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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
8 ギャラリーまでのキャリアプラン
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第七話

 作りたいもの。

 アントニは、形が見えないのに作りたい物も何もないですじゃ、と細々と喋っていた。


「そうなの?」


 そんなアントニに、ベリェッサはごく自然に質問をしていた。


「そうですともじゃ、お嬢様。このジジイめには、描きたいもの、作りたいものが今ぱっと出てこんのですじゃ」


「でも、未だに油絵を描き続けているじゃないか」


「描きたいからですじゃ」


「描きたい物がないのに?」


「お嬢様、このジジイめが描きたいのは物じゃないのですじゃ」


 アントニはゆっくり言葉を選んでいた。描きたい物を失っている、描きたい気持ちはある、その気持ちはどちらも紛れもない彼の本心なのだろう。

 しかし、その気持ちをいざ言語化するのが難しい、という様子であった。


「……このジジイは、絵に閉じこめておきたいものを生涯追い求めてきたのかもしれなんですじゃ」


「へえ、絵に閉じこめておきたいもの」


「それが、このジジイを絵に駆り立てるのですじゃ」


「それってさ」


 ベリェッサは粘土をこねる手を一旦止めていた。


「いわゆる感情とか感動とかって奴かな。僕が絵描きなら描きたいものは感情とか感動だと思う」


「かも知れませぬ。違うかも知れませぬ。……このジジイは今まで作品を描いて、よしこれで感動を閉じ込めることに成功したわい、と確信できたことはありませなんだ」


「へえ」


 良い線突いたとおもったんだけど、と粘土をこね直すベリェッサ。


「僕なら、感動を閉じ込めたい。……閉じこめて欲しかった」


「……感動は湧き出るものじゃないですかのう」


「そんなの嘘さ。感動は殴られるものさ。閉じこもってる暴力的なメッセージが、僕を滅多刺しにするのさ。身も焦がれて、今僕は美に蹂躙されているんだ、ってなって。指先から、背中から、肩から、喉から、感動が僕を這い回って、僕の体を食んで、弄んで――僕は、きっと、そうやって感動に打ちのめされるんだ」


「お嬢様は芸術を楽しんでいらっしゃるのですのう。このジジイには呪いのようにしか思えませなんだ」


「いいね、呪われたい。胸がきゅんとなるように優しく、時々貫かれるように。溜息の出るような美にとろかされたい」


「では、資格があるのかも知れませぬ。このジジイにはその資格がなかったのですじゃ。芸術を楽しむ資格が。……感動を閉じこめたいのではないのですじゃ。ただ、そうですのう……何かを絵に込めることが出来たと思った瞬間に、震えるような感動を覚えたことは何度かありますのう」


