第十二話
「一応言っとこうと思ってな。まあ、だからと言ってどうこうするつもりはない」
「……そうか」
しみじみと。
カイエンは何か含みのある笑みを浮かべて「……そうか」ともう一度こぼした。
「オペラか……」
「ああ。マリエール、どうやらオペラの歌姫になりたいらしくてな。その練習を俺が面倒見ている」
「……相変わらずだな、旦那」
「相変わらずだろ、馬鹿なことやってるぜ」
肩を軽く叩きながら「違いねえ」というカイエン。
穏やかな表情で、そのまま静かに物思いに沈んでいた。
「……旦那」
「ん?」
「俺忙しいからよ、夜すげえ遅くなると思う。けど、今日は偶然夜から早朝までの警護をする夜警の仕事がないんだわ。……今日よ、迷惑じゃなかったら旦那の店に顔のぞかせてもいいか?」
「ああ、構わないさ」
俺は軽く答えてから「でも、マリエールがだめだと言ったら、帰ってくれ」と一言入れた。
静かに頭を下げて「構わない、恩に着る」と感謝を述べるカイエンは、何を思っているのか俺には分からない。
負い目か、それとも恨みか。その混じり合った感情を心理グラフが描いていて、その感情の名前を何と呼ぶのか俺には分からなかった。
俺には五年越しの感傷を抱くような人生経験はない。その欠片だけを何となく分かる程度に過ぎない。
(……今夜、飲もうかな)
店に帰ったら多分ミーナとかヘティとかに怒られるんだろうなあ、と思いながら、でもこれは絶対飲む流れだろ、と思ったり。
俺は「しかしカイエン忙しいな」と言い、「まあな、専属冒険者だからギルド任務で結構潰れるんだわ」とカイエンが答え、それから何やかんやで彼とは別れた。
彼の気さくな笑みが何となく印象的だった。
* * *
「あら、結構いい奴隷を仕入れているのね」
「まあな」
笑顔で迎え入れてくれたヘティに、どれほど金がかかったか、どんな奴隷たちなのかを報告する。戦闘奴隷五人、小間使い一人、そして残り一人が、魔法使い。
魔法使い、と伝えた途端、テントの中が一気に騒がしくなった。
「えええ!」と露骨に目を見開いたのはミーナ。
「なっ」とたじろいだのは、精人族なのにまだ森魔法Lv.0、精霊魔法Lv.0のユフィ。
「あわわわ」と慌てているのは同じく精人族なのに精霊魔法Lv.0、水魔法Lv.0のネル。
「嘘!」と珍しく驚いていたのは水魔法Lv.0のヘティ。
「……」と絶句しているのは風魔法Lv.0のイリ。
あれ、もしかしてこのメンツではミーナだけ魔法の素養がないのでは。
そう考えたが、まあスキルは後天的に手に入れるものも存在するし、悲観は良くないわけである。
「な、ステラ」
俺がそう話を向けると、ステラという名前のゴブリンはこくりと頷いた。
ステラ。随分と年を召した奴隷のゴブリンで、簡単な魔法なら使えるのだが、先の奴隷商人はついぞそのことを見抜けなかったようで、彼女を安値で売り飛ばしていた。
ステラは言葉を喋ることが出来ない。
それ故に彼女は、魔法が使えることを奴隷商人に伝えられなかったのだろう。
いや、あえて魔法が使えることを隠したのかもしれない。
いずれにせよ、重要なのはそんなことではなかった。
「ステラ、魔法を見せてやってほしい。小さなファイアバレットを地面に向けて打ってくれ」
心得た、と頷くステラの手にマナが集まる。
俺はそれを鑑定スキルで事細かに観察する。
(なるほど、マナとはあのように青白く光る物質なのか。血液のようにマナが循環していて、体全身からマナがでている。マナはだいたいあんな感じの物質なのだから、俺の体を観察すればマナが見つかるはず……見つかった! これか、これのことなのか……!)
やはり、実際に実物の魔法を見なくては、マナの集め方などを知ることは不可能だ。
マナがどう流れているのか、というかそもそもマナがいったい何なのかを鑑定スキルで分析する価値は十分あった。
鑑定スキルの不便なところは、知識にないものを調べられないところにある。
例えば空気。透明でほぼ俺たちが実感しないその存在は、意識すれば鑑定スキルで調べることが可能だが、意識しない限りは不可能だ。
もしも俺に空気の知識がなかったら、きっと空気を鑑定スキルで調べることは不可能だったに違いない。
実物をこうやって見せてもらうこと。
それにより俺は、こうやってマナを捉えることに成功した。これはイリとの契約の時に見た、あの不思議な光と似ている。
(これだ! 俺はもう、マナをほぼ完璧に学習できた! しかもこの分なら、何とか手繰り寄せられそうだ……いや、出来る!)
あとは、再現するのみだ。
ステラがファイアバレットを放ったのは、そう思ったのとほぼ同時だった。
目の前でファイアバレットを撃つステラの動作に鑑定スキルを発動し、「ファイアバレット」というポップアップを得る。ステラのファイアバレットの適合率は、見る限り六〇%程度だった。
再現率などを鑑定できる俺にかかれば、俺はきっとステラより上手くファイアバレットを撃てるようになれるだろう。
(……素晴らしい、鑑定スキル。マナとやらを完全に捉えきった。……これで俺も異世界チートライフ、とやらに一歩踏み入れたわけだ)
「うわあ……」「ファイアバレットね」「……凄い」「あわわわわ」「……所詮、初等魔法よ」
などと皆うるさいが、俺にはもうどうでも良かったりする。
マナを頑張って動かしてみようと、鑑定スキルで自分の体を纏うマナを観察、そのまま力を込めてどう動くのかを眺めてみる。
動かない。
こいつ、中々頑強じゃねえか、というかどうやったら動くんだこれ。
マナを鑑定し、詳細検索してマナの動かし方とかを調べてみる。
中々いい説明が見当たらない。
何だよ、頭の中で流れるイメージを投影させて、とかそんな適当な説明しか出てこないじゃねえか。
「主様! 魔法でしたね!」「ふふ、魔法を使える奴隷だなんて、凄いものを拾ったわね」「……魔法」「騒ぐことじゃないわ」「あ、あの、ステラさん、手、熱くないですか?」
皆はわいのわいの言ってるが、俺には関係ない。
何となくマナを動かせたかも、という感覚を得る。鑑定しながらなので気付いたが、確かにマナの集まり方に偏りが生まれた。
これが、マナを動かす感覚か、自分なりに体得する。
(後は、ステラの火魔術Lv.1を鑑定して、呪文を得て……)
「■■■■」
「えっ?」
ミーナの素っ頓狂な声をよそに。
ぱちっ、と手のひらから火花が出た。
それきり何も生まれなかった。
当然だ、偏らせることに成功したマナの量が圧倒的に少なすぎるのだから、これも仕方あるまい。
「……」
奴隷たちが全員絶句していた。
「……朱に交わらば赤くなるとはこのことだな。上手く行くもんだ」
「……」
適当なことを言ってごまかす。
奴隷たちは全員絶句したままであった。
「これで夜、焚き火を点火する作業に困らないな」
「……」
なおも奴隷たちは全員絶句したままであった。
そろそろリアクションが欲しい。主様凄いとか何かないのか、と思ったけど、どうやらないみたいだ。
全員驚いているらしいが、どうにも驚くにしてはちょっとしょぼかったらしい。
……。何か悔しいから、後でカイエンに凄く自慢してやろうと決意した。