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風邪をひいた黒猫

遅くなりました。



(…さむい……あつい?)


リンは体はぞくぞくと悪寒がするが、顔が暑いという不思議な感覚がした。瞼を開けると、ぼやけて周りがハッキリと見えず、明るいという情報しかわからなかった。


(あのまま、キッチンでねちゃった?)


昨夜の掃除の後が思い出せず、起き上がろうとしても、なぜか身体中が怠く力が入らなかった。


(おきれない……)


どうすることも出来ず、ボーとしていると、ぼやけた視界に黒い影がかかった。


「目が覚めましたか?」


初めて聞く声に、リンは首をかしげたかったが体は動かず、ぼやけた黒い影を見ることしか出来なかった。


『だ、れ?』


いつも以上にか弱く、かすれた声でリンは聞いてみた。


「私はヨハンと申します。」


『よ、はん?』


「はい。熱があります。無理に話さないで大丈夫ですよ。」


『ねつ?』


「まずはしっかりと休んで、お食事を取り元気になりましょう。詳しいお話しは元気になってからです。」


ヨハンは冷たいタオルを、リンの額にのせた。ひんやりとした冷たさにリンは気持ち良くて瞼を閉じた。前もリンが熱を出したとき、そうちゃんがテレビの見よう見まねで濡らしたタオルを頭にのせてくれた。しかしキチンと絞れていないタオルは、びちゃっとしており、リンの顔は濡れてしまった。


(でも、うれしかったな………そうちゃん)


熱でボーとするなか、思い出のそうちゃんが現れリンは寂しくなった。キャットシーとは約束したが、そうちゃんとこんなに離れたことはなかった。いつも一緒だった。生まれたときから、母親は世話を放棄していた。小さな手でとめたオムツはぐぢゃぐちゃだった。冷たかったり熱すぎたりとミルクの度に泣かせてしまった。うまく抱っこ出来ずになかなか寝付けずに、一緒に一晩中起きていた。


(あぁ、そうちゃんにあいたいな……そうちゃんげんきかな?そうちゃんあの人たちに叩かれてないかな…そうちゃん)


リンは悲しくて、寂しくて涙がこぼれた。









『そう、ちゃん……グズ……そうちゃん』


顔を真っ赤にしながらベッドのなかで、小さな子供が涙をぽろぽろこぼしながら泣いていた。かすれた声で何かを繰り返して呼んでいる姿が、とても痛々しかった。


「可哀想に……」


ヨハンは手元のハンカチで優しく涙を拭いた。お腹を一定のリズムで叩くと、小さな寝息が聞こえはじめてほっとした。


「ねぇ、ヨハン子猫はどう?」


ノックもなく扉を開けたのは、ボサボサ頭のアルロンドであった。ズカズカと部屋に入ってきたアルロンドにヨハンは顔をしかめた。


「アルロンド様、今眠ったところです。お静かにお願いいたします。」


「あぁ、ごめんね。熱はどう?」


反省のない様子にヨハンは溜め息をついた。


「まだ熱は高いですね。薬は飲んでいるので明日には下がるでしょう。アルロンド様はあのリボンの読み取りが終わりましたか?」


「終わったよ~どうやらケットシーのリールが関わっていたみたいだね。この子は別の世界の人間の魂だったみたいだね。リボンの記憶から読んだけど、あまり良いとは言えない両親みたい。この子は父親に殴られて、一度死んだみたいだ。子供だから自分が死んだことを理解出来なかったんだね、魂がさ迷っているうちに、僕が召喚していたリールの異空間に巻き込まれたみたいだ。」


「別の世界ですか。まぁ、精獣界がある程ですから、異世界は存在するのでしょう。」


「そうだね。で、リールはこの子が可哀想で、自分は僕に召喚されて掃除がしたくないと思って、自分の魔力をあげて精獣化されたらしい。だから今は、人間の時に疲れた魂と、人間から精獣に変化する魔力に体が追いつかなくて熱が出ちゃったんだね」


説明するとアルロンドは、手に魔力を纏わせ子供の額にのせた。


「この子は、魔力という概念のない世界にいたようだ。リールからもらった魔力を体の中で自分のモノにうまく変換出来ないのだろう。……だから、少し手伝ってあげなきゃね」


アルロンドの手のひらから金色の陣が現れ、光の粒がキラキラと子供に降りそそいだ。臍の辺りでぐるぐると滞っていた魔力の塊が、血管を廻るように少しずつ流れ始めた。


「……これでよし!明日には体が魔力に慣れて、きちんとした精獣になるだろうね。」


顔の赤みも少しひき、呼吸も落ち着いた子供の様子に二人は安堵した。


「相変わらず、魔力の操作だけはお得意ですね。」


「だけとはなんだ、酷いやつだ」


二人の話し声に、子供の瞼がぴくりと震えた。


「おや、起こしてしまったかな?」


アルロンドが顔を覗きこむと、子供はうっすらと瞼を開けた。オレンジ色の瞳がアルロンドを見ると



『……キラキ、…ラの…おうじさまだ…』


と呟き、瞼は閉じてまた眠ってしまった。


「………え?」


「………。」


「キラキラの王子様ってぼく?」


「アルロンド様………いえ、キラキラの王子様お茶にいたしましょうか。」


ポカンとしているアルロンドに対して、ヨハンはニヤニヤしながら話しかけると、アルロンドは真っ赤になって振り向いた。


「ヨハンやめろよ!恥ずかしい!」


「キラキラの王子様、子供の目が覚めてしまいます。大声はお止め下さい。」


「うっ……おまえ、面白がってるな」


アルロンドが恨めしそうに睨み付けるも、ヨハンはにっこりと微笑むだけだった。


「アルロンド様はご令嬢たちから〈魔術の王子〉と呼ばれているではないですか。」


「僕がその呼び名を嫌がってると知っているだろう。本物の皇太子まで王子様ってからかうんだから………キラキラって、この金髪かな?」


アルロンドは自分の髪を引っ張らながらはなした。


「子供が起きる前に、キラキラの王子様に見えるように入浴して、身だしなみを整えて下さい。あまりのボサボサに、しっかりと目が覚めた子供が、ショックで泣きますよ。」


ヨハンはだらけた格好のアルロンドを魔法で持ち上げると、そのまま浴室へと運びこんだ。




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