表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

わたしのパプリカは(異)世界一 ※野菜の事ではありません

◎第一章


 わたしはティア。ティリア・コットン。義父(ちち)、パプリカ・コットンの養女(むすめ)

 義父と出会ったのは四歳の頃。それ以前の事は、よく覚えていない。


 田舎の村で、母親と祖父母の四人で暮らしていた。父親は…いなかったと思う。

 いつもお腹を空かせていた事は覚えているから、きっと暮らしは貧しかったのだろう。後に義父から聞き出したところ、村は盗賊団に襲われたらしい。酷く荒らされており、義父が通り掛かった際には、わたし以外に生存者はいなかったそうだ。


 義父と出会った時の事は覚えている。

 母の遺体の前で、呆然と座り込むわたしに義父が声を掛けて来たのが最初だった。

 「こんなタイミングで出会ったのも何かの縁か…」

 そんな事を呟きながら、わたしをそこから連れ出してくれた。


 旅をしていたため殆どは野宿だったけれど、温かい食事や寝床を用意してくれる義父に好意を持つようになるのに時間は掛からなかった。

 「俺の名前かい? 俺は、そうだなぁ……そう、パプリカ。パプリカ・コットンって言うんだ」

 今考えると絶対に嘘だって分かるけど、当時のわたしは素直にその言葉を信じてしまった。

 「これからはパパって呼んでくれ」

 「パパ?」

 「そう、パパだ」

 疑う事を知らなかった幼いわたしは素直にそう呼んだ。義父――パパがとても嬉しそうな顔をしていたのを今でもはっきりと覚えている。

 「ティリアの事は、そうだな…ティアと呼ぼう。リアも捨てがたいが、涙のように儚く美しいという意味でティアが一番だな」

 子供相手にそんな説明しても――とは思うけれど、パパが理屈っぽいのはいつもの事だ。

 「ティア」

 「パパ」

 絶対に忘れない。わたし達二人が初めて親子に――家族になった日の事だった。




 「うーん、子供には友達が必要だよな。俺にはそんなのいなかったけど、でも妹がいたし。やっぱり一人はダメだよなぁ」

 ある日、そんな理由で定住する事が決まった。

 「田舎でも街でも構わないけど、子供の多い所だな」

 わたしとしては、パパさえいてくれればどこだっていいのに。旅は大変だったけど休憩を多く取ってくれていたし、それでも疲れた時はパパが肩車してくれた。道中で見かける動物やお魚、草花などたくさんの事を教えて貰えて楽しくもあったのだ。


 パパが定住先に決めたのは街だった。

 すごく大きくて、たくさんの人がいて驚いたのを覚えている。でもパパが言うには、これでもまだ街としては規模が小さいらしい。

 「まだ若い街だが、その分活気があって子供も多い。それなりに物も揃うし、いい街だと思う」

 街に着いた三日後には住む家を決めていた。

 「お、おっきい」

 訂正。それは家とは呼べなかった。これはもう屋敷と言うべき大きさだ。

 「俺としても二人で住むには大き過ぎると思ったんだが、セキュリティを考えるとこれが最低限なんだよな」

 子煩悩なところは昔から変わらないみたい。確かに敷地を囲う塀は高く、頑丈な造りで安心できそうだ。でも、反面お掃除とか維持が大変そう。

 それはパパも考えていたのか、

 「メイドさんを雇わないとだめだな、これは」

 そんな事を呟いていた。


 でもそれは杞憂だった。何故なら、その日の晩に向こうからやって来たからだ。

 「初めまして、ご主人様。私は冬星(ふゆほ)と申します」

 そう自己紹介したのは、どこからどう見てもメイドさんの女性でした。

 「偉大なる大祖父(グレートグランパ)におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。私の事はフユとお呼び下さい」

 丁寧な物腰と非の打ち所のない所作。完璧です。

 「呼んだ覚えはないんだが…」

 「(マザー)が必要になると申しまして、独断で私を寄越したのです。それに、メイドを雇うとお考えになっていたのではありませんか?」

 「…………」

 メイドさんの正論にぐうの音も出ないパパは反論を諦めたようでした。


 実際、フユは優秀でした。何をするにも率先して動き、家主たるパパとわたしに不満を抱かせません。それでいて出しゃばり過ぎず、絶妙な距離感を保つのです。

 定住して以来、パパはお仕事だからと言って家を空ける事があるのだけれど、フユがいるから安心して出かけられるといつも言っているし、わたしもパパがいない日でも不安なく過ごせています。


 もっとも、だからと言って不満を感じない訳ではなく、パパの不在が長くなると機嫌が悪くなるのは抑えられません。その分、帰ってきた時は思いっきり甘えます。

 「パパー、パパー、寂しかったのー」

 「ティア、俺もだよ。早くティアに会いたくて急いで仕事を終わらせてきたんだ」

 仕事から帰ってきたパパはわたしを思いっきり甘やかす。それはわたしのためというだけでなく、パパもそうしたいみたい。実に嬉しそうで、楽しそう。そして、幸せな時間です。




 「よし! 行くぞ、ティア」

 「うん!」

 ある日、パパとわたしは子供達とその保護者が集まる広場へと出かけていった。この街に来た目的であるわたしの友達作りのためだ。

 なんだかわたし以上に緊張しているパパだけれど、当時――今もだけど――パパの嬉しそうな顔を見るのが大好きなわたしとしては、頑張って友達を作ろうとしか考えていなかった。

