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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
6 閑話 母親までのキャリアプラン、そして――
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第二話

 ガルーダが生まれたら、従魔登録をするにはどうすればいいか。

 ガルーダの雛の生態はどうなのか。何を食べるのか。


 そういった情報を何一つ俺は知らなかった。当然であろう、異世界「fantasy tale」の設定資料集にもそんなこと書かれてなかったのだから。


 そんな風に冒険者ギルドの書庫を調べていると、何処からともなくアリオシュ翁が現れて「あのルッツとかいうオークはどこかいの? もう売ったんか?」と聞いてきたので、俺は「居酒屋森熊の従業員になりましたよ、月二で俺の店の前で露店やりますけどね」と答えた。


「そうかの。良かったわい。てっきりどこぞの貴族に売り払ったのかと思うたからのう」


 胸をなで下ろすアリオシュ翁は、もうすっかり俺と顔馴染みになっていた。俺が影で「あのトシキ」と言われているのも、商人の癖にこのアリオシュ翁と何度か交流を持っている物珍しさが一因としてある。むしろ冒険者ギルドの方と仲がいいのでは、とまで噂される始末であった。


「しかしガルーダか。お前さん、冒険者デビューでもするのかの?」


 俺が手に取っている本の『ガルーダ』という一文を見つけて、アリオシュ翁はそう尋ねてきた。

 ふと、かつての言葉を思い出した。お前さん筋は悪くなさそうじゃが実戦経験がとんと無さ過ぎる。生来の勘とやらがあまり研がれてないのじゃな。よく稽古を付けられた貴族みたいな身のこなしじゃ。

