて留まり。
――右腕が捻じ切られる。
その身に満ちた魔力を溢れさせる!
――もう無理!
「ッ、アアああああぁっ!」
目の前がチカチカして、今自分が立っているのかさえも分からない。
体を削ぎ落とされ、潰され、掻き回されていく。
視界は闇に包まれて、声も出なくなった。
ふと、闇の中に一条の光が見え、反射的に手を伸ばして――
「あがっ!?」
強い衝撃と共に体が吹き飛ばされた。
前回より飛距離が長く感じたのは気のせいだろうか。
地面にうつ伏せに倒れながらそんなことを考える。
前回分かったことだけど、この痛みは集中を解いた後の方が強く感じる。
じゃあ集中解かなければいいんじゃね? と思って頑張っていたが痛みで強制的に引っ張られてこの有り様。
「おーい、生きてるか?」
生きてるよ、一応。
おっさんの声に心の中で返事をする。
ようやく体の感覚が戻ってきた。蒼香にやられたであろう横っ腹が痛い。
世界を狙える拳だな、後から効いてきた。死ねる。
倒れたまま悶絶していると体が浮いた。どうやらおっさんに米俵の様に担がれているようだ。
ちょうど荷物の上に乗っかるような形である。
「ユーキって物凄く馬鹿だよね」
「うるさい……、少し悔しかったんだよ」
おっさんの後をついて歩いて俺の顔を覗き込んでくる蒼香に尤もなことを言われる。
今更だけど、あれで放っておかれたら多分死ぬよな。
蒼香に感謝だな。引き換えに受けるダメージも中々のものだが。
青空の下をリズム良く歩いていく。
……やべ、おっさんの微妙な上下の揺れで気持ち悪くなってきた。
「おっさん、降ろしてー」
「お? もう大丈夫なのか?」
大丈夫じゃないがそれ以上に気持ち悪い。
おっさんの肩からゆっくりと地面に降ろされるが、どうにもまだ脇腹が痛い。
「嬢ちゃん、治してやれよ。このままじゃ日が暮れちまう」
脇腹を擦っているとおっさんが見かねて助け舟を出してくれた。ナイス。
仕方ないと言わんばかりに大きく溜息を吐いて、蒼香は治癒の魔術を唱える。
ここ数日で何回これの世話になったことやら。
「無茶しすぎ。心配するこっちの身にもなってよね」
「すまん」
でもなー、少しくらい無茶をやらんとどうしようもなさそうだし。
何せ本職2人に壊滅的だなんて言われたんだから、人の何倍もやらなきゃ同じ場所に立てないだろうよ。
「そうだな……。参考になるか分からねえが、俺は特定の魔術なら持続は長いほうだぞ」
「……どういうことだ?」
治療を見ていたおっさんが話しに入ってくる。
俺の問いには答えずに、おっさんは背の荷物を降ろして少しだけ離れて立ち止まる。
「ふんっ!」
気合と共に地面を強く踏み締めると同時に地面が隆起して、巨大な何かが回転しながら飛び出す。
回転するそれを掴んで切っ先をこちらに向けてきた。
「土の基本性質“造形”。相性が良かったんだろうな。自分の武器を造ることだけは持続も簡単に出来たぜ!」
おっさんが持っているものは戦斧をおっさんのサイズに合わせて大きくしたものだった。
大戦斧、とでも呼べばいいのだろうか。
2、30キロはあるであろうそれを、軽々と片手で扱っている。
さて、相性ね。
俺に相性が良いものがあるかどうかなんて分からんぞ?
そもそも主属性が“無”なんだから、相性が良いとしたらそっちの方だろう。
よりにもよって未だにその効果が分からないものが自分の主戦力だなんて。
「難儀なもんだな」
「全くだね」
チートみたいな性能のお前が同意するんじゃない! 余計に惨めだわ!
治療を終えた蒼香から返ってきた言葉に対して少しだけ悲しくなった。
「お前ら……、俺は放置か?」
「あ、悪い」
おっさんが呆れた顔をしてこちらに戻ってきた。
先程造った大戦斧を持っていないことから考えると、どうやら自由に造り壊しが出来るようだ。
「そういや、おっさんが使えるのは土だけなのか?」
魔術師だってことは聞いたが、詳しいことはさっぱり聞いてない。
おっさんは荷物を背負って俺たちに先へ進むように促している。
「昔はな。鍛冶やってる内に火も使えるようになった」
へぇ、後天的な属性持ちなのか。
俺も増えないだろうか……。
火とか風とか、格好良さげなやつ。
今のところ使える魔術が発光だけって何だよ。俺に蛍光灯にでもなれとでも言うのか?
……持続出来ないから蛍光灯以下だな。
「まあまあ。ユーキはユーキのペースで、だよ」
「おう、嬢ちゃんの言うとおりだぞ? 無茶したからってすぐ強くなれる訳じゃねえからな!」
後ろ向きな考えをしていたからだろうか?
蒼香とおっさんが慰めてくれた。
まあ、俺だって出来ることなら無茶なんてしたくない。
したくはないんだけど、蒼香の父親にまた会わなければならないと思うと――
「やらなきゃ死ぬだけだもんな……」
生憎と理不尽な理由で殺されるのはよしとしてないんでね。
足掻けるだけ足掻いてやろうじゃないか。
それにはまず……。
「じゃあ、5秒を目標に頑張ろうか」
「だよなぁ……」
地道に行くしかないようだ。
バルドスはデフォで上半身裸。
たまにランニング。