第四話
その後の女子会はひどかった。
というより俺が急遽参戦することとなり、「さあさあ主様も本音をどうぞ!」と発言を求められたのが事の発端であった。
俺が口火を切ったのだ。
やられっぱなしも面白くない、それにこいつらなら何だかんだ本音を言っても許されるのではと思ったからだ。だから普段以上にスパイスを混ぜた発言をしてしまったわけである。
「正直一番ノリが独身アラサーなのはミーナ。酒乱系ヒロインとか当て馬臭が半端ねえ」「ちょ、ひどいですよ主様! 私ぴちぴちの十五ですよ! それに私はメインヒロインです!」
「ヘティはダメ男甘やかしてヒモにするタイプ、あと歌声が芋」「ひどい……! それに甘やかしてなんか……」
「イリは無口だけどすげえ頑固、そしてむっつりスケベ」「!? ……ご主人様に言われたくない」
「ユフィはプライドと意識が高い子供、あと地味にチョロい」「チョロいって! 貴方ねえ! 撤回しなさいよ!」
「ネルは多分一番メンヘラ素質高い、あとアホの子」「!? 違いますよ! ご主人様の分からず屋さん!」
「チッタまじ天使」「!? う、うす……」
カイエンと話すようなノリできっつい言葉を投げた結果、言わずもがな、荒れに荒れた。
女子連合 対 俺、傍観者チッタという構図が生まれた。会話の内容も中々ひどい。
俺が一つ言えば向こうが五つ返すのだ。よくもまあ俺は戦えたものだ。交渉スキルの経験値がガンガンあがる。会話の主導権と相手を言い負かす力、相手を説得する力が交渉スキルのそれだと判断されたらしい。
「主様どうせあれでしょ! 昔モテなかった分、今言い寄る女の子を断るのが惜しい気がして断れずになあなあにしてる系でしょ! それ優柔不断系ビッチの発想ですからね!」
「ねえご主人様、会話の主導権を握ろうとするくせにリードが下手だから、私がこっそりフォローしているのよ? 気付いてるかしら?」
「視線がいやらしい。時々私でも気付く」
「あ、貴方なんか! 私だけ頭撫でないの知ってるわよ! 地味に私のこと怖がっているんでしょ!」
「ご主人様のいけず! 後、えっと、意地悪!」
地味にミーナとヘティの発言が肺腑を抉ってくる。
辛い。
しかしこちらも言うべきことは言わなくては。
嵐のような猛攻撃に耐えつつ、何とかイーブンまで持ち込む。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ合う泥沼の展開。学生の頃に戻ったような馬鹿騒ぎだったが、何とかご主人様としての尊厳はぎりぎり保たれた。
「……女子会、疲れるな」
「こんなの女子会じゃないですよ主様……」
いや、多分ご主人様としての尊厳は地に落ちたに違いない。皆の尊厳を地の底まで引きずり込んでイーブンにした泥仕合、という方が正しいかもしれない。
何だろう。誰も得してない。
「……すげえっす」
チッタが顔をひきつらせていた。
地獄絵図というやつか。いや絵的には綺麗可愛いの六人と俺一人で違うだろうが、とりあえず白熱した舌戦の中身がひどいことひどいこと。
チビ三人には手加減したつもりだが、大人二人には本気で舌戦に臨んだ。
死屍累々はその結果だ。
ぽつりとイリが「大人は汚い」と呟いたのが印象的だった。間違いない、大人にあまりお手本らしさを期待してはいけないのだ。
しかし疲れた。
一旦大きくため息を吐く。精神的な疲れがこんなに肉体に来るだなんて、と今更のように思った。
「なあ、ヘティ。話がある……」
「何かしら……」
とりあえず、忘れないうちにビジネスの話をしておかねば、と俺は口を開いた。
「新しく、奴隷の面倒を、見ることになった」
「あら、そうなの?」
「といっても、俺が新しく仕入れた、訳じゃない。ベリェッサ嬢が、俺の噂を聞きつけて、一人奴隷の、教育指導を、依頼してきた、という訳だ」
「あら、そうなの……」
「ああ。ドワーフの、爺さんだ。名前は、アントニ。芸術家だ」
「え、アントニって、あのアントニ・スヴァルツドヴェルグかしら?」
息も絶え絶え、疲れでへばっている俺に、ヘティは訪ねてきた。どうやらアントニのことを知っているらしい。
「ああ。どうやら、身分を奴隷に、落とされたらしい」
「何故、あの芸術の大家が奴隷になる事情だなんて……」
「さあな。勝負がどうのこうのって、言ってたが」
「……勝負」
眉をひそめるヘティに、心理グラフの複雑な揺れが見えた。
「勝負に負けて、奴隷に落とされたのね……」