 どうやらアリオシュ翁は、俺が冒険者になるのではないかと思ったようだ。


「私が冒険者だなんて、命がいくつあっても足りませんよ。……ガルーダの卵を持って帰りたいとうちの奴隷が言いましてね。ちょっと色々調べているわけです」


「ふむ? 珍しいものを欲しがるのう」


 アリオシュ翁に聞くところによると、こうだった。

 ガルーダは餌は雑食だが肉を好む傾向にある。余り群れをなさない生態である。

 たまに魔物使いがガルーダを使役することもあるので、街中で見かけることは珍しいというほどのものでもない。

 性格も、人が手懐ければ基本的に獰猛というものではない。


 話をまとめると、特に悪いところも見当たらないが、逆に良いところもあまりないらしい。


「荷物運びとかをするガルーダもおるらしいが、まあ、人頭奴隷の方が荷物を運べるから何とも言えんな。……戦闘のお供ならまあ戦えなくもなかろうな」


「なるほど」


 とどのつまり、飼うことは趣味に近い。幸いガルーダは賢いので、昼の番犬替わりにするとか、荷物運びを手伝わせるとか、そういう使い道はあるかもしれないが。

 俺の所感では餌代と利便性はとんとん、という次第。

 なので、やはり商人ギルドに引き取ってもらうのが得策なのではと思えてくる。


 アリオシュ翁とはその後、軽く話をして別れた。

「天空の花が脱走したみたいですね」「おおそうじゃ娘も居なくなった」

 軽く探りを入れたつもりだったが、心理グラフに少しも動揺は現れていなかった。

 どうやらアリオシュ翁は、ごく平然と嘘をつけるタイプの人間らしい。

 いや正確には天空の花が脱走したことは事実なのでアリオシュ翁は嘘は吐いていない、とも言える。

 なるほど、彼もまたヘティやヤコーポとは異なる類の読みにくい人物なのだな、と俺は思った。







***







「従魔刻印と言えばミロワールか」


 自分の店のテントに帰った俺は、ヘティと軽くガルーダについて話し合った。

 終始ヘティは眠そうだった。

 どうやら魔術の訓練に精を出しすぎたらしい。


 ステータス画面でMPと表示されるマナポイント。これが不足するにつれ体が急にけだるくなり、枯渇ともなれば命の危機に瀕する。

 しかし、魔術を駆使するにはマナが必要不可欠であることもまた、一つの事実であった。

 そのため俺達は、MPを拡張するためにステラに魔術を教わっている最中であった。


 魔術が使えるようになれば、様々な作業の効率化が図れる。火を起こす、水を綺麗にする、道具を点検する、その他諸々の雑務がぐっと楽になることは容易に想像できた。


 ヘティは魔術の訓練の疲れが取れきってないようだ。

 見れば確かに、MPがまだ回復しきっておらず、しきりに欠伸を繰り返して「ごめんなさいね、ちょっと」と申し訳なさそうな様子であった。

 俺は構わない、と返した。

 MPが足りない時のけだるさは俺にもよく分かる。

 むしろ眠いときに無理に仕事をしてミスをされてもかなわない。

 なので、ヘティには頭を使わなくてもいい仕事と、あとしばらくの仮眠を命じた。

 ヘティはまた申し訳なさそうに頭を下げていた。

 俺のテントで寝て良いから、と言うと少し嬉しそうだった。単純に俺のテントのクッションが柔らかいから、という理由だと思う。


「……もしもガルーダが孵ったら、ミロワールに刻印を入れてもらおうか」


 そんなことを一人呟きながら、俺は外に出た。


 外には、ずっとガルーダの卵を抱えたまま日向ぼっこに興じているイリがいた。

 何としても離さないつもりらしい。

 これにはネルもユフィも少し辟易していた。

 ユフィなんか「ガルーダなんか孵してどうするの」と厳しいことを聞いていた。

 イリは黙っていた。

 ただどうしても孵したい、という気持ちだけは伝わった。

 そうなるともうユフィはそれ以上言えないらしい。

 何だかんだでユフィも甘いところがある。


 ネルはネルで、ガルーダに食べられたらどうしようだなどとガルーダを微妙に恐れていた。

 どれだけ将来の話だというのか、というか持ち前の水魔術Lv.2で対抗しろよ、と思ったが、可愛いので黙っておいた。


「イリ」


「ん」


 彼女は、卵を俺から守るように身構えていた。

 俺が卵を殺すような真似をするかもと警戒しているようだった。

 俺は苦笑しながら、流石にそんなことはしないと彼女を宥めた。

 宥めながらも俺は(ああ、これで卵を商人ギルドにこっそり持って行きにくくなったな)と思った。


「その卵はガルーダの卵らしい」


「……はい」


 だから諦めろと言うのか。

 そう目が聞いていた。


「知ってたのか?」


「ヘティに聞いた」


「そうか……」


 なあ何で育てたいんだ。

 そう聞こうと思ったが上手い言い方が見当たらなかった。

 どうやって聞こうにも何処かしら、育てるのを非難するような聞き方になりそうだ。

 今のイリは尖っている。

 だからこそなるべく柔らかい言葉遣いで聞きたい、のだが。


「なあ、育てたい理由を聞かせてくれ」


 結局無理だった。

 よく考えたら、別に柔らかい言葉遣いで聞く必要はないだろう。

 いざとなったら、最終的にはどうあれイリから取り上げるのだから。

 案の定イリは再び警戒を強くした。


「……夢を、見たから」


「それは聞いた。夢のお告げを聞いたんだろ? この命を与えますってさ。でもさ、お告げを聞いたから育てようとはならないだろ?」


「……育てたい、です」


「育てたい気持ちは分かるさ。だけどさ、そのガルーダの卵の本当のお母さんも、きっとイリと同じように育てたいって思っていたんじゃないかな」


「……育てます」


 そうじゃなくて、と言おうとして少し躊躇った。イリが目に涙を浮かべていたからだ。


「……お母さんなら、育てたい。それは、本当?」


「そうなんじゃないか?」


「育てたいと、思われなかった時。その子供は、誰が、愛しますか」


「……」


「この子の、お母さんは、本当に、育てたいと、思ったんですか。願われて産まれた、子供ですか」


「……どうだろうな」


 途切れ途切れのイリの言葉が、弱々しく震えていた。「この子に、お母さんは、いますか」と卵を抱えながら沈んだ顔で呟いている。


「……産まれてきた時、愛されないのは、寂しい」


「そうか」


「……お母さんに、なるって、どんな気持ち、ですか」


「……」


「突然、愛したくなくなるの、ですか」


「まさか」


「産まれてくる命を、どれぐらい、愛したくなりますか」


「……」


「愛するのって、辛いことですか」


「……かもな」


 イリは頭を卵になすりつけて「これほど、育てたいのに、辛くなりますか」と独り言のように呟いていた。


「育てたくないなら、どうして、産まれてくるんですか」


「……事情があるからだろう」


「……ご主人様。私、育てるの、辛いですか……?」


「辛くないさ」


「……」


 しばらく、焚き火の音だけしかしなかった。焚き火にくべた白湯がいい感じに温まり、俺はそれを冷ましながら飲んだ。体全体が暖まって、俺は、少しだけ眠気を感じた。

 イリはしばらく目に涙を浮かべていた。だがその大粒の滴は目元からこぼれず、長い睫毛を濡らしているだけだった。

 しばらくイリは一人で考えていた。俺はそれを放っておいた。こういう時はとやかく口を挟んではいけない、一人で考えて一人で結論を出すべきなのだ。


「……育てたい、です」


「そうか」


「……私は、育てます」


 頑固な宣言だった。

 それならそれで育てても良いかも知れないと思う。

 強く反対する理由は特に見つからない。


 育てることが可能であれば、だが。


(……そうなんだよ、イリ)


 俺はイリに悟られないように表情を繕った。

 幸い彼女は気付いていないみたいだった。


(その卵、とても弱っているんだ)


 卵にも体力値――HPは存在する。

 鑑定スキルによると、その値は少しずつ減少していた。

 中の雛が、いや卵細胞と言うべきか、とにかくそれが死につつあった。

 イリが甲斐甲斐しく卵を暖めても、それは収まる気配がなかった。


 ふと思う。イリは何となくそのことに気付いているのではないかと。

 気が立っているのも、育てなくてはと強く責任を感じているも、もしかしたらそのせいなのかもしれない。






***






「育てたいならさ」と言いながら、ふと俺はある言葉を思い出した。


「名前は何にする?」


「……名前?」


「そうさ」


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