「楽しんでいるかしら?」
「クローネさん…。」
心細くなってきたところへ、クローネが現れて少しほっとした優香。
「お姫様はどう?それとも違うお話の主人公になってみる?」
「それより、ママが怒っているんじゃないかって心配で。」
「心配ないわよ。それに今のあなたのママは、あの優しい女王様よ。」
クローネがクスクスと笑う。
「だって、黙ってお出かけしたら、ママにまた叩かれるもの。」
優香は泣きそうになる。
「それは今のあなたが心配することじゃないわ。それに、もうすぐお食事の時間よ。おいしい物を食べて、今日はゆっくり休みなさい。」
そう言ってクローネが姿を消すと、メイドが食事の時間だからと優香を呼びに来た。
広い食堂には、長いテーブルに大きな椅子。壁や天井まで豪華である。歴史の参考書の挿絵で見た、フランスの宮殿のような部屋。
出てきたのは、ステキな食器に盛り付けられた、結婚式のときに食べるような豪華な料理ばかり。優香はテーブルマナーはよく知らないが、結婚式のときは、カトラリーは外側のものから使うと教えられたことを思い出して、恐る恐る食事をしていた。緊張しているなりに、少しずつ味がわかってて、おいしいと感じ始めた頃に王様が優香に話しかけた。
「ユーリ、気分はどうだい?記憶がないと聞いているが。」
もちろんのこと優香には誰だかわからない。
「気分は、いいです。でも、何もわからないの、…です。」
「ゆっくり思い出すといい。さあ、きちんと食べて栄養をつけなさい。」
「はい。」
…ユーリ姫のお父さんってことは、王様なのよね?優しい王様だな。うちのパパだったら、何て言うんだろう?パパはあまり家にいないから、どんな風に話すか、覚えていないのよね。
「ユーリ、デザートは木苺のタルトを作らせたわよ。あなた、好きでしょ?プディングもあるのよ。」
女王様がユーリに言う。
「デザート、二つもあるの?」
思わず声を上げてしまってから、恥ずかしくて下を向くと王様と女王様が声を立てて笑った。
「その様子だとかなり元気になってきたようね。」
「さあ、しっかり食べるんだよ。」
「…あの、勉強は?」
「もう少し元気になってからで良い。今はゆっくり休みなさい。」
優香は驚きを隠せなかった。優香の家では熱があっても冷えピタを貼って勉強をしなくてはならないのだから。
「ああ、お腹いっぱい。」
素敵な夕食を終えて、ベッドに寝転がる。豪華で美味しくて、王様も女王様も優しくて。勉強もしばらく休んでいいなんて。
「ウチとは大違いだわ。」
「お食事は楽しめた?」
「キャッ!」
またクローネが現れ、優香は思わず悲鳴を上げる。
「いちいち驚かなくてもいいじゃないの。もうしばらく、ここでお姫様を続ける?違う物語に行ってみる?」
「それより、家に帰らないと。」
「心配しなくていいって言ったでしょ?」
「だって…。」
不安そうな優香を見るとかわいそうな気もするが、クローネはまだまだ帰らせないつもりなのだ。
「じゃあ、違う物語に行かせてあげるわ。」
「そんな…。」
クローネは、不安そうな優香に微笑んだ。
「まだ帰らなくていいの。帰らせないわよ。」
そう、優香が自分の家のことを忘れるまで、優香が優香であることを忘れるまで帰らせないつもりなのだ。
「さあ、今日はもうおやすみなさい。」
優香の手を取り、すうっと眠ったのを見届けると、クローネはまた姿を消した。