第2体
今回は説明回です。
前回、強制的に異世界へトリップし魂だけを召喚され、気づいたら身体がドールに変わってしまっていたという、常ではあり得ない体験をした私は。
現在、魔力を身体に注入中。
背中に刻まれた魔力陣が、ドールの起動スイッチだと教えてもらった。アイリーンが掌をそこに当て、少しずつドールの全身を満たしていく。
あ、でもちゃんと服の上から魔力を送ってもらってるよ。幾らドールとは言っても、初対面の男性の前でスッポンポンとか……ないわ。中身は歴とした17歳の乙女なので、当たり前だけど恥じらいは持っている。
まぁ、清潔でシンプルな白ワンピース1枚だけという若干、心許ない服装だけどね。目覚めた時にはもう着てたから多分、アイリーンの仕業だろう。この間に1枚あるかどうかの差は、結構大きい。主に、私の羞恥心的な意味合いで。
それにしても、アイリーンの掌から送られてくる魔力は、昼下がりの午後のように暖かい。通りで、さっきから背中の辺りがぽかぽかすると思った。これ、私を起動させるために魔力を送ってたのか。
元の世界で例えると、電気を充電して動かすみたいな事かな。
この魔力を送るのはドールを起動させる時。つまり、今のような状況だね。
それ以外だと、契約主の魔力を記憶する時やメンテナンス時にだけ溜める事になっている。起動後は、空気中に漂う魔力を自動で取り込むよう設定してあるんだとか。
そして何やらまた、耳慣れない単語が出てきたな。
「…………契約主?」
疑問を含んだおうむ返しで、スムーズに動かせられるようになってきた首を、ちょこんと傾げ問う。
アイリーンもその事については説明するつもりだったようで、分かってるという風に一度頷いて見せた。
「うむ。契約主とは、その名の通りドールと契約を交わした主の事だよ。マスターとも言うけれど、呼び方は様々さ。この契約を通称"主従の契り"と呼び、ニレーズイン王国ではドールを売買する時は必ず行ってもらうのが暗黙の了解だ。でないと、起動しないし始まらないからな。契約した時に漸く、マスターの魔力と一緒にもらえるのが個人の名だ。そして、先にも言った主の呼び方も、恐らくその場で確認されるはず。一応、全ての決定権は向こうにあると心に留め置いてくれ」
「………はぁ」
そんな契約主(もう言いにくいからマスターって呼ぶね)次第なドールに、私はなってしまったのか。
しかし、話しを聞いていて思ったんだけど。私を目覚めさせる為に、アイリーンの魔力を送ってもらっているこの現状を考えると。マスターは、彼で登録されているんだろうか?
ちらりと浮かんだ疑問を聞くと、否の回答が返ってきた。
うん?違うの?と小首を傾げれば、理由を教えてくれる。
たった今、魔力を送っているのは私を目覚めさせる為と言うのは勿論の事。突然、異世界へ召喚してしまった事で何が何だか理解できていないであろう私に、事情説明をする為でもあったらしい。
実際、訳が分かっていなかったので有難い理由ではある。けど、私の身体は他のドールと違って特殊な構造らしく、マスター登録はまた別な方法なんだって。
そのやり方も序でに教えてもらおうとしたら、無言で笑みを深め。時が来たら教える、の一点張り。
勿体振った言い方が、少し気にかかるものの。これ以上の答えを求める事は、アイリーンの徐々に深まっていく笑みを前にして出来そうもなかった。
マスター登録、何をやらされるんだろう……。
激しく、不安だ。
「それと、余談ではあるが。通常のドールには、人間のような"欲"という概念を無くしてある。その代わりに、"献身さ"や"従順さ"を与え、本能の部分で一途にマスターを求めるよう作り上げた。私利私欲に目が眩む事もなく、ましてや裏切るなど天地がひっくり返ってもあり得ない程に、マスター至上主義に仕上げてあるぞ。あぁ、でも君は元々、意思ある人間だからな。ただのドールたちと違い、感情の強制力を省いた特別製の身体にしてある。動力が魔力である事とマスターが必要なこと以外、人間の頃と変わらなくしてあるから、そこは安心して良い」
………何と言うか。
ドールの一生は、何事においても主の命令に決定権が委ねられ、何をするにも許可がいると言う印象だ。
更に、自我を持つ前からマスター大好きにプログラムされてるなんて。とてもじゃないけど、私には理解できない世界だ。それを、疑問に思う思考の芽すら最初から摘み取られていると聞けば、何だかゾクリとしたものが背中を駆け抜けた。
いや、通常のドールの話しだとアイリーンが言っていたではないか。私のこの身体には一切、そんなオプションを付ける事はしていないし、当てはまらないとも。
それでもザワつく胸中を宥め透かし、必死で落ち着かそうとするが。自身でさえ把握しきれない、形容し難い感情と得体の知れない恐怖が綯い交ぜとなり。モヤモヤした黒い塊となって、私の心の奥深くに謎のシコリを残した。
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ドールとは、言ってしまえば無機物である。地球の価値観だと、生物では確実にないだろう。
しかし、詳しい構造は説明されても理解できないかもしれないが、この世界では魔力で動いていると知った。
そう考えると、この世界に限っては生物と認識して良い?