 「わたし、ティア。友達になってくれる?」

 会う子、会う子、皆に同じ自己紹介をする。

 出来たばかりの街という事もあるのでしょう、引っ越してくる子は後を絶たないようで、幸いにして拒絶される事もなく、わたしは順調に友達を増やしていった。


 一方、パパも保護者の会に溶け込んでいるようだった。

 「あら、お若いお父さんね。小さい子を育てるのは大変でしょう? 困った事があったらいつでも相談してね」

 「ええ、いつも戸惑う事ばかりです。何かあった際は相談させて下さい」

 パパは一人で旅をしていた割に社交性があるみたい。すぐに保護者の皆さんと仲良くなっていた。


 広場へはパパと行く事が多かったけれど、フユに連れられて行く事もあった。

 初めてフユと行った時は結構みんなに驚かれた。それは保護者の方々も同じだったようで、口々に疑問を口にしていた。

 「どこの人かと思っていたのだけど、あのお屋敷の人だったのねぇ。何のお仕事をしているのかしら」

 「ティア、わかんない」

 そんな事を聞かれても子供のわたしに分かる訳がない。

 「許可無く私の口から申し上げる訳にはまいりませんので」

 フユが上手くいなしてくれたお陰で深く追求されないで済んだけど。でも、この事がわたしに疑問を抱かせた切欠になった。


 「パパのお仕事ってなにかな。フユは知ってるの?」

 「はい」

 「ティアにも教えてくれる?」

 「それを知ったとして、お嬢様は誰にも内緒にできると約束できますか?」

 「うん! ティア、誰にも言わない!」

 「分かりました。では、お教えします」

 どきどきしながら答えを待つ。

 「お嬢様のお父様のお仕事は、冒険者ギルドの代理人(エージェント)です」

 「だいりにん…ってなーに?」

 「ギルドに雇われる冒険者ではなく、ギルドそのものという意味です」

 「ふーん…えらいの?」

 「はい。偉いんです」

 「そっか。パパはえらいんだ」

 「はい。ご主人様は他の人にはできない大変なお仕事を任されているのです。それはそれは、たいへんなお仕事なのです。ですから、ご主人様がお帰りになった折には、お嬢様がたくさん甘えさせてあげて下さいませ」

 「パパが甘えるの? いつもティアが甘えちゃってるけど、ダメなの?」

 「いいえ、それでいいのです。たくさん甘えちゃって下さい」

 「うん!」

 フユの言っている意味はこの頃のわたしには分からなかったけど、いつも通りでいいみたいで安心した。パパが帰ってきたら、またうんと甘えよう。そう決めたのだった。




 友達が出来た事で、家に遊びに来る人達が増えた。それはパパがいてもいなくても変わらない。雨の日など、広場で遊ぶ事が出来ない日は特に顕著だった。

 「いつもお邪魔してごめんなさいね」

 「いいえ、お嬢様と仲良くして頂き、ご主人様はいつも皆様に感謝しております」

 美味しいお茶とお菓子が振る舞われるので保護者にも子供にも好評みたい。

 彼らを迎えるフユの言葉に嘘はなく、客人としてとても丁寧に応対していた。


 でも、家に訪れるのはそんな歓迎できる人達ばかりではない。凄く着飾った横柄な大人――歓迎ならざる者達――も足繁く通ってくるようになったのだ。

 「パプリカ殿はご在宅かね」

 「いいえ、不在にしております」

 そんな彼らに対してフユは冷たい。素気(すげ)なくあしらってしまう。一度理由を聞いたら「傲慢で礼儀知らずだから」と言っていた。「ご主人様とお付き合いするに足らない人達」だとも言っていたかな。

 「いつ帰ってくるのかね?」

 「存じ上げておりません。仕事が終われば、としか」

 「それがいつかと聞いておるのだ! この私が自ら出向いてきたと言うのに! ええい、役立たずめが! パプリカ殿が、なぜお前のような者を雇っているのか理解できん!」

 これにはちょっとカチンときた。

 「フユは役立たずなんかじゃないもん!」

 「お嬢様!?」

 「なんだ、このガキは」

 「あやまって!」

 悪い事をしたり、間違った事を言ったら謝る。これが我が家のルールだ。それは客人であっても変わらない。

 「パパも言ってたもん! フユはゆーのーだって。フユにあやまって!」

 「ええい、五月蠅い!」

 「きゃあ」

 振り払われて尻餅をついたわたしをフユが慌てて助け起こす。

 「お嬢様! …なんという事を」

 後半の言葉は私ではなく、来訪者に向けられた物だ。

 「お嬢様に暴力を振るうとは、ご主人様にご報告しない訳には参りません。お覚悟は宜しいですね?」

 「な、なにを…」

 「ご主人様の逆鱗に触れたあなたは破滅するしかないという事です」

 「貴様、たかが使用人の分際で侯爵様の代理人たる私に向かって――」

 「あなたの主人のその肩書きすらご主人様の前では何の役にも立たないと身をもって知る事になるでしょう。ご愁傷様」


 「――という事がございました」

 「分かった。実家――いや、元実家か――から手を回しておくよ」

 そんな会話がパパとフユの間で交わされた数ヶ月後。ある侯爵家が降格され、当主が更迭されたという話題が国内を駆け巡った。

 同時に、その裏でとある伯爵家――王家のお目付役と言われている名家――が動いたのではないかとの憶測も噂されたが、こちらは噂だけで終わった。


 「パパー」

 「なんだい、ティア」

 「パパ大好きー」

 「ありがとう。俺もティアが大好きだよ」

 そんな世間の事など知らず、パパと幸せな日々を過ごすわたしです。







◎第二章(第一章 裏:パパ視点)


 俺の名はパプリカ。パプリカ・コットン。勿論偽名だ。だが、今では大切な名となった。


 平行世界を渡り歩く事、数百年。久しぶりに故郷の地を踏んだ。世界を渡る前から人間離れした力を持っていた俺は、世界を渡る度に更なる異能を身に付けていった。その力を使い、それぞれの世界で少しだけ世界の意思の手助けをしていたのだ。

 当時から寿命という物が希薄で、長年連れ沿った伴侶を亡くした事を契機に平行世界へと足を伸ばすに至ったのだが、そんな俺にもさすがに数百年は永かった。疲れを癒す為にも、暫くはのんびりしようと生まれた世界へ戻る事にしたのだ。




 ――こりゃ酷いな

 それがその村を見た感想だった。恐らく盗賊にでも襲われたのだろう、一つの村が壊滅していた。略奪のついでか、または目撃者を残さないためか、村人達が皆殺しにされている。

