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Page9:教会と魔術と(後)

「はあ……」


礼拝堂の長椅子に崩れ落ちるように座る。

ようやく終わった……。


壊れた台を運び出し、壊してやんのー、などと言ってくる子供たちの攻撃を避けつつ予備のものと取り替えて、汚くなった床を雑巾で拭いたりしていた。

所々傷ついた壁や床は蒼香が魔術を使って直していたので心配ない。

俺を攻撃していた子供たちは今頃シスターに説教をもらっている筈だ。


「お疲れ様」


修理が終わったのであろう蒼香がこちらへ近づいてきて俺の隣へと座る。

蒼香の顔は俯いていてよく見えない。

どちらも何も言わず、ただ時間だけが過ぎていく。

うあー、何だこの空気。


「ユーキは、さ」


「ん?」


不意に蒼香の言葉が漏れる。

搾り出すような、そんな感じの声音である。


「恐く、ないの?」


「……」


何が? とは聞かない。

言うまでもなく、魔術のことだろう。

確かに、恐いけど――


「大丈夫だよ。あの程度ならお前に引き吊り回されたほうが恐かった」


おどけるように肩をすくめて茶化す。

いや、実際あの市中引き回しは恐かったけどな!

何より周りの視線が、あの汚いものを見るような感じが俺の心を抉ったぜ!


あ、やばい。俺泣きそう。


「迷子になる方が悪いよ」


クスッ、と笑ってこちらを見てくるのが横目で見える。

あぁ、笑ってる方がこいつらしいな。

……例えどんな笑顔であれ。

知ってるか、笑顔って凶器になることもあるんだぜ?


笑顔にもすぐに影が差す。


「私はね、怖いよ。魔術自体もそうだし、そんな力を持っている自分自身も」


ステンドグラスを仰いで呟いている。

それが、懺悔ざんげのように見えるのはなぜだろうか。

蒼香の独白は続く。


「この力は相手を殺す為のものだよ。望めば、相手が誰だろうが殺すことが出来る。……いや、望まなくても、かな」


――暴走。

確かに、あれだけの力が自分の意志とは関係なく周囲に被害をもたらすのだ。恐くない訳がない。

そして――


「どれほど罪を償っても死んだ人はもう、戻らないんだよね……」


その被害者だろうが加害者だろうが、なっててもおかしくは、ない――

……しかも加害者の方かよ、めんどくせえ。

しっかりと蒼香の顔を見てやる。

死ねって言われたら今にも自殺しそうな顔しやがって。


「あぁ、死んだ人間は生き返ったりしないさ。んで、お前が死のうが生き返る奴もいないからいつもの通り馬鹿みたいに生きていろ」


「だけど、私は!」


蒼香の声が静かな礼拝堂に響き渡る。

あぁ、イライラするなぁ!

何を悩んでるんだ、お前は!


「俺を助けてくれたのはお前と、その力だろうが! 償いたいのであれば死にそうになっている人を助けて来い! お前と同じ思いをさせるな!」


いつの間にか、俺は立ち上がって蒼香の正面にいた。


「少なくともあの時は殺す為じゃなくて、護る為の力だっただろう!?」


そうだ。こいつは素性も分からない俺を、死ぬのを見たくないという理由で助けてくれた。

自分が見たくないという理由で、だ。

その場から離れればいいだけの話だったのに。

目を瞑り、耳を塞げばよかった。

あの町を出ずに、平和に暮らしていればよかったんだ。

だけど――


「お前は夢の為に、ついでだけど俺の為にここに来たんだろう!? だったら、お前のやりたいようにやれ! 暴走した!? 人を殺した!? 知るか、そんなこと! 暴走を抑える為に、殺さない為に強くなれ!」


自分でも何を言っているのか判然としない。

だけど、こいつの言葉は許容出来ないものだった。

だから、俺の素直な感情をぶつけて“否定”する。


「俺が言ってるのは夢物語だろうよ! バカなガキの絵空事だ! だけど、今のお前みたいに立ち止まるよりかはよっぽどマシだ!」


俺の荒い息が響き渡る。

不規則だったそれは、やがて小さく規則的になっていく。

蒼香はこっちを見ようとしていない。俯いたままである。

その頭にポン、とあの時俺がされたように右手を乗せてやる。


「……頼むぜ、相棒パートナー。今の俺にはお前しかいないんだから」


「……っ! バカッ……!」


両手を背中に回されて、引っ張られたと思ったら、俺の胸の辺りに蒼香の顔がうずまっていた。

時々嗚咽おえつが聞こえるが、聞こえていないふりをして、頭を撫でてやる。

サラサラとした感覚が手に残る。

まるで父親になった気分だ。


しかしまあ、何で俺はこんなにもこいつの信頼を得ているんだろうねぇ?

