第三話
ということで今日の予定はオムライスを作ることと、決して僕には相いれない趣向の小説を購入することになった。……なってしまったのだった。
(……仕方ないか、男には覚悟を決めなければならない時があるって昔に教わったしな)
僕は一人になった部屋に諦観にも似た笑みを浮かべると、一歩を踏み出した。
バタンと自室の扉を閉める音が鳴ると同時に寝具に倒れこんだ。
(やっぱ、覚悟を決めるのは二度寝した後の自分に任せよう)
人の覚悟ってのはそんなに簡単に決まらないものだと今日も僕は一つ賢くなったのだった。
しっかり昼頃まで睡眠を貪ると、今朝にたたき起こされたダルけが抜けており、とても目覚めが良く、いい気持で体を起こすことができた。
睡眠の重要性を身に染みて味わうと、睡眠のおかげで健康になった体は食事を欲していることに気が付いた。
(昼、何食べよう)
冷蔵庫には食料が入っていないことを思い出した。
買い物の用もあるし外で食べるか、と思い立ち適当に顔を洗って玄関の戸を開けた。
この町は都会ほど華やかではないし、田舎ほど趣深くはない。普通といってしまえばそれまでだが住めば都、それほど遠くない場所に巨大なショッピングモールが存在しており、暮らしには困らない。
マンションを出ると空腹の力も合わさって、僕はそのショッピングモールに向かって足を進めた。
歩いて10分程度の距離にあるこの大きな建物には飲食店も多く存在する。超空腹状態の時にはハイカロリーなものが一番しみるという持論のもと、『三郎』というお気に入りの店に入って券売機で背脂こってり野菜マシマシラーメンを選択して店に入った。
いっぱいのラーメンの中には通常焼豚が1枚のはずが、何故か3枚入っていた。
(え・・・・・・?)と大将の方を伺うとニカッと笑う細目と眼があった。
「卒業おめでとうなぁ」
僕は驚きで目を見開き次には涙目になってラーメンに食らいついた。
(大将ぉぉぉ!!!)
嬉しさというトッピングが加わったこのラーメンの味を僕はこの先も忘れることがないだろう。
愛される店とは客を誑し込む人たらしの才をもった店主がいる店なのだと僕は学んだ。
本当にこの町は住めば都である。
食事を済まし、腹と心が満たされると、僕には二つのルートが突き付けられた。
一つは夕食の食材を買い出すため、食品コーナーに向かうこと。
二つ目は異界の書が置かれた本屋に赴くこと。
僕は少し悩んだ後、迷い無い一歩を踏み出した。
どうせやらなければならない事を先送りにしてもロクなことにならない。学校の宿題然り、後になって公開するのが落ちだ。
目的地まで揺るぎなく進んだ足取りが目的の商品を目の前にして止まる。
ブツを手にすると僕は衝撃の情報に瞠目した。
「ピーマンが1つ147円!?どうなってんだこの店は!!」
普通100円以下でしょ、ピーマンは!なに嫌われもののくせにお高くとまろうとしてんだよ。子供に嫌われてるくせに、家庭にまで嫌われたらもう居場所ないよ?
