Page17:剣と魔術と (下)
SIDE:Aoka
目を開けて、最初に見えたのは暗い天井。
「ユーキ……?」
パートナーの名前を呼んでも返事は無く、ただ闇へと染み込むだけ。
寝ているのかと思って部屋を見回すが、どこにも姿が見えない。
雨は降っていないけれど、何だか胸騒ぎがする。
着替えて探しに行こうとクローゼットを開けるとユーキの服。
……間違えた。ここはユーキの部屋だったっけ。
急いで自分の部屋に戻って着替え、宿のおばちゃんにユーキが外に出たのを確認してから外に出た。
ふと、空を見ると赤い月が嗤っているように見えた。
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硬い金属音が夜の街に鳴り響く。
「む……?」
男の、どこから取り出したか分からない黒い長剣を腰の剣で弾き返した音だ。
しかし、男は止まらずに剣を振るう。
2合、3合、4合と打ち合うが、10を超えた辺りで追いつけなくなってきた。
袈裟に振るわれた剣を受け止めようとして、思い切り弾き飛ばされ地面を転がる。剣はどうにか手放していない。
すぐさま体を起こして男を見ると、こちらへ走って来ている。
男は走りながら剣を持ってない方の手に小さな光を灯して空に掲げ、それを振り下ろす。
悪寒が体を突き抜け、体を無理やり捻る。
すぐ横で地面を削る音。
気になるが、男は目の前なので見ていられない。
飛び起きて剣を両手で持ち、思い切り男の胴目掛け剣を薙ぐが片手で止められる。
引き戻して袈裟に振るうが弾かれた。負けずに踏み込んで逆袈裟に振るうが軽く逸らされ、そのまま上段から剣を叩きつけられる。
鍔迫り合い。退く技術などある訳が無く、力の限り押すだけである。
「魔力と魔術の後押しがあるとはいえ、ここまで喰らいついて来るとはな」
男から感嘆の声が上がるが、こっちはそれどころではない。
俺が肩で息をしているのに対して、男は息を乱した様子も無いのだ。
怪物かよ、この野郎。
ギチリ、と柄を握り潰すぐらいのつもりで剣を持つ手に力を込める。
いきなり襲われて『はい、そーですか』と諦められるほど、腐ってないっつーの!
「だあぁっ!」
力を込めた剣を全力で振って、弾き飛ばす。
しかし、男はそれに逆らわず後ろへ跳び、先程と同じように光を灯して何かを投げる動作をする。
刹那、何も無い空間から男が持っている剣と同じ形のものが一直線に飛んでくる。
さっきのもこれかっ!
分かったのはいいが、俺の体は男を弾き飛ばして硬直している。
弾く? 無理。
避ける? 動けん。
諦める? アホかっ!
振りぬいた腕の力の流れに逆らわず、前へ進む。
剣は目前。覚悟を決めて――
左腕を、盾にした。
「っ! があぁっ!」
熱が左腕を蹂躙していく。
それでも止まらない。止まれない。
今の攻撃で死ななかったことが幸運なのだ。止まることなど出来ない。
全身の血が沸騰しているように体が熱を持っているが、頭だけは冷静になっている。
剣が届く距離まであと3歩――縮地を使いたいが、疲労と、体勢がメチャクチャなため使えない。
あと2歩――男が立ち止まって剣を構える。迎え撃つつもりらしい。
あと1歩――右半身を引いて、剣を構えて出せる限りの力で男に向かう。
0――時間が遅く感じ、今までとは比べ物にならない速度で、男の胸に向かって剣を突き出した。
「ギリギリ及第点、といったところか」
突き出した剣は、男が構えていた剣を裂いて右肩を貫いた。
それだけだ。この男を退けるには程遠い。
男はいつの間にか左手を掲げていて――
「じゃあな。恨むなら、気に食わないが運命とやらを恨んでくれ」
変わらない、落ち着いた声と共に断頭台のように振り下ろした。
悪い、蒼香。
そんなことを思ったというのに。
「あああぁぁぁっ!」
裂帛の叫び声と、それに続く甲高い金属音。
男は肩を貫いている剣を多量の血と共に引き抜くと、すぐさま跳び退る。
俺も誰かに引っ張られるように後ろへと跳ぶ。
助けてくれた人に礼を言おうと振り向こうとしたら、挟み込むように顔を掴まれ無理やり視線を合わせれた。
「ユーキ、大丈夫!? 死んでない!? 生きてる!?」
うぉーい。助けてくれたのはいいが、そんなに揺すられると死ぬぞ。
あと、何でここにいるんだよ。
言ってやりたいがガクガクと揺さぶられているので言えない。
仕方ないので目線だけで抗議してみる。
「いや、うん。別に暗い部屋の中1人でいるのが恐かったとかじゃないよ?」
「はいはい」
ようやく止まった。
蒼香は顔を真っ赤にしながら膨れているが、そんな中でも左腕の治療をしてくれている。
こんな馬鹿な会話をしている中でも男の行動を見逃さないように注意を払っているが、何もせずにただそこに立っているだけである。持っていた長剣すら無い。
不審な目で見るも、依然として男に動きはない。
どういうことだ?
