第五話
帰ってきてまさか女子会に参加する羽目になるとは思わなかったが、参加して得られる物があったので良しとする。
女子会疲れを若干残しつつ、俺は今現在の経営方針を改めて考え直した。
(奴隷たちの強化。ミーナに稽古を付けてもらったり、チッタに課したサーキットトレーニングを皆にやってもらうことで能力の底上げが見込める)
一つ目。奴隷たちの強化を図ること。
今後「人材コンサルタント・ミツジ」の主な収入は、人頭奴隷および戦闘奴隷としての派遣業務になる。
砂漠における魔物退治、重い荷物の運び入れ、祭りなどの催しの治安維持活動の手伝い、などだ。
体は資本だ。
そのため食事を安価でも栄養価の高い物にする。デーツナッツ、ヤギの乳、根菜類などで基本メニューを構成する。
健康維持にも努め、水で体を清潔にすることを義務付ける。テント周りの掃除も義務付けさせる。衛生環境を整え、もしも万が一病気になったとしてもすぐに薬で治す。
人頭奴隷や戦闘奴隷として働く者には日々のトレーニングも課す。槍稽古や剣稽古などを自主的にさせ、ミーナやノール達が冒険者業から帰ってきたときなどは彼らに稽古を指導してもらう。
ここから更にウェートトレーニングを導入する。筋トレと呼ばれたりするそれは、回復ポーションと併用することで高い効果を発揮することが既に分かっている。
チッタが短期間で肉体改造出来たのは、この回復ポーションによる筋繊維回復のおかげである。
限界まで負荷を掛けた筋肉は、普通二日ぐらい回復期間をおいてからもう一度筋トレ、というのが通常だが、チッタには回復期間として数日置くことなど必要なかった。回復ポーションを使えば良かったのだから。
回復ポーションは安価で質の良い物を大量に作ることができる。
俺とユフィの調薬スキル、および公には知られていない最適なポーション生成法(鑑定スキルによるレシピ)のおかげで、極めて安い原価で質の良い物を作れるのだ。
余ったポーション一瓶ぐらいで二〇〇瓶程度の原材料を賄える、というのだから、思い切り使っても問題ない。むしろ大量に余っても、買い取ってくれる薬師達を困らせるだけだ。
よって、ポーションは奴隷たちの健康管理に積極的に回す。薬という位置づけではなく、栄養ドリンクの感覚で消費しても問題ないだろうというわけだ。
(そして、次は魔法の指導だな……)
二つ目。魔法の指導。
これは魔法の才能があるものに施した。といっても秘密裏に行う必要があるので、水魔法などを中心にテント内で行うことになった。
魔法が使える奴隷の価値は相当高い。
例えば今現在喋ることが出来ない、先行きの短いステラでも、もし魔法の才があると知られていれば金貨五十枚は下らないはずだ。
魔法を人に教えることができる。魔法を魔石に込めることが出来る。魔道具とそうでないものを何となく判別することができる。
こういった特異な才能は、そのまま需要の高さへとつながっているのだ。
奴隷たちへの魔法の指導員は俺とステラ。および最近はヘティやチビ三人も行うことになっている。
これは最近のことだが、一緒に手をつなぎながら魔法を発動することで、魔術の感覚を掴むことができる――というのを発見したのだ。これによりマナの動かし方などを大まかに体感してもらい、「瞑想によりマナの流れを掴む」云々のステップを省略する。
これによって魔術の才能のある奴隷たちは、水魔術、風魔術などの魔術レベルを上達させることに成功していた。
無論、魔法が使える奴隷を大量に抱えていることは秘密にしている。奴隷達にも箝口令を敷かせてもらった。
信頼できる取引相手にのみ、魔法の使える奴隷を卸すつもりだ。大々的に宣伝するようなものではない。
なので今現在は特に取引相手はいない。とはいえ宝の持ち腐れにならないように、今は前衛や盾役しかいないノール達のパーティーに貸し与えて仕事をしてもらっている。
(……そういえばノール達は、最近活躍が目覚ましいらしいな)
三つ目の経営方針の話……に移る前に、簡単にノールたちの様子を説明しておくと、大活躍が続いているらしく、もうじき三枚羽になれそうだ、とのことらしい。
まず特筆すべきは、チームとしての索敵能力の高さ。
今現在、うちの奴隷から数人、冒険者としての研修を積んでもらうという名目でノール達のチームへ派遣しているものがいる。
