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3話

カレンが去ってから既に2時間が過ぎた。時刻は0時を回り、たださえ少なかった客足はもはや皆無と言ってよかった。

タジマは23時ごろ調理器具の片付けに出てきたきり、控室に引っ込んだままだ。まったくいいご身分だ。


「いつまでも一人で突っ立っていてもしょうがないか…。」


俺はそう考え、気が進まないものの控室に戻ることとした。

俺は扉をそっと開けると、控え室の中の様子を窺う。タジマは控室の隅に座り、手に持った文庫本に集中していて俺に気が付くそぶりはなかった。

職務中に褒められた行為ではない。そう思ったものの注意する気にはなれなかった。別にタジマがいなくて困るような作業はない。

それよりも余計なことを言って、仲がこじれることが嫌だった。

俺はテーブルの上にある店長が用意した缶コーヒーを手に取ると、無言でタジマの前を通り過ぎると、奥にある店内の監視モニターの前に陣取る。

甘い缶コーヒーを口にしながら俺は、誰もいない店内をぼんやり眺め続けるのであった。


************


その日は朝から問題集を片手に俺は勉強に勤しんでいた。と言っても、必死にやるほどのものではない。

志望大学レベルの問題なら一年前から何度繰り返してきた。いまさらわからない問題などあるはずがない。まあ、志望大学に落ちた俺が言うことではないのかもしれないが。

とにかく、今の俺にとって勉強はインプットしたルーチンを忘れないための作業のようなものだ。

一日に決めた時間実行し。それ以上は行わない。それほど余裕があるなら、志望大学のレベルを引き上げるべきだったのかもしれないが。今の俺はそんな前向きなことは考えられなかった。

一度失敗した恐怖から、俺はリスクを上げる行為に恐れていた。


問題集に取りかかっていたら、いつの間にか昼を過ぎていた。正直あまり集中できたとは言えない。

3日後のカレンとのデートの約束が心のしこりとなり、俺の気を重くしていた。


(カレンと最後にデートしたのはいつだったろうか?)


確かあれは4月の上旬だった気がする。あれから2か月…カレンの奴がバイト先にまで来て、強引に約束を取り付けるわけだ。

普通なら愛想を尽かされてもしょうがない。いや、俺は愛想を尽かされたかったのだろう。

自分から別れを切り出すことはできないし、だからと言って面と向かってカレンに振られることも嫌だった。

このまま緩やかに疎遠になり、関係を自然消滅できたら…そんなことを考えていた。


我ながら最低だ。俺は自身の女々しい心情に自虐的な笑みを浮かべる。


腹が減っているせいで、思考がマイナス方向に引っ張られている。こういう時はロクな考えを思いつかない。

俺はそう結論づけ、外へ昼飯を食べに出かけることにした。


************


目についたファーストフードで適当な食事を済ませると、俺は町中をブラブラしていた。

カレンの奴はデートにはおしゃれをしてこいと言っていた。そう言われたからではないが、靴がだいぶくたびれていたところだ。

それに、デートに向けてアイテムを準備することで、カレンとの関係を少しは前向きに考えられるかもしれない。

俺はそう自分に言い聞かせると、きれいに整頓された靴たち漫然と眺める。いくら眺めてもどれを選んだらいいのかが、わからなかった。


どれも同じに見える。


以前とは違う。以前ならカレンはどういった感想を言ってくれるが気になってしょうがなかったのに、今はそれがどうでもいい。

俺は棚の前にただ立ちつくし、呆然としていた。


「あの…どうかしました?お客様?」


いつまでも商品を手に取らず眺めるだけの男を不審に思ったのか。店員が声をかけてきた。

俺は何でないと答え、たまたま目についた靴を掴みとると店員に差し出す。

店員はたちまち笑顔になり、俺をレジへと誘った。靴の値段は7000円だった。

どれほど時間がたったのだろうか?

靴屋を出たら日が暮れかかっていた。

今日はバイトがない。適当な惣菜でも買って帰ろう。


************


惣菜の入った袋を片手に、俺はすっかり暗くなった町を歩く。中心街から離れるにつれて、人の数はどんどんまばらになる。

アパートのすぐそばに着くころには、人影はすっかりなくなっていた。


「相変わらず寂しいことだ。」


俺はそう悪態をつくが、無理もない。未成年の俺が住めるような安アパートがあるところだ。栄えている訳がない。

そんなことを考えていた俺は、目の前の路地から突然飛び出してき人影に、反応できず。正面からぶつかってしまい。勢いのまま後ろに倒れこむ。


「ごめんなさい!」


路地から出てきた人影は、そう言うなり走り去ってしまう。あまりにも失礼な態度だったが、俺にはそれ以上に気になることがあった。


「タジマ…?」


今の人影は、確かにタジマだったと思う。タジマは俺に気が付いた様子はなかったが。


「泣いていた?」


暗くて見えなかったが、タジマの目元は赤くはれていたように思う。泣いていたのかアイツ?

俺は訳の分からない動揺を感じ、タジマの後を追おうとするが、すぐに我に返る。


「後を追ってどうするんだよ…。」


俺はタジマのことは何も知らない。タジマも俺のことなど何も知らない。

そんな見ず知らずの他人に心配されても、俺なら余計なお世話に感じるだろう。むしろ見られたくないところを見られたと思い。相手に不快感を与えるかもしれない。


(やめよう。)


俺は何も見なかったことにし、ぶつかった拍子に落とした惣菜袋を拾い上げ、その場を立ち去る。

中の惣菜は見るも無残にぐちゃぐちゃになっていた。


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