黒猫、精霊と出会う
やっと本編らしくなるかな
青年から逃げ出したリンは、部屋を出て廊下を走り角を2回曲がってから追いかけられていない事に気が付いた。
『にゃー?(ここどこ?)』
キョロキョロしながら進むと、半開きの扉があり覗けば、泡が飛び散り水の入ったままの浴室があった。おとなが2人入っても余裕な広さの浴槽に、ステンドグラスの明かり取りの窓から光が入り、綺麗にしていれば素敵な浴室なのに残念だ。
『にゃあ(ここはかくれない)』
いつも暴力をふるう両親から逃げるには、隠れて静かにするのが一番いいとリンは思っていたため、青年から逃げるために隠れる場所を探していた。浴室は明るく、隠れるには不向きだった。
『にゃにゃ(どこかないかな)』
リンは青年が来ないかビクビクしながら、扉が開いている部屋を覗いた。洗い物と食べかけの食事で溢れたキッチン。書類や本がテーブルや床に散らかり足場もないリビング。着た服と着ていない服が散乱したクローゼット。他にも部屋はあるが、扉が閉まり子猫のリンには開けられなかった。人間に戻ることは、すっかりリンの頭から抜け落ち、子猫のままトボトボ歩いた。
『にゃー(つかれた)』
元々体力はなく、子供であり空腹でもあったリンはふらふらしながら来た道を戻り、クローゼットの奥に入り込んだ。人間の時も、よく弟を抱きしめて押入れに隠れて過ごしていたのでなんとなくここがいいと思ったのだ。
『にゃ…(そうちゃん…)』
いつも抱きしめ守ってきた弟がいない寂しさがジワジワときて、リンは奥にぐしゃぐしゃになっていたコートの中に潜り込んで、いつものように息を殺し、存在を消すように静かにした。今までは両親の機嫌が悪いと、物音をたてるだけで蹴られた事もあった。とにかく静かにして、身を守ろうとした。暫くはすると青年が二階の部屋に行くために階段をのぼり、扉が開いて閉まる音がした。その後も椅子に座ったり、少し歩いたりと音が聞こえ、リンはそのままじっと過ごした。
どのくらい時間がたったのか、家から音がしなくなった。耳をすましても、足音も、水音も聞こえなくなったのでリンはそっとクローゼットから出てきた。
『にー(ねたのかな)』
リンは音をたてないようにゆっくりと廊下を歩いた。夜中なのか廊下は暗いが、子猫になったせいか夜目が効くようでリンは怖い思いもせず進んだ。途中で階段を見つけ、恐る恐る二階へ向かう。二階には扉が4枚あり、1ヶ所だけ開いていたためリンはそっと中を覗きこんだ。
『(ここがいちばんきたない)』
本や書きかけの紙、汚れた服が椅子やソファーに無造作に投げられ、カーペットも所々シミがあった。テーブルの上にはビーカーやフラスコ、すり鉢、試験管などの実験道具が汚れたまま置いてあり、少し異臭もした。もうひとつのテーブルには隙間なく紙が散らばり、倒れたインク壺がテーブルから床に向かってポタポタとゆっくりインクを落としカーペットのシミが悪化していた。反対側には大きなベッドがあり、呼吸音がしているため人がいるようだ。
『(あのおとなかな)』
リンはベッドの側の棚にジャンプして登ると、そっと青年を見つめた。窓から入る月明かりを反射した金髪がキラキラと光り、リンはドキドキした。家に一冊だけあった絵本に出てくる王子様も金髪だったからだ。一冊しかなく、何度も読んでボロボロになり、破れて、それでも大事にしていたのに両親に捨てられてしまった絵本。その王子様そっくりな人が寝ていた。
『(おうじさま?キラキラきれー)』
リンは青年に感じていた恐怖が薄れ、ゆっくりと今日あった事を思い出していた。
『(いつもみたいにたくさん叩かれて、いたくて……にゃんにゃんにあって、そうじをたのまれた。そうちゃんつれてくるからまっててっていってた……ごみやしきだけど、こわくないって、だいじょうぶっていってた……このひとはたたかない?にゃんにゃん、やさしいっていってた……けど、わたしにげちゃった、どうしよう…おこったかな?……たたくかな?…)』
