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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さまざまな恋の短編集:BL版

【R15・BL】俺の頭の調子はもっとおかしい

作者: 道乃歩

 久しぶりに風邪を引いた。

 前日は中学生以来の三十八度まで熱があがってしまったが、なんとか微熱より強い程度まで下がってくれた。うまくいけば明日には復活できるかもしれない。

 一人きりは寂しくて嫌いというタイプではないのに、風邪特有のマジックか心細さを感じてしまう。本当に若干だが。


『ちゃんとおとなしく寝てろよ? お前、ただでさえ落ち着いてらんないタイプなんだから』


 休みのメッセージを送った友人からの返信を思い出す。

 大学の入学式で出会ってから一番仲がよくて気の合う、いわゆる「親友」という間柄だ。

 昨日は見舞いの打診をされたが、風邪がうつると大変だからとお断りのメッセージを送っていた。それでも彼のことだから、抜き打ちでやってくる可能性が高い。

 意外と面倒見のいいやつだから、黙って見過ごせないとかそういうことなのだろう。だとしても彼女じゃあるまいに、放っておいても問題ないのに。


「彼女がいたらお願いしちゃうかもだけどな~」


 看護婦のようにやわらかな笑顔を向けられながら、甲斐甲斐しく世話をしてもらいたい。



『どうだ? 身体、少しはさっぱりしたか?』

『ああ。拭いてもらっちゃってほんと悪い。めんどくさかったろ?』

『なに言ってんだよ。付き合ってるんだからこれくらい当たり前だって』

『そ、そっか。そう、だよな』

『全く、そんな風に照れられたら困るだろ……手、出せないのに』



「ってなんでアイツ思い浮かべてんだ俺はよー!」


 かすれてパワーのない叫びでもせざるを得なかった。照れた親友の顔を思い出してひいい、と情けない悲鳴ももれる。

 ダメだ、予想以上に頭をやられている。彼「女」がいいのにどうして彼「氏」なんだそこで!

 ……確かに、あの親友は同性の目から見ても変に色っぽい雰囲気を醸し出すことがあるが、全くもって関係ない。関係ないはずなんだ。


「……んあ? インターホン?」


 もう一度寝直すしかないと布団をかぶって、意識が半分落ちかかったときだった。

 仕方ない。重い身体を起こしてゆるゆると玄関に向かう。


「よ、今日こそ見舞いに来てやったぞー」


 ついさっき妄想していたことを思い出して、固まってしまう。

 なぜか、見慣れたはずの整った顔が妙にきらきらしている。今まで一度もそんな現象にあったことはない。まさか妄想のせい?


「おい、どうした? あ、まだ熱高いか……それなら悪い」

「あ、い、いや。今はそこまで高くないよ。大丈夫」


 彼はほっとしたように笑う。……やっぱり、色っぽい。いや、むしろ可愛い?


「あ、上がってくか? お前がいいならかまわねーよ」


 慌てた拍子に、遊びに来たときのようなノリで口走ってしまう。自ら追い込むような真似をしてどうするんだ!

「おー、もともとそのつもりだったし。んじゃ、ちょっと上がらせてもらうわ」


 内心混乱する自分をよそに、彼はリビングにずんずんと進んでいく。後を追うと、手にぶら下げていた大きめのビニール袋からヨーグルトやゼリー、ペットボトルを取り出して冷蔵庫に入れてくれていた。


