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Psge14:喧嘩と拳と

鬱蒼うっそうと茂っているが、陽の光が届く森の中。

息を潜め、身動きをせずに木々のかげに隠れている。

……来た。

ガサガサと草木を掻き分ける音が近づいてくる。

息を浅く吸って、深く吐く。

音が大きくなってきた。

腰におっさんから受け取った剣も差してはいるが無手である。


「ユーキ、行ったよ!」


了解!

聞こえてきた言葉に心の中で返事をして一気に飛び出す、が――


「は……?」


「クエエェェ!!」


大きな影が俺へと突っ込んで――





「本っ当にありがとう!」


「いえ……」


ギルドの前、初めての依頼――下位の赤石『アストールを探して!』――の依頼主である女性からの何度目か分からない礼に、力無い声で答える。

アストールとは移動や荷物の搬送はんそうに使われる大型の鳥――俺たちの世界で言うとダチョウを全身フサフサにして1周り大きくした様な――である。


「柵を越えちゃいけないっていつも言ってるでしょう!」


依頼主の女性は横にいるアストールを叱っている。

どうやらこの依頼の対象だったアスト−ルは抜け出しの常習犯らしい。

いつもは平原で寝ていたりするらしいが、今回はそれほど凶暴ではないが魔物が出る森に入ってしまったのでギルドに依頼を出した、ということだった。

ただの捜索なら黒石のランクなのだが、森に入ったので2つ上の赤石になったそうだ。


「それで、本当に大丈夫ですか……?」


「まあ、それなりに頑丈に出来ているんで。そんなに気にしなくていいですよ」


俺の姿を見て心配してくる。

それもそうだろう、何せ今の俺は上半身と頭に包帯が何重にも巻いてある。

森の魔物にやられた訳ではない。

端的に言えばかれたのだ。

悪びれもせず、そこで突っ立っているアストールに。

作戦は完璧だった筈なのに……。


その1 蒼香がアストールを発見、追い立てる。

その2 俺が待ち伏せている所まで誘導。

その3 捕まえる。


……俺と蒼香の役割が逆だったか。

包帯が巻かれてはいるが、実はそれ程大きな怪我はしていない。

いや、怪我はしたんだが蒼香の応急処置――『癒し』の魔術――で大体治してもらったのだ。

俺がこの世界に来たときに狼にやられた怪我も魔術で応急処置をしたそうだ。


「貰ってきたよー、ってまだやってたの?」


ギルドから出てくる蒼香。

手には今回の報酬が入った小さな袋を持っている。


「でも、うちの子が怪我をさせてしまった訳ですし……」


「ユーキは大丈夫って言ったんですよね? なら気にする必要はありませんよ」


おい。

一応危ない状態だったんだぞ?

いや、責めるつもりもないし、これ以上謝られても困るけど。

だけどお前が言って終わりってのは俺の立場がない気がするぞ。

などと考えている間に話は終わり、依頼主も帰っていく。


「好意が6割で打算が4割、かな?」


「何の話だ?」


女性が行った方向を見つめながら蒼香が呟いた。


「いや、分からないならいいんだけど」


「?」


ますます頭を捻る。

考えても分かりそうにないが、やはり気持ち悪いのだ。


「ほら、そんな所で突っ立ってないで。時間あるからもう1個くらい依頼を受けよう?」


そう言って再びギルドに入ろうとする。

が、ギルドの扉が開いて中から人が出てくる。

あのバカ、気付いてねぇ!


「痛っ!」


「あぁん?」


鈍い音が2回。

ぶつかった音と、蒼香が尻餅をついた音。

あー、やっちまった……。

蒼香がぶつかった相手は強面こわもての、いかにもチンピラのような奴だった。

黒い髪は後ろで束ねてあるがパイナップルみたいな感じでボサボサ、無精髭ぶしょうひげで目付きも悪いが薄手の服に隠れている上半身は鍛え上げられた筋肉が自己主張している。


