新第一話
オアシス街は今日も炎天下にあり、人の活気は相変わらず盛んであった。流石は恵みの王国の交易中心地、これだけ暑いというのに誰もが元気に商売に明け暮れている。
そんな中を、俺とミーナの二人がふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。
大量の水を抱えて。
「主様、し、質問が、あるん、です、けど……」
「ど、うした、ミーナ……」
「何故、主様も、水運びを、して、いるんですか……? 奴隷達に、やらせ、たら、いいんじゃ、ないですか……?」
もっともな指摘であった。今や俺は店主なのだから、奴隷達にそういうお仕事を頼めば問題はないはずなのだ。
「ステータス、育成……」
「え……?」
俺の呟きはミーナに聞き返されたが、深く説明するほどの物でもないので黙っておく。「今、物凄く、ゲーマーな、発言が……」という返事があったがスルー。というかゲーマーて。だから何で彼女はそんな単語を知っているのだろうか。
水を無事運び終えた俺とミーナはその疲れきった体を休ませるべく、現在店主用テントに二人して寝転がっていた。
砂が体にまとわり付くが、気にしない。どうせ後で体を拭けば問題ない。
まさに息も絶え絶え、荒い息を何とか整えて体を起こす。
「うへえ、体が砂だらけです」
そう口では嫌悪を表現しながらも、どこか期待を込めるような意味深な流し目でミーナがこちらを見つめてきた。
どういう意味なのか分かってしまう自分に思わず苦笑する。
小間使いだった頃、こうやって汚れた奴隷を水を使って綺麗にすることをやっていたのだ。毛を洗ってから水気を拭きとり、そして毛繕いをする一連の作業は、結構手馴れたものである。
つまり『やって欲しい』ということだろうか。
確かに奴隷達からは好評ではあったが。
とりあえずそっちは保留するとして、まずは自分の体に付いた砂を落とそうと無言で水を汲んでくると「ありがとうございます」とミーナが頭を下げていた。本当に洗ってもらうつもりだったらしい。
「……仕方ない、洗ってやろう」
「ふふ」
ちょっと照れたような顔で笑っているミーナだったが、可愛いので許した。
しかしそれにしても初っ端から奴隷の主人らしくないことをしているなあ俺、だなどと思いながら体を拭くための布を絞っていると、背中からミーナが聞いてきた。
「あの、主様、いくつか質問いいですか?」
「どうした、ミーナ」
「マルクから独立するためのプランについて聞きたいことがありまして」
話題が話題なだけに、一瞬姿勢を改めようと背筋を伸ばして続きを待つ。
「そもそも主様は、どういう風に独立しようと思っていたんですか? 最初から具体的に、マルクをアリオシュ翁の目の前で嵌めようとか決めていたんですか?」
「いや、それはないよ。だってアリオシュ翁の力を借りたらいいとお告げが出た、って言ってくれたのはミーナじゃないか」
俺が元々考えていたのは、脱税の告発のみであった。商人ギルドにマルクが脱税していると垂れ込むことで、彼の経営権を剥奪しようと考えていたのだ。
結果的に言うと、それでは結局無理だったので、ミーナのお告げに従って、アリオシュ翁という人物に頼ることになったわけであるが。
多分、あのままアリオシュ翁の力を借りずに独立しようとした場合、結局証拠不十分になり、『限りなく黒にに近いグレーだが奴隷商というしっかりした身元のマルク』と『限りなく白に近いグレーだが身元不明の小間使いトシキ』の言い争いとなって、どっちに傾くのか天命に身を任せる、という展開になっていたかもしれない。
「じゃあ、私もまがりなりに役立ったわけですね」
そうはにかみながら言葉では謙虚なことを言っているミーナだったが、ちゃっかりこちらに背を向けて肌を露出して体を拭いてもらう万全の体制になっているのはさておき。
「まがりなりだなんて。寧ろミーナがいなかったらこの作戦は成功してなかったさ。きっと独立するにしてももっと先送りになっていたと思う。ありがとう」
冗談抜きで、ミーナには心の底から感謝している。彼女のお告げがなかったら、最終的にはマルクから独立できたかどうかも怪しいのだから。
「いえいえ、どういたしまして。……他にもいいですか?」
「ん、構わないけど」
「アリオシュ翁とはどうやってそんなにすぐに仲良くなったんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、確かにミーナ視点では謎だろうなと俺は思った。赤の他人とすぐに打ち解けられるほど俺にコミュニケーション能力があるわけでは……いやあるかもしれないけど、流石にそこまで自分を過信してはいない。
