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三人官女─桃の場合─~今日は何の日短編集スペシャル3月3日~

作者: 白兎 扇一


人は女に生まれるのではない。女になるのだ

─ボーヴォワール/フランスの哲学者・作家



今日は何の日短編集

→今日は何の日か調べて、短編小説を書く白兎扇一の企画。同人絵・同人小説大歓迎。


3月3日

雛祭り


雛祭りは、日本において、女子の健やかな成長を祈る節句の年中行事。 ひな人形に桜や橘、桃の花など木々の飾り、雛あられや菱餅などを供え、白酒やちらし寿司などの飲食を楽しむ節句祭りである。 (ウィキペディアより)

人は女に生まれるのではない。女になるのだ

─ボーヴォワール/フランスの哲学者・作家


「こう並んでみると、三人官女みたいだね」

雪ちゃんのお父さんはカメラを三脚にセットしながら、思わずその言葉を漏らした。七段の雛飾りの前に並んだ私達はそう写っても仕方のないことだった。

「嫌だわ、お父さん。三人官女なんて召使いじゃないの。三人ともお雛様よ」

「それもそうだね。雪。ごめんね。それじゃ一たす一は?」

「にぃーー」

大きな声で合わせる。カメラのフラッシュが焚かれた。

「じゃあ、菱餅食べよっか」

雪ちゃんは座布団から立ち上がって、一番下の段に置かれていた白い菱餅を取っていく。

「二人も食べていいよ」

雪ちゃんは噛みながら、私達に差し出す。それじゃあ、と緑ちゃんは緑の菱餅を取っていく。私は仕方なくピンク色の菱餅を口にした。

「すごいなぁ、雪ちゃんは。七段の雛飾り初めて見たや」

「緑ちゃん家は飾らないの?」

「うちは、男ばっかでそういうの無いからなぁ」

そっかー、と返す雪ちゃんに緑ちゃんは力なく笑う。私は知っていた。彼女の家にひな壇が無い理由は男系家族だからだけではなく、買う金がないのだということを。

雪ちゃんはそんなことなんて知らない。私立の小学校に通って、ナントカっていうブランドの服を着させられて、ピアノもバイオリンも習ってる、お姫様には彼女のことなんか分からない。

力のあるものは本当に力があることを知らない。だから、無邪気にどうしようもない現実で相手の心を刺せる。私は3人仲良くいたおかげで、それがよく分かっていた。

「桃ちゃん家は?お雛様あるの?」

「あるよ。二段だけど」

「二段?珍しいね」

珍しい。その言葉に私の心のどこかで黒いものが渦巻くのを感じた。家にあるお雛様は確かに立派なものではない。だが、その言葉のせいで一気に霞んで見えてきたのだ。

「それじゃ、帰るね」

あら、もう帰るの?そんな台詞なぞ耳に入らず、私は雪ちゃんの家を飛び出した。力のあるものは本当に力があることを知らない。だから、無邪気にどうしようもない現実で相手の心を刺せる。私は三人仲良くいたおかげで、それがよく分かっていた。なのに、悔しくてたまらなかったのだ。

家に帰ってすぐにお雛様をしまった。手伝ってくれた母が「はやくしまうとお嫁に行けるのよ。偉いわね」と褒めてくれた。しかし、私はそんなことどうでも良かった。


中学になってからも、雪ちゃんと緑ちゃんは一緒だった。しかし、少し境遇は変わった。私は友人が増えた。勉強ができ、スクールカーストの高い陸上部にも入り、校内で知らないものはいないほどの人気者になっていた。

そんなある時、誰かの噂で雪ちゃんが陸上部の三年の先輩に恋をしていると聞いた。先輩は確かに顔が良かったし、勉強もできたので、付き合いたがる気持ちはよく分かった。(しかし私のタイプではなかったが)

雪ちゃんは私に告白場所のセッティングを頼んできた。一度見下したのにお気楽なものだが、私は先輩に体育館に来るようにお願いをした。

当日、先輩は体育館に来なかった。日が落ちたので、私と雪ちゃんは諦めて帰ろうとした。校門のところに、人間が二人立っていた。

先輩と緑ちゃんだった。二人は西洋の映画のように熱いキスをすると、手を繋いで夜道を歩いて行った。

雪ちゃんは私の胸に雪崩かかって泣いた。

「本当に好きだったのに……」

「大変だったね」

(ざまあみやがれ)

「本当緑ちゃんって酷くない?」

「そうだよね!酷いよね!」

(お前がかつて言った言葉も酷いけどな)

よくそこまで本音と裏腹の綺麗な言葉を吐けるものだと自分でも感心した。言葉にならなくなり、泣き続ける彼女の肩を持ちながら私は帰った。その日、浮かんでいた月はどんな宝石のより輝いて見えた。


高校になってから、雪ちゃんは私に勉強を教えて欲しいとちょくちょく頼みに来た。先輩に振られたから、その反動で賢くなりたかったのだろう。プライドの高い彼女のことはちゃあんと把握していた。

緑ちゃんとは話さなくなった。ただ高校卒業後の進路を聞きに行くと、

「アタシ、あんまり頭良い人間じゃないし、実家にも負担かけられないからさ。専門学校行くわ」

と返ってきた。(実際は先輩とイチャついていたかっただけなのかもしれないが)雪ちゃんは「挽回できるチャンス到来ね!」と喜んでいた。


受験が終わった十八のひな祭り。私はまだ進路が決まらなかった。雪ちゃんは死ぬほどの努力で、名門大学へと入学した。彼女曰く、今年の問題に昔習っていたバイオリンの話が出てきて答えられたらしい。悔しさに塗れて一年、浪人した。しかし、受験は現役時より厳しくなっており、彼女のランクより少し劣る大学にしか受からなかった。


大学に入ってから、私は彼氏を作った。はっきり言って、そこまでいい男ではない。顔は能面を被ったようだし、特撮オタクだった。はっきり言ってこんな男、好きじゃなかった。しかし、二十になる前には作っておかないといけないと─せめて雪ちゃんより早く結婚したい気持ちが私の背中を押した。計画通り、大学を卒業する前に結婚にたどり着けた。結婚式には雪ちゃんと緑ちゃんを呼んだ。緑ちゃんは出世した先輩と結婚していた。雪ちゃんはまだ独身だった。私は嬉しくってしょうがなかった。


そんなこんなで私は今、専業主婦をしている。五歳の娘もいるが、とにかくやかましい。夫はいまだに出世する気はない。むしろリストラすら危うい。どこからこうなってしまったのか─毎日自問していた。

三十路のある年の雛祭り。シンデレラを読んで王子様に憧れた娘が雛をはやくしまいたい、と語っていた。私は、アカギレだらけの手で彼女の手を掴んで、言った。

「お雛様はしまわなくていいのよ」

(─しまったって、何の得もないんだから)

娘とピンク色の菱餅を半分に割って食べる。二段しかない質素なひな壇は私を冷たい目で見下ろしていた。


ご閲覧ありがとうございます。雪の場合、緑の場合も読んでいただけると嬉しいです。

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