 何百年経っても変わっていない、野蛮な世界にうんざりする。

 なまじ魔術や魔法なんて便利な物があるせいで、科学が発達しないのだ。力に頼り、理性が働かない。

 その魔術や魔法も時に衰退するのだが、不思議な事にある一定のラインを越えると回復する。そんな事を繰り返して、この世界は発達も衰退もせずに年を重ねていくのだ。


 「“炎よ(サモンフレイム)”」

 滅びた村を弔うために、炎で灼こうとしたところで気付いた。生き残りと思しき少女がいる。母親らしき遺体の傍で膝を抱えていた。

 全く微動だにしないので気付くのが遅れてしまった。危ないところだ。

 「こんなタイミングで出会ったのも何かの縁か…」

 俺はこの子を育てる事に決めた。




 まずは心を開いて貰わなければ話にならない。

 いきなり現れた見ず知らずの男を信用しろと言っても難しいだろう。俺なら絶対に信用しない。さて、どうするか。

 「やはり食い物で釣るのが常道か」

 目の前では必死に食事をかっ喰らう――決して食べるとは形容できない――少女がいた。いつから食べていなかったのか分からないが、やはり腹を空かせていたのだろう。

 「食い物は逃げないからゆっくり食べろ。いきなりたくさん食べると胃がびっくりして戻すぞ?」

 「――(がつがつがつがつ)」

 「……はぁ」

 俺の声にも気付いていないのか、ひたすら食べ続ける少女。溜息を吐きながら眺める俺。

 すると永遠に同じ動きを繰り返すのではないかと思われた手が止まり、少女が俺を見上げた。

 「――あったかくて、おいしい」

 その目には涙が溜まっている。泣くのを必死に堪えているようだ。

 「お、おう、そうか。この際だ、満足するまでいくらでも食べろ」

 こっくり。黙って頷くと、少女は再び食事を始めた。泣きながら。

 泣けるなら大丈夫かな。ちょっとほっとした。感情が死んでしまった訳ではなさそうだ。


 さて、目論見通り食事を通して少しは心を開いて貰えたみたいだ。

 「次は名前だな」

 いつまでも少女と呼ぶ訳にもいくまい。と同時に、俺は一つの野望を持っていた。

 『パパって呼んで貰おう』


 かつて俺には伴侶がいた。それも複数。

 伴侶は人間だけでなく中にはエルフや妖精といった種族もいたため、俺がこの世界を発つ頃には子供だけでなく孫やひ孫なんかもいたのだ。

 だが、これが揃いも揃って礼儀正しい。俺が貴族の出という事もあるのだろうが、どの子もみんな俺を「父上」あるいは「お父様」と呼ぶのだ。決して悪い事ではないのは理解している。

 けどさぁ、漸く喋るようになった子供が「パパ」でなく「おとーたま」とか言うんだぜ? あり得なくね? それはそれで可愛いけどさぁ。俺は一度でいいから「パパ」って呼んで欲しかったんだよ。

 子供にパパって呼ばれたい。いつしかそんな思いが俺の中に育っていた。


 今回、俺は精神及び肉体年齢(つまり見た目)を二十二歳に設定していた。心体共に充実していた時期だったからだ。

 「でもこれじゃパパとは呼び辛いか?」

 失敗だったかもしれない。だがそれも今更だ。既に顔を見せてしまっている以上、変更は出来ない。

 ならば――パパと呼ばせる説得力があればいいのだ!

 「さぁて――」

 「なまえ」

 「――うん? 何だい?」

 「名前」

 「俺の名前かい?」

 こっくん。少女は頷いた。

 しまった、先手を取られた。どうしよう、まだ考えてないぞ。

 少女は期待するような目で俺を見上げている。まずい、早く何か考えないと。

 パパ。パパ。何かないか、パパと名の付く物。

 ――パパイヤ

 いや、いくら何でもそれは酷すぎる。もっと他にないか。

 「俺は、そうだなぁ……」

 焦るほどに何も浮かばなくなる。やばい。やばい!パパ? パプ? パプ…パプリカ?

 「……そう、パプリカ! パプリカ・コットンって言うんだ!」

 自分で自分に突っ込みたい。パパイヤとどこが違うというのか。

 我ながら酷いと思ったが、もう止められない。一度口にした以上、もう言い張るしかないのだ。コットンはどこから来たのかって? 勿論、服の素材だ。

 「ティリア」

 「ん、なんだい?」

 「わたしの名前」

 「お、おお、そうか。いい名前だね」

 ここまでは順調だ。問題はここからだ。お互いに親しみを持ち、且つ近付く為の一歩。

 ――それは愛称

 よし、行くぞ。

 「ティリアの事は、そうだな…ティアと呼ぼう。リアも捨てがたいが、涙のように儚く美しいという意味でティアが一番だな」

 うんうん、いい感じだ。さあ、重要なのはここからだ。

 「俺の事は、そうだな…」

 敢えて考える振りをして溜めを作る。

 「これからはパパって呼んでくれ」

 言った! 言ったぞ!

 少女はキョトンとしている。あれ、おかしいな。お願いだ、頼む。パパって呼んでくれ!

 「パパ?」

 「そ、そう。パパだ」

 やった! やったぞ!さあ、これを定着させるんだ。畳みかけろ!

 「ティア」

 「パパ」

 その日は、ひたすらこれを繰り返した俺達だった。ああ、幸せだ。生きててよかった。




 ティアは四歳という事だった。好奇心旺盛で何でも知りたがる年齢だ。

 「パパー、パパー、あれなぁに?」

 頭の上からティアの質問が飛んできた。歩くのに疲れたティアを肩車しているのだ。

 ティアは、あれからすっかり俺に懐いた。俺にべったりくっついて離れようとしない。

 歩く時は手を繋ぎ、眠る時は俺を抱きしめる。

 「あれは蓮華草という花だよ。ここは田んぼみたいだな。この時期にたくさん咲くんだ」

 「たんぼ?」

 「ああ、稲作の事だよ。蓮華草は稲の肥料になるんだ。だからあらかじめ種を蒔いておくと、こうやって一斉に咲くんだよ」

 せっかくなので休憩がてら花を摘んで花冠を作る。

 「わぁ!」

 「はい、俺のお姫様。冠をどうぞ」

 「ありがとう! パパ大好きー」

 「俺もティアが大好きだよ」

 作り方をせがまれたのでついでに教えてやる。子供は好奇心旺盛で飽きないな。

 「パパすごい~」

 「はっはっは、もっと褒めてくれていいんだよ」

 順調に懐いてくれたお陰で、俺としてもティアが可愛くて仕方ない。


 とは言うものの、いくら何でも四歳児にこのまま旅暮らしでは厳しいだろう。

 この世界に帰ってきてすぐティアと出会ったために、今の俺には住む場所がない。それに友達がいないのもよくないと思うのだ。

 「やはり子供には友達が必要だ」

 俺の子供時代にはそんなのいなかったけどね。でも妹がいたので寂しい思いをした事はなかったな。むしろ妹に寂しい思いをさせていたかもしれない。俺は好き勝手やって、しょっちゅう家を空けていたからな。

 まぁ、とにかく。

 「やっぱり一人はダメだよなぁ。村でも街でもいいけど、子供の多い所がいいな」

 まずは情報を集めるとしよう。




 この世界には情報を集めるのに丁度いい場所がある。

 それは冒険者ギルド。食い詰め者を犯罪者予備軍から有益な人材へと育成するために結成された組織だ。身も蓋もないが事実なので仕方がない。

 「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 実に見事な対応だ。俺が現役の冒険者だった頃とは比べものにならない。いや、こうなるよう手を尽くしてはいたんだけどね。

