表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

そんなんじゃない

作者: 空野太陽

「どしたの、達臣(たつおみ)?」

 朝の教室。自分の席で物思いに耽っていると、耳に心地よい落ち着いたアルトボイスで話しかけられた。

 顔を上げると案の定そこには、友人である猫崎(ねこざき)(あさ)()が立っていた。中性的な顔立ちに緩い笑みを浮かべている。

「あぁ……いや、登校途中に変な場面を見ちまってな」

「変な場面?」

 朝陽は不思議そうに小首を傾げた。そして、続きを促すように目配せをしてくる。丁度いい。誰かに意見を貰いたかったんだ。

「――駅前でのことなんだけどさ。前の方から大学生っぽい男の人が歩いて来たわけよ」

 うんうん、と朝陽が相槌を打つ。

「この男の人、背中を丸めてるわ肩は落としてるわで、なんかすげえ辛気臭ぇの。歩くのも億劫そうで」

「朝は憂鬱だもんねぇ。分かるかも」

 朝陽は深く頷いて、共感するようにそう言った。

「俺も毎日めんどくせぇなぁって思ってるから、その人に親近感覚えたわけよ。心の中で頑張れとか言ってた。……するとさ、肩を落としてるその人の後ろから、その人の友達みたいなのが走って来んのよ」

「へぇ?」

朝陽が何かに気付いたような表情をする。そう、ここからが本題なのだ。

「友達はその人の後ろから走り寄って肩からぶつかるように、――その人の腕に抱き付いたんだ。朝から暗いぞ、元気出せよ! とかなんとか言いながら、そのままの状態で話続けてんの。ぶつかられた彼も最初は驚いてたけどすぐに、おうありがとな、とか普通に返しててさ。結局、二人は腕を組んだまま駅に入って行っちまって……、これっておかしくね?」

「え~、そうかな? その人は友達に励まされた訳でしょ? 特に変な場面でもないんじゃ」

 分からない、という風に朝陽は首を傾げる。あれ~?

「いやいや、友達同士で腕を組むのはおかしいだろ。いくら仲が良くても、俺は男に抱き付かれたら気味が悪い」

「女の子たちは友達同士でよくしてるよ?」

「そりゃ女子だから良いんだよ」

「それは偏見だと思うな。性別が違うからって、友達への接し方を変えるのはおかしいと思う」

 少し窘められるように言われてしまう。むぅ、そうなのだろうか? 確かに一理ある気はするが。

「あっ、じゃあさ」

 何か思い付いたようで、朝陽は両手を小さく打ち鳴らした。いたずらっぽく笑いながら、こちらを見る。

「僕たちも腕を組んでみない?」

「……なんで?」

 なんで。

「そう言えば僕たち、腕を組んだことがないなぁって思って。経験したことがないから、偏見も生まれるんだよ」

「いや。いやいや。……え、冗談だよな?」

「えっへっへっへ」

 朝陽は答えず、代わりに怪しい笑い声を上げ始めた。さらに、腰を低くしていつでも飛び掛かれる体勢になる。

「待て、分かった! 腕を組むから、飛び付くのはやめろ」

 両手を突き出しながら、必死に懇願する。席に座っている今、腕どころか顔を抱きしめられかねん。

「じゃあほら。立って、達臣」

 くそぅ。なんでこいつ楽しそうなんだよ。

 渋々立ち上がって、ん、と左腕を朝陽の前に差し出す。

「おおぅ……なんか、亭主関白っぽくてドキドキした」

 うるせぇよ。早くしやがれ。

「それでは、失礼しま~す……」

 そろり、と朝陽の腕が俺の左腕に巻き付く。細くて、少しひんやりしていた。何故かはわからないが、微かに緊張する。

「ど、どうかな?」

 今さら恥ずかしくなったのか、朝陽の頬はほんのりと赤くなっていた。声も少し上ずっている。……そういう反応するなよ、周りの奴らに変に思われるだろ。

「べ、べべ別にっ? なんとも思わないぞ?」

 俺も人のことは言えなかった。

 いやだって、こいつなんかすげぇ良い匂いするし、腕に感じる感触が男子とは思えないほど柔らかいし、見上げてくる顔がやたら可愛いしで、あぁもう!

「達臣……」

 潤んだ瞳と、濡れた声。なんだ? 何が起きている?

 混乱する俺の耳元に朝陽は口を近付けて、熱い息と共に囁きかけてくる。

「――僕に抱き付かれるの、気味が悪い?」

 頭がぼぉーっとして、思考が上手く纏まらない。気付いたら、小さく首を左右に振っていた。

「にひっ」

 朝陽は一つ笑うと、腕を離して俺から少し距離を開けた。腰の後ろで手を組み、俺の顔を覗き込むように見上げてくる。

「ほら、変なことじゃないでしょ?」

 どこか勝ち誇ったような表情。俺をからかうことに成功して、得意気になっているようだ。

「あ……あぁ。そう、だな」

 だが、俺はそれどころじゃなかった。

 朝陽の子供みたいなその笑顔を、正面から見ることが出来なかった。手を添えた胸の奥では、心臓が馬鹿みたいに高鳴っている。

 いや、違うんだ。これは想定外の出来事に驚いているだけなんだ。

 だから、これは―――、『そんなん』じゃない。





                               【終】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