25話
勢いよく脱衣所に飛び込んできたカレンとヒラガに俺は下敷きにされる。
「あいたー。もうびっくりした。メノウ君大丈夫?ごめんね、ちょっとはしゃぎすぎたみたい。」
「いてて、まいったねこりゃ…。」
「ヒラガ君。早く退いてもらえる?男二人に前後を挟まれるとか、女性としてちょっと問題がある構図に…もう、この男たちときたら、私に何を言わせる気なの?いやん。」
「うわ!?ち、違うよ別に僕はそんなつもりじゃ…。」
「人の上で何くだらないこと言ってるんだ。いいからサッサと退け、重いんだよ!」
「なぬ、女性に対して重いだと?…ぐぬぬ、言い返せない…。実は私最近少し体重増えちゃって…。部活やめたせいかな?運動系のサークルに入ったほうがいいかな?」
「知らねえよ!勝手にしろ。」
「もう、メノウ君。少しは彼女のことを…。…メノウ君。そちらの方はどなた?あれ、こないだ会ったメノウ君のバイト先の…人?…どういうこと?」
俺の上に倒れこみ、訳の分からないことを言っていたカレンだったが、タジマに気がつくと、状況が理解できないのか不思議そうな顔していた。
ああ、くそ。ついにカレンに見つかってしまった。
ヒラガの奴もタジマと俺を交互に見比べ、訝しげな視線を俺たちに送る。いや、まあ、コイツに関してはどうも思われてもいっこうに構わないので、どうでもいい。好きにしてくれ。
問題はカレンに浮気相手を見られてしまったことだ。
どうするんだこれ?なんて言い訳すればいいんだ?
浮気していたことを正直に話す…。だめだ。カレンの反応が予想できない。普段はあまり怒るような性格ではないが、それが逆に怖い。
激昂して台所の包丁を振り回されたりしたらたまらない。
俺はまだ十分に生きちゃいない。ここで死ねるかよ。
正直は美徳だが、賢い生き方じゃない。今必要なのは、この致命的な状況をいかに誤魔化すかだ。
土下座して謝るのは最後の手段だ。まだあきらめるわけにはいかない。
何でもいい、どんな突飛なことでも構わない。俺が先に何か言って会話の主導権を握らないと
…敵のス○ンド攻撃だ。今すぐここを離れるぞ!
いくらカレンたちがアホでもさすがにこれは無理があるか?で、でもこいつらアホだし。大丈夫…って、そんな訳あるかい!
…何自分に突っ込んでいるんだ。大丈夫なのか俺?大丈夫なのかよ…。
ああああああああああああああああ、もう何を言ったらいいんだよ、マジで!?
「わ、分からない。俺にもなんでタジマがここにいるのか分からないんだ!」
迷いに迷った挙句、俺の口から出たのはタジマがここにいることへの理付けを一切放棄した逃げの一言だった。
大丈夫か?この一言から、一体どんな会話の着地点を見つければいいんだ?
「えっと…メノウ君にもわからないってどうゆう…。」
「知るか、分かんないんだよ。なんでタジマがここにいるか俺にはさっぱりわからない。」
往生際が悪くしらばっくれようとする俺にカレンは不審なものを感じ取ったのか、視線が徐々に疑いの色を帯びてくる。
「どういうことだ…?これは事件の匂いがするぜ。ヒラガ君!ロープと軍手の準備を。」
「わかった。ちょっとコンビニまで買いに行ってくるよ。」
「待て行くな。それとそんなものどうする気だ。」
「安心したまえ、キミが素直にしゃべれるようになるための処置だよ。」
「できるか!お、おいヒラガどこに行く?…マジで買に行くのか?ちょっと待て、いやマジで…おかしいだろお前ら!」
「あの…ごめんなさい。驚かせてしまって。その、訳を話させてもらってもいいでしょうか?」
俺は慌ててヒラガを止めようとするが、カレンがのしかって邪魔をするため止めることができなかった。
俺とカレンともみ合っていたところ。タジマは遠慮がちに俺たちに話しかけてきた。
タジマ?おい、何を言う気だ?まさか正直に話すのか?