 俺と、俺の数少ない友人と二人で改革を進めたっけなぁ。ま、感慨にふけるのは後にしよう。受付嬢が不審に思い始めている。

 「ここのギルドマスターはいるかな。――が来たと伝えて貰えるかい?」

 そう言いながら一枚のプレート(名刺サイズ)を出す。さすがにあれから数百年経っている現在、ギルドに俺の事を知る者はいない。

 が、友人はいつだろうとどこだろうと俺の名を出せば――例え別人であっても――最大の便宜を図るよう言い遺していた。もしそれが今でも有効なら、これを利用しない手はない。

 その代わりギルドの力になってやって欲しいと言われていたのだが、交換条件だな。俺はそれを受諾した。

 だから、ギルドが今でもその約束を守るというのなら俺も守ろうと思う。

 「お待たせいたしました。ギルドマスターがお会いになるそうです。どうぞこちらへ」

 どうやら約定は今でも有効らしい。凄いな、あいつ。さすがギルド中興の祖と言われただけはある。




 ギルドの情報によると、ここから十日ほど進んだ所に新規で立ち上げた街があるらしい。開拓から十数年経っているので、今では特出するような不便もなく活気に満ちているそうだ。

 なかなか良さそうだ。一度そこに行って実際にこの目で確かめようと思う。

 情報の代わりにシークレットランクの冒険者に登録させられたが、それは仕方ない事だろう。約束の事もあるし、文句は言わない。

 シークレットランクとはギルドの代理人(エージェント)の事で、現場に出るギルド幹部だと思って貰えればいいと思う。

 ま、現場ですぐ判断しないと困るような場に赴くので、代理人の判断は全てギルドの判断として採用される非常に重い立場にある。冒険者達に嘗められないよう、当然腕も立たないとやっていけない。

 俺の現役当時は各方面のスペシャリストを採用する事でハードルを下げて何とかやりくりしていたが、それだと結局現場に対応しきれないとして、改革の際に廃止した。


 閑話休題。


 結局、その街に決めた。

 「まだ若い街だが、その分活気があって子供も多い。それなりに物も揃うし、いい街だと思う」

 まぁ、そういう理由だ。


 この街に住むのはいいとして、問題は住居だ。

 ギルドの代理人となり暢気な旅人暮らしが出来なくなった以上、俺は仕事をしなければならない。当然、今後は家を空ける事も出てくるだろう。

 出先は危険な場合が多い。というか、むしろ危険な場しかない筈だ。ティアを連れて行く事は出来ない。安心して残して行ける家でなければならない。

 「お、おっきい」

 家を見たティアの第一声がこれだった。

 「俺としても二人で住むには大き過ぎると思ったんだが、セキュリティを考えるとこれが最低限なんだよな」

 とは言うものの、これでは維持に手間が掛かる。掃除するだけで一日掛かるようでは、毎日掃除だけで終わってしまう。

 「メイドさんを雇わないとだめだな、これは」

 余計な出費が嵩むが、必要経費だ。そして俺は金に困っていない。


 コンコン

 その日の夜、夕飯を終えて寛いでいると扉をノックする音が聞こえた。この街にこの時間訪ねてくる知り合いはいないのだが、もしかしたらギルドが緊急で依頼を持ってきたのかもしれない。

 そう思って玄関に出ると、

 「初めまして、ご主人様。私は冬星(ふゆほ)と申します」

 メイドが玄関に立っていた。

 具体的には鳶色の目の女の子。年の頃は十五歳といったところか。目と同じ色の髪を結わいて纏めている。黒のロングドレスに白いエプロン。ホワイトブリムまで完備だ。

 「偉大なる大祖父(グレートグランパ)におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。私の事はフユとお呼び下さい」

 皆まで聞かなくても分かる。アイツの差し金だ。

 「呼んだ覚えはないんだが…」

 思わず零れた俺の呟きを拾ったフユは更に言葉を続けた。

 「(マザー)が必要になると申しまして、独断で私を寄越したのです。それに、メイドを雇うとお考えになっていたのではありませんか?」

 その通りだ。そして信頼という点でも実力――色々な意味で――という点でも、彼女に勝る人物はいないと俺は誰よりもよく知っていた。

 ――四季シリーズの子って事は、ハイブリッド魔術も使えるんだよな

 この世界の魔術は、覚えて使うには色々と面倒な制限がある。更に、このフユとその姉妹にあたる子にはそのままでは使えないという特殊な事情もあり、俺がこの子達にも使える魔術を新たに開発した経緯があった。

 従来の魔術と失伝寸前だった精霊魔術を掛け合わせたハイブリッド魔術。工夫のかけらもないネーミングだが、本質は表せていると思うので気にしない事にしている。


 閑話休題。


 「じゃあ、まあ、よろしく頼む」

 ぶっちゃけ選択の余地はなかった。

 「畏まりました。お嬢様のお世話、掃除洗濯食事と家屋の維持に庭の手入れ、果ては夜伽まで何なりとお言いつけ下さいませ」

 「なんか最後に不穏な一言が混ざっていたが、そういうのはいいから」

 「まさか枯れてしまわれたとでも仰るのですか!?」

 がびーんと背後に書き文字が見えるかのような驚き方だ。

 「別に枯れちゃいないが、娘を持つ男親としてはなぁ。女の子ってそういうのに敏感だろ」

 それでなくても娘は思春期になると父親を疎むようになるものだしな。少しでも嫌われる要素は排除しておきたいというのが本音だ。

 「承知しました。もしも気が変わった際は、お気軽にお声を掛けて下さいませ」

 「はいはい」

 君もめげないね。


 フユという信頼できる子守兼留守居役が出来たので、俺は安心して仕事に出かけられるようになった。Sランクという事で、回ってくる仕事は危険度で言っても極秘度で言ってもヤバい案件ばかりだ。ぶっちゃけ裏の仕事なのである。上の空で完遂できるような物ではない。仕事に集中できるというこの一点をもっても、フユが来てくれた事はありがたかった。


