24話
俺は平静を装いながら、ゆっくりとバスルームに入ると、ドアに鍵をかける。
タジマと話し始める前に、シャワーのノズルを捻る。シャワーの水音で俺とタジマとの会話が、少しでもカレンとヒラガに聞こえにくくなること期待して。
「帰ってなかったのか…。」
「ごめんなさい。帰ろうと思ったんですけど、急に玄関に何人かの気配を感じたから、とりあえずここに隠れていたんです。」
「いや、よく隠れてくれた…。鉢合わせていたらもうどうしようもなかった…。」
「どうしたらいいでしょうか?」
「どうしたら…いいのかなあ…。」
「実は、隠れるときにいっしょに靴を持ってきたんです。何か役に立たないでしょうか?」
「靴だけあってもなあ…バスルームの脱出口は換気扇と排水口ぐらいしかないぞ?行けるか?」
「ちょっと…難しいかと思います。」
「そうか…。」
ちょっとなら頑張って欲しいところだが…待て、俺は何を考えているんだ?
できるはずがないだろ。…だいぶテンパってるな、俺。
「お互い冷静になろう。…まず基本方針から決めたいと思うんだが、どうだ?」
「基本方針ですか?」
「ああ、まずは何を目標にして行動するかを決めて、それから作成を立てたいと思う。」
「目標…具体的には…どういうことですか?」
「俺が思いついた範囲では三つだ。一つは、このままタジマが隠れ続ける。二つ目は、タジマがアパートから脱出する。三つ目は、カレンとヒラガをアパートから追い出す。」
俺の提案にタジマ真剣な表情でうなずく。
「一つ目は…おそらく一番成功率が高い無難な目標だ。タジマがこのままバスルームにこもってカギをかければ、達成できると思う。アイツらはバスルームを使わないと思うし、万が一使うと言っても、俺がカギが壊れたとか言えば、強引には入ろうしないはずだ…。だけど…。」
「キミへの負担が大きい。アイツらがいつ帰るか分からないしな。…下手したら明日の朝までいるかもしれない。」
「大丈夫です。それくらいなら…耐えられると思います。」
タジマは大丈夫だと、俯きながら自分に言い聞かせるように静かに頷く。
「10時間以上も脱衣所にか?冬じゃないから、死にはしないと思うけど、それでもかなりきついだろ。できることなら避けたいし、とりあえずこの案は保留だ。」
タジマは無茶な注文を言われずにほっとしたのか、表情が柔らかくなる。それどころか、少しうれしそうだ。俺がタジマを心配したことが嬉しかったんだろうか?
その笑顔を見て、俺は自分の考えが間違ってはいなかったことを確信する。
大丈夫だ。何とかなる。タジマを脱出させるのも、カレンたちを連れ出すのも、どちらもリスクはあるだろうが、達成が困難というほどの難題ではない。
タジマと二人で作戦を立てれば、何とかなるはずだ。
「それじゃ二つ目…」
カチャリ。
そんな淡い希望を抱いていた俺だったが、突如背後から聞こえた異音にゆっくりと振り返る。カギが…開いてる?
(なんで鍵が開いているんだ?俺は確かにかけたはず…。)
困惑する俺をよそに。ドアはゆっくりと開き始める。その光景に俺は背筋が冷たくなるものを感じる。
(マズい?なんだ!、え、あ、)
突然の事態にパニックになりかける俺だったが、かろうじて残っていた理性が、ドアを開けさせてはならないと警告していた。俺は動揺しながらも理性から指示に従い。ドアに体当たりをして、開きつつあったドアを必死に押し戻す。
「誰だてめぇ!?、何勝手にドア開けているんだふざけんなよ。ぶっ殺すぞ!」
「あれ、メノウ君いたの?シャワー音がしたからてっきり浴室にいるのかと思ったのに。むむむ、これはどういうことだ?シャワーを出しておきながら、脱衣所にいるとは…。これは怪しい。何か事件が?」
「カレンか!お前ふざけんな。カギかかっていただろ。どうやって開けたんだ?」
「この程度のカギなど、カレンちゃんの手にかかれば赤子の手を捻るようなものよ。具体的に言えば、ドアノブの凹んでいるところに10円当てれば、外から簡単に開くんだよ?」
「マジかよ!知らなかったわ。大変勉強になりました。それでやめろ。やめてください。お願いします!」
「何をそんなに慌てているのかな?これはますます怪しい。私が知らないのをいいことに、この男は一体何をしていたのだろうか?怪しい行動をとる被疑者に対し、取材班はドアをこじ開け、強行突入を行うのであった。」
「こっちは裸なんだ当然だろ!?インタビューなら後でいくらでも答えてやるから、マジで、待て、おい、聞いてるのか? …おいちょっと待て、なんだこの力?いくらなんでもカレンに力負けするはずが…ヒラガか!?てめえ、何手伝ってるんだ!犯すぞこの野郎!」
「おいおい、なんて声出してるんだ?女じゃあるまいし…。まずいよ、ヒラガ君!!なんか私、興奮してきた。あの男の裸身を俺たちの目の前に晒してやろうぜ!」
「スドウの裸と引き換えに、僕は…その犯すとか言われているんだけど…。」
「彼女が許す!存分に絡み合え!!!あはははは、どうしたメノウ君?ドアがちょっとずつ開いてきたぞ、諦めたのかね?」
カレンの笑い声を聞きながら、俺は必死にドアを抑える。タジマはどうしたらいいのかわからず青い顔でオロオロしていた。
アイツらのアホさ加減を見誤っていた。のんきに作戦会議なんてしている場合じゃなかった。
正解はタジマに気づいた時点で、アイツらに殴り掛かって問答無用で追い出すだった。
どうする?どうしたらいいんだよ?誰か、助けて。
誰に祈っているかもわからぬまま、必死に試練に抗っていた俺だったか、ついに限界の時が迎える。
扉が勢いよく開き、カレンとヒラガがこちらに倒れこんでくる姿がまるでスローモーションに見えた。
(終わった。)
馬鹿どもに押し倒されながら、俺は最悪展開に突入した自らの不運を嘆くのであった。