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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
5 歌姫までのキャリアプラン
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第七話

「ヘティは、主様が好きなんですか? それとも(、、、、)マルクから解放してくれた()が好きなんですか? 何でも主体的に行動していく決断力のある()が好きなんですか?」


「……あら、ミーナはどうなのかしら。死にかかった彼(、、、、、、、)のこと、大層心配してたそうじゃない」


()なら何となく分かる気がするんです。……ヘティは、何でも自分で新しく道を開く主様に憧れたのだと。奴隷の奴隷という扱いだったのに、マルクを上手く嵌めて店長の座を奪い取り、経営も独自の方法で成功を収め、そうやって自分の運命を切り開いていくところに、自分にないものを感じたのだと、……そう思います」


「うふふ、そう見えるかしら?」


「……。自分には(、、、、)出来なかったこと(、、、、、、、、)をそうやって次々出来る()に憧れたんですか? それともそうやって挑もうとする()に憧れたんですか?」


「さあ? 貴方と同じじゃないかしら」


「違いますよ。私は、楽しくない日々を楽しくしてくれた人が好きになっただけです」


夢の中でも(、、、、、)、かしら?」


「ええ」






***






 我が店『人材コンサルタント・ミツジ』のテントへ帰りながら、俺はちび三人とマリエールの四名で、お互いの自己紹介のような簡単な会話を済ませていた。

 俺は一体どういう人間なのか。

 今までどんな仕事を成功させてきたのか。

 そんな差し当たりのないこと――しかし、仕事を引き受ける以上はクライアント(依頼人)コンサルタント(相談請負人)として必ずなされなくてはならないだろう話題を、今更ながら消化したのである。


「――なるほど、ということはやり手の方なのですね。若くしてお店を任されるだなんて、大変優秀なのでしょう」


「まさか」


 マリエールはそう言って俺のことを口では高く評価していたが、何のことはない、社交辞令である。内心では俺のことをどのような人物なのか見定めようとしている、ということが鑑定スキルを通じて伝わった。

 まあ、当然の反応だろう。

 彼女としては、名作劇団の入団試験を受けるために話の流れ上ヤコーポの提案に乗った、という認識なのだから。


 会話しつつ(となると今夜にでも俺のことを信用してもらわねば)と意を決する。信頼関係を築くならばなるべく早いほうがいいだろう。


「そういえばお前たち、オペラはどうだった?」


「……面白かった」


 そういえばこの子たち、休憩の間の余興に歌ってはいたものの、それ以外の時間はヤコーポの厚意で空いている席(それも良い席)に座らせてもらって、オペラを見せてもらってたんだよな。

 それを思うと、オペラの分も儲けたといえるのかもしれない。


「でも、ネルが一番楽しんでた」


「? そうなのか、ネル」


「ふぇ! えっと」


 頬を少し桜色に染めて「……はい」と答えるネル。表情がうっとりしているそれだったので、ちょっと意外で、思わず見入ってしまった。

 この子でもこんな表情をするのか。


「物語って、素敵ですね……」


 ぽつりと漏らす彼女に、俺は微笑ましいなと思った。


(思えば、空想家の彼女にとって、物語を考えることってとても合っているのかもな)


 物語の面白さに気が付いた彼女が、これからどう変わるのかはちょっと見物である。


「物語、素敵よね」


 そんなネルに乗るようにマリエールが同意した。

 その表情は傷だらけなのに、優しげであった。


「ひぇ! あ、はい! マリエールさん!」


「怖がらなくていいわ。それと、どうせならマリーって呼んで頂戴」


「え、あの、はい、マリーさん」


 マリエールはにこりと笑って「良い子ね」とネルの頭をなでていた。


「貴方たち、イリちゃん、ユフィちゃんって言うんだっけ?」


「はい」


「何か?」


 何かって。

 こら、とユフィの不遜さを注意しておくが、マリエールは「いいんですよ」と笑って受け流していた。


「今日から傷のおばちゃんが一緒だけど大丈夫かな? 怖いかなー?」


 そうやっておどけるマリエール。その光景を見て、少しだけ痛ましさを感じたのは秘密である。

 何せ、十八歳の娘が、傷のおばちゃん、怖い、だなんて言葉で笑顔で卑下しているのは、何かやるせないものがある。努めて明るく振る舞い、それが本当に自然な動作に見えるのが、なお痛ましく感じられる。

 そうなるまでに、一体どれほど自分をおどけて見せ物にしてきたのだろうか。


「……怖くないですね」


 意外にも、最も早く返したのはユフィであった。


「顔なんてどうでもいい、人の悪意の方が怖いです。その意味ではまだ、私は貴方のことが怖くはありません。……自分を卑下するのは宜しくないかと」


 至極真面目な口調だ。実にユフィらしい。だが、踏み込みすぎていることを平然と口にしている。中々生意気な口を聞くものだ、と思ったが注意するタイミングを逃した。


「あら、嬉しいわ」


 それよりも先にマリエールが、にこりといなした(、、、、)からだ。そう、このいなしこそ俺が口を挟むのを躊躇った理由である。どことなく触れるのをはばかられる非人間味がそこにある。


「でもね、私も悪意、たまーに有るのよー? うふふ、傷女なのにね。気をつけないと怖いぞー?」


 もはや独り言だ。流石に軌道修正しないとまずいかもと思い、俺は「そうだ」と呟いた。


「オペラをやりたい理由って何でしたっけ?」


「ああ、オペラをしたい理由ですか」


 マリエールは笑顔で「私、表現がしたいと思いましたの」と当たり障りない答えを返してくれる。

 これでいい。

 そう思ったタイミングで。


「あの」


 ネルがおずおずと質問をした。


「マリーさん。先ほど、えっと、物語が好きって、言いましたよね」


「うふふ、そうよー。私、物語をこの身で表現できたらな、って思ってるのよ」


「じゃあ、作家はダメですか」


 一瞬マリエールの顔が笑顔で止まった。俺はその瞬間、不気味だと思ってしまった。


「作家」


「いえ、あの、役者をやめろ、って言ってる訳じゃなくて、その、私、作家も、好きで、えっと」


「……ダメかも。私ね、この身で物語を表現したいの」


「この身、ですか?」


 静かに頷くマリエール。


「そう。醜い女の身で表現したいの。醜い女が物語の主役になれないだなんておかしいもの。これは、私なりの、復讐」


 言葉には熱。

 場が凍る。

 その瞬間、俺は、マリエールの最も奥底に秘めた想いに触れたような気がしたのであった。


(復讐……)


「……マリエールさん」


 流石にこれ以上は看過できない。俺は「テントに入りましょう」と話を強引に打ち切って、そのまま会話をなかったことにすることにした。


「そうですね、ありがとうございます」


 そう頭を下げるマリエールをよそに、俺は、今回のクライアントの抱えた心の闇に少しだけ思いを馳せていた。


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