 そんな仕事を終えると当然のように心が荒むのだが、家に帰りティアに甘える事で綺麗に洗い流せるのだ。

 「パパー、パパー、おかえりなさい! ティア、寂しかったのー」

 俺が帰るとティアは真っ直ぐ俺に抱きついてくる。

 「ティア、俺もだよ。早くティアに会いたくて急いで仕事を終わらせてきたんだ」

 抱きついてきたティアを抱き上げる。俺の腕の中でティアは必死に抱きしめてくれた。

 ――ああ、いいなぁ、幸せだなぁ

 世界を渡り歩き、心の中の芯がどこか冷めていた俺だが、ティアの温もりで溶かされていくようだった。

 ――帰ってきて良かった

 本心からそう思えた日であった。




 さて、自分の事ばかりにかまけてはいられない。この街に来た目的はティアの友達作りのためなのだ。

 「よし! 行くぞ、ティア」

 「うん!」

 この街にいくつかある広場。そこが各エリア毎の憩いの場、即ち子供達の遊び場となっているのだった。俺の仕事の都合で延び延びになっていたティアと俺の公園デビュー。それが今日だ。

 「わたし、ティア。友達になってくれる?」

 やはりティアも同年代の友達が欲しかったのだろう。自分から積極的に声を掛けて回っている。しかも幸いな事に皆に受け入れられているようだ。

 ティアは可愛いから、断る奴なんている訳ないと思っていたが、自分から行くとはティアは度胸もあるんだな。よし、俺も見習おう。

 「こんにちは、初めまして。最近越してきたコットンと言います。娘共々よろしくお願いします」

 「あらあら、お若いお父さんね。小さい子を育てるのは大変でしょう? 困った事があったらいつでも相談してね」

 「ええ、いつも戸惑う事ばかりです。何かあった際は相談させて下さい」

 二十二歳で四歳の子持ち。若すぎて警戒されるかと思っていたが、この世界は十五歳で成人だ。早い奴はその歳ですぐに結婚したりする。貴族ほどその傾向は顕著だが、一般人だってそれなりに存在する。懸念するほどではなかったって事だな。

 それに俺も当時から外面(そとづら)はいい方だった。歳を経るほどに段々と人付き合いを無くしていったが、それは腹黒い連中との付き合いに疲れたからだ。


 「ご主人様、お嬢様、お帰りなさいませ。広場はいかがでしたか?」

 家に戻るとフユが出迎えてくれた。

 「バッチリだ。俺もティアもしっかり馴染んできたよ。な、ティア?」

 「うん! イオナちゃんでしょ、エリザちゃんでしょ、ヘレンちゃんにブレア君とキアラン君も友達になったんだよ!」

 「凄いな、そんなにか」

 「うん!」

 そう言ったティアはどことなくドヤ顔だ。それにフユが応えた。

 「それはようございました、お嬢様。お嬢様の魅力の前では大人も子供もメロメロでございますね」

 ぶふっ! なんだそりゃ。

 「うん! パパだってめろめろだもんね!」

 ティア、お前もか!?

 「はい、そうですね」

 おい、フユ!?

 「フユ!? お前、子供に何教えてんだよ!?」

 「はい。お嬢様にご自分の魅力を理解するのはとても大切な事だと、烏滸(おこ)がましくも講義などをさせて頂きました」

 「おい!?」

 くいくいっ。袖を引っ張られる感触に振り向くとティアが上目遣いに見ていた。

 「パパ。パパはティアにめろめろじゃないの?」

 くっ、そう来たか。

 「い、いや、パパはティアの魅力に参っちゃってるよ、メロメロだよ。だけどね――」

 「わーい! パパはティアにめろめろだー!」

 「おめでとうございます、お嬢様」

 「ありがとー!」

 「――――(ぱくぱく)」

 くそう、言い返せない。

 「と、とにかく! 俺のいない時にはフユがティアを広場に連れて行ってやってくれ。頼んだぞ」

 「畏まりました。お嬢様はこの身に変えてもお守りいたします。ご安心下さい」

 この二人が組んだら手に負えない事を、身をもって知った出来事だった。




 公園で知り合った家族とは近所付き合いも順調なようである。

 雨の日は親子して家に遊びに来るらしい。賑やかなのは悪い事ではないので、フユにはくれぐれも丁重にお持て成しするように伝えておいた。何度でも言うが、ご近所付き合いは大事である。


 だが、訪問者とは歓迎する者達ばかりではないのは世の常だ。

 「――という事がございました」

 ある日、家に帰るとフユから不在時の報告があった。ある侯爵家の使いがティアに暴力を働いたというのだ。

 身に覚えがあった。ギルドの代理人として動いた結果、一部の貴族と縁が出来たのだ。彼らは真面(まとも)な人物だったので、個人的に仕事を受ける事もチラホラあった。

 だが、秘密は漏れるものだ。どこから聞いたのか、碌でもない貴族が俺に接触してくるようになった。(くだん)の侯爵もその一人だ。

 「分かった。実家――いや、元実家か――から手を回しておくよ」


 俺はかつて国王にすら苦言を呈する立場にあった。

 もっとも、それが行き過ぎて疎まれ、地方に飛ばされたりしたんだが、お陰で伯爵の地位を得た。

 俺が現役を引退し、世間に顔を出さなくなった際にその伯爵家を潰そうと王家が動いた事がある。なぜなら家の成り立ちから伯爵家自体が王家のお目付役としての役目を負ってしまったからだ。王家としちゃ、目の上のたんこぶだったんだろう。

 表向きは王家ではなく、他家が勝手に動いたように仕向けていたけどな。だが、それを黙って見逃すような俺ではない。敢えて王家には手を出さず、王家に恭順した貴族家を片っ端から破滅させていった。

 以来、実家は貴族達から決して手を出してはならぬ家と認識されるに至り、同時に王家は発言力を低下させていった。

 無論、その権力を無闇矢鱈と使わぬよう実家にも釘を刺した。客観的な証拠があり、確たる理由が有る際にのみ動くよう言いつけてある。

 幸いにして、俺のその言葉は今でも守られているようだ。実家は俺が普通ではない事をよく知っているので、顔を出せば今でも歓迎してくれる。歓迎が過ぎて俺の方が気後れしてしまうほどだ。

 その実家から声を掛ければ、王家は喜んで動く筈だ。ギルドからも抗議させよう。説得力が上がる。


 その後、平和な日々が続き、その件をすっかり忘れた頃に結果が報告された。なにやらその侯爵家はあちこちで色々と強引な事をしていたらしく、実家から「ちょっとあの家やり過ぎなんじゃない」と声を掛けただけで王家が動き、この際徹底的に懲らしめようという事になってしまったらしい。放っておいても時間の問題だったのかもしれない。