別に何かした訳でもないのにな。

人の心なんぞ分からんが、こいつの心は見ても分からん気がするよ。




ようやく落ち着いたのだろう、嗚咽が止まってきている。

しかし蒼香は一向に顔を上げない。


「おーい、腰が痛いんだが。離れていいか?」


「ごめん、顔酷いだろうからもうちょっと……」


座っている蒼香に引き寄せられる様な不安定な状態で立っているからか、足やら腰が痛い。

正直このまま蒼香に倒れこみたいくらいだが、流石にそんな事をしたら殴られそうなので踏ん張っている。


「……ありがとう、もういいよ」


許しが出て、体を元に戻そうとして――


「あら?」


「え?」


そのまま蒼香に覆いかぶさるように倒れてしまった。

手は流石に長椅子の背もたれにかかっているが、端から見たら俺はただの変態である。


「す、すまん!」


急いで体を起こそうとしたのだが、何か虫の知らせというか、魔が差してそのまま子供たちが説教されているであろう部屋のあたりを見る。

神父さんとシスターがこちらを見ている。

蒼香はまだ気付いていない。


「……」


「……お邪魔でしたかね?」


「えっ!?」


ゆっくりと確かめるように問いかけてくる神父さん。

その顔は柔和な笑顔のままであるが、どことなく納得したような、そんな感じが伝わってくる。

ようやく蒼香もどんな状況か気付いたようだ。

蒼香の上から体をどけたいが、無茶な体勢のためうまく力が入らない。


「いえいえ、いいのですよ。ただ、一応礼拝堂でするのは控えて頂きたいのですが……」


完璧に誤解して、理解を示してくれ、更に忠告までしてくれた。

ありがたいけどそんな空気の読み方はいらないんだよ、神父さん。


「蒼香も何か言ってくれ!」


俺が言っても効果は無さそうなので、助けを求める。

正直助けてくれるとも思っちゃいないけど、それでもわらくらいにはすがりたい。


「……」


蒼香は漫画で見るような、プシュー、と湯気が出そうな感じで顔を真っ赤にして止まっている。

あぁ、使えねえ!

神は俺を見捨てた……。


「ふふっ、冗談ですよ」


がっくりと項垂うなだれている俺に、依然として柔和な表情で足音を立てて近づいてくる。

シスターも特に何も言わずに神父さんの後ろにいる。


「取りあえず離れたほうがよろしいのでは?」


手を差し出してくれる。

今の俺では満足に立ち上がることも出来ないので素直に手をとる。

ちょっとした浮遊感の後に地に足が着いている感覚が感じられる――と思ったが何も無く、上手く立っていられない。

支えてくれている神父さんが慌てて長椅子に座らせてくれる。


何だよ、これ?