「カレン…さん?が言った通り私はスドウさんのバイト先の同僚です。こないだもお会いしましたよね。」
「えっ…と。うん会った。タジマさんだよね?」
「そうです。タジマです。それで私がスドウさんの部屋にいる訳ですけど、」
俺は何も言えない。ここでタジマの話を遮ったほうがいいのかもしれないが、遮ったところで俺自身どう話を進めればいいかわからない。
情けないことだが、ここはタジマが上手いこと誤魔化してくれることを期待するしかない。
「実は今日バイト先の店長から、その…明日のバイトをなんですが、シフトに不都合があったみたいで、私とスドウさんの出勤の時間を早めることはできないかと連絡がありまして。」
「ふむふむ、続けたまえ。」
「…。」
「私は出勤を早めることに問題なかったのですが、その…店長がスドウさんと連絡が取れないと困っておりまして、それでその…。私は私の家とスドウさんのアパートが近いことを知っていたので、スドウさんにその話を伝えられればと思いスドウさんのアパートまで来たのですが。」
「そ、それで。」
「…。」
「インターフォンを押しても反応がなくて、私は困ってしまって。何となくドアノブを回したらカギが開いていることに気が付きました。それでとりあえず私は部屋の中に入ったのですが、人の気配がないから、スドウさんが留守なんだと思い帰ろうとしたのですが…。」
あれ、なんかいい感じに話が進んでる気がする。マジかよ、タジマ。期待していいんだな?信じてもいいんだな。
「部屋を出ようとしたときに、扉の外にカレンさん達がいることに気が付いて。…その時は誰かまでは分からなかったんですけど、それで私気が動転してしまってつい、バスルームに隠れてしまったんです。」
「えっとつまり、私たちが来たから驚いて隠れてしまったと?」
「そうです。…それから出て行こうとバスルームから様子を伺っていたんですけど、なかなか機会がなくて。そうこうしてるうちにスドウさんまで帰ってきて…。」
「それで、バスルームに入り込んだメノウ君は、いきなりタジマッチの口を抑え、声を出すなと脅迫し、衣服を脱ぎ始める。そこに愛と正義が友達のカレンちゃんが踏み込んだと、つまりはそういう…あいた!?何するのさ、メノウ君!」
「自業自得だ…そんな訳あるか。俺はタジマがいることに動転しちまって、話を聞こうとしたらお前らがドアをこじ開けようと馬鹿なことし始めたんだろうが。」
俺はカレンの頭にチョップを落としながら、内心胸をなでおろす。よかった。何とかなりそうだ。少しおかしいところはあるかもしれないが、そこは適当に応えれば大丈夫だろ。
「あれ、そうだった?めんごめんご。軽いスキンシップのつもりだったのだよ。まあ、許せ。男の子だろ?」
「まったく意味が分からん。何を言ってるんだ?頭大丈夫か?それで、タジマさん。バイトの件は俺も問題ないよ。一時間ぐらい早くいけばいいのかな?」
「はい、それで大丈夫です。」
「そっか、了解。それで店長にはタジマさんから連絡しておいてくれないか?実は俺のスマホこんな状態だし。」
俺は画面がひび割れたスマホをタジマとカレンに見せる。カレンに連絡がつかなかったときに苛立ちのあまり床に叩きつけ割れたものだが、これでタジマの話に合った俺と店長の連絡がつかなかった理由づけにもなるだろう。
「なにこれ、ひどいね。どうしたの?」
「いや落としちゃってな。それから動作がおかしいんだ。カレンに電話した時も四苦八苦したんだぜ。」
「連絡つかなかったのもこれが原因でしょうか?わかりました。店長には私から連絡しておきますので安心ください。」
「頼むよ。それで俺はシャワー浴びたいんだけど…二人とも出て行ってもらえる?」
「え、あ。すいません。」
「おいおい、それはあんまりじゃないか、ボーイ?ここで言うセリフは、二人とも一緒に浴びるかだろ?」
「ふざけてないでさっさと出て行け。」
動揺するタジマと、ふざけたこと抜かすカレンを追い出す。
タジマとカレンを二人だけにすることは不安があったが、この状況で俺がタジマに構いすぎるのはおかしい気がする。
ここはタジマを信頼して追い出したほうがいい気がする。アイツならうまいこと見極めて行動してくれる気がする。
そんな勝手なこと思いながら、俺は服を脱ぎ棄てるとシャワーに身をさらす。
熱いシャワーを帯びながら、俺はようやく人心地が付くことができたのだった。