第七話
今回は3人称視点を重点に書いてみました。
楽しんでいただければ幸いです。
「……ぅん………んっ⁉」
朝,目が覚めると知らない天井が視界に入り『ここどこ?』と一瞬焦って布団からバッと飛び出すが,すぐに昨日のことを思い出して『あ~』と一人で落ち着く。
……なにやってんだ。
見知らぬ天井。……パート2って感じだね。
バスと違い、手を伸ばしても届かない木製の空。
顔を横に向けると畳の匂いが香る。
和室。前回と異なり焦りを覚えることなく起きることが出来た。
なぜなら僕は、自分の意志でここに眠っていたのだから。
僕がこの和室の部屋で一人熟睡していたかは、数時間前に遡る。
「着いたよ」
バスを降りると驚愕に目を見開いてしまった。
夜が深まったように暗い。
しかし、空を見上げても月や星々の輝きは存在していなかった。
代わりとなって空の模様となっているものは無粋極まる岩肌だ。
目的地までは30分ぐらいだと話していたのに、また夜になってしまったのかと認識してもおかしくない暗さだ。―――しかし、そうではない。
バスの中での出来事は今朝方に行われたものだ。
「今の時間は?」
「え~と、12時。昼の」
バスが止まって降りたところには,と古いがと大きな建物が建ち,その周りには家々が連なっていた。ひっそりと佇むその建物を至恩は困惑した顔で見渡していると黒瀬が口を開いた。
「てゆうか、ここはどこなの?」
「ここは学生寮,君がこれから住む場所だよ」
見た感じ古く,廃れた建物を前に至恩は苦い顔を隠せなかった。
「いや、そういうことじゃなくて……えっ、ここに住む⁉」
学生寮というには人の気配が無いというか生活感がないというか、人が住んでいるとは思えない廃墟のような場所を前に至恩は呆然としてしまう。
「人が住んでいるの……?まぁ、寮っていうんだから、きっと誰か暮らしているんだろうけど」
「1人だけ住んでるよ」
「へぇ、あっ……違くて!何処なんだよ此処は⁉いや、此処って寮のことじゃなくて、おそらく地下だと思われるこの巨大な空間は一体、何なんだよって言ってるんだよ⁉」
至恩は思わず大きな声を上げてしまい黒瀬がしっ、と人差し指を口に当てて諫めた。
「夜中だから,静かにね」
「……悪かったよ。って夜中じゃないでしょ、今は」
愚直に問いただしたところで黒瀬という男は素直に答えてくれる人間ではないのだと、これまでのやり取りで分かった。
諦念を漂わせた溜息を吐くと,黒瀬はまあまあと宥めるように口にしながら建物の中に入っていった。至恩も肩を落とし,渋々後に続いた。
ガラっと玄関を開けるとやはり中は灯すら点いておらず閑散としており,第一印象と同様に廃墟のようだ再度思った。靴を脱ぎ入っていく黒瀬に倣って靴を脱いだ。
黒瀬は廊下の電気を点けた。真っ暗だったところにパッと明かりが点き、至恩は眼を眇めると、古風な屋敷を思わせる廊下が現れた。
外観からは全く気付かなかったが、中は結構立派だな、と少し呆けているとこっちだよと黒瀬は後に続くように促してくる。
そのまま,ある部屋の前まで案内されると黒瀬が扉を開けて入り,至恩もその部屋に足を踏み入れた。
中は和室の部屋で結構広い,歩くたびに足の裏に伝わる畳の感触がいい。
「ここは?」
至恩はなぜこの部屋まで連れて来られたのかが全く分からず,素直に黒瀬に聞く。
「君がこれから住む部屋」
「まじで?」
至恩は呆然と部屋を見渡す。部屋には何も置いていないが,それを差し引いても随分と広く感じる。
「悪くないでしょ、この部屋……ふぁ」
そう言い終わると黒瀬は大きく欠伸をし,眼を擦る仕草をした。
「眠いなぁ」
至恩は状況を呑み込めずに唖然と部屋を眺めていると、黒瀬は出口に足を向けて部屋を出て行こうとする。
「ちょっ――――」
「布団はその押し入れの中に入ってるから,ふぁ……おやすみ」
眠いからもう話したくないのか,欠伸を噛み殺しながら黒瀬は至恩の静止の言葉を遮って強制的に話を切り上げ,バタンと部屋の扉を閉めた。
「……えぇ~」
部屋で一人になった至恩は黒瀬の行動に開いた口が塞がらないが、追いかけようと思うほどの気力がない。1人になったことで張っていた気が緩んで,急に体中がだるくなり目が霞む。
「疲れた……」
至恩は眉間を揉みながら嘆息を漏らす。
今日はいろいろなことが起こりすぎて本当に疲れた……
朝は,普通に朝ごはん食べて灯さんに御遣いを頼まれて、夕食の買い出しと僕には刺激が強すぎる本を買って帰ろうとしたらなんか追い掛け回されて,銃を向けられたと思ったらスタンガン喰らって,非日常が起こりすぎて頭がパンクするよ。
「……寝るか」
黒瀬が指さした押し入れを開けると本当に布団が一式入っていて,それを取り出した。
何もない空間に,適当に敷いて電気を消して横になった。
今は疑問が肥大化して冷静でいられない。此処はどこなのか。明日は何が起こるのか。考えたら考えるだけ不安が襲ってくる。
でも、一番の不安は此処でも自分自身のことでも無かった。
灯さん,心配してるだろうか……
至恩はそう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ご飯はちゃんと食べただろうか。また玄関で寝ていないだろうか。
きっと、大丈夫だ。灯さんは強い人だ。心配いらない。
これからどうなるんだろう。……学校って言ってたけど。
この先に待ち受けている出来事に危惧を抱くが、今だけは目を逸らすように瞳を閉じた。
余程疲弊していたのだろう。至恩はすぐに微睡がやってきてそのまま意識を手放した。
「………」