前世でやってきたキャリア・コンサルティング業では確かにコミュニケーション力が要求されたが、それ即ち俺のコミュニケーション力が高いという意味ではない。
実はお酒の力を借りたのである。
「まあ、酒をプレゼントして徐々に仲良くなったつもりだ」
「お酒、ですか?」
「幸い鑑定スキルのおかげで、質のいい酒を安く買うことは可能だったからな。アリオシュ翁と打ち解けるために、昼間っから、酒をちょこっとね」
「……はあ」
金貨三枚半、うち二枚はイリ購入につかったわけだが、残り一枚半は結構色んなことに使っている。
酒なんて、案外銀貨一〇枚程度で買えたりするので、金貨一枚半であれば十五本は買えるわけだ。もちろん酒を十五本買ったわけじゃなくて他にも色々買ったのだが。
というわけでアリオシュ翁にはちょこっといい酒を購入し、それで機嫌を取ったわけである。
「じゃあ、金貨三枚半でしたっけ? あれってどういう内訳で使用したんですか?」
「イリに金貨二枚。酒に銀貨五〇枚。銀貨八〇枚で録音用の魔法石を購入したな。残りの銀貨二〇枚で、イリの服装を整えたり、軽い香水をかけたりした」
「……なるほど、計画的に使用されていますね」
割と行き当たりばったりだったけどな、等という無駄に不安をあおる発言は控えておいた。
「そういえば、イリって子は何のために買ったんですか? 実はずっと気になっていたんです。別に主様の計画をそのまま遂行するなら必要なかったんじゃって思ってたんですよ」
「ああ、それな。当初は録音をするためだったんだが……まあ結果的に不要だったな」
思い返すと、イリは音魔法の素質があったから買ったわけである。録音用の魔石を使用できるから、これでマルクの決定的な発言を告発するときの証拠として残しておこうという積もりで購入した。
しかし、今となっては録音は必要なかった。アリオシュ翁の権限によって、マルクは今塔の監獄にいるのだから。
こうなってくるとイリにつかった金貨二枚がもったいなかった、という結論になりそうである。
しかし俺はイリを購入したことを後悔してはいなかった。
「まあ、イリには普通に金貨二枚以上の価値があるだろう。手が翼だから仕事させる人頭奴隷には向いてないが、見た目も整っているし、多分売るとしても十分元は取れるだろう」
「……なるほど」
「……まあ、売るかどうかはケースバイケースだ」
十分元は取れるという発言に、ミーナが一瞬微妙な顔をしたので、俺も何となく言葉を濁しておいた。
別に俺はもう奴隷商人なので、ここは普通に「必要になったら売るのは当たり前」ぐらいにドライに発言してもいいのだが、それはどことなく躊躇われた。
「……話変わりますけど上手いですよね、主様。手つきがテクニシャンというか」
「どこが汚れているのかすぐに分かるからな」
「へえ……エロいですね」
「今は腕拭いてるだけじゃねえか、エロくねえよ」
そう話を逸らすミーナの気遣いはありがたかったが、さっきの話で空気がちょっと微妙になったからといって、その話の逸らし方は些かどうかと思った。
「マルクより上手です」
「……」
そういえばマルクにエロいことされたんだっけ、等とは聞けるはずもなく、ちょっと言葉に窮してしまった。
だから。
「何だ、背中や腕とかじゃ満足できないのか?」
とふざけてみる。
「……満足させてくれるんですか?」
「え、あ、まあ」
まさか食いつかれるとは思わなかったので言葉が上擦ってしまう。
加えてこのタイミングで、第三者の視線に気付いてしまった。
「あの夜ともう一度同じ事言いますけど、私、本物の私を見つけて欲しいんです。それなら私、きっと」
「ミーナ、外」
「今感じていることが本物だって……主様? え、外?」
「見られてるぞ」
ミーナが振り返ると、そこには固まっている奴隷が三人いた。
ハーピィのイリがいつになく真剣な表情で、銀髪エルフのユフィが軽蔑するような表情で、そしてセイレーンのネルがどぎまぎしているような表情でこちら側をのぞき込んでいた。
このポンコツ三人娘め、と俺は内心で苦笑いしていた。
「……まあ、俺とミーナのやり取りを覗いていたことについては不問にしよう。だが、今後許可なく店主用テントの中を覗くことを禁ずる」
「はい」「……」「え、あの、ごめんなさい、その」
