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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
5 歌姫までのキャリアプラン
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第十一話

 しばらくしてヤコーポが「おや、そろそろ時間ですな! では失敬」と立ち去ってからも、俺は考えることが止められなかった。


(問題は、どんな物語を歌って踊るかだ……)


 マリエールに提案した『踊りのオペラ』を見せつけようというプラン、何をすべきかはある程度あてがある。しかし、いずれにすべきなのかは決まっていない。


 物語としてもボーイミーツガールと分かりやすく、劇中に踊りが出てくるお話『愛の妖精』か。

 それとも情熱的なまでに自由を渇望した女の話『カルメン』か。

 いやそれとも、「fantasy tale」で名作と言われたオペラ『オペラ座でワルツを』か。


(いや、むしろこの彼女マリエールのために脚本を作り直した方が良さげな気もするな)


 難しい顔で考え込んでいた俺に、「あの」と呼びかける声が下の方から聞こえてきた。


「ご主人様? お腹でも痛いのですか?」


「ん、ネルか……、いや違うけど」


「そうですか……」


 ようやく腰元から手を離してくれた彼女は、そのうっすら上気した頬を綻ばせて「物語って良いですね……」と一人ごちていた。


「ああ、物語って……そうだ」


「操舵、ですか? なるほど! 物語は操舵なのですね!」


「ネル、ちょっと良いか」


 俺の中に一つだけ、ふと微かに浮かんだアイデア。

 それは余りにも博打なので、俺が操舵できるようにしておきたい。だがきっと、物語が好きな彼女にならばと思う俺がいる。


「俺と一緒に物語を作らないか?」


「……え?」


 続けて俺は、目を白黒させている彼女へと説明をした。


「そう。物語を作るんだ。あの団長ヤコーポさんがマリエールさんを雇うかどうかをテストしているって話は知ってるよな?」


「え、その、はい」


「そこで、彼女の魅力を売り込むための手短な脚本を考えなきゃいけない」


 一旦間をおく。ネルは「つまり」と続きを促している。


「彼女の魅力……そう、踊りと、世に感動で復讐したいと思う気持ちだ」


「……」


「ネル、正直君のアイデアを取り入れられるかは保障がない。でも、君のアイデアの中に光るものがあれば是非とも取り入れたい。どうだ?」


「……」


 ネルは少しばかり目をしばたたかせて、そのまま静かに呟いた。


「私、頭悪いですよ……」


「地頭は良いよ。これからもきっとどんどん賢くなる。ちょっとドジだけど、それはきっと大人になるにつれてなくなるはずさ」


「……ユフィに聞いてきます」


「そうか」


 鑑定スキルで心理グラフを見るに、彼女は期待と不安をまぜこぜにしていた。それはつまり彼女の中に、脚本を少しやってみたいと思う気持ちがあったということだ。


(これがプラスに働けばいい。そもそもドライな話だが、ネルの力にはあまり期待していない。俺が作るストーリーがネルを感動させられる(・・・・・・・・・・)かどうか(・・・・)、を知りたいために巻き込んだようなものだ)


 ユフィへと駆け寄るネルの背中を見ながら、俺はそんなことを考えた。

 そう、文学の神とかの加護がないネルにそういう才能は求めていない。ただ、彼女が余りにも物語に夢中だったから利用しようと思ったまでである。


 ネルが「ユフィ、ちょっとだけいいですか?」とユフィに話しかけているのが見えた。


 ユフィと目が合う。潔癖な瞳に睨まれた気がする。

 それでいい、と俺は思う。きっとユフィが非難したいのは俺のこういう所なのだろう、と考えながら。


(そう言えばネルもルッツも、昨日のマリエールの話を聞いているんだよな)


 ふと、今屋台を切り盛りしているルッツを見てみた。汗を流しながらも布で汗を拭き、一人で肉を次々焼いているルッツは今、かなり充実しているように見える。


 世の中へ感動の復讐を。そういう気配は、ルッツにはない。


(……後で聞いてみるか。彼の意見もかなり参考になりそうだ)


 考えながらも俺は、自分のビジネスのために「じゃあ、オアシス街の奴隷市に行ってくる」と言い残し、その場を後にした。

 そう、俺には奴隷商人としての仕事があるのだから。






◇◇






 奴隷市。

 オアシス街に来た大型の奴隷商隊が一斉に露天で奴隷を売る、というもの。その光景はひどく異世界的で、思わず目を見張る何かがある。


(壮観だ。実際にこういうものを目の当たりにすると、人が感じる感情は間違いなく、驚きだ)


 裸の姿で首から「戦闘奴隷」という札を下げている魔族。

 明らかに栄養の足りていない姿なのに化粧で見立てだけよく整えられている普人族。

 傷だらけで体の毛の一部が禿げている獣人。

 いずれも現代日本では目の当たりにすることが出来ない、毒々しい光景だ。


(奴隷をこのように並び立てている状況を賛美するわけじゃないが、一種の現代アートのように皮肉な感銘がある)


 これだけの数の人が、全員生きているというのに、奴隷の身分である、というのがまさにある種の衝撃だ。

 その光景を眺めながら、俺は、ようやく自分の仕事が何なのかというのを悟る。

 自分は奴隷商。


 彼らはこの世界では商品として扱われる。皮肉なことに、人権意識はこの世界では強くは広がっていない。

 しかし同時に、チープな奴隷像として予想できるような人的資源の酷使もまたあまり(・・・)起きていない。奴隷の問題は往々にして、その制度ではなくその主人の持て成し方にある、というのが恵みの国の見解である。


