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Page16:剣と魔術と (上)

雨が降っている。

それはこの世界に帳を下ろす様に、暗く冷たく重いものである。

そんな暗い世界を歩こうとする物好きはおらず、雨は徒々ただただ舗装された地面に染み行くだけである。

そんな光景を宿の2階の一室からじっと見つめている人物。

いや、俺だが。


あの後、練習の続きをしていたら突然の豪雨。

流石にそんな状況で練習を続けようとするほど俺も蒼香も馬鹿ではない。

一目散に宿に向かって駆け込んだ。

しかし、それでも濡れ鼠になってしまったので互いに部屋に戻りシャワーを浴びた。覗いてはいない。

シャワーから上がりコートと一緒に買ってもらった部屋着を着て、蒼香がいない間に練習をしていたのだが魔力が尽きたようで、歯車を回そうとしても空回りするだけ。

仕方がないのでベッドに腰掛けて外を見ていた。


「雨は初めてだな……」


こちらの世界に来てからの天気はずっと綺麗な青空が見えていた。

雨は結構好きなんだが、こうも勢いよく降っていると陰鬱とまではいかないが少し気が滅入ってしまう。


「暇だー」


何も変化がない世界を見ていて楽しい訳がなく、ゴロゴロとベッドの上を転がってみる。

転がるといっても、ベッドが狭いのでどうしても寝返りを連続でうっている様なものになるけれど。

少しして、気持ち悪くなったので転がるのを止め、ベッドに突っ伏す。

やることが無いってこんなに苦痛だったか?

考えてみればテレビもパソコンも無いんだよな。暇だー。

現代っ子である俺にこの何も出来ることが無い時間は苦痛でしかない。

仕方がないのでまた外を見る。

雨は相変わらず強く地面を叩き、世界に絶えず音を響かせている。何てな。


ふと、目の端に何かが映った。

人……?

雨でよく見えないが、人が傘も差さずに宿の前に立っている様に見える。

こんな土砂降りの中を、傘も差さずに?

奇特な人もいたものだと無理やり自分を納得させようとするが、思いとは裏腹にそれをじっと

見つめてしまう。


目が合ったような気がした。

ぞわり、と全身に寒気が走る。しかし目を離すことが出来ない。

体も動かない。筋肉が萎縮して呼吸もままならない。

視界が白く染まっていって――


「ユーキー、って何してんの?」


蒼香の声に意識が戻される。

危ねえ、もう少しで夢の世界へご招待、みたいな感じだった。

もう一度人らしきものが立っていた場所を見ても、ただ雨が降っているのが見えるだけである。

……幽霊?

魔術があるんだからそんなものが存在していてもおかしくはない。

そう思う一方でそれを否定している自分がいる。幽霊という存在を、じゃない。

あれは幽霊なんかじゃなく、もっと恐ろしいものだと。

そこまで考えて頭に何かが落ちてきた。


「無視はしないで欲しいんだけどな?」


蒼香の手だった。

どうやら俺が考えてこんでいるのを無視だと思ったらしい。事実、そうなっているが。

向き直ると青いジャージの様なものを着ている蒼香がすぐ傍にいた。こいつ青好きだな。

頬が少し膨れている。どうやらご立腹らしい。


「すまん、考え事しててな」


とりあえず正直に謝っておく。このままここで拗ねられても俺が困るだけだからな。

離れるような気配がないので俺が蒼香と反対側のベッドの端へと移動する。

さて、こいつは何をしに来たんだろうか。


「……夜這いか?」


「窓から放り出すよ?」


蒼香、目が笑ってないぞ。

ジリジリとにじり寄って来るのはやめろ。普通に恐い。

逃げ出そうか謝ろうか、迷っていると窓の外が白く染まる。

刹那、耳をつんざくような轟音が鳴り響く。


「にゃあ!」


変な叫び声を上げて硬直する蒼香。

……抱きついてはこないか、残念だ。

いやいやいや、俺は何を考えてる。確かに蒼香は可愛いし性格もいい。見ず知らずの俺に世話を焼くだなんてこともしてくれる。しかし、しかしだ。蒼香が俺に対して世話をしてくれるのは困っている人に、というものであって別に男女間のアレやらソレではない筈だ。それで何さ。俺は蒼香が抱きついてきてくれれば、などと思ったわけか。馬鹿じゃねえの。妄想を抱いて溺死しろ!

