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Page18:偽りのない本音を

目が覚めたら見たこともない所で寝かされていた。



またあの白い世界に連れ込まれたのかと思っていたのだが、どうやら血を流しすぎていたようで、ホワイトアウト。

蒼香が倒れた俺に気付き、背負って治癒院――この世界の病院――まで連れて行ってくれた、とのこと。

治癒院に世話になるのは2回目である。前回も左腕だったな……。

っと、話が逸れた。

ちゃんとした治療をしてもらって、念のため治癒院内の個室のベッドを使わせてもらって、朝を迎えた、と。

今は病院の青白い服を着て(何て言うんだこれ?)、ベッドに腰掛けて主治医の先生とお話中。


「左腕はまだ痛むかな?」


「いえ、全く」


グリグリと動かしてみたが、特に痛みは無い。

それは良かった、と柔らかく微笑んでいる眼鏡を掛けた治癒師の……男?

この人、えらく中性的なのだ。

眼は大きく、鼻もすっきりとして、唇はふっくらと瑞々しい。

よく手入れされていると思われる鮮やかな緑髪は肩に掛かるくらいに伸び、手足も長い。

しかし華奢きゃしゃという訳でもなく、白衣の上からでも分かるくらいにはしっかりとした体つきである。ちなみに胸は無い。


「でも、運が良かったね。あと少しずれていたら左腕は無くなっていたよ?」


「げっ、本当ですか?」


良かった。流石に自分の左腕とサヨナラしたくないからな。

死んでもいないし、五体満足なのだから不幸中の幸いといったところだろう。深く溜息を吐いて安堵する。

しかし、本当にこの人の性別はどっちだ?

馬鹿で失礼なことだと分かっているが、それでも気になる。


「……あの、失礼ですが、男性……?」


「さて、どちらでしょうねぇ?」


上手く避けられた。

怒られるかと思っていたら、依然として柔らかな笑みでこちらを見ている。

大人だ……。


さて、それはそれとして。


「すぐに退院出来るんですよね?」


「そうですね。2,3日は左腕に強い負荷を掛けてはいけませんが、特に問題ありませんよ」


左腕で重いものを持ったりしなければ大丈夫か。

そうなると荷物持ちが出来ないな、と思うが怪我人にそんなことをやらせるような奴ではないと、考えを改める。

ん? そういえば……。


「あの、蒼香は?」


「君を連れて来た子だね? 今は宿に戻ってもらってるよ。そろそろ君を迎えに……。あぁ、来たようだ」


「はい?」


何も掛けられていない、ベッドの頭のほうの壁を見ながら言っている。

……電波さん?

失礼なことを考えているとパタパタと、小走りする音が廊下から聞こえる。

え、マジで?

足音の主は俺たちがいる部屋の前で止まり、扉を勢いよく開けた。


「ちゃんと生きてるよね!?」


「生きてるから、大声を出すな。ウルサイ」


治癒師の先生が言った通り、壊すような勢いで扉を開けたのは蒼香だった。

予知、じゃなくて壁を向いていたから透視だろうか?

ちょっとした動作から色々な情報を得ようとしている自分に気がついて、苦笑する。

前まではそんなことをしたことは無かったというのに。勿論、する必要が無かった、というのもあるが。

自分も変化しているのだろう。良い方向か悪い方向かは分からないけれど。


「急に笑って、どうしたの?」


「いや、なんでもないさ」


首を傾げながら聞いてくる蒼香に、適当に返しておく。別に言うほどのことでもないし。


「さて、お迎えも来たようですし退院ですね」


「お世話になりました」


この部屋に荷物は無い。

蒼香が一度宿に帰るときに全部持って行ったらしい。全部といっても剣だけだけど。

……あれ? コートは?


「はい、これ」


蒼香から渡されたのは俺が宿内で着ている部屋着。

何でも、コートがズタズタになっているから服屋で使えるかどうか見てもらっているとのこと。

……直せるのか?

少し疑問も浮かぶけれど、些細なことと振り払う。使えるものは使う主義だ。

……そのせいで物を捨てられないけど。

いつまでもこうしてはいられないので着替えようと服に手を掛けて――


「いや、出てけよ」


それぞれベッドと椅子に腰掛けて談笑している2人に向かって言う。

声をかけたら示し合わせたかのようにピタリと止まる。仲良いな、オイ。


「別にお構いなく」


「俺が構うんだよ!」


疲れる……。

何でこんなに怒鳴らなきゃいけないんだか。

渋々、といった感じで蒼香が出て行く。

いや、なんで残ってるのさこの人は。


「先生も一応廊下にお願いします」


「じゃあ私がれっきとした男だと言ったらどうですか?」


フンワリと、花のように笑いながら問い掛けてくる。

男だと言ったら?