 その中で俺は、奴隷制度に強く反対するつもりはない。それだけの力もなければ、立ち向かうための気概もない。

 同時に奴隷制度に強く賛成する気もない。

 要は、郷に入らば郷に従え、ということに過ぎない。


(心のあり方の問題だ。彼らの心と尊厳を迫害することこそが悪。倫理とはそういうものだ)


「すみません、こちらの方について説明を伺ってよろしいですか」


 心の中では考えつつ、俺は奴隷商としての仕事を果たすことにした。まずは見込みのある者を探し出す仕事からだ。

 適当に一人商人を捕まえて、その露店の方へ足を踏み入れる。


「ああ、こいつか? 金貨四枚ってところだが……」


「では取引成立ということでよろしいですか?」


 こういう手続きは時間を掛けないほうがいい。そのまま方々へと足を踏み入れて、鑑定スキルを使用して、商談を纏めていく。

 今日はおよそ七名ほどの購入を予定している。そのための予算、金貨三〇枚は普通の奴隷の相場から考えると安いほうだ。当然だろう、俺が目指しているのは高級奴隷を仕入れることではなく、安く値段を付けられた奴隷を募ることなのだから。


(……これで七名)


 自分の後ろについてくる奴隷たちを振り返りながら、俺は今日の自分の仕事が終わったことを自覚した。

 せいぜいステータスしかみることの出来ない他の商人たちから、俺はスキル持ちの人手を大幅に買い揃えさせてもらった。七名ものスキル持ち奴隷とあれば、本来ならば金貨三〇枚では利かないところだ。


 今日の思わぬ収穫に俺が気を良くしていると、ふと視界に目を離せない名前が飛び込んでくる。鑑定スキルのいいところは、こうやって危機察知を出来ることだが――。


「……やあ、カイエンじゃないか!」


 声をかけると、目の前にいた人物は、俺のよく見知ったその顔を綻ばせた。


「どうしたんだ旦那! 辛気臭い顔をさせてよ!」


 満面の笑みを浮かべるカイエン。朗らかなその様子は、この男の持ち前でもあるし、そして彼が取り返したものである。

 見る限り元気そうであった。それだけで俺にとっては何よりであった。


「いや何、どうしてここにカイエンがいるのかと思ってな」


「ああ、それか」


 肩をすくめるカイエンは「あんま大きな声で言えねえが」と前置いた。


「オアシス街一帯の警備を強化しないといけなくなってな」


「そうなのか?」


「ああ、……あの『天空の花』が脱走したらしい」


 ぼやくカイエン。

(ああ、薄々そうだと思ってたけど、マジかよ……)と俺は思った。

 じゃあオペラでのアレは幻聴じゃない可能性も、と中々恐ろしい想像が展開されるが、だからどうだと言われても俺にはどうしようもない。


「ん、旦那はあまり驚かねえようだな」


「いやいや」


「俺からすりゃここ一番のビッグニュースだったんだが……まあいい。旦那は肝が据わってるからな」


 内心凄く驚いている。驚いてはいるのだが、ここの所色々と驚きが増えてて顔が上手く動かないのかも知れない。

 そんな俺をよそに「しかし、結構な数の奴隷を仕入れたなあ。またあの蛇女(ヘティ)に怒られるんじゃねえか?」とカイエンは冗談を飛ばしている。


 ちょうどいい。こっちもビッグニュースがある。

 俺は「いや、ヘティもこの奴隷購入は了承済みだ、元より蚤の市で高級奴隷を買うための資金、金貨五〇枚が余っていてな。……それより」とカイエンに一歩踏みよった。


「ん?」


「ビッグニュース、俺にもあるぞ」


「本当か旦那? ……分かった、あれだ! オペラにあのちびっ子どもが休憩の幕間だけ出演したって話だろ? アリオシュ翁から聞いたぜ!」


「いや、違うやつだな」


「ああ、じゃああれだ! オークの奴隷がすげえ美味い肉炒め売りさばいてるってやつ! あれ早く食いてえんだけど、中々食いにいく暇がなくてよ……」


「いや、もっと大きなニュースだ」


「……全然分からねえ、まじかよ」


 笑いながら「言っとくけどすげえ女見つけたとかそういう話なら俺にもあるぜ、きっと旦那以上にな」なんて吹かす彼に、俺は苦笑しながらも伝えた。


「マリエールがいた」


「……」


 彼にその名前を告げたとき、彼は真顔に戻って、しばらくの間何も喋らなかった。


「……奴隷じゃないけど、今俺のテントでオペラの練習をしている」


「……あ、ああ! そういうことか! 俺はてっきりアイツが奴隷になったのかと思ったぜ……」


 一瞬だけ顔を明るくして、そして彼はまた真顔に戻る。

 口にした「……死んでいてもおかしくねえと思ってたところだぜ」という呟きは、喧噪の間にもみ消されていた。きっとカイエンの過去を知る人間にしか、憶測で気持ちを補完できないだろう、そんな情調を含んだ呟きだった。


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