 その結果、侯爵家は子爵にまで降格。当然、当主は強制引退に追い込まれて交代。今ではあごで使っていた伯爵家にこき使われているそうだ。

 「ま、俺としちゃウチにちょっかい掛けて来なければ何だっていいけどね」

 一件落着って事でいいだろ。


 家に帰ると、いつものようにティアが走ってくる。

 「パパー、お帰りなさい!」

 「ただいまティア。いい子にしてたかい?」

 そんなティアを抱き上げて尋ねると、いつものように元気に返事をしてくれる。

 「うん! ティアいい子だもん!」

 「そうだな。ティアはとってもいい子だ」

 「えへへ~」

 その小さな腕でしっかりと抱きしめてくれる。そんな娘がとても愛おしい。

 「パパー」

 「なんだい、ティア」

 「あのね、パパ大好き」

 「ありがとう。俺もティアが大好きだよ」

 この幸せな日々がいつまでも続きますように。







◎第三章


 それはある日の夕食後。食後のお茶の最中にパパが言った。

 「ティア、学校に行ってみたくないか?」

 「がっこーってなぁに?」

 「みんなで一緒に勉強するところだ」

 「勉強なら毎日ちゃんとやってるよ?」

 パパがお仕事でいない日でもフユが教えてくれる。

 「そうかそうか、ティアは偉いな」

 パパが頭を撫でながら褒めてくれる。そして続きを口にした。

 「その勉強をね、街の同年代の子を集めて一緒にやるんだ。それが学校だよ」

 「一緒? イオナちゃんやエリザちゃんと?」

 「そうだ。ヘレンちゃんやブレア君、キアラン君も一緒だ」

 「ティア、行きたーい!」

 「そうかそうか」

 パパは嬉しそうに頷いている。パパが嬉しいとわたしも嬉しい。幸せな気持ちになる。

 「ご主人様、この街に学校は無かったと記憶していますが、そのようなお話になっているのですか?」

 珍しくフユが口を挟んだ。食後のお茶の時間にフユが口を開く事は基本的に無い。家族の団欒はパパとわたしの時間だからメイドが出しゃばってはならないのだと言っていた。もっともパパとわたしはフユも家族だと思っているから、そんな事は気にしない。

 「ああ、ここの領主は野心家でね。この街をもっと大きく豊かにしたいようだ。ギルドに協力を申し込んできた」

 「それでご主人様にお話が回ってきたのですか」

 「ああ。ティアも乗り気だし、引き受けようと思う。済まないがフユの負担は増えるだろう」

 「承知いたしました。お任せ下さい」

 「済まないが、頼りにしている」

 「もったいないお言葉です」

 それで納得したのかフユは下がった。

 「まぁ、明日からいきなりって訳じゃないから、正式に決まれば何か発表があると思う。それまでは今まで通りだよ」

 「はーい」




 その半年後、この街に学校ができた。歳の近い子供達を集め、いくつかのグループに分けて勉強するそうだ。

 「なんだかドキドキするね~」

 「あたし頭悪いから不安だよ」

 これからの学校生活に対して、イオナちゃんは楽しそうでエレザちゃんは不安そう。

 いつもの仲間達は家で一緒に勉強することも多い。保護者にも好評だと言う話を聞いていた。

 あ、もしかしたらそれで学校を作るって話になったのかな。

 「エレザは臆病だな」

 「大丈夫、僕も一緒にいるから」

 ブレア君が揶揄(からか)い、キアラン君が慰める。この二人はいつもこんな感じ。ブレア君も意地悪で言ってる訳じゃなくて、二人で元気付けているだけ。いいコンビだと思う。

 そうやって仲のいいグループに分かれて待っていると教室の扉が開いた。

 「よーし、みんな席に着けー」

 そう言って教室に入ってきたのはパパだ。

 「パパ!?」

 「ティア、パパじゃない、ここでは先生と呼ぶんだ」

 先生? パパが先生なの?

 「ウホン。失礼、私の名はパプリカ・コットン。これから君たちに勉強を教える事になったのでよろしく。ではまず自己紹介からいこうか」

 パパが学校の先生だった。これからはもっともっとパパと一緒の時間が増えると思うと嬉しくて嬉しくて幸せだった。

 

 勉強は楽しかった。パパの教え方は上手で、日常的な描写を交えるので分かりやすい。それでも、授業が進んでくると段々と付いてこれなくなってくる子も出始める。でも、パパは決してそんな子を見捨てる事は無かった。

 それは特に算数で顕著だった。足し算引き算のうちはみんな付いて来れていたが、かけ算割り算になると理解できなくなるのだ。

 「難しいよ! それに俺は冒険者になるんだ、こんな事使う機会なんて絶対無いから必要ない!」

 ついにニコル君が癇癪を起こして不満を吐き出した。ニコル君はこの学校に来てから知り合った男の子だ。

 「そうか? 冒険者ほど、この手の計算が出来ないと損をするんだがなぁ」

 「え、そうなの!?」

 必要ないと思っていた事が反対に必要だと聞いてニコル君は吃驚している。

 「例えば、報酬が金貨五十枚の依頼を受けたとしよう。いつも組んでいるパーティーは自分を含めた五人だ。さて報酬は一人頭いくらになる?」

 「馬鹿にすんなよ! 一人十枚だ!」

 これまで勉強してきたから、皆それくらいの計算はできる。パパは何が言いたいのだろう。

 「そうだな。だが現実は厳しい。いつもの五人ではその依頼は達成できなかった。そこで助っ人を一人加える事にした。すると依頼は上手くいき、予定より早く達成できた」

 さり気なく、実際に冒険者になって困った際の解決方法なんかも織り交ぜるのがパパの凄いところだ。

 「そこで依頼主は特別に金貨五枚を報酬に追加してくれた。さて、この場合の一人頭の取り分はいくらだ?」

 「えっ!? え、えっと……一人増えたから六人だろ、報酬が増えたから……」

 ニコル君は、うーん、うーん、と唸っている。時間はどんどん過ぎていく。やがて元気よく答えた。

 「八枚!」

 「惜しい、でも不正解。誰か分かる人?」

 「はい!」

 パパが他の子に同じ質問を投げるとキアラン君が手を挙げた。

 「ではキアラン」

 パパに指されるとキアラン君は立ち上がって答える。

 「はい。一人金貨九枚で、余りが一枚です」

 「正解だ。キアランはどうやって答えを導き出した?」

 「えっと、報酬が増えて金貨五十五枚になり、人数も一人増えて六人になったので、五十五を六で割りました。六掛ける九で五十四なので余りが一です」

 「たいへんよく出来ました。模範解答だな」

 パパの言葉にパチパチパチと教室中で拍手が起きた。キアラン君は照れながら席に着く。

 「冒険者に限らず、計算は身近なものだ。ただ冒険者の場合、騙そうと近付いてくる者が特に多くなるから、それらから身を守るためにもこの手の計算は必須だと思った方がいい。分かったな?」