まあ、学校の宿題然り、嫌いなものは後回しにされる運命なんだろう。後に後悔するのなんてわかってんだよ一々言われなくてもね。それでも後回しにしちゃうものだろう?そういうもんだろ宿題って。
「いや、でもこの値段ってことはもしかしたらそれほど味がいいのかも」
そういうことにしておこう。ピーマンを複数買い物かごに入れると次は牛肉、たけのこ、その他をかごの中に入れて会計を済ませた。
袋をもらわず代わりにエコポイントをポイントカードに納めてポケットからお天気人形が描かれたエコバックを取り出した。
今朝の天気予報でやり投げの餌食になったハレルヤ君が元気に笑っている。その笑顔に朝の衝撃が緩和される。ちなみに、このエコバックは先月の天気予報で応募企画があったため試しに応募したら入手できたものだ。
さて、宿題の時間だ。
いくら後回しにしても結局最後にやって来るこの時間。
エコバックをぶら下げて本屋に向けて足を向けた。
『時には覚悟を決めて前に出ることが大切だ』と、昔に教わった事を思い出して覚悟を決めて前に進んだ。
人がどんな趣味持ってどうしようが勝手だよ。好きにすればいい。それを馬鹿にするやつはただ暇なだけの人だろう。ただね?忙しいからってそれを人に買ってこさせるのは違うと言いたいだけだよ僕は。
そんでもって………っ……見つけちゃったよ。さすが新作、わかりやすいところに配備されている。
一応間違いが無いように、渡された紙を懐から取り出した。
ペラっと折り畳んだ紙から赤文字で『弟を着せ替え人形にしたら女装が一番イケた件♡』と書かれた僕の心境とは真逆のハイテンションな文字が腹立たしい。
本にはハートは書かれてないからそんな本なかったってことにしようかな。
……てゆうか、これをレジに持っていくのが一番やなんだよ。前の時は店員に二度見されたからなぁ。
僕は何度目かしれない重いため息を着くと、ふと視線を感じた。
「……?」
辺りを振り返ると人がちらほらいて、誰が視線の犯人なのかは分からなかった。いや、そりゃあこんな所で突っ立ってブツブツいってたら注目されるか。
恥ずかし!視線を送った人は僕をどう思ったのかな。そういうの分かてるから灯さんは僕に御使いを頼んだわけだが、毎回のことといいきついな。
色々考えると泣きそうになる。それに、この本の表紙もすごいんだわ。弟泣いてるんだもん。とても他人に思えなく憐憫を抱いてしまう。
あれ、ちょっと待ってこの本が灯さんの中で凄く面白くて更にハイテンションになったら僕、女装させられない?灯さんは面白かったら本の中の住人に成り切ろうとして僕も付き合わされるのが常だから。
てことは、僕この表紙で泣いている人と同じことになるんじゃね。
……よし、見つからなかったことにして帰ろう。うん、そうしよう。
(……ん?)
やっぱり視線を感じる?こういう時誰もが視線に敏感になるけど、大概は勘違いの被害妄想だ。僕はそれをいやというほど経験している。ただ、今回のは………
こんなこと初めてだ。この視線の主はそんなに僕の醜態を目に焼き付けたいんだろうか。
ああ、もう逃げたいな。でも逃げたら灯さんは絶対もう自分のことを話してくれないだろうな。
「ふぅ~~」
深いため息が出た。諦めと覚悟のため息だ。
眦を決して『弟を着せ替え人形にしたら女装が一番イケた件』を素早く手に取った。
手にとった時どこからか『え?』という声が聞こえた気がした。目を疑うようなドン引きした声が僕の顔を上気させた。
顔を伏せて電子マネーカードと本屋のポイントカードをトレーに置いた。
余りにも焦っているような様子に店員は眉をひそめるがレジの台に置いた本を目がテンになり、点になった目を更にこちらに向けてきた。
(ほらっ、二度見されたじゃん!)
ここから地獄の問答が始まるのだ。僕はよく知っている。
「ポイントカードお預かりしますね」
「はい」
「電子カードのお支払いでよろしいですか?」
「はい」
「本にカバーをおかけいたしましょうか?……ふっ」
「っ………はい……」
こいつ笑いやがった。『カバーくらいはかけておいたほうがいいですよ(笑)』って聞こえた!
店員の嘲笑から逃げるように本屋を出ると逃げるようにデパートを後にした。
(しばらくあの本屋行けないな……)
少しでも早く帰路を終えたい僕は地元の人ですらあまり知らない近道を使った。
この道は人通りが極めて少なく、茂み道のため時折野生の動物と遭遇することができる。散歩するならこの道だ。
ざっざっざっと足音が後方から聞こえた。
残念ながら今回は一人きりのお散歩とはいかないようだ。
時刻は夕暮れ時、春に鳴く珍しいクビキリギスが昼の別れを告げる。
真っ赤な空に昼とも夜とも違う空気感。この時間を何というのだっけ……?
僕の歩速を超えた速度で一歩一歩ざっざっという音が近づいてくる。僕の思考は場違いにも思い出すことに容量を取られてすぐそばの人影に気付かなかった。
………そうだ。この時間は『逢魔が時だ』