まるで手足が無くなった様な感じである。


「暴走の反動が来ましたか」


「っ、反動……?」


手足がおぼつかない、気持ち悪い状態で聞き返す。

頭も痛くなってきた。

最悪な気分である。


「簡単に言えばさっきの暴走に体が耐えられなかったんだよ」


蒼香の声が聞こえる。

ようやく直ったようで、いつもの説明してくれる時の声だ。


「不完全な暴走だったから中途半端に意識が残っちゃったんだろうね」


ちなみに完全に暴走してたら多分この町は地図から消えて、最悪ユーキは死んでたんじゃないかな? と恐いことを言ってくる。

あー、頭痛い。

ズキズキと痛むんじゃなくて、ガリガリと削られるような痛みだ。


「ふむ、『癒しの旋律、彼を包み痛みを和らげなさい』」


神父さんの声。

両手を胸の前で組んで粛々しゅくしゅくと告げている神父さんの体は白い光に包まれている。

その光は次第に両手へと集まり、輝きを強くする。


癒しの風ヒール


光が弾け、礼拝堂に降り注ぐ。

その光景はまるで輝く雪が降っている様である。

白い輝きは俺の体へと集まって、触れた途端に消えていく。

全ての光が消える頃には頭の痛みはほとんど無くなっていた。

だけど手足の感覚はまだ戻らない。


「少しは楽になりましたか?」


言葉に頷いて肯定を示す。

実際、頭痛が無くなって大分楽になった。

手足が別のものになった様な感覚が不気味だがそれほど苦になるものではない。


「そうですか、それは良かった。ではお話をしても平気ですかな?」


まあ話すのは私ではなくこの子なんですが、とシスターを前へと出させる。

シスターの格好は初めて見た時から変わっておらず、紺の修道服で身を包んでいる。

こちらに目を合わせると深くお辞儀をしてくる。

その姿はよく似合っていてまるで1枚の絵画のようである。などと、思うと同時に横――蒼香がいるあたり――から鋭い視線がとんでくる。

何か悪いことをしただろうか?

考えても答えは出なかった。


「私が知っている限りのことをお話します」


「お願いします」


響くような声と少し硬い声。

どこにそんな不機嫌になる要素があったんだよ、と思うほどの声音である。

どれだけ頭をひねっても何も思い浮かばない。


「まず“無”という属性は御伽噺おとぎばなしや伝説でしか存在が確認されていませんでした」


それは先程神父さんに聞いたことである。

続きを促すために頷く。


いわく、他の属性では扱えぬものを扱う、皇竜をも打ち砕く、などと嘘の様なことばかりでしたから存在すら疑わしいものだったのですが……」


「そのコウリュウってのは?」


知らない単語だ。


「皇竜。この世界を作った内の1人、……1体? と伝えられている竜だよ。大きな体躯たいくと光り輝く翼で自分たちが作った世界を巡る。そんな伝説だったかな?」


蒼香の補足にシスターが頷く。

原初の神々に対抗するようなものか。

というよりもこの世界の人間は世界を作ることが出来るほどの竜と戦ったのか。

しかも勝つってどんだけ強いんだよ。


「そしてどの話にも共通したものが『魔術を消す』ということです」


「……は?」


魔術を消す魔術?

何それ、俺に最強にでもなれっていうの?


「ですが、これも確証はありません。あなたの暴走の痕跡を見ても周囲の魔力が消えているということはありませんでした」


あぁ、そうですか。

期待した俺が馬鹿だったよ。

やはり魔術は初歩も出来ない俺には無縁のものなんだろうか……。


「私が知っているのはそんなところでしょうか。お役に立てず、申し訳ありません」


「いや、ありがとうございます。何となく方針が決まりました」


うん、例え俺に才能が無かろうが努力すれば少しくらい使えるようになるだろ。

後で蒼香に練習を見てもらおう。

立ち上がろうとして、足に力を入れる。

随分と感覚が戻ってはいるがまだ頼りない感じがする。

1歩1歩確かめる様に歩いている俺を見かねてか、蒼香が支えてくれる。


「すまん」


「気にしない気にしない」


神父さんとシスターに向き直って礼を言ってから外へ出るための扉へと向かう。

蒼香に支えてもらっているが、それも相まって歩きにくい。

うーむ、こいつには迷惑を掛けっぱなしだな……。


「困ったときはいつでも来てください。お二人に祝福があらんことを……」


後ろから声を掛けられる。

神父さんいい人だな……。

ただ微妙にお二人に祝福〜の部分が物凄く優しげな声に聞こえたんだが。

……まあ、いいか。




「で、これからどうするんだ?」


横で支えてもらっている蒼香に問いかける。

時刻は大体4時ごろだろうか。

随分教会にいたようだ。

教会の前にはそれなりに大きな噴水がある広場になっていて、子供たちが駆け回り、お母様がたが雑談している。

平和だな……。


「うーん、ギルドに行ってユーキの登録申請しようかと思ってたんだけど」


今日のところは休もっか、と提案してくれる。

正直ありがたい。

支えてくれているのはいいのだが歩きにくいし、何より恥ずかしい。


「行こう、宿取らなくちゃ」


少しずつ歩いていく。

俺、格好悪いなあ……。



どうも、ズックです。

不定期な更新で申し訳ありません。

ずいぶんと長くなってしまいましたし……。

それにしても話が進まないこと。

そんなものでも見てくださっている方々、ありがとうございます。

相も変わらず不定期な更新になるとは思いますがよろしくお願いします。

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