そんなことを考えている間に、俺の左腕の応急処置は終わり、蒼香は男と対峙するように立っている。
「何で、ユーキを?」
蒼香の問いかけ。少しだけ、声が震えているのに気付いた。
男は答えない。
聞こえていないのか、返答に困っているのか。俺に確認する術は無いが。
沈黙は長くは続かず、焦れた蒼香が尚も続ける。
「何か言ってよ! お父さんっ!」
「はぁっ!?」
素で声が出た。
あの男が、蒼香が小さい頃にいなくなったっていう父親!?
……名前忘れた。
そんなことはどうでもいい。問題は何で俺を襲ったのか、だ。
座ったまま睨んでいると、男は諦めたように口を開ける。
「……白い死神の御使い、とでも言っておこうか」
「っ!?」
「?」
息を呑む。
蒼香は何のことか分かっていないようだが、俺にとってはその言葉だけで十分だ。
思い出せるのは、同じように突然襲い掛かってきたあの白い女。
湧いてきたのは恐怖ではなく、強い怒り。自然と声を荒げていた。
「何のために、あんたたちは俺を殺そうとするっ! あいつは一体何なんだよ!?」
「答えるとでも思っているのか?」
聞きたいことは多い。
しかし、バッサリと切り捨てられた。
男の飄々とした態度が癇に障る。
立ち上がって掴み掛かってやろうと思うが頭がフラフラする。
「祭壇で待っている。どれだけかかってもいい、必ず来い」
それだけ言って背を向ける。
これ以上話すことは無い、と言外に語っている。
しかし、蒼香は尚も追い縋る。
「待ってよ、お父さんっ!」
走って男の下へ向かうが、いきなり立ち止まる。
よく見れば、蒼香の足元に剣が刺さっている。数センチずれれば蒼香の足を切断していただろう。
「……それ以上、来るな」
「どうしてっ!?」
こちらには振り向かず、押し殺した声で制止の言葉を告げてくる。
男とは対照的に、蒼香は悲痛な声を上げる。
それでも、男は振り向こうともせずに闇の中へと消えていった。
「どうして……?」
「蒼香……」
地面に座り、項垂れている蒼香に掛ける言葉が見当たらない。
いなくなった父親が人を殺そうとしているのを見て、気にするなという方が無理だ。
俺がどうやって言い繕っても事実を変えることは出来ない。
あの白い女は誰なのか、目的は何だとか、あの男に聞きたいことは色々ある。
――祭壇で待っている、ねぇ。
あの男が言っていたことを思い出す。
祭壇というのがどこにあるのかは知らないが、少なくともそこにいけば会えるのは確かだろう。
正直な話、全く行きたくないのだけれども……。
チラリ、と蒼香を見る。先程から変わった様子はない。
行くことになるんだろうな。
多分、蒼香は追いかけると思うから。
自分の事ながら、この性分をどうにか出来ないものかと悩んでみるが、どうせ無理なので即座に諦める。
とにかく、今は蒼香のことを何とかしなければならないので、近付こうとして――
目の前が真っ白になった。
誰か覚えているんでしょうか……。
鈴谷アキラ、登場。
姿が想像できない人は、某聖杯戦争の赤い方の弓兵を思い出してくれればいいかも。……こんなこと言わないほうがいいんだろうか?
戦闘がどうにも薄い感じがして仕方がないのですが、これからも見てくれればと、思います。
ではでは。