第1体
はじめまして&こんにちは。
漸く、1話目です。
今回は少し、長めです。
急速に、闇の中へ沈んでいた意識が浮上する。
ぼんやり。
はっきりしない思考が、宛もなくふよふよと漂う。
ふいに、後頭部から背中、腰にかけて日向ぼっこしているような暖かさが、私に安堵感をもたらした。とろとろと、眠気が穏やかに訪れる。再度、放棄しかかった思考が宙を浮遊しようとした、その時。
僅かに残っていた理性を繋ぎ止め、睡魔一色に染まろうとする意識を呼び戻す者があった。
「やぁ、お目覚めかい、我が愛し子よ?」
上から降る慈愛のこもった、優しいテノール。
激しく聞いたことのあるその声に、はっと覚醒した。一気に冴え渡る、思考。まだ、少し重い瞼をゆっくり開くと、声の主を仰ぎ見た。
まず見えてきたのは、黒地に紺色のリボンを結わえた頭の長い帽子、シルクハット。帽子が影になっていて、肝心の顔が見えない。けれども、辛うじて唇が緩く弧を描いているのはわかった。
下へ視線を移すと中の白シャツ以外、全身漆黒の燕尾服に身を包んでいるのが見える。どこぞの貴族紳士よろしく、気障ったらしい仕草で被っていたシルクハットを、人差し指がちょいっと押し上げた。
すると、今まで謎だった容貌が明らかになる。
ゆるいウェーブのかかった、ゴールドに輝く短髪。前髪だけが長く、せっかくのシアンの瞳は隙間から覗くだけに留まっていた。色白で、シュッとした輪郭。鼻筋の通った、高い鼻梁。
凹凸のはっきりした面立ちは、前髪で分かりにくいけど、わりかし整っていて美形の部類だ。歳は、見るからに若そう。目測で、20代前半くらいの青年かな。
じっと見つめ続けていたら、その綺麗なシアンの瞳とぱっちり目が合う。
「ふむ。とっても、不思議そうな瞳だね。まぁ、何の説明もなしに魂だけとなった君を、こちらの世界へ勝手に連れてきたんだ。無理もないか。魔力が溜まるまで、数分の時間があるし。その間に、これまでの経緯を説明しよう」
「………………」
連れてきたって事は、やっぱりこの覚えのある声と目覚める以前の声は、同一人物?
魂だけになった私って、どういう事?こちらの世界とは、どちらの世界??
魔力?何それ、オイシイノ???
起きたばかりで、鈍る思考をフル回転させるも。私の頭上はもう、疑問符だらけで軽くパニック状態である。
とそこへ、吐息のような微笑がフッと零れ聞こえた。発生源は、どう考えても目の前にいる奇術師っぽい青年。彼の他に、この雑念とした場には誰ひとりいない事は、確認済みだ。
私と片側の壁一面にズラリとディスプレイされている、夥しい量のドール人形たち以外は。
…………うん。ちょっと前から、気づいてたよね。でも、何千対もの目に見られていると思うと、怖すぎてツッコめなかったんだ!
だって、こう、目が合ってる訳ではないけれど見られている気がして仕方ないし。もしツッコんで、一斉にこっちを向かれたらと想像するだけで―――。
背中が!ゾワゾワする!!
「あぁ、気になるかい?あの人形は、どれも俺の力作でな。可愛い我が子たちだよ!」
「……………(力作?我が子?)」
何やら、凄く嬉しそう?というか、自慢げに我が子だと言うドール達を紹介された。実に爽やかな、ドヤ顔だ。
力作ってことは、壁一面にきちんと並べられているドール達は青年が作ったって事?どれも、小さな子供が辛うじて両手で抱えられるくらいの大きさだ。大体、35センチ。
彼は一体、何者なんだろう?
「そうそう、自己紹介がまだだったね。俺は、王宮人形魔術師のアイリーン=フロース。親しい友人には、そのままアイリーンと呼ばれているぞ!ここは、東西南北に別れたストーベルイララエル四大大陸の一つ、東の大陸を支配するニレーズイン王国王城内で、人形魔術師専用の研究室兼俺の仕事場さ」
私が彼……アイリーンの正体を怪しみ出したタイミングで、まるで見計らったように向こうから明かされた情報によると。
この見るからに雑多な作業場は、何と、王城の中に存在する研究室だった!確かに、あちこちに散らばる資料らしきものや石の床に描かれた幾何学模様を見るに、そうだろうなと納得する。
専用って事は、魔術師には他にも分野があるのかな?
それと王宮人形魔術師って、益々アイリーンは何者なの?