 「……はい」

 ニコル君は渋々といった体で頷いた。

 「かけ算さえ出来れば割り算は簡単だ。しかし、かけ算の九九は暗記するしかない。そこで俺が憶えた方法を教えよう。こういうのは歌にしてしまうのが憶えやすくするコツなんだ」

 そう言って九九を、リズムを付けて歌うように唱えだす。みんなもそれに習って唱え始めた。大合唱だ。

 その間にもパパは白墨で黒板に○を描き、たくさん並べていく。

 「前にも言ったが、かけ算の考え方はこうだ」

 大合唱が終わるとパパは黒板に描いた○を区切った。縦に六個、横に九個。

 「さっきのを例に取ると、縦が人数で六。横が一人頭の金貨九枚だ。このマスの内側が全体の報酬だな。合計で五十四枚」

 「先生、一枚足りないよ~」

 「だから、余り一だ」

 「余った金貨はどこに行っちゃうの?」

 「報酬の余りは喧嘩の元になる。だから、こういう場合はみんなで飯でも食って、その代金に充ててしまえば問題ない」

 パパは凄い! どんな問題も瞬く間に解決してしまう。皆もキラキラした瞳でパパを見てる。

 パパの授業は面白くて楽しくてためになる。それは皆も同じで、パパは人気者だった。事実、わたしにもパパが親で羨ましいと何度も言われた。その度にパパの娘である事を誇らしく感じたものだ。パパ大好き。




 ある時、遠足だと言う事で皆でピクニックに行った。引率は勿論パパだ。そしてこの日はパパの補佐にフユも一緒に来ていた。お出かけすると羽目を外す子が現れるから補佐は必要という事らしい。

 「さて、ピクニックとは言え外に出てお弁当食べて帰るだけでは芸が無い。課外授業って事で薬草の見分け方を勉強するぞ。ついでに保存の仕方もな」

 「はーい」

 薬剤師になりたいと言っていたミリヤムちゃんが元気よく返事をした。数日前、薬剤師になりたいけど、どうすればいいか分からないと相談を受けたのだが、わたしにも分からなかったのでパパに頼ったのだ。パパはそれでこの遠足を企画したのだろう。ミリヤムちゃんはとても嬉しそうだった。さすがはパパ、頼りになる。

 「先生、これがそう?」

 「おー、よく見つけたな。そうだよ、それを煎じて飲めば腹痛に効くんだ」

 「せんじる?」

 「お湯で煮て薬草の成分を抽出――お湯に溶かし込むんだ。それを煎じるって言うんだよ」

 「分かりました」

 ミリヤムちゃんはちょっと妬けるくらい朝からパパにべったりだ。

 

 「先生! こっちに来て!」

 お昼のお弁当を食べ、休憩してから薬草集めの作業を再開すると、すぐに男の子達が血相を変えてパパを呼んだ。

 「どうした?」

 「これ見て。変な足跡がいっぱいあるんだ」

 そこには人にしては大きく不自然な足跡があった。どれもみんな裸足なのだ。今時裸足で出歩く人はいない。パパと出会う前のわたしですら外に出る際はサンダルを履いていたくらいだ。

 「――バグベアー。それも数が多い。集落が近い? それもこんな街の近くにか」

 パパが独り言のように呟いた。考え込んでいるようだから、本当に独り言なのかもしれない。

 「ニコル、みんなを集めろ。見通せる所――さっき弁当を食べた場所がいい」

 「分かった」

 「ティアはフユにこの事を伝えてくれ。すぐに街へ帰れるように、みんなを準備させておくんだ」

 「はい、先生」

 学校内や関連行事中は先生と呼ばないと怒られる。それだけが不満だけど、仕方ない。その分、家に帰ったらいっぱい甘えるからいいのだ。

 「残念だが遠足は中止だ。ここで引き返す」

 手分けして皆を集めて回り、全員集合するとパパは街へ帰る事を告げた。

 「魔物の集団がこの近くにいる可能性が高い。済まないが納得して欲しい」

 みんな残念そうな顔だ。無理もない、わたしだって残念だもの。

 でも、それだけで終わらないのがパパのいいところ。

 「後日、安全が確認できたらまた来よう。約束する」

 パパがそう言うと皆から歓声が上がった。

 そして、皆で街に帰る。そんなタイミングで奴らは来た。


 「ご主人様」

 フユが警告を発する。

 「分かっている。少し遅かったか。どうやら弁当や子供の臭いに気付かれたな」

 いつの間にか囲まれていた。パパよりも大きく、それでいて歪な体躯。手には棍棒や錆びた剣を手にしている。そんな魔物がわたし達を大きく取り囲んでいた。それだけじゃない、その魔物達は大きな狼をそれぞれ引き連れていた。

 「ダイアウルフまで手懐けているのか。これは、これだけの子供連れじゃ逃げ切れないな。――フユ」

 「はい。お子様方をお守りすれば宜しいのですね」

 「ああ、そうだ」

 「畏まりました。ご武運を」

 パパとフユは、そんな短いやり取りで意思疎通が出来てしまうのか。わたしはこんな時だというのにその事にショックを受けてしまう。

 そんなわたしを余所に、パパはその腰に差した剣をすらりと抜いた。その剣は普通の剣よりも刀身が長く、また柄も長かった。片手半剣(バスタードソード)と呼ばれるその剣をパパは愛用している。でも、その剣が抜かれたところを見るのは今日が初めてだった。