一応プライバシーというものがあるし、それに業務状の守秘事項が奴隷に知られては一大事である。
まあ奴隷商になったばかりだし、流出したらまずいようなものは奥の机に鍵をかけて守っているので問題はなかったといえば問題なかったのだが、一応注意しておく。
と言うわけで、罰として清掃をするよう言い渡したわけだが。
「……」
「どうした、ユフィ。雑巾はこうやって絞るんだ、いいな」
「……う」
「そんな表情するほど嫌かよ……」
元高級奴隷という立場上、掃除をしたことがない銀髪エルフとセイレーンはかなり悪戦苦闘していた。
というかユフィはかなり不満そうでさっきから不機嫌さを微塵も隠そうとしていなかった。
その表情からは、こんな仕事下級奴隷にでもやらせておけばいいじゃない、という感情がありありと出ていて、鑑定スキルを使わなくても分かってしまうほどであった。
分かりやすいほど不遜系エルフしているなあ、と思う。
「あら、ユフィもネルも珍しいことやっているのね。何かあったのかしら」
そんな二人を見かけてか、ラミアーの女性が明らかに面白がっている様子でこちらに近付いてきた。
しばらくまじまじとイリ、ユフィ、ネルの三名を見て「……へえ、何か悪い事でもしたのかしらね」と良いところまで見当を付けていた。
「ああ、ヘタイラか。ちょっと店主用テントを許可なく覗きこんでいたから、罰として掃除を言い渡したのさ」
「へえ、そうなのね。……でも三人とも不器用ね」
あっさりヘタイラはそう言ってのけたが、間違ってはいなかった。
イリはと言えば手が翼なので、指を使う作業がしんどそうであった。これはもう仕方がない。
だがユフィは、汚い物が生理的に無理らしく、例えば砂埃に汚れたテントの拭き掃除などをかなり嫌々やっているため、凄く時間が掛かっていた。半泣きで作業していたが、そんなに嫌だとは思わなかった。
問題はネル。壊滅的に不器用なのは彼女だ。
雑巾を絞るのが下手過ぎて、さっきから服やら腕やらがやたら濡れていて、「ひええ」とか「いやあ」とか一人盛り上がっていた。もとい一人悲鳴を上げていた。
他にも雑巾のバケツに前髪を突っ込んでしまって、振り向くたびに水が飛ぶので、ユフィにものすごく怒られたりしている。
「……これ、逆に仕事が増えてるんじゃないかしら」
「かもなあ。まあ時間をかければ出来るだろう」
奴隷の反省を促すことと技術的成長を促すことが出来る、という理屈で自分を納得させておく。
しばらくヘタイラと一緒に三人を見守るが、本当に見ていて危なっかしいというか何というか。子育てしているんじゃあるまいし、と俺は思ってしまった。
そんなことをぼんやり考えていると、一旦席を外していたミーナが戻ってきたようであった。
「そういえば、ヘタイラって渾名がないですね。イリ、ユフィ、ネルみたいに何か付けましょうよ! ね、主様?」
ミーナは綺麗さっぱりになっていた。さっき三人娘に水を差されてしまったので体を綺麗に拭く作業が途中で止まっていたのだが、どうやらさっき一人で拭いて来たらしい。
てか一人で拭けるなら一人で綺麗にしろよ、とは思ったが。
「渾名か、ヘティとか?」
「あー、主様って意外と安直ですね」
あっさり言われてしまった。
失礼な。
だがまあ割と反射的に答えてしまったので、もう少し考えるべきだったかもとは思ってしまったが。
「渾名かしら? ……あるにはあるけど」
「あ、一応あるんですね」
「ヘラって言うの」
昔を懐かしむような口調でヘタイラはそっと喋った。
「……。そういえば長らくヘラって呼ばれてないわね」
一瞬だけ目を瞑って、昔に想いを馳せていたに違いないヘタイラだったが、直ぐに話を元に戻していた。
名前について何かを喋り出すのを止めるために話を変えた、という様子だった。だが、それは気付かなかったことにする。
「じゃあヘラって呼びましょうか」
「ううん、ミーナ。私、ヘティって響きも気に入ったわ。ヘティって呼んで頂戴。ね?」
そう目配せするヘタイラに、俺は「ああ、じゃあヘティ、よろしく」と軽く受け答えておいた。
ヘラ、と呼んでいい人はきっと限られているのだろう。或いはヘラという呼び名には特別な思い入れがあるのだろう。
その辺の話に踏み込むのはもっと後で、もっと仲良くなってからでいい。
そんな風に思っていると、その流れでずいっとミーナが身を乗り出した。
「じゃあ主様、この流れで私にも何か渾名を! みぃとか」
「いや、お前は要らないだろ? 長くないし」