そんなこと決まっている。


「そうやって俺に言ってくる時点で信用できないので、素直に出て行って下さい」


ニコリと笑って一蹴してやる。

正直、自分の笑顔を鏡で見ると気持ち悪かったので作り笑いはしたくないんだが、笑い顔は本来攻撃的なものだって聞いたこともあるし、言うことを聞かせる為には仕方ない。気持ち悪かろうが、なんだろうがやってやるさ!

主に俺の平穏の為に!


「……仕方ありませんね」


やがて諦めたのか、廊下に出て行く。

ちょっとむなしいが、勝った!

待たせるわけにもいかないのでいそいそと着替え始める。

ズボンを穿き換え上も換えようとして上半身裸になって、蒼香があんなに素直な奴だっただろうかと突然頭に浮かんだ。

チラリ、と横目で扉を見ると少しだけ開いている。

隙間から見える眼がふたつ。耳を澄ますとひそひそと話し声が聞こえる。

……野郎の裸なんて、見たって楽しくないと思うんだけどなぁ?

視線を気にせずに半袖の白いTシャツを着てしまう。

俺は気付かなかった、ってことでいいか。面倒だし。

ベッドの周りを見て私物が何も無いことを確認、扉を開ける。

窓際で素知らぬ顔で談笑している2人。


「終わりましたか」


「ええ、おかげさまで」


今気がついたという風に言ってきたので、少しだけ皮肉を込めて言い返す。

……そういえば。


「先生って透視か何か使えますよね? 何で態々わざわざ?」


「勿論、直接見たほうがスリルがあるからです!」


よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに胸を張って宣言。自爆してくれた。

まともな人って、いないのか?


「頭痛ぇ」


「おや、それは大変ですね。お薬でも出しておきましょうか?」


あんたの所為だ、あんたの。

というか薬ってちゃんとあるんだよな、この世界。

魔術が普及してるからそんなもの必要無さそうなんだけどな。

重い病気は治せないのか、それとも数が少ないかのどちらかだろうな。何せ自分の属性以外の魔術はほとんど使えない訳だし。

足音が廊下に響く。

特別忙しい、という訳ではなさそうだ。

詰め所? を通りかかったので中を見るが、看護師さんたちが書類仕事をしながら談笑する程度には余裕がある。

大きな怪我は冒険者や傭兵が気をつけているだろうからほとんど無いのだろう。

だけど、病気は?


「ここって重い病気とかも治せるんですか?」


「そう、ですね。比較的軽度の患者さんなら治すことが出来ます」


「あ……、すみません」


先生は苦い顔をしている。

当たり前だ。重度の患者は治せないと、自分で言ってしまったのだから。

軽率な質問だったか。


「人は、必ず死にます。遅かれ早かれ、ね。私たちが出来ることは苦しまないようにしてあげることぐらいです」


誰も苦しみながら死にたくはないでしょう? と、柔らかい笑みのまま問いかけてくる。


だけど、気付いてしまった。

先生の笑顔が、ほんの少しだけ歪んでいることに。

当たり前だよなぁ。

この町の医者としている訳だから、当然親しい人もいる訳で。

その人たちが自分たちでは治せない病気にかかってしまったら?

……いや、これ以上詮索するのはよそう。


そんなことを考えているうちに治癒院の玄関に着く。


「次は友人として来て下さい。暇な時ならお茶くらい出しますよ。ユーキ君も、怪我なんてしないで」


「うん、また来るよ」


「善処します」


苦笑いをしながら返す。俺も怪我なんてしたくないけど、実力が全く伴っていないからな。

蒼香と先生は二言三言、声を抑えながら話してガッチリと手を握っている。

何の話だろうか?

少し気になるけれど、態々声を抑えているのだからあまり聞かれたくないことなんだろう。

話が終わったようで、蒼香が近寄ってくる。

先生を見ると小さく手を振っている。

蒼香と一緒に手を振り替えして歩き出す。


「まずは宿に戻るよー」


「了解」


良かった、いつもの蒼香だ。

もっと気落ちしているかと思っていたんだけど、良い意味で裏切られた。

空を見上げる。今日も快晴、雲はほとんど見当たらない。

太陽の昇り具合から見て昼頃だろう。

大通りを歩いているとパンを焼く匂いや、少し焦げた様な臭いが漂ってくる。ついでに怒鳴り声も聞こえる。

また焦がしたの!? とか、またお皿割ったの!? とか。

どうでもいいけどドジっ娘って実際にいたら迷惑なだけだよな。


っと、宿に到着。

中に入ると結構な人数が昼食をとっている。

正直、朝も食べていないから早めに昼食を頂きたいのだけど、蒼香は脇目も振らず階段を上っていく。

小さく溜息を吐いて2階に上がった蒼香に付いて行く。

蒼香が入ったのは俺に割り当てられた部屋。

話し合いが先なのね。

自分の思った通りにならないことに、少しだけ辟易しながら部屋に入って後ろ手でドアを閉める。

刹那、小気味いい音をたてて顔の横のドアに何かが突き立てられる。


「……は?」


ほうけた声。蒼香のものではない。

ゆっくりと目の前の人物を見る。

逆光で蒼香がどんな顔をしているのかは見ることが出来ない。


「さて、どういうことだ?」


努めて普段と同じように振舞う。

肩をすくめて、苦笑いで。

1歩近寄ろうとしたら、蒼香の右腕が跳ね上がった。

3度、位置は顔の右、左肩の辺り、右脇の辺りで音が鳴る。


「動かないで」


青と緑のナイフ、か?