「ほら、おとなしく寝てろって」


 こちらの視線を飲み物が欲しいという訴えと勘違いしたのか、食器棚にあるコップとしまったばかりのペットボトルを両手に、こちらに向かってくる。

 まるでこの家のもうひとりの主であるような、実に無駄のない動きだった。


「他に欲しいものあるか?」

「あ、いや、大丈夫。つか、いろいろ買ってきてもらって悪いな。ありがとう」

「冷蔵庫の中スッカスカでびっくりしたぜ。昨日よく無事だったなお前」

「運よくプリンとかレトルトの粥とかあったから、それ食ったりしてた」


 スポーツドリンクのほんのりとした甘さがありがたい。くだらない妄想事件はともかくとして、風邪の定番ものを差し入れてくれて助かったのは事実だ。


「あ、そこに貼ってるやつもぬるいんじゃねえの? 替えてやるよ」


 実に自然な動作で額のシートを剥がされて、拒否するひまもなかった。

 面倒見のよさが遺憾なく発揮されている。

 ……行き過ぎな気がするのは思い過ごしだろうか。いや、そんな感想自体が危険な気も……。


「そうだ、お前が休んでたぶんの講義のプリント持ってきたぞ。コピー代は差し入れぶんと一緒に、あとできっちり請求するからな~?」


 どこか意地悪い笑みなのに、わずかに心臓がはねる。

 あの切れ長の双眸と左にある泣きぼくろが、色気の元凶かもしれない。

 さらに細められた状態で覗き込むように見つめられたら、道を踏み外しそうだ。


「お前さぁ……色気あるって、よく言われねえ?」


 口にしてから、無意味に唇を思いきり真一文字に結ぶ。自分で自分をコントロールできていない。熱の恐ろしさを改めて実感する。


「んー、そうでもないけど? てかいきなりなんだよ」


 自分も突っ込みたい。どう締めればいいのかわからず、とっさに「なんでもない」とありきたりで解決に向かない返しをしてしまう。


「……なるほど。お前、俺のこと色っぽいって思ってたんだ」


 面白い遊びを発見した子供のような表情に、寒気とは違うものが背筋を走る。うまく説明できない。


「そういえば俺が世話してやってたときも嬉しそうだったし、もしかしてそういう意味で好きだったり?」


 後ずさろうとして、背中を壁に預けていたことを思い出した。


「ま、俺としては狙った通りかな」

「……え、それって」


 どういうこと。

 訊き終わる前に、横になるよう促される。自分を映す瞳にますます輝きが灯って、ヘビに睨まれたカエルの気分そのものだった。


「のど、まだ乾いてるだろ?」


 自分が口をつけたカップを自らのほうに持っていき、軽く傾ける。トレーの上に役目を終えたそれが置かれた瞬間、ようやく彼の意図に気づいた。


「ま、待っ……ん!」


 口内に甘く冷たい感触が流れ込んでくる。火照った熱を冷ますように内壁もゆるくなぞられて、抵抗感が湧き上がらないどころか甘んじて受け入れてしまう。

 まさか、夢見ていたシチュエーションがこんなかたちで実現するなんて。


「おいしかっただろ?」


 満足げに微笑み、わざとらしく舌を這わせた親友の唇はつややかな光を放っていて、まるで蜜に誘われた蝶のように視線を奪われてしまう。


「それ、もっと欲しいって言ってんの?」


 再び重ねられたのは、首を上下に振っていたのだろう。

 すべてを飲み込んでもなお、唇は囚われたまま熱をさらに上げていく。不快感どころか、高揚感と気持ちよさを覚えるのは、彼がうまいせいか、風邪のせいか。


「……っあ」


 離れていくのが名残惜しい。心の中の声は、ばっちり相手に伝わっていた。


「お前さ……人のこと煽るの、やめろって。さすがにこれ以上、手出せないし」

「いいよ。別に」


 なんのためらいもなしに、肯定する。


「お前のせいで、下がってた熱がまた上がっちまった。見舞いに来たんなら、ちゃんと責任とれよ」


 わがままなヤツ。

 楽しそうに告げたその言葉が、合図だった。


 身体を覆っていた毛布をまくられる。シャツの裾から滑り込んでくる、少しひんやりとした手のひらはごつごつとした感触をしているのに、甘美な痺れを生み出す。


「あ……っ、ん」


 胸元をかすめた瞬間、思わず口元を両手で塞いでしまった。なんだ、今の鼻にかかったような声は。


「ばか、塞ぐなって。そういう声、もっと聞かせろよ」


 いやだと拒否しても彼はお構いなしに壁を壊して、頭上にまとめてしまう。


「いいから、おとなしくしてろって……」


 今度は舌でも触れられて、堪えきれずにみっともない喘ぎがこぼれ続ける。

 男でも感じる場所だと知らなかったのは自分だけに違いない。でなければ、ためらいもなく胸に吸いつけるわけがない。


「気持ちいいんだろ? ここ、反応してる」


 服の上からなぞられたら、抵抗する力はもうなかった。


「あ……はっあ、ぁ……、や……!」


 緩急をつけて揉みしだかれ、ゆれる腰と声を止められず、ついには下着ごと下ろされ、直に触れられた――



 目を開けると、見慣れた天井が飛び込んできた。

 ……天井?

 耳の近くで鳴っていると錯覚しそうなほど心臓を脈打たせながら、首を軽く左右にひねる。いたはずの男がいない。というより初めから存在していない雰囲気だ。


「もしかして……」


 夢?

 声も感触もリアルに覚えているのに、まさかの夢オチ?


 茫然自失とは今にふさわしい。ショックも計りしれない。そっと毛布をめくり、身体の中心を確かめてさらに後悔した。

 どこからが夢だった? 変な妄想をしたところまでは覚えている。なら夢だけのせいにできないじゃないか。気の合う親友という認識だったはずなのに、ときどき色っぽく見えるなんて感想を抱いたばっかりに……!

 のろのろと起き上がり、膝を抱える。しばらく穴ぐら生活をしたい気分でいっぱいだった。誰の目も届かない場所で、落ち着いて頭の中を整理するのに最低一ヶ月の時間がほしい。


「とりあえず、俺があいつを好きだってのはない。絶対ないから」


 意味がなくても、言い訳をこぼしたかった。自分が好きなのは女の子、昔も今も女の子と恋仲になりたい。えろいことだってしたい。


『それ、もっと欲しいって言ってんの?』

『ばか、塞ぐなって。そういう声、もっと聞かせろよ』

『気持ちいいんだろ? ここ、反応してる』


 瞬間、部屋を満たした音に、突き上がった衝動がかき消される。

 家と外をつなぐ扉が、とてつもなく恐ろしく見えた。

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