てか、みぃって何だよ。
何処となくメンヘラ女臭がする渾名を選ぶセンスに、俺はちょっと脱力してしまった。
しかしそれでもミーナは話を続けようとして――。
「えー、じゃあみーちゃんとかでいいですよー?」
「ごめんなさい、話の腰を折るようで。……これからの経営の展望について聞いてもいいかしら」
「おおう、真っ向から腰を折りますね……」
真っ向から話をぶつ切りにされていた。
面白いリアクションをしているミーナはさておいて、ヘティの質問は重要な問いかけであった。
「経営の展望、ねえ」
「そう。このままだったら出費が増えるけど大丈夫なのかしらって不安になって聞きたかったの」
そう言ってこちらを窺うヘティ。
彼女の言いたいことは良く分かる。というのも最近は出費が続いているからである。
気がつけば、ユフィとネルも掃除の手を止めてこっちを見ていた。彼女たちも若干気になっていたのだろう。
このままの経営で、果たして自分達は大丈夫なのだろうか、と。
「そうだな。それを説明する前に、俺の改革案についていくつか話したほうが理解がすんなり通るだろう」
丁度いい、どうせならまとめて話そう、と俺は思った。
独立して早々、俺が抱いた感想は『まずはやらなくてはならない仕事が多い』であった。
例えば、奴隷の生活環境の改善。
今まで常々感じ続けてきたマルクの非効率な行いは数多くあったが、特に奴隷への扱いは目に余るものがあった。
食事は出費を抑えるために質、栄養価共に悪いもの。
日中の体力消耗を抑えるために、運動などは極力禁止。
また砂などで汚れると水を使って体を洗わなくてはならないので、外出はおろか日光を浴びることもほぼ禁止。
そのくせテント内は、面倒だし水なども消費するからと清掃をあまりせず、衛生状態がお世辞にもいいとは言えなかった。
これで不健康にならないわけがない。
「だからこれを抜本的に変えたのさ」
「なるほどね、奴隷の健康を向上させようということでこういうことをしていたのね」
そう。
食事は栄養価の高いデーツ(砂漠のナッツの一種)を使用。山羊の乳と合わせる事で、ほぼ一日に必要な栄養価をこれで押さえている。
食費はあまり上がらないように俺が鑑定スキルを駆使して、安い店から質の良いデーツ等を購入して間に合わせている。
結果的に、食費はあまりかさんでいないにも関わらず、質を改善する事に成功していた。
他にも、奴隷たちには日々の運動を兼ねて、テントの外でミーナの手による槍の稽古をさせたりしている。
これには話題作り、戦闘奴隷としての技術修練、等と複数の狙いがあるのだが、まあそれはさておいて。
日光を浴びて体を動かすことは、奴隷にとってもいいストレス解消になっているようで、運動の効果がはっきりと見て取れた。
そして、衛生面も徹底的に改善させる。
今イリ、ユフィ、ネルたち三名がやっているように、テントの清掃をこまめに実施し(といっても軽く拭く程度でメインは乾かすこと、換気することだけである)、また奴隷たちも基本的に体をこまめに清潔にするようにさせた。
衛生を改善させることも健康管理には必要不可欠である。
「まあ、だからある意味これは必要な出費さ。寧ろ今までの方が足りなさすぎたぐらいなんだ」
もちろん出費は増えた。
だが、俺はマルクと違い酒を飲んだりしないので、その面では出費は抑えられている。結果的に見て出費が微増した……いやもう少し増えたがその程度であった。
「ふうん、そうなのね。確かに、帳簿の動きを見る限りでは、まだ貯蓄に余裕があるからしばらく半年程度はこの生活を続けることは可能ね」
「え、ていうかヘティ、帳簿読めるのか」
「? あら、言ってなかったかしら。奴隷頭やっていたから、そういうことも覚えたの」
どうやらヘティは帳簿を読んだり、そういう会計処理を行なうことが出来るとか。結構重要な情報だと思ったが、一旦置いておくことにして。
「……まあ、つまり出費が増えたからといっても許容範囲だってこと。心配しなくても、俺も無計画でこういうことをしている訳じゃないのさ」
「まあ、ご主人様が私達の健康に気を使ってくれるのならば言うことはないんだけど。……でも、別に今まで通りを続けてもよかったんじゃないかしら」
「それは……余り賢くないな。表層化していない部分で大きく損をするだろう」
健康管理を行なっているのは、別に俺がお人よしだからというわけではない。
もし奴隷が病気になったら、その分出費がかさむからだ。
