森のお姫様。
気づくとそこは、緑の木々に囲まれた草原だった。小さな花があちこちに咲いている。
「かわいいお花。」
花にそっと手を伸ばしすと、目の前に小さな黄緑色の妖精が現れた。透き通った羽根をパタパタさせて飛んでいる。
「ユーリ姫、もうすぐ出来上がるわよ。」
「ユーリ姫?」
「自分の名前、忘れちゃったの?仕方ないわね。三日間も熱を出して寝込んでいたものね。」
…私、本当にユーリ姫っていうお姫様になっちゃったの?
「遊んでいたら、ママに怒られるわ。帰ってお勉強しないと。」
「女王様は怒らないわよ。」
「女王様?私のママはそんな名前じゃないわ。」
「ユーリ姫、熱で忘れちゃった?女王様はあなたが熱を出している間、とても心配していたのよ?」
目をぱちくりしていると、妖精は、冠を手に聞いた。
「ねえ、私のことも忘れちゃった?ルカよ。」
「ルカ…。」
「覚えていないみたいね。まあいいわ。さあ、冠ができたわよ。熱が下がったお祝い。」
ルカはそう言うと、小さな手で冠を持って、優香の頭に載せた。
「かわいい!」
「ユーリ姫、元気になってよかった!」
「お帰り!」
「木の実を持ってきたよ!」
「ハチミツもあるのよ!」
「リンゴをもってきたわ。一緒に食べましょ。」
たくさんの声が聞こえてきた。見ると鳥や熊、シカ、ウサギなどたくさんの動物がユーリ姫を囲んでいた。動物たちが口々に言って、食べ物を膝に乗せたり、鳥たちはくちばしから膝に小さな木の実を手のひらに乗せると、肩に止まって美しい声で歌を聞かせてくれた。
…かわいい動物たち!こんな風に動物たちと過ごしてみたいと思っていたのよね。
「また明日ね。」
日が傾いてきた頃、動物たちがルカと一緒にお城の門まで送ってくれた。そして門番が門を開け、優香とルカを城に入れてくれた。
「お帰りなさいませ。」
メイド達が揃って頭を下げる様子を見て、また目をぱちくりとした。
「ユーリ姫を送って参りました。女王様はいらっしゃるかしら?」
「はい。お部屋にいらっしゃいます。」
メイド頭と思われる女性が返事をすると、ルカは大きな廊下をくるくると円を描くように飛んで行く。
「どこへ行くの?」
「女王様のお部屋よ。ねえ、お城の中のことまで忘れちゃったの?」
ルカが心配そうに覗き込む。
広い広い廊下を進んでいくと大きな扉があった。ルカが扉の前に立っているメイドに声をかけ、飛んでいるまま、優香の肩の隣でペコリとお辞儀をした。
「ユーリ姫をお連れしました。」
メイドがすうっと扉を開けると、広い部屋の中央のビロード張りのソファでくつろいでいる女王様と目が合った。女王様は深い紺色のドレスのよく似合う、きれいな人。思わず見とれていると女王様が優しく声をかけた。
「ユーリ、森へ行っていたのね。気分は良いのかしら?」
女王様の言葉にポカンとしているとルカが代わりに言った。
「あの、ご気分は良いみたいなのですが、記憶がなくなっているようです。」
「まあ、そうなの。森は楽しかった?」
「木の実や果物を食べました。ハチミツも。」
「そう。今日はゆっくり休みなさい。また熱が出たら大変よ。」
優しい声と言葉に優香はびっくりした。そして、ママだったらこういうとき、どう言うだろう?そして、こんな風に優しかったらいいのに、とふと思ってしまった。
「では、ユーリ姫をお部屋までお送りしたら森へ帰ります。」
ルカがペコリとお辞儀をする。
「ええ、そうしてちょうだい。ルカ、いつもありがとう。」
女王様がニッコリと微笑むのを見届けてからルカがそっと耳打ちをする。
「さあ、お部屋へ行くわよ。自分の部屋も忘れているんでしょ?」
「ここがユーリ姫のお部屋よ。」
ルカに誘導されて自分の部屋に着くとまたビックリ。夢のようなお部屋だった。優香の好きな水色を基調とした豪華なカーテン、ソファー、天蓋つきのベッドまである。窓際には白い勉強机。それに白いドレッサー。広さだって優香の部屋とは比べ物にならない。カーペットだってフカフカだ。
「すごいお部屋ね。」
「まあ、本当に何も覚えていないのね。とにかくゆっくり休んで。また明日、森に行きましょ。」
ルカがそう言って部屋を出て行くと、広い部屋に一人になった。そしてソファーに座ると、今日のことを思い出す。
…私は、ユーリ姫というお姫様になった。昨日まで熱を出していたらしい。女王様がお母様。
「う~ん。実感ないなあ。」
「“ユーリ姫”は楽しんでいるかしら?」
思わず独り言を言った瞬間にクローネが現れた。