……うん、自分で考えててむなしくなるな。


枕を抱えて小動物の様に震えている少女を見る。

雷苦手なのか。まあ、珍しくはないな。

苦手なものがあるってのには少し驚いたけど、蒼香だって人間だもんな。


「おーい、大丈夫か?」


「ごめん……。雨と雷は、駄目なの……」


いまだに震えている蒼香に声を掛けるが返ってくるのは弱弱しい言葉だけ。

少し恐がりすぎじゃないか?

近寄って顔を覗き込んでも俺の顔を見るだけで、それ以外に反応は無い。


「あの日も、こんな雨の日だったの…」


……あの日、というのは正確にはわからないけど、少なくとも良い思い出ではない筈だ。

何も言わずに抱きしめる。

一瞬、大きく体が震えたが特に何もしてこない。

俺が膝立ちな所為で蒼香の顔が胸の辺りにきているので、抱きしめているという感じはあまりしないけど。

ぐずる子供をあやすように、頭と背中を撫でてやる。


……俺から抱きついちゃってるじゃん!

流石に不味いと思い離れようとするが、いつの間にか蒼香の腕が俺の腰に回されていてしっかりと固定されている。

体を離そうと力を込めるがその分蒼香の腕の力も強くなった。痛い。

仕方ないので止まっていた手を動かして撫でてやる。



随分長い間、蒼香の背中を撫でているような気がするが、どれほどの時間が経っただろうか。

雨の音も無く、部屋に備えてある時計の音が微かに聞こえる。

もう大丈夫だろうと、ゆっくりと蒼香から離れる。反応が無い。

覗き込んでみると目を瞑り、小さく寝息を立てていた。

……寝てるし。

起こさないようにベッドに横にして、自分は椅子に座る。

疲れた……。

時計を見て、蒼香が部屋に入ってきた時間からそれ程経っていないことが分かった。

やっぱり体感時間と実際の時間の差は大きいな。


さて、俺はどこで寝ればいいんだ?

俺の部屋のベッドで寝ている蒼香を見ながら考える。

椅子とテーブルはあるがソファーはないのだ。

蒼香の部屋で寝るのも論外。

仕方ない、とテーブルに突っ伏す。

規則正しく時計の針が時間を刻むのが分かる。

……眠れない。

これ以上ないくらいに目が冴えてしまっている。

体を起こして外を見る。雨は降っていないようだ。

気分転換に散歩でも行くか。夜空が見えるかどうかは分からないが、夜中に散歩なんて中々出来ないしな。

そうと決まれば後は行動するだけ。

部屋着から若草色のコートに着替えて護身のための剣を腰に差す。

蒼香を起こさないように慎重に部屋から出た。


人が歩いていない大通りの真ん中を進んで行く。

向かっているのは噴水がある、この町の中央広場である。

灯りが点いている家も多いが外まで喧騒が聞こえてくるということもなく、静かなものだ。


「到着、っと」


昼は子供たちやその親たちの憩いの場所であるここも、夜になるとひっそりとしている。

噴水は流石に止まっている。この世界に複雑な機械の類はないのでこれも魔術で作動させているのだろう。

コツコツと前の方から音が聞こえる。

誰か歩いている?

こんな時間に出歩いている人がいるのかと驚いたが、この町には酒場やギルドがあるから別におかしなことではないと考えを改める。


「今晩は。初めまして、だな。浅木勇輝」


不意に掛けられた言葉。

落ち着いた声だ。

声のした方を見るといつの間にか近くに男が立っている。

銀髪で黒いロングコート。身長も一目で分かるほどには俺より高い。

そして、何よりも目を引いたのが、猛禽もうきん類のように鋭い目。

体が硬直する。

さっきと、同じ……!


「出会い頭で悪いんだがな?」


――死んでくれ――



ただの散歩のはずだったんだけどなぁ?


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