「ん。ああ」
「……」
ヘティは何故か一人で納得しているようであったが、俺はそれならそれでいいと一旦疑問を余所においた。どうやら、ヘティは俺が何か知っている上でこんな話を持ちかけた、というように思っているようであるが、俺は全く何なのか分からない。
強いて見当をつけるとすれば、ヘティもまた奴隷になった経緯を教えてくれないところから察するに、同じく勝負に負けて奴隷になったのではと予想ができる。
「……取りあえず奴隷になった彼は、令嬢ベリェッサの好意によって使用人に任されていたという」
「……屋敷しもべって所かしら」
「ああ。取りあえずはそうやって生活しているらしい。ただ、芸術への夢を捨て切れていないらしくてな」
「……夢を捨て切れていない? つまり、屋敷しもべになったからには芸術を諦めるべき、とアルベール伯爵家に筆を取り上げられているのかしら。だけど夢を捨て切れていないからこっちに話がきたと」
「いやいや、違うさ。アルベール伯やその娘ベリェッサ嬢はむしろ、彼に芸術に復帰してもらうことを期待しているのさ」
「つまり」
「実は彼、絵がもう描けなくなってしまったらしい。……物の細かい形をもう記憶することが出来なくなってしまったんだとさ」
それを口にした途端、ヘティの表情は渋いものとなった。
「……ねえ、それって」
「ああ。希望はほぼない。……だから、手は尽くしましたが不可能でしたというのもあり得る」
「何で受けたの?」
「それでも彼には芸術の加護があるはずだ、間違いなくな。……それを見るためにあえて保留した」
ビジネスの基本、それは不可能な仕事は請け負わないということだ。その仕事を請け負った時点で責任が発生するのだから。
しかしこの仕事においては成功の義務はなかった。
クライアントのベリェッサ嬢もそもそも失敗する前提で頼んでいた節がある。どうせ失敗するだろうけども、芸術に造詣深いトシキならば、彼の傷心を癒せるかもしれない。もしかしたらアントニが芸術に再び取り組めるかもしれない、そうなれば望外の利だ、と。
俺もはっきりと彼女に断りを入れた。「厳しいでしょう。気休め程度に芸術に再び取り組めるよう指導させていただきますが、恐らく本当に気休めになるでしょう。一度様子だけ窺ってよろしいでしょうか」と。
それでもいい、とベリェッサ嬢は発言をしたので、俺はついに引き受けることになった。
「この時点で勝ちは確定だ。……まあ、あまり大声では言えないけどな」
芸術スキルがある。それだけで随分勝算は大きい。
絵画に再び向かわせるのは不可能だろう。技巧的な細密画などもはや望むべくもない。でも粘土細工などであれば、独創的なアートという形で再出発が出来る。
そして、ある程度の目処が付いたところで「ここまでは何とか。後はゆっくり、彼の第二の芸術活動の行く末を見守りましょう」とでもすれば良かろう。
ゴールはある程度見えている。
形が認識できない、というのが些か気掛かりだが、軽い度合いであれば粘土細工を作ることに支障は無かろう。酷い度合いであれば、早々に「すみません、不可能でした」と切り上げてしまうことも出来る。様子を窺うことのみしか約束をしていないからだ。
勝ち。
それは、そういう意味の発言であったが。
「……勝ち?」
耳聡くユフィが聞き咎めた。
「ん。ある程度勝算はあるって意味だ。あまり良い表現じゃなかったな、撤回しよう」
「……別に、いいけど」
ユフィはそう言って再び黙った。
反応は別にユフィだけではなかった。ヘティとミーナを除き、ここにいる奴隷たち全員が何となくはっとしているように見える。
勝ち。まるで俺が今回の件をビジネスであるかのように話している、ということにちょっと動揺があるようだ。
いつもならこのドワーフの夢を叶えるのでは。
そう思い込んでいて、でも俺の発言に一瞬驚いて、すぐに俺の態度の方が正解なのだと悟ったかのような雰囲気が漂っていた。
「……そう、考えているのね」
「まあ、話を聞く限りでは主様のプランに落ち着くでしょうね」
ビジネスと割り切れるヘティと、俺と価値観が近しいミーナはあまり動揺することもなく俺を受け入れていた。
「……そう」
「……反対はしないわ」
「……」
「……そうっすね」
四者もまた、それが現実的だと受け入れてはいた。しかし何となく腑に落ちないものを感じているような反応でもあった。
俺はこの時ふと、奴隷たちとの認識の差を何となく感じ取った。