 「……炎の魔剣?」

 「すげえ、魔剣なんて初めて見た」

 ニコル君達男の子から、そんな感想が聞こえたが、パパはそれには反応せず、これから始まる戦いに集中していた。

 「“吹雪(ブリザード)”――“改変(アレンジ)”――“刃の暴風雨(ブレードテンペスト)”」

 パパが何事かを呟くと風が吹き荒れて、信じられないことにわたし達の周囲を囲む魔物達が切り刻まれた。

 「……魔術?」

 「魔術だ! すげぇ、俺初めて見た!」

 また男の子から歓声が上がる。それも気にせずパパは魔物達へと迫った。

 「“炎よ(サモンフレイム)”――“壁と成れ(フレイムウォール)”」

 今度はフユだ。フユが何かを呟くと、わたし達の周囲に炎が立ち上った。魔物達の多くは火を恐れる。それを見越しての炎の壁なのだろう。

 「うおー、こっちのメイドさんもか!」

 「そんな、まさか。魔術師はもう何十年も前にいなくなったって聞いたのに」

 パパもフユも凄い! 二人が魔術師だったなんて! わたしはこんな時だというのに興奮していた。だから気付かなかった。炎を恐れずこちらに迫っている魔物がいる事を。

 「ウオオオォーン」

 「きゃぁぁ!」

 巨大な狼が一頭、わたしを襲った。完全に不意を打たれたわたしは、ただ悲鳴を上げる事しかできなかった。

 「“雷よ(サモンライトニング)”――“貫け(サンダーボルト)”」

 「キャイン」

 間一髪。フユが魔術で狼を撃退してくれた。

 「あ、ありがとう、フユ」

 「どういたしまして、お嬢様。これが私の役目ですから」

 「う、うん。でも、ありがとう」

 「はい」

 わたしがお礼を言うと、フユはにっこりと笑ってくれた。

 「さあ、お嬢様。しっかりと見ていて下さい。でないとご主人様の勇姿を見損なってしまいますよ」

 「え?」

 フユに促されてパパの姿を目で追うのとパパが動くのはほぼ同時だった。

 「“飛天菩薩”」

 パパはそう呟くと、見たことのない不思議な動きで舞った。そしてパパが舞う度に魔物が地に倒れ伏していく。

 「ご主人様の奥義、剣舞(ソードダンス)です。滅多に見れるものではありませんから、よく目に焼き付けておいて下さいませ」

 表情や感情を殆ど表に出さないフユが興奮していた。

 正直に言えば、パパの奥義と言われても、その凄さがわたしにはよく分からない。それでも、この今のフユを見れば、それがきっととても凄い事なのだろうと想像はついた。私のパパはとても凄い人なのだと初めて実感した。

 程なく立っている魔物は一体もいなくなり、フユも炎の壁の魔術を解除した。わたし達は無事に街へと帰る事が出来るのだ。

 街に帰ると、パパは子供達の親にとても感謝された。




 「この街を嫉んだ隣の領主が魔物を(けしか)けてきたらしい」

 それが先日のピクニックの真相だと言う。

 「どうやら兵隊達を動員して山狩りしたようなんだ」

 「そこから逃げてきた魔物がこちらで騒動を起こせば街の人気に陰りが出ると?」

 「そういう事らしいな」

 結果的にパパが未然に防いでしまったため騒動は起こらず、却ってこの街の人気は以前にも増して上がってしまったみたい。

 「ま、こっちに手を出した落とし前は付けさせて貰ったよ」

 「その先は聞かない方がいい気がします」

 「賢明だ」

 それで二人の会話は終わってしまったので、わたしには何が起きたのか判らないまま、この事件は幕を引いた。

 でも、パパのお陰でこの街が安心して暮らせると言う事だけは、幼いわたしにも理解できていた。







◎第四章(最終章)


 これまで色んな事があった。パパとの思い出は尽きない。そのどれもがパパとの大切な思い出で、わたしの宝物だ。


 わたしは明日大人になる。成人の儀を迎えて大人の仲間入りをする。

 「とうとうティアも成人かぁ、月日が経つのは早いよなぁ」

 「ご主人様、その仰りようが年寄り臭いと言われる原因だと思います」

 「ほっといてくれ!」

 パパとフユは相変わらず仲がいい。子供の頃は嬉しかったけど、その光景にちょっと胸が痛む。

 その理由が最近やっと分かった。

 「パパ」

 「なんだい、ティア」

 「ティアね、パパが大好き」

 「俺もだよ。ティアが大好きだ」

 「そうじゃないの。ティアね、パパのお嫁さんになりたいの」

 「――はい?」

 「パパのお嫁さんになりたい」

 「――いや、確かに俺はティアが幸せな結婚をして、幸せな家庭を築いて欲しいと思っているけどさ」

 「ダメなの?」

 「――――ブレア君やキアラン君はどうしたんだ?」

 「あの二人は友達だよ」

 「でも彼らの方は、そうは思っていなかったような…」

 「ブレア君はイオナちゃんとヘレンちゃんが取り合ってるよ。キアラン君はエリザちゃんと付き合うって言ってた」

 「脈のない子より好意を寄せてくれる子を選んだのか……堅実と言えば聞こえはいいが、夢がないなぁ」

 「ティアはね、パパがいいの。パパじゃないと嫌なの」

 わたしがそう言うとパパは困ったような顔で頭を掻いた。

 「おかしいなぁ、どこでこうなったんだろ…」

 パパはわたしじゃ嫌なの? 喜んでくれると思っていたのに……なんだか泣きたくなってきた。

 「ご主人様、そろそろ現実を見詰められてはいかがですか」

 そんなパパをフユが見かねたように諭す。

 「ご主人様の溢れるような愛情を一身に受けて育ったお嬢様です。こうなることは明らかでしたでしょうに」

 そうだよ! わたしにはパパしか見えないもの! 他の男の子なんてどうだっていいの!

 「俺の育て方に問題があったってのか…」

 「いいえ。むしろ最善だと思われます」

 「これがか!?」

 「お嬢様は誰よりも幸せになる事が約束されています。これが最善でなくて何が最善だというのでしょう?」

 フユ! やっぱりフユはわたしの味方だ! パパの事でちょっとでも疑ってごめんなさい。

 「そう仕向けた責任は取らねばなりません」

 「――そうか。俺はまたやっちまったのか」

 またって何だろう、考えても分からない。それより今はパパのお嫁さんになれるかどうかの瀬戸際だ。パパを説得しなきゃ。

 「さすがに娘と思ってきた相手と今すぐどうこうとは行かない。でも、ティアが本当にそれを望むなら俺は応えたいと思う」

 「パパ! じゃあ――」

 「一年猶予をくれ。その間に俺も覚悟を決める。もしその間にティアが他にいい男を見つけても文句は言わない。ちゃんと祝福してやる」

 「そんな事にはならないもん! わたしはパパと結婚するの!」

 「はいはい、分かったよ」

 「もー! ほんとなんだからね!」

 「はいはい」




 そして一年後、わたしとパパは結婚した。

 「パパ。ティアね、すっごく幸せよ」

 「俺もだよ、ティア」







 End.




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