アンタが気に入らない。
その頃、優香の家では愛子が半狂乱になっていた。
「優香ちゃん!どこにいるの?黙って出かけるなんて!それに明日は算数のテストでしょ!」
水晶玉に映し出された、目を吊り上げて一人で叫ぶ愛子の様子を見てクローネは意地の悪い笑みを浮かべた。
「この母親、ちょっと懲らしめてやらないとね。」
クローネの魔法があれば、優香を連れ出した時間に帰らせて、何もなかったことにもできるが、あえてしばらく不在の時間を作ることにした。そして場合によっては優香を帰さないつもりだ。
「せめて一晩は様子を見るとするか。」
翌朝、クローネは屋根の上にいた。屋根の下ではヒステリックな声が聞こえている。愛子は憔悴しきっているかと思いきや、まだテストの心配をしている。
誘拐の可能性を考えていないことは、一目瞭然。警察の張り込みらしい人物も車もいないのだ。
「今日は大事なテストだっていうのに!」
「ますます気に入らないね。警察にすら連絡していないようだ。娘の安否はどうでも良いのか?」
さて、と立ち上がると屋根をすり抜けて愛子の前に姿を現した。
「優香は預かっているわよ。」
「だ、誰よアンタ?」
「名乗るほどの者じゃないね。アンタみたいな母親が気に入らない女とでも言っておこうかしら。」
クローネの口調は、優香に対するそれとは比べ物にならない厳しい口調だった。愛子に対する怒りがこもっているためだ。
「はあ?どういうこと?警察呼ぶわよ!」
「警察?まだ連絡していないのかい?小学生の子供が一晩帰らないのに?」
「私の勝手でしょっ!」
「呼びたければ呼ぶといい。アンタが頭がおかしくなったと思われるだけだよ。他の人にはアタシが見えないんだから。」
「とにかく!優香を帰してちょうだい!テストなのよ!」
「帰してやってもいいけど、アンタにも条件を飲んでもらうよ。」
「私の娘なのにどうして条件をつけられないといけないのよ!だいたい、帰してやってもいいけど、って何様のつもり?」
「当然だろ。アンタが条件付きの愛情しか与えられないんだから。」
「そんなことないわ!」
「嘘つきめ!100点を取らないと愛せないんだろう?」
「だって、成績が良い方が先生に可愛がられるのよ?いいところにお嫁に行けるのよ?その方が幸せじゃないの。子供の幸せを望んで、何がいけないのよ!」
条件についての話がどんどん横道に逸れたまま、愛子がヒートアップする。
「違うね。アンタが望むのは娘の幸せじゃなくて、見栄を満たすことさ。アンタが愛しているのは世間体さ。」
「そんなこと、ないわよ!」
愛子は否定する。いや、否定したいのだ。
本当は優香が良い成績を取ってこないとイライラする。しかし娘のためだということにして、見栄という気持ちを封印しているだけなのに、それに気づかないふりをしているのだ。
「ふふん。送り込んでやる。」
そう言ってクローネが指をパチンと鳴らすと、愛子は歪んだ空間に引き込まれた。
「なにコレ~?」
「本の中に直送してあげるわ。」
パニックする愛子にクローネが言うと、愛子はそのまま本の中に送り込まれた。