「どこ見て歩いてんだ、ガキ」


「ご、ごめんなさい」


蒼香を立たせてやって向き直る。

相手は喧嘩腰である。

蒼香も素直に謝っているがそれでも相手は納まらない。

それどころか付け上がってますますこちらを責めてくる。

ガヤガヤと周りが騒がしいので見回すと俺達を囲むように人垣が出来ている。

どうやらチンピラが大きな声を出しているので人が集まってきてしまったようだ。


「おい、そっちのガキも」


周りに気を取られていた意識が戻ってくる。

気がつけば男は蒼香ではなく俺の前に立っている。


「お前だよ、ガキ。連れがしたこと分かってんのか?」


「……」


めんどくせぇ。

厄介な奴に関わっちまったな。

男はまだ何か言っているがどうせくだらないことなので聞き流す。

ギルドの受付さんも扉の辺りから迷惑そうにこちらを見ている。

俺たちは関係ないですよー、悪いのはこのチンピラですよー。

視線を送ってアイコンタクトを試みるが逸らされた。

あー、無駄な時間が過ぎていくー。


「っ、聞いてんのか!?」


男の声が聞こえたので見ると、顔面に向かって拳がきている。

咄嗟に両腕で守るが、衝撃と共に妙な浮遊感を感じる。

世界が回転して、体に鈍い痛みが走る。

何が起きた?


「ユーキ!?」


「くっ、ははっ! 何だ、抗魔術レジストも出来ないのか!?」


何か言ってるよ。

1人で盛り上がってて楽しいのかね?

しかしまあ、痛いこと。

今の俺はうつ伏せの状態で、相手の脚が少し見えるような感じである。

体中がズキズキと痛みを訴えている。

まるでハンマーで殴られたようだ。


「大丈夫!?」


「おーおー、女に心配されちまって。うらやましいねぇ」


蒼香ー。

心配してくれるのは嬉しいが、スカートだってことを忘れるな。

前でかがむんじゃない、スパッツが見えてるぞー。

流石にそうしている訳にもいかないので立ち上がって状況確認。

結構飛ばされてるな。

元の立ち位置から5メートルといったところだろうか。

人垣に突っ込むような形で倒れていたようだ。


「お、やんのか? また吹き飛ばしてやるぜ?」


……レジストがどうとか言っていたから十中八九、魔術絡みだろう。

抵抗するレジスト、か。

随分分かりやすい単語だな。

少しだけ腰を落として軽く地面を踏みしめる。

剣は取らずに拳を構える。


「おいおい、その腰のもんは飾りか?」


「いや、使いたくないだけさ」


喧嘩で人を殺したくはない。

それにこんなことの為にこの剣を買った訳じゃないしな。

……いや、自分の身を守るためだから使ってもよさそうだが。

まあ、要するに。

恐いんだろうな。人を殺してしまうかもしれないことが。

だから適当に理由を付けている。


「ユーキ、やめて」


「……形だけだ、隙を見て逃げる」


蒼香の静止の言葉に呟きを返す。

言われなくても初めから逃げるつもりだった。

ようやく魔術の初歩が使えるようになっただけの俺が、ザコだけどちょっと強いぜ! みたいなチンピラに勝てる訳がないだろうに。

少しずつ脚に力を入れていき、すぐにでも飛び出せる体勢になってタイミングを計る。

しかし――


「逃がさねぇよ!」


「なっ!?」


突如として突風が吹き荒れ、あおられてバランスを崩す。

風の音に遮られてはいるが、周りの人たちの声も聞こえることから結構な範囲で風が起きているんだろう。

地面に這う様に体をかがめて風の影響を受けないようにする。

風の魔術か?

吹き荒れる風の中、平然と立っている男を凝視する。

緑色のもやのようなモノが纏わり付いているのがかすかに見えた。


「”風”の属性、ランクとしては下の中から上あたりかな」


俺と同じような体勢の蒼香の言葉が聞こえる。

緑は風ね。

しかしどうするかね。

このままだと周りに迷惑をかけるだけだ。

先程からギルドのお姉さんの視線が強くなっているのがわかる。


「おら、さっさと立てよ。その顔を1発ぶん殴るんだからよぉ!」


やなこった。

殴るから立て、と言われて態々わざわざ立つ奴がいる訳ないだろうに。


「それともそこの女に泣き付くか? 見っともねぇ姿だろうがな!」


男が笑い声を上げる。

それが一番確実な方法なんだけど、やっぱり格好悪いかね。

仕方ない、と立ち上がろうとして。

蒼香が俺よりも先に立って男を見据えていた。


風の大鎌ヴェントゥス・ファルクス!』


見えない何かが吹き荒れる風を裂いて、地面へと突き刺さる。


発生アニエス!』


刹那、地面に刺さったものからも風が吹き荒れ、俺たちの動きを阻害している風と互いにぶつかり合って消えていく。

つーか、風強っ!

