第十五話
予選二日目もチッタは問題なく戦っているようであった。
一日目の帰りに「チッタ、弱い相手に攻めすぎている。基本のワンツーからコンビネーションにつなげるだけで素人ならば倒せるんだ。大振りになりすぎるな。つなげて行くことを意識しろ」とアドバイスをした結果、今日は攻めも細かくまとまっている。
余り大振りをしない。
インサイド、アウトサイドを打ち分けて、手数を稼いでいる。
真っ直ぐ相手を狙う、内側から攻めるインサイド。
ちょっと外回りを描き、相手のガードを飛び越えて相手に当てるアウトサイド。
この二つを揺さぶりのように用いることで、相手は倍以上の種類の軌道のパンチに対応しなくてはならない。
結果、チッタはパンチを稼ぐことに成功している。
打撃戦になるインファイトの戦いをしながらも、戦い方は実に安定しているのだ。
守って当てる。
とにかくチッタは、堅実な戦いをするようになった。
上々の仕上がり。予選二日目も快調であった。一試合目はR2でTKOを取り、二試合目もR3で判定により大差で勝ったのだから。
三試合目もまた、その例に漏れず好調であった。
「くっ」
相手選手、リカルが何とかコーナーから脱出した。チッタの攻めの連打から辛うじて抜け出したというところか。
チッタの連打は速い。一度捕まったらそのままKO、となるのも珍しくない。
そこから抜け出すことが出来たというのは、単純に評価できる点だと思う。
リカルも弱くはない。
彼は見立てではラッシャータイプ。一撃入れてペースをつかみ、ラッシュに持ち込むタイプだ。序盤にペースを掴まれると面倒な選手であった。
しかしチッタは寄せ付けない。基本のワンツーから凄まじい左フックと右ストレートのコンビネーションを見せ付ける。右のストレートはさほど大振りでなくても、危機感を感じるほどには鋭く速い。
結果的にリカルも前に踏み込むのを躊躇っているように見受けられた。
今までに予選でチッタがKOを積み重ねているというのも大きい。六試合中で三回KOを出しているというのだから、相手に警戒されているのだろう。普通、予選は一日四試合もあること、および怪我をすれば本戦に出られないということもあってそこまで本気で打ち込む選手はいないのだ。そんな中で六試合中三回もKOを出すチッタは、周りの選手から見て浮いていた。
悪い意味ではない。
チッタがハードパンチャーだと警戒されているのだ。
前に一歩。
チッタはそのまま捨てのジャブを連射。目隠しのように放たれるそれは、リカルの視界を厳しく制限する。それを丁寧にブロックするリカル。終わり際を狙い、リカルが動いたその瞬間。相手のパンチを誘い、そこにアッパーを打ち込む。
アッパーではない、やや伸びるテレフォンパンチ気味のカウンター。
リカルの顎先をかすめ、そしてそのまま、リカルは膝から崩れ落ちた。
(成長している)
チッタは間違いなく強くなっていた。戦いのセンスを磨いたというべきか、この二日間で連続して戦うことで戦いの感覚というべきものを身に付けていた。
相手のブロックの上から叩くこと。ブロックの隙間をぬって顎に決めること。その電光石火のチッタの拳は、確実に対戦相手にダメージを蓄積させ続ける堅実な戦い方と相まって、恐ろしく対処しづらい。
足の使い方も変化した。
相手選手がリングを跳ね回って距離を取ろうとしても、チッタは歩いて距離をつめる。ここぞというタイミングまではスタミナを温存。そして機が訪れるや、踏み込んで次の瞬間にはインファイトの距離に追い詰める。
戦いの感覚を体で学んでいる。そういうように見受けられた。
「ねえ、あの選手って」
「ああ、ミロワールの店の奴隷らしい。戦い運びから見て、普通にいい選手だと思う」
ユフィの質問に俺は答えた。
リカル選手は並以上には技術ある選手だろう。何故だか知らないが拳闘向きのセンスを備えており、昨日今日で見た選手の中では相当テクニックに長けていると思われる。
戦いの中でも光るものをいくらか見せていた。
ハンドスピードが速い。チッタといい勝負をしている。左ジャブの癖によく伸びるそれは、チッタの距離感を損なわせて何発か彼女にいい一撃を食らわせている。