貸し与える奴隷は、夜番の経験や気配察知に優れたものたち。
聞くところによると、目的のモンスターを狩る、あるいは不要な戦闘を避ける、というパーティー活動にそれなりに貢献しているらしい。
結果的として、うちの新人の研修に付き合ってあげているノール達も、効率よくクエストを進めることが可能になっていると聞く。
次に特筆する点としては、回復ポーションによるパワープレイが可能という点も大きい。
回復ポーションは、その品質によって異なるが、良いポーションは非常に高価になりがちである。最高級品であれば、欠損部位を治すことすら可能になるのだ。ポーションの回復能力は即効性が高いためかなり重宝される。
俺とユフィが作るポーションは、最高級品とまではいかないが、それでも市販のそれよりも五〇倍は高価である。それぐらい高価でも、品質を考えるとむしろやや割安な部類である。
このポーションをノール達に、原価から計算した価格で提供しているのだ。
結果的にノールたちは、回復ポーションを用いて安全マージンを保ちつつ、難易度の高いクエストを受注することが可能となっている。
特筆すべき最後の事項としては、魔法が使える奴隷が後衛に回っているというのも大きいだろう。
こちらも研修という名目で、ノール達に貸し与えている奴隷たちである。
魔法が使える者がいるかいないかで、戦闘の難易度が全く異なってくる。魔法使いがいれば遠距離から魔物の苦手属性による強力な攻撃が可能となる。適正な難易度のクエストであれば、盾役と魔法使いだけで攻略できるということも普通にある。
この三つの要因のおかげか、ノール達は他の冒険者よりも順調に冒険を進められている、と聞いている。
(まあ、研修として奴隷を貸し与えることはこっちにもプラスだからな。経験値、スキル経験値の両方が稼げるし、奴隷に冒険者としての心がけだとかそういうものを教育する手間が省ける)
こちらも得しているのだから文句はない。そもそもノール達からこの店へ、クエスト報酬の一部を収める契約になっているのだから、諸々の出費を考えても金銭的にも十分利益が出ている。
そろそろノール達に続く第二の冒険者パーティーを作ってもよさそうだな――と考えながら、俺は今一度、将来に思いを馳せた。
話を引き戻して、経営方針の三つ目である。
端的に言えば、高級奴隷の養成。
鑑定スキルによる指導で、技能を高め、スキルを取得する。栄養状態を改善し、肉体能力も底上げする。さらには可能であれば魔法も覚えさせ、研修と銘打って冒険者業を手伝い経験値、スキル経験値を稼ぐ。
他にも、簡単な文字ならば読めるように教育を施し、念のため四則演算程度の算法も教えることにした。正しい敬語の使い方や、貴族相手のマナーなども最低限は教える。
これに加え、回復ポーションによって体の傷跡を癒し、見た目も綺麗にするわけだ。
こうして得られた質の良い奴隷は、幅広い需要に応えることが可能であろう。
来客相手に簡単な受け答えを可能とし、いざというときに戦闘できる貴族使用人。
契約書などを読めるために、現場の指導者に近いポジションに就くことも可能である肉体労働者。
あるいは冒険者パーティー相手であっても、そのような便利な奴隷であればもしかしたら需要があるかも知れない。
もし奴隷の値段が高かったとしても、活躍できる場が広ければ十分需要を見込めるであろう。
仕入れ値を安く、売り上げを高く。
商人としての基本中の基本だ。あのマルクでさえ薄利多売の人頭奴隷にのみ頼らず、高級奴隷も扱っていたのだから(とはいえ仕入れ値を安くできたのかは不明だが)。
(……順調に前に進んでいる。今のところ、足元をすくわれそうではない。……それなのに、何度も確認してしまうのは、ビジョンがないからか)
前に進んでいるという実感。社会のしがらみの少なさ。仕事での自由の大きさ。
今置かれた環境には感謝すら抱いている。この心の余裕があるからこそ、人の幸せを尊重できるのだろう、と俺は思う。
幸せになりたい。
その願望に嘘はない。しかし――この店の将来の明確なビジョンも今のところはまだないのであった。
幸せを客観的に証明できるものとは。
……ふと湧いた疑問だったが、詮無い話だ、と俺は頭を切り替えて全然別のことを考えるのだった。