台風とまではいかないけれど、かなりの風だ。


「これ以上勝手なことを言うのであれば、私が相手になるよ」


程なくして風が止み、蒼香が男に向かって敵意を剥き出しにしながら言い捨てる。

待て、お前が切れてどうすんだ。

さっきまで止めろって言ってたじゃねえか。


「勇ましいねぇ。そっちのガキに見習わせたらどうだ?」


「あなたには関係の無いことだよ。で、やるの?」


俺の心など無視で、勝手に話が進んでいく。

周りも止める気は無いようで野次を飛ばしている奴らもいるくらいだ。

内容は蒼香を支持するものが大半だが、中には俺を罵倒するのもチラホラと聞こえる。

あぁ、しょうがねえな!


「間違えるなよ、あんたの相手は俺だろうが」


蒼香を背にかばう様に男の前に立ちはだかる。

声は震えてないな?

脚は?

腕は?

……大丈夫だ、恐くない。

あの白い死神に比べたらこいつなんぞ子供に思える。


「はっ、ド素人がなめた口聞くじゃねえか」


「そのド素人に今から地べた這わされるんだぜ?」


挑発になるか分からないが鼻でわらってやる。

こっちは魔術のド素人どころか喧嘩もほとんどしたことがない一般人なんだよ。

正面から行ったって勝てる訳がないんだから小細工だろうが何だろうがしてやるさ。


「ユーキ、大丈夫なの……?」


後ろから蒼香の心配する声が聞こえる。

きつけておいてその言葉は無いだろうに。


「安心しろ、華々しく散ってやる」


冗談交じりに笑いながら言ってやる。

冗談に聞こえないかも知れないが、まあいいだろう。


さて、俺の戦力確認だ。

腰の剣は使わん。というか怖くて使えん。次。

そうなると殴るやら蹴るやらしなきゃならんが……まあなんとかなるだろ。次。

魔術は今のところ光を放つことしか出来ない。

……絶望的じゃねぇか。

何で俺はこんなことをしているんだか。


「ユーキ、前!」


男が突っ込んできている。

溜息を吐きたくなるがそうも言ってられないようだ。

左足を前に出し、腰を落として迎撃体勢。

左手は軽く前に、右手はあごを守るように。

顔に向かって殴ってくるのを左のひじあたりで受け止める。

左腕に鈍い痛み、続けて全身に衝撃。

脚で地面を削る感覚と、背中に何かが触れる感触。


「大丈夫!?」


今受け止めてくれるのは蒼香しかいないか。

感謝しつつ、どうしたものかと頭を捻る。

ありがたいことに男はこちらを見てニヤニヤと笑っているだけで追撃はない。

チャンスは一回。

自分の中の歯車を回してスイッチを入れる。


ひかりの精霊 集い来たりて放たれよ』


よし、仕込みは出来た。

後はあの男次第だけどな……。

どこにも力を入れず、自然体で立つ。

男との距離は約4メートル。普通ならば一息では詰められない距離だ。

少しずつ体重を前に掛けていって――


「んなっ!?」


有り得ないような距離を跳んで、男の眼前へと迫る。

驚いて固まっている男の顔の前に左手を出して、唱える。


『開放――灯れ!』


光が溢れる。

一瞬の事だったが、目晦めくらまし程度にはなったようで、男は片手で目を押さえて片方は適当に振り回している。

その男の腹に出来る限り強く蹴りを入れる。

独特の弾力が脚に返ってきて、思わず顔をしかめるがそんなことは気にしていられない。

1歩踏み込みよろめく男の顎に掌底を向けて――

思い切り打ち上げる!


男は変なうめき声を出しながら後ろに倒れる。

加減せずにこれだけ綺麗に顎に入れれば起き上がれないだろ。

仰向けに大の字になって倒れている男の横に膝立ちになり呼吸を確認する。

よし、生きてるな。


「で、どうすんだ?」


野次馬たちの歓声が気恥ずかしいが、悪い気はしない。

生きていることさえ確認できればよかったので、立ち上がって蒼香に声をかける。

顎に打ち付けた右手が痛いのでプラプラと左右に振りながら男に背を向けた。

――向けてしまった。


「!? 後ろ!」


蒼香の張り詰めた声。

振り返ると気絶している筈の、狂気に満ちた男の姿。

奇声を上げてこちらへ突っ込んでくる。

とにかく距離を離そうと後ろへ跳び退ろうとするが、動けない。

ミシリ、と鈍い音と、硬い何かに叩きつけられたような衝撃。

何が起きているのか分からない。

男がこちらを見ているのは分かる。

それだけだ。

男はナイフを取り出して――


俺の首目掛けて振り下ろした。


どうも、更新が遅くなって申し訳ありません。

テスト期間真っ只中の作者です。

そろそろ夏休みですね。

今年は涼しいかと思いきや、うだるような暑さで……

皆様も健康にはお気をつけ下さい。


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