それでもなお、ウィービングが上手なチッタは体を揺すって強引に踏み込んでいく、踏み込んでいくが、リカルはそこに右拳のアッパーを合わせていくのだ。
上手な連携だ。きっとチッタが生半可な選手ならばこれで倒されていただろう。
不幸にも、チッタはさらに上手かった。
リカルの右アッパーを予想していたのか、大きく体を揺らす彼女には全く当たらなかった。
ウィービングの反動を利用しての左拳。
下から突きあがるそれは、フックとアッパーの中間をなぞり、伸びる拳で相手の顎を確実に捕らえていた。
スマッシュ一閃。
勝負は、その瞬間に決した。
◇◇
「――それでは、ただいまより採点結果を発表したいと思います」
予選全てが終わり、選手たちは戦いのダメージを癒していた。ポーションを飲み、体をほぐし、知り合いや友人とコミュニケーションを取っている。
四十名近くいた選手たちも、今は三十五名程度に数が減っていた。
それは、手ひどくKOを受けたために予選を途中でリタイアしなくてはならなかったという者たちであったり、あるいは予選第一日目の結果が悪かったため自分から棄権したものであったりする。
「採点結果ですね」
「まあ予想は付いているけどもな」
「主様はどの四人になると思ってますか?」
「キャシー、チッタ、リカルは入る。後は、誰だろうな」
ミーナとそんな話を交わしている内に、チッタが帰ってきた。
さっきまでチッタは奥の控え室で休憩していたのだ。俺がポーションを飲ませてマッサージをした際、眠くなったと言っていたので仮眠を取らせていたのである。帰ってきたチッタは「どもっす、お待たせしました」と頭を下げてきた。
「チッタ、呼ばれる準備はいいか?」
「あ、大丈夫っす」
飄々とした仕草を見ると、今日のダメージは全て回復しきったように見える。念のため鑑定スキルを用いて調べるが、特に問題はなさそうであった。
「――それでは発表します! 一位! キャサリン・オーガ!」
ステージの上の司会が読み上げる。
「発表が始まったぞ」
「始まりましたねー」
俺とミーナは気楽なものであった。多分勝ち上がるだろうという楽観がある。
イリやネルもあまりチッタを心配してはいない。ステラもそれは同様だろう。
心配しているのは、ユフィ一人だけであった。
だからだろう。今この場で結果発表を聞いているのは、俺とミーナとユフィの三名のみだった。
他の奴隷たちはというと、ネルの気分が優れないようだったので、そのままチッタと一緒に奥の控え室で休憩をとってもらっていたというわけだ。チッタが先にこっちに帰ってきてしまったが、きっと彼女たちは今でも控え室にいるだろうから、帰りがけにでも彼女たちを拾おうと思う。
「二位! チッタ・オーガ!」
よし。
チッタの肩を叩く。するとチッタは、「え」と呆けた様子でステージの司会を眺めていた。
振り向くとミーナも「あら、え」と喜ぶタイミングを逃しているようであった。
「や、やりましたね! 凄いです!」
「ほ、本当っすか! よっしゃー!」
遅れて二人がはしゃぐ。ちょっと当惑気味に、しかし徐々にこみ上げる嬉しさにどんどんテンションがあがっている様子が窺えた。
不意打ちだったのだろう。予想では四位ぐらいにギリギリ入って、最後に名前が呼ばれて、というパターンを想定していたに違いない。
しかも次に第三位の人が読み上げられるということで、あまりうるさくし過ぎてもダメだということもあってこじんまりと喜ぶ羽目になっていた。
何というか、締まらない。
「はは」
思わず笑ってしまう。
笑いながら俺は、第三位と第四位の発表を聞いた。聞きながら、俺は充実感に似た何かを覚えていた。あのチッタが、拳闘を覚えて五〇日でここまで来たか。
その五〇日は、間違いなく俺の五〇日でもある。長い五〇日だったと思う。それだけ熱心に見てきた奴が結果を残してくれるとなると、感無量だというものであった。
(二位か。となるとマッチアップは一位と四位、二位と三位だから……。課題は、決勝戦でキャシーをつぶすのみだ)
そう胸中で計算をしていると、続けての司会の言葉に耳を疑ってしまった。
「そして後九日後、準決勝・および決勝が行われます! 準決勝のマッチアップは! チッタ選手 対 キャサリン選手! リカル選手 対 マンデラ選手! 以上です!」