薬を買うにしても、その病気が治るまでは薬を買い続けなくてはならないし、その間に他の奴隷に感染してしまう可能性は充分に高い。
では今まではどうしていたかというと、捨ててきたのだ。
今までマルクは、病気がうつらないようにスラム街に捨てる、というある意味最高に効率のよい方法で対応していたわけである。
だが、なまじ鑑定スキルで衛生環境の改善や病気の早期発見が出来てしまう俺から見れば、それは無駄が多い方法であった。
最初から奴隷の衛生環境を良くしておけばいいのだ。病気になりかけでも早期に薬を飲ませれば一瞬で治る。
第一、病気になってから奴隷を捨てると言っても、その奴隷もタダではないので、また仕入れるコストがかかるわけである。
その意味では、予め健康を保った方が長期的には得であろう。
間接的に俺もいい衛生環境で生活出来るという利益もついてくる訳だし。
「第一、病気になったら奴隷を捨てます、じゃ、お前たちも志気が下がると思うんだ。頑張ろうという気持ちが削げてしまう方が大きな損だろう、多分な」
「志気……そういえば最近、槍稽古とかをさせているわね。あれも意味があるのね」
「まあな」
ヘティの言うように、今現在奴隷たちは槍の稽古をしたり、そういったトレーニングに勤しんでいる。
その狙いの一つに、話題作りというのがある。
単純な話だが、いくらオアシス街広しとはいえ、自分の店の奴隷に槍の稽古をさせているような奴隷商店など少ないし、それが結構本格的な激しい槍稽古であれば尚更である。
奴隷を無意味に疲れさせて、それでは体を動かす分食事が嵩むだろう、経済的じゃないだろう。
そう考える奴隷商人の方が普通である。
俺はあえてその逆をつき、奴隷に思いっきり本格的な稽古をつけさせて、一種のパフォーマンスにしたわけだ。
こうする事で、「この店の奴隷はこれだけ槍技術が高いのか」「見る限り奴隷の肌の色も健康そうに見える」「店の外装も清潔を保っている」「そもそもこんな店があったのか」などと言うように話題が生まれるわけだ。
結果的に俺は、せいぜいが『奴隷の食費コスト増』と、かなり安上がりで自分の店「人材コンサルタント・ミツジ」を宣伝することに成功していた。
(もちろん、宣伝効果はあくまで狙いの一つ。他にも稽古によってこの店が強盗に襲われにくくなるという狙いがある訳で)
宣伝効果の他にも、奴隷の稽古は自分の店の安全強化にも繋がっている。
奴隷商店というのは盗賊に狙われやすい店の一つであり、扱っている商品の高価さから人浚いの強盗に襲われたり、或いは儲かっているんじゃないかということで純粋に金庫を夜盗に狙われたりする。
そのため、マルクは自前の奴隷に夜警をさせたりしていた。
勿論俺もそれは続けるつもりだが、さらに安全を強化するに超したことはない。
そこで奴隷たちに稽古をつけることにした訳である。
単純に奴隷が強くなれば、盗賊に襲われて応戦することになっても、より安全になるだろう。
それに、槍稽古を堂々と昼間に披露することで「この店はこんなに奴隷がよく育っているのだから、この店を襲うのは骨が折れる」と思って躊躇してくれるだろう。
結果的に強盗が襲い掛かってくる可能性を引き下げてくれる。
マルクとの代替わりもあって、この店は今ごたごたを抱えている、今なら襲うことが出来る、と思われていてもおかしくはない。
なので、念の為に槍稽古を披露することで牽制をかけた訳である。
「話題性があるから、この店のいい宣伝になるだろ? それに、奴隷を強化しておけば誰もこの店をおいそれと襲おうと思わなくなる。……というのは俺の勝手な願望だけど、まあまあ上手く行っているんじゃないかな」
「そうね。まだ効果を実感したわけじゃないけど、でも、商人ギルドで結構話題になっているみたいね。ご主人様の方法」
「だろうな」
自分でもそれなりに上手くいっていると満足しているこのアイデア、実はまだ二つ狙いを秘めている。
「それに、これはさる筋からの情報だけどな」
「あら、他にもあるのかしら」
「どうやらここの所魔物の動きが怪しいらしくて、冒険者ギルドがサバクダイオウグモの討伐に人手が欲しいっていう話を聞いてな。……お誂え向きじゃないか?」
狙いの一つ、それは討伐に向けての準備だ。
あと、これは今気付いたことだが、どうやら俺の笑顔は何かを企んでいるように見えるらしい。それがまた良いんですよ、という謎のフォローをミーナから貰ったが、俺はなるべく早く人当たりの良い笑顔に変えねばと思った。