第十七話
「……遂に、明日っすね」
「ああ、そうだな」
「あの。商人様は、オレなんかに付き合ってて大丈夫だったんすか? もうそろそろ誕生記念祭だから、商売も忙しかったんじゃないっすか」
「まあな。その辺の外回り営業で結構時間を潰されたな。……でも、拳闘大会の近くで出店開いて肉炒めを同じように販売できるようになった。それは大きいと思っている」
「マジすか」
「見込める利益は多分、蚤の市の時の倍以上になるだろう。蚤の市の時はこんなスラム街とオアシス街の境目近く、むしろスラム街寄りの場所に足を運ぼうだなんてする奇特な人たちしか肉炒めを買おうとしなかった。でも蚤の市後半になるに連れて評判が広まって客足が伸びた。……その評判の効果を考慮した上で、もしも、スラム街とオアシス街の境目だなんて辺鄙な場所じゃなくて祭事堂で開いてみろ、間違いなくかなり売れるさ」
「それ、やばいっすね」
「何なら、前の蚤の市の時の露店販売で売れ残った酒を、さらに買い足ししてここでも売り直そうと思っている。きっと買うだろう。客も祭事堂で拳闘大会を見ながら酒を飲みたいなんて人は普通にいるだろうさ」
「確かに」
「その分異様に忙しくなるから、出店を二つ出す。ちび達やヘティも料理要員として駆り出して、ミーナやエリックら冒険者も戦闘奴隷も駆り出して護衛をさせる」
「でもいいんすか、それもはやその誕生記念祭の間は奴隷商売しないということっすよね」
「誕生記念祭の時に奴隷の需要が高まるだなんて話を聞いたことはない。……正確には祭りということで散財しようという人たちが増えて、やや売れやすくなるらしいが。そんな不確実な利益よりは確実にでかい利益を生み出す出店に集中した方がいい」
「なるほど」
「しかも店員がルッツ以外軒並み可愛いときた。ルッツもまあ、元々貴族のペットとして飼われていたぐらいだから何となく清潔感があるし。……要は客寄せ効果としてあいつらを使うのは、そういう効果も見込めてプラスになっている、ということだ。奴隷商売するよりはあいつらに店員さんをやってもらって出店やったほうが色々といい」
「……本当、商魂たくましいっすね」
「チッタ、これはあくまで宣伝だ。出店の屋根に大きく『人材コンサルタント・ミツジ』て書くし、さらにチッタも『人材コンサルタント・ミツジ』出身の拳闘士として大々的に売り出す。……拳闘大会は俺たちの商売の大きなチャンスになっているんだ」
「……なるほど」
「経営者としての俺にとっては、だがな」
「?」
「トレーナーとしての俺にとっては、拳闘大会は、是非とも勝ちたい大会だ」
「……はい!」
「チッタ。俺はお前のことを応援している。ずっと見てきたからな。お前なら行けるさ」
「……」
「どうしたチッタ?」
「……何でもないっす。ありがとうございます」
「ああ。後はベストを尽くすのみだ。人事を尽くして天命を待つってやつだな」
「はい! 頑張ります!」
「よし」
「うっす」
「……」
「……あの、商人様」
「どうした?」
「本当にありがとうございます」
「急にどうした?」
「いや、本当にありがとうございます。オレ、感謝しかしてないっすよ」
「おいおい、俺は感謝される覚えはないぞ」
「いや、あるっすよ」
「そうか」
「例えばオレが拳闘大会に出たいって言っても、受け入れてくれたじゃないっすか」
「まあそのぐらいはな」
「オレに稽古を付けてくれましたし」
「ああ」
「オレと一緒に、忙しいのにも拘わらずトレーニングまでしてくれましたし」
「まあな」
「オレが負けて、色々ぼんやり、ああ負けたんだなって考えてたときも、オレの心配をしてくれましたし」
「それは当然さ」
「オレ。何て言うかめちゃくちゃ感謝してますよ。商人様には本気で感謝してます」
「そうか」
「だって、オレなんかしょぼい奴隷ですよ。正直オレなんかどうなってもいいような身分じゃないっすか。その辺で野垂れ死んでも誰にも影響がないような、そんな身分っすよ」
「……」
「でも、そんなオレにも目をかけてくれた。オレにチャンスをくれた。毎日稽古のメニューを一緒に考えて、熱心にオレとトレーニングしてくれた。もう、オレ、めちゃくちゃ嬉しかったっす」
「……そうか」
「オレ、頑張ろうって気持ちになりましたよ。何か、分かるんすよ。自分にかかっている期待感というか。商人様や周りの奴隷達が、オレに勝ってほしいって思ってくれていることとか。……それに応えたいなっていう気持ちが、頑張ろうって気持ちにさせてくれるんですよ」
「……」
「やっぱ頑張りたいっすよ」
「……そうか」
「もちろん、自分のためにも頑張りたいっす。今日の今日まで頑張ってきたっていう事実を嘘にしたくないっす。頑張ってきた自分に報いるために、結果を掴み取りたいっす」
「……」
「何というか、このままじゃ絶対終われないんですよ」
「……」
「このままじゃキャシーさんに、舐めたような拳闘を披露しただけのピエロっすよ。奴隷達相手の喧嘩が強いってだけで天狗になってた、ダメな奴っすよ」
「……いや、それは」
「オレ。もっと本気で打ち込んだっていう証が欲しいです。オレがかつてキャシーさんと戦う前に、これが本気だって思い込んでいて若干拳闘を舐めてかかっていたあの頃から、脱却したいっす。本気だと思っていたその先があったことに気付いて、そこから一ヶ月更に打ち込んで、オレは前に進んだんだという、そういう証が欲しいっす」
「……」
「努力は無駄じゃないっすよね?」
「……無駄になる努力はない」
「そうっすよね?」
「世の中の評価が、無駄だと判断を下すかどうかだ」
「……」
「無駄にはなってないんだ。なるはずがないんだ。一歩進んでいる限りはな。……世の中の評価はそれを時々、無駄だと評することはある。その時どんなショックを受けるかで、努力が決まる。世の中のための努力なのか、他の何かのための努力なのか」
「……はい」
「無駄な努力なんてないと思うぞ。でも努力を無駄にすることはよくある。そこの言い回しの違いには、ただ努力をすればいいって訳じゃないって教訓があると思う」
「はい」
「チッタならいけるさ」
「頑張ります! オレ、もう負けられません」
「ああ」
「……その」
「どうした?」
「商人様。強さって何ですか」
「……何だろうな。チッタは、蚤の市の拳闘でその答えを見つけたんじゃないのか?」
「見つけたと思ったんですよ」
「そうか」
「でも、違う気がするんすよ。強さって奴に向かって近付こうとしているのに、何かどんどん遠ざかっている気がして」
「そうなのか」
「強さってこれじゃないのかなという答えが、どこにあるのか分からなくなって来て」
「……」
「今は何というか、頑張りたい、このままじゃ終われない、そういう理由がオレを走らせている状態っす」
「……そうか」
「オレは、でも、純粋に強くなりたいっす」
「ああ」
「あの時、蚤の市の拳闘大会で見た、強さって奴の幻に、何か憧れる気持ちがあって。オレは、だから頑張りたいんです」
「……ああ」
「強くなりたいっす」
「そうだな」
「強くなりたいっすよ」
「……チッタ、頑張ろうな」
「はい」