魔術師と言えば全身をローブで覆っているイメージだったから、アイリーンの燕尾服という服装はイマイチ繋がらないし。漸く、名前が判明したって言うのに。肩書きの印象が強すぎて、実際にどう呼んで良いのやら……。
女の子みたいな名前だけど、優男よりの中性的な顔立ちをしているアイリーンには、全く違和感がない。処か、むしろ似合っている。
しかし、目覚めてからずっと思ってたけど。アイリーンは結構、長身だ。手足もスラリと長く、それでいて燕尾服の上からでもわかるカッチリ体型。元の世界で言うところの、海外モデルみたい。
起きたら座らされていた脚の長い丸椅子は、多分、作業用の椅子なんだと思う。それに座っていても尚、立っているアイリーンの胸元にしか私の頭が届かない。
何センチくらいあるんだろ?180以上は、確実にありそうだ。
それに比べて、私の座高の低さよ……。
しょんぼり、今更ながら自身の身体を見回して、驚きに瞠目する。
え?えっ!?
手足が、小さい??というか、全体的に以前よりも身長が、縮んでる!!?
そう言えば何だか、目線が低くなっている気も……。
見える範囲で例えれば、9~10歳くらい。まだまだ、子供感の抜けきらない頃みたいな。
んん?良くみれば、マシュマロの集合体のようだった体型が、かつてないほど細くくびれてるし。どうなってるの!?
あれ?ちょっと、待って!
完全にスルーしそうになってたけど、魂だけになった私を連れてきたって事は、この身体は………?
恐ろしい可能性に想像力を膨らませ、怯えの混じる瞳をアイリーンへ向けた。百面相で慌ただしくしていた私を、ニコニコ見守っていた彼はその瞳に察するものがあったのか。
「うん?あぁ、ちゃんと説明すると言っただろう?だからそんなに恐がらないで、大丈夫。何てったって、王宮人形魔術師である俺が、一から作り上げた最高傑作の身体なのだから!」
「っ!!?」
「おい……、人の死体で実験する外道を見るような目で俺を見るな。頼むから!………まぁ、そういう輩がいないわけではないけども」
「………ハ、い?」
後半の不穏な言葉は……、聞かなかった事にしよう。
うん、そうしよう。
触れてはいけない、怪しい臭いがプンプンする!私の直感が全力で無視しろと叫んでるし!
そんで思わず、声が出た。若干、カタコトみたいな口調で話し慣れていないような。以前の女子にしては低かった、自分の声とは全く違う。舌ったらずで、少し幼さを残しつつもまだ咲くには早い蕾の如く、愛らしい少女の声だ。
「おや?まだ流暢とは程遠いが、声も出せるようになったか。身体もぎこちなくではあるけれど動かせているし、特に問題もなさそうだね」
「は、い……」
「うんうん。で、今、君が一番気になっているだろう事。何故、こちらの世界へ連れてきたのかだけど。簡単に言ってしまうとだね」
そう、さっきの不穏な会話をさらっと良い笑顔で流したアイリーンが、ざっくり説明してくれた事をまとめると。
人形魔術師ならば誰もが夢見る、ドールへ人間の魂を定着させる禁術を試すために異世界召喚を行い、私(魂)を連れてきたという事だった。
色々と、ツッコミたい事は多々あるけれど、まず。
この身体って、ドールだったの!?随分、精巧な作りだからてっきり、生身の肉体なんだとばかり思ってた!
じゃあ、さっきアイリーンが言ってた最高傑作の身体を作ったって発言は、最高の身体を完成させたって意味だったのね。
ふぅ、何だか、一安心。…………って、なるかぁああ!
いやいやいや、禁術指定されているのに試しちゃ駄目だよ!これ、バレたら絶対アカンやつや!!下手したら、自分の命がないって試す前から分かってたでしょ!?
え?分かってたけど、つい好奇心が押さえられなかったって?
やっては駄目だと言われれば、逆に気になって仕方なくなっちゃった子供みたいな理由で………。
しかも、自国からの魂召喚はご法度。最初はアイリーンも国の法を犯してまで試そうとは、思っていなかった。ならば他に、何処から魂を召喚するか。
考えた末に、全くの別世界から連れてくればいいんじゃね?と閃いたそうな。
軽いなぁ~。めちゃくちゃノリ的発想だよね?
何故か、パンがなければお菓子を食べれば良いじゃない?みたいな、某フランスのお妃様の名言が頭を過ったよ。
別世界からならば、自国の法もあって無いようなものだし、無効になる。安易な思いつきだけど、この方法なら犯罪者になることもない。正に、一石二鳥。いや、三鳥?
但し、魂だけとなると向こうでの身体は死亡する事になってしまうので、"元の世界に未練がなく今すぐにでも命を散らそうとしている者"という条件を付ける事も忘れない。
アイリーン曰く、自分の身勝手で他人の人生を奪う事になるのだ。どうせ召喚するのなら、何の柵もない人物でないとという事らしい。
そういう自覚は、ちゃんとあったのね。
で、それらの条件を満たし、正に自ら人生を手放そうとしていた私はアイリーンにとって、うってつけの人間だったというわけだ。
異世界召喚なんて非日常的な事、まさか自分の身に起こるとは思いもよらず、まだ実感が湧かない。でも妙な事に、私は私の身体から解放されたような、清々しさを感じていた。
もう、何が何だか理解が追い付かないけど、取り敢えず。
目が覚めたら魔法(術)の存在する異世界で、ドールの身体に憑依?していました。
読んでくださって有り難うございます!
次回も鈍足更新になります。