部屋の中でナイフなんか投げるんじゃねえよ。誰が弁償すんだ?

酷く場違いなことを考えているのは分かっている。現実逃避が癖になってるな。


「私はお父さんを追うから、ユーキは、来ないで」


ひとつひとつ、自分で確かめる様に放たれる言葉。

だけど、その言葉は大体予想通りのもの。


「馬鹿か、お前は。狙われてんのが俺なんだから、どこにいようが危険なことには変わりないんだよ」


残念なことに、俺が進む道には死亡フラグが乱立しているんだな。白い死神とかお前の父親とか白い死神とか。

この世界は優しくないね。主に俺に対して。

全部投げ出してしまえばいいのかもしれないけれど、そんなことは出来ない。

俺にだって意地とプライドくらいはある。……ちっぽけなもんだけどな。


「っ、私はユーキを死なせたくは、ないんだよ」


むしろ現在進行形でお前に殺されそうだよ。

薮蛇やぶへびつつきそうだから言わないけど。

視線だけ動かして、蒼香の両手を交互に見る。

確認できるのは右手に1本、左手に2本のナイフ。全部青色である。


「変らないって言ってんだろうが。むしろ俺1人でいるよりか、誰かといた方がよっぽど安全だと思うがな」


1歩踏み込む。

蒼香の左腕が跳ね上がる。

踏み込んだ足に突き刺さるナイフ。

足が無くなった様な感覚。

声を上げて泣き叫びたいが、無理やり噛み殺して蒼香をにらむ。

逆光で見えにくいのは変わっていない。

しかし、蒼香の表情は。


「はっ、今にも泣きそうな顔しやがって」


言葉にして、放つ。

笑っちまうね。

能面の様な無表情だったらそれはそれで嫌だけど。

そんなことを言うくらいなら覚悟しておけっつーの。


また、1歩踏み込む。

今度は腕は振るわれない。

この部屋はそんなに広いわけじゃない。

蒼香が立っている場所まであと1歩といったところだ。


「誰かといるってことなら、あの商人の人でもいいんじゃない?」


商人? あぁ、バルドスのおっさんか。

あの人なら事情を話せば何とかして貰えるとは思う。

だけど――


「あんなおっさんよりお前の方が良いに決まってんだろうが。

 大体やることが中途半端なんだよ、お前は。態々ここで俺を突き放す様に振舞うんじゃなくて、何も言わずにさっさと追いかければ良かったんだよ」


ほとんど感覚が無い足を引きずりながら1歩。

蒼香の目の前、手を伸ばせば届く距離。

俺よりも小さなその体に、どれ程の思いを詰め込んでいるのだろうか。


「ユーキに、何が分かるって言うのさ……」


ポツリと呟かれた言葉。

それは拒絶。自分のことなど分からない、と決め付けて壁を作っているのだろう。

その通りだ馬鹿野郎。


「俺はお前じゃないんだから、分かる訳がないだろ」


「じゃあもう私に関わらないで! お願いだから、逃げて……」


小さな叫びと、大きな呟きが目の前の少女から発せられる。

しずくこぼれる。

どうやらふざけている場合ではないようだ。

1回だけ、深く溜息を吐いて蒼香の髪をゆっくり撫でる。

抵抗も無く、柔らかい手触り。


「悪いな。俺もお前が心配なんだよ」


子をあやす様に小さく、それでも聞こえるくらいの大きさで言ってやる。

言ったのは本当のことだ。

目を離すとそのまま消えてしまうのではないかと思うくらいにはかなく見える。

本来なら、別に蒼香じゃなくてもいい筈なのだ。

俺の目的はあくまでも帰ることであって、別に英雄になったり一国の主になったりすることじゃない。

適当に蒼香に付いて行って、帰る方法と手段を見つけて。区切りのいいところで帰るつもり、だった。

でも――


「同情なんかじゃない。お前が心配だし、何よりやられっぱなしってのも気に食わん」


命を助けられた。

取り成してもらった。

世話になった。


――慟哭どうこくを、聞いた。


だから。


「最後まで責任取ってくれよ、相棒パートナー


俺をこの世界にいたいと思わせたのはお前なんだから。





どうも、2週間ぶりのズックです。

書き出せればスラスラと字数が増えていくのですが、中々難しいものです。


評価、感想を下さっている方々、ありがとうございます。励みになります。

また、読んで下さっている方々にも感謝を。

これからも頑張ります。

ではでは。


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