「ねえ、その絵に閉じ込められている何かを食べることができたら最高じゃないかな」


「面白い感性をお持ちですのう」


「食べるのも食べられるのも、どっちでもいい。僕ならきっとどっちも受け入れる」


「そのようなものを食べられるのなら、このジジイも食べていたことですじゃ。……カンヴァスに乗せる前に、噛み締めたいという気持ちはありますからのう」


 聞きながら、何て会話だ、と俺は思った。

 会話になっていない、しかも言葉が重い、だけど聞き逃せない単語がちらほらと出てきており、俺は聞いてない振りをしつつ耳をそばだてる他なかった。

 口を挟んではいけない、と思った。

 この二人の心の深く暗い部分が、会話からちらほらと聞こえてくる。今は邪魔してはいけないのだ、と思う。


「ねえ、呪われているのかい?」


「呪われておりますともじゃ」


「そうかな、芸術家としてもう大成したじゃない。夢が叶って幸せなんじゃないかな」


 無遠慮なベリェッサの言葉。

 老ドワーフは、それを薄い笑みで受けた。


「夢が叶うことは幸せ。……ならば、叶わない夢は不幸なのですかのう」


「それは……」


「冗談ですじゃ」


 いささか意地の悪い質問でしたかのう、と言いながら、彼は粘土を再びこねていた。


「……夢を持つことも、信じることも、未来がある人の特権なのですじゃ。夢を信じる喜びや裏切られる悲しみは、未来あってのことなのですじゃ」


「深いね。じゃあ未来がない人は不幸なんだ?」


「おお、これはこれは。参りましたのう、このジジイ、よもや自分の言葉で足を取られるとは。お嬢様は賢くいらっしゃいますのう」


「足は取ってないよ。そうだね、未来がないのは不幸さ。これは間違いじゃないと思うよ」


「言葉が過ぎておられる、その発言は些か考えものですじゃ。外で軽はずみに口にせぬようお願いしますじゃ」


「そうかな」


「人には優しく、ですじゃ。お嬢様が出会う人々は必ずや、何かしら、生きる上でもがき戦っておるのです。発言を優しくするのですじゃ」


「もがき戦っているからといって、優しくしてもらえる権利がある訳じゃないと思うけどな。……けど、発言には気をつけるよ」


「ありがとうございますじゃ」


 そこで一端会話が途切れる。

 俺は二人の会話を聞いて、おおよそある程度人となりを理解していた。

 優しく諭す奴隷のアントニと、それを素直に聞く主人のベリェッサ。言葉の端々から漂う二人の厭世観。


「おお、トシキ様の前でつまらぬ話をしてしまいましたな。お嬢様も、老人の泣き言につき合わせてしまい申し訳ないですじゃ」


 そんな風に観察している俺に気付いてか、アントニは侘びを入れていた。

 俺もまた気にしていない風体を装って「いえ、大丈夫ですよ」とだけ答えておいた。






 粘土細工が即効性のあるリハビリになるとは思っていない。

 結局今回は、芸術スキルLv.6、および芸術神の加護をもつアントニの力を見定めることが目的であった。

 Lv.6――その数値は、いままでLv.5までしか見たことのない俺を驚かせた。そして絵を見て確信した、これならばLv.6であってもおかしくはないと。

 その時代で最も優れている技能の持ち主が、おおよそLv.5相当になる。そしてアントニは、時代を越えて群を抜いて素晴らしい芸術家であったのだろう。実際、彼の作品は他の芸術家を圧倒しているように思われた。

 加護持ち、Lv.6への到達、その二つを併せ持つ彼は、形を認識できなくなってなお、その芸術センスが健在であるといえた。


(神の如きセンスで象られる、趣味の悪いサイケデリックな絵画。……もう、このままでも凡百の芸術家より遥かに高みにある。それこそ俺の指導なんか必要ないぐらいに)


 正直に告白すると、俺は困った。

 粘土細工により、手芸技術のほうから芸術スキルの経験値稼ぎを行う。やがて芸術スキルの加護によって、粘土細工も恐らく早い段階で頭角を現すであろうから、それをもって依頼完了とする。

 そういう計画であったが、考え直す必要が出てきた。

 粘土細工の出来が芳しくない、という意味ではない。

 むしろアントニの粘土細工は悪くなかった。

 形を作ることこそ不可能ではあったが、謎のうねりを持った塔に球体を串刺したようなオブジェが出来上がっている。目を引くような曲線のつややかさは、本当に彼が形を認識できないのかと思うほどだ。

 ただ、それでもなおアントニの芸術は、絵のほうが圧倒的に上手であるという、ただそれだけのこと。

 彼の絵は、恐ろしいまでに細緻であった。

 色のセンスが、群を抜いているのだ。

 それこそ、このまま粘土細工をさせる意味などあるのだろうか――と思うほどに絵が卓越している。やはり神に愛されていると思うほどの筆使い。


(……予想以上だ。というより予想外に絵が『描けて』いる。……認識が間違っていたのか)


 それこそ、脳の障害によって絵を描くことが全く不可能になっているものだと思っていた。だから新しく立体芸術を習得させれば〇が一に進歩する、それで十分だと思っていた。

 ところが話はそうではなく、このアントニは、今でもなお能力が九〇あるような神のような芸術家だったのだ。元々一〇〇あったその能力を、一般人でも備えているような形の認識センスを欠乏して九〇にまで衰えているという問題であり、それを二なり三なり取り戻すというアプローチで挑む課題なのだ。

 それは、俺自身がその高みにいない以上、困難な仕事であるとも言えた。


(それならそれで開き直るべきだ。割り切るしかない。いつも問題は、何を改善・発展できるのか、何を諦めるべきなのか、を明確化することから始まるんだ)


 困難な仕事だが、やるべきことはシンプルだ。

 改善できることを改善する、ただそれだけ。

 例えば芸術スキルの経験値。アントニが今まで使ったことのないような技術を覚えることができれば、芸術スキルの経験値が多めに取得できる。

 事実、粘土細工を行ったおかげでアントニの芸術スキルの経験値が少しばかり上達しているのが分かった。恐らく普通に絵を描くよりは経験値を多く取得できているだろう、と思う。

 それに、他にも彼に挑戦してもらう芸術ジャンルは多岐にわたる。ぱっと俺が思いついたのは、水墨画や書道などだ。もしも形を認識するのが大きなハンデになっているのだとすれば、最悪の手段として考えていた染物アートに逃げるのもありだ。

 これらの新しいジャンルに取り組んでもらって、芸術スキルのスキル経験値を稼ぐことで、あわよくばLv.7到達を狙う。そこまでいかなくても、スキル経験値が手に入れば何かしら心なしか程度に改善が実感できるのではなかろうか。

 他にも、俺には鑑定スキルがある。

 俺も油絵に挑戦し、この男アントニがまだ持っていない絵画技法を発見することが出来れば上々である。


(……これでいいんだろうか)


 ふと、これでいいのかという瑣末な疑問が自分の中に残った。だが、これ以外の方法がないのも事実ではあった。

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