Page20:おっさんと同行と
「痛ぁ……」
蒼香はこちらを恨みがましく見ている。
自業自得だと鼻で笑う俺の頭も痛みを主張している。
少し騒ぎすぎだ、と宿のお姉さんに殴られました。グーで。
それを見ていたおっさんは更に声を上げて笑っていた。
「で、ユーキたちは何してたんだ?」
「あぁ、買い物だよ。他の町に行こうと思って」
他の町っていうか、多分旅みたいになるけど。
何せ目的地が分からないもんなぁ。
あー、目的地と言えば。
「おっさん、祭壇って聞き覚えある?」
「祭壇? 儀式とかに使うあれか?」
やっぱりそういう認識だよなぁ。
特定出来るようなものではない、と。
結局どこに行けばいいんだよ。
「あー、まあ細けえことは分からねえが、町を移動するんだろ? 俺も一緒でいいか?」
「俺はいいけど?」
蒼香に視線を送る。
「うん、私もいいよ」
確かに頷いて、はっきりと返事をする。
じゃあ決まりだな。
「おれはバルドス。嬢ちゃんは?」
「蒼香です」
呼び名だけの自己紹介。
しかし、しっかりと手を握り合っている。
本名を言い合うことだけが信頼の証ではないってことだね。
頷いていると2人に変な目で見られた。何でだ。
それはそれとして。
「ここから一番近い町は?」
「って、目的地も分からないで町を出ようとしてたのか!?」
おっさんに驚かれるが、申し訳ない。全部蒼香に任せっきりだったな。
仕方ないといった感じで丸められた紙を出してテーブルに広げる。
紙には線や、大小様々な点が疎らに描かれている。
「いいか? 今、俺たちがいるのは大陸の南の地方、更にその中でも南にある町だ」
指し示された場所を見ると、この町の名前らしきものが書いてある。
ふむ、ここは南の方だったのか。
……南半球だろうか、北半球だろうか。
かなりどうでもいいことを考えながら話を聞く。
「一番近いのは……、北へ徒歩で3日ってとこだな。途中に農村や小さな集落みてえなのはあるだろうが、町って言えるのはここぐらいだ」
……ん?
蒼香たちがいた町はどうなんだ?
確かめようと蒼香を見れば、人差し指を立てて口に当てている。
おっさんからは見えない位置でこっそりと。
黙ってろ、ね。
おっさんに知られて困ることはないんだろうが、他に人がいるからな。
用心しておくに越したことはないんだろう。
「商売道具は馬車で送るとして、ついでに乗っていくか? 乗り心地は最悪だがな」
「あー、歩いてもいいかな?」
蒼香とおっさんに聞いてみる。
面倒なのは分かっているが、少し町の外も見て歩きたい。
うん、乗り物に弱いってのもあるけどな。
遠足とかのバスでいつも前に乗せてもらって、それでも酔ってたくらいだからな。
あれ、けっこう苦しいんだよな……。
嫌なことしか思い出せないので強制的に思考を打ち切る。
「私はいいよー。ここから出るのなんて初めてだし」
「まあ、俺も元々そのつもりだったからな」
特に否定的な意見は出なかったので決まり。
しかし、3日か……。旅の途中って風呂とかどうしてるんだろうな。
今回は小さな村があるらしいから水だけでも使わせてもらえると信じて、山越えたりするときは……、って。
蒼香を手招き。
「水の魔術で湯浴み的なことは出来るのか?」
こっそりと小声で。
「あー、うん。……冷たいよ?」
経験者かよ!?
しかも水のままかよ!
風邪とか引かんようにしなきゃな……。
そうすると必要なものは飲料用の水と食料と……。
ここの気候は穏やかだからあまり気にしていなかったけど、防寒具は必要だろうか?
「楽しそうだね」
「不安もあるけどな」
蒼香の微笑みに笑って返す。
何せ旅なんて初めてだ。不安もあるが、それ以上に好奇心と期待が大きい。
こんな気持ちは遠足や修学旅行以来だろうか。
いやはや、危険なこともあるってのに何考えてるんだろうね。
「よし、じゃあ出発は明日の朝でいいな! 俺も荷物を送らなきゃならねえし!」
おっさんはいつも通りの大きな声で締めくくって席を立つ。
俺たちも買い物の続きをした方がいいだろう。服屋はもう行きたくないが。
何で女の人の服選びというか、買い物は長いんだろうか。そりゃ、みんながみんなそうって訳ではないんだろうが。
まあ、いいとして。
「蒼香ー。あと買う物は?」
「んー、日持ちする食べ物と、薬も少し買っておかないといけないかな?」
散々ユーキにぶち撒けたからねー、などと言われる。
記憶にないから、きっと気を失っている時に使ってくれたんだと思う。
ここの世界の薬は俺にとって馴染みがある風邪薬というか解熱剤やらその他諸々もあるが、やはりというか魔術が込められた薬もあり、例えば傷の治りが早くなったり、一時的に力を強めたりするものがある。
値段はピンからキリまで、簡単に作れるものもあれば大掛かりな用意をしなければならないものまであるということだ。
席を立って、それ程人がいない宿から出る。
昼過ぎだから冒険者たちはギルドに依頼を見に行ったりしているんだろう。
そういや、まだ1回しか依頼を受けてないんだよな。
今の蒼香と同じランクになるのにどれだけ時間かかるんだか。
溜息を吐いて、先を行く蒼香をフラフラと追う。
「なに辛気臭い顔してるのさ」
「いや、ちょっとな」
ランクを上げるってことはそれだけ危険が増えるってことだ。
剣を振るのも魔術を使うのも下手くそだし、蒼香程ではないにしても殺すことには躊躇いがある。
蒼香の父親にされたように誰かに剣を向けられた時、俺は剣を振れるだろうか?
あの時は夢中だった、としか言い様がない。
冷静になって振り返ってみると馬鹿のようなことしかしていない。
なんだよ、左腕犠牲にして突っ込むとか。自殺志願者か?
またネガティブな方向に向かっていることに気付いて一旦思考を切り替える。
怪我をしたとは思えない左腕を意識する。
あの先生、変な人だったけど腕は良いんだな。
今更ながらそんな事を考える。
「左腕が使えないからあんまり買うなよ?」
「分かってるよ」
フラフラと寄り道して、それでいてしっかりと進んで。
そんな風に歩いていこうじゃないか。
ふと見上げた空は、透き通るほどに青かった。
……申し訳ないです。
時間がかかるわ、短いわで酷い有様です。
しかも話はそれほど進んでないし。
難しいなぁ……。