うーん、左胸に触れた感じ、生きていれば鳴っているはずの心音が聴こえないんだよねー。(流石、ドールの身体。本当に魔力だけが動力なんだ……。)だからやっぱり、生物とは断言できないかも。
つまり、正確には元の世界に残してきた身体は死亡してるけれど、召喚されて憑依?してしまったこの身体も生きている訳ではない、と言う事かな?
何か、改めて自分に起こった状況を考えると、すごくややこしい。けど、ラノベ(傷ついた私の癒しで現実逃避場所だった)で良くある転生ではなく転移。所謂、異世界トリップの方を果たしていたって事か。
自身が他人へ、無意識に不快感を与えるほど醜い容姿をしていると自覚し、どうにもならないと悟った時から、元の世界に未練はなかった。その生に希望を見出だせず、ひび割れていく精神に限界を感じて愚かな行為に走ったのだ。この新たな人生(ドール生?)を歓迎しないはずはない。
だが、一つだけ心残りがある。
突然、別れを余儀なくされた両親たちの事だ。2人には最初から最期まで迷惑をかけっぱなしで、今も悲しませているのかと思うと、罪悪感が胸中を占め辛いものがある。
だって、容姿の事で散々に悩ませ心配させておいて、孝行すらする事なく突然死だもん。
私って、とことん親不孝な娘だ。
あと、親不孝ついでに気がついてしまった事があるのだけど。
私、自分の名前が分からない!!
どっ、どどどどどういう事!?ちゃんと、両親に付けてもらった名前があったはずなのに。思い出せないなんて!!?
家族の顔や自身のコンプレックスだった姿、年齢が17歳である事など全部、しっかり覚えている。けど、どういう名前だったのかだけが、綺麗サッパリ記憶の中からピンポイントでいつの間にか消去されていた。
まるで、ゲームのデータを知らない内にリセットされ、もう一度プレイのやり直しを求められているような、奇妙な感覚。
自身が何者であるのか。自己の消失と言っても過言ではないこの出来事に驚愕はしたものの、不思議と発狂せず冷静でいられている自身におかしい、と内心で首を捻りまくる。
普通は自身が誰なのか分からないと自覚したら、焦って取り乱すものじゃないかな。
これも、アイリーンの仕業なのだろうか?
しかし先程、契約の仕方を教えてもらった通りだとすれば、ドールは自身にとってのマスターが現れるまで名無しの状態だ。なら、中身が元人間とはいえ身体がドールの私にとってもそれは同じ事なのかもしれない。
多分、この予想は外れてないだろう。
私はもう人間ではなく、この世界のドールたちのように保護者がいなければ生きていけない立場になっている事を、強く意識させられた瞬間だった。
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白乳色の柔らかく、滑らかな肌。
ベリーショートの髪は、さらっさらのブリリアントブルー。右から左へ斜めに切り揃えられたアシンメトリーな前髪が幼い外見と合わさって、より少女の可憐な魅力を引き立てていた。
髪と同色のアーモンド型でパッチリ二重の瞳は、ブルーダイアを嵌め込んだかの如く美しく煌めき。目元に影が出来るほど長い睫毛は、瞬きの度に清涼なマイナスイオンでも振り撒いてるのかと言いたくなる程、純真無垢な音を奏でる。
ほんのり、朱色に染まる頬。薄くも厚くもない、絶妙なバランスの唇は桃色の紅を掃いたように艶やかだ。
渡された銀の手鏡に映る、微妙な困り眉がデフォルトの新しい自身の姿はちびっこ体型も相俟って、癒しオーラ溢れる妖精のような美少女だった。
以前の自分と余りにも違う容姿に、魂が抜け出ていきそうな程ポカンと口を開き、唖然と見つめ返す。
間抜け顔なのに、そんな表情をしていてさえも愛らしいとか。この変わりようには、理不尽さを感じ得ない。正に、月とスッポン程の差がある。
容姿を一言で表すと、"計算された人外美"だろう。
人間には持ち得ない創られた芸術的美麗さや、生の鼓動を感じさせない無感情な容貌は、他者に冷淡な印象を与える。一方で、見る者の心を圧倒する少女の純粋で清らかな美々しさも合わさり、余計に人間味の感じられないミステリアスな危うい雰囲気を醸し出していた。
ぐっ……。
「これが、私?」を心の中でだけど、前とは違った意味でリアルに呟いてしまう日が来ようとは!
ここまでとは言わない。でも、せめて他人を不快にさせない程度の外見であったなら、元の世界での人生は傷つく事ばかりではなかったのかもしれない。
そう、ドールになる前の私も何千回、何万回と思考した事をしみじみ思った。
読んでくださって有り難うございます!