ケットシーが言っていた事を思い出すと、逃げ出した自分が悪いように思えてきた。怒られる、叩かれると思うが、幸せそうに枕を抱いて寝るキラキラの王子様が怖いことをするようには思えず、リンは暫く悩んでいた。
『(にゃんにゃんとやくそく、まもらなきゃ。にゃんにゃんのかわりにそうじ、いいこでまつ。やくそく!)』
リンはケットシーはとの約束を守るため、掃除をすることにした。ここの掃除は青年が起きてしまうため、また音をたてないようにゆっくり一階に降りてきた。一番近くの扉に入るとそこは浴室だった。
『にやー(あれ、わたしねこのままだった…………にんげん、にんげん…)………もどった』
夜目が効かなくなったが、浴室は明かり取りから月明かりがそそぎ、廊下よりも明るかった。リンは道具を探そうとウロウロすると、大人の掌くらいの大きさの灯りが3つ現れてふよふよと浮いていた。
『……むし?』
よく見ると、羽の生えた小さな人間が明るく発光していた。人形のように可愛く、柔らかそうな白いワンピースをヒラヒラさせニコニコしながらリンに向かって壁を指差した先にはバケツとブラシの掃除道具があった。
『ん?……ブラシだ。おしえてくれたの?』
リンが首をかしげると、コクコクと頷いた。
『ありがと』
リンが浴槽を洗おうと歩くと、付かず離れずと浮いて周りを照らしてくれた。浴槽の栓を抜くと残っていた水が抜け、さあ中を洗おうと意気込むも年齢より小柄なリンには浴槽は大きく、高かった。
『はいれない……』
掃除が出来ないとリンが落ち込むと、フワリと体が浮き上がりそっと浴槽の中に降りた。急なことでポカンとしていると、今度は黄色っぽい色をしたショートパンツの活発そうな小さな人間が笑いながら周りを飛んでいた。
『いれてくれた?ありがと』
リンはブラシを使ってゴシゴシと浴槽を磨く。大きなお風呂を洗うのは、小柄なリンには大仕事であり、終わる頃には着ていたTシャツは濡れてしまった。
『しあげにみずかけたいな……じゃぐち?』
蛇口を探しキョロキョロしていると、目の前を青い鱗をキラキラと輝かせた小さな人魚がパチンとウインクすると大漁の水が湧き上がって、浴槽だけでなく浴室全体を洗い流した。泡も水垢も流れ、ピカピカの浴室となったが
『くしゅん!』
小さなくしゃみが響くと、回りにいた小さな人間たちは慌てた表情をしてきた。
『ちょっと濡れただけ…だいじょうぶ』
リンはTシャツを絞ろうとすると、温風がぐるぐると体に巻き付いて暫くすると、全身の水気は無くなっていた。真っ赤な髪を揺らし引き締まった体をした小さな人間がニヤリと笑った。
『ありがと、ポカポカあったかい』
たくさんの不思議な出来事と小さな人間の出会いに普通なら驚くが、家から出してもらえなかったリンは、精霊という言葉を知らず優しい人だとしか思えなかった。
全てが終わる頃には空が明るくなり始め、浴室にも光が射し込んできた。リンは慌てて隠れていたクローゼットに駆け込んだ。青年から逃げたことで怒られると思い込んでいるリンは、隠れて掃除することにしたのだ。
クローゼットの奥に潜り、体を丸めるとキュ~とお腹がなった。
『おなかすいた』
空腹から泣きそうになると、目の前にポトッとパンが落ちてきた。顔をあげると掃除の手伝いをしてくれた精霊達が、小さくちぎったチーズやカップに入れたミルク、甘そうな苺を持って浮いていた。
『…たべていいの?』
リンの呟きに、精霊達はみんな頷いた。ミルクはさっきの赤い精霊がフーと息をかけると、湯気を出して温かくなった。ゆっくり少しずつ食べるリンを、精霊たちはニコニコしながら見つめた。パンを半分にチーズをかじり、苺を2粒食べ、ミルクを飲む頃には、リンの頭はこくりこくりと揺れ眠そうに目を擦っていた。全て飲みきるとリンの手からカップがこぼれ落ちた……のを風が受け取り、ぽんっと音がなるとリンは子猫になって眠ってしまった。
次くらいから、魔法使い出てくるかな?




