新第四話
さて、少し長くなるが種明かしをしよう。
まず最初に、俺は商人ギルドに『奴隷商店の会計簿の写し』を提出した。もちろん脱税の告発のためにである。
マルクから独立する方法は、俺の中ではマルクの経営権を剥奪することがベストであると考えていたからだ。
収支計算が合わない部分について事細かく書かれているそれは、専門家が目を通せば、何となく違和感を覚えるような会計簿になっていた。
始めこそ「子供のいたずら」と真面目に取り合わなかったギルド職員だったが、俺が商法の条目をいくつかそらんじてみせると、すわこの子供は一人前の商人かも知れないと急に真面目な顔つきになり、そのまま職員は奥へと消えていった。
やがて帰ってくる頃には、その職員は「いくつか他にも質問があるのでお答えください」と奥の個室まで俺を招くほどであった。
商人ギルドではあらかたの概要を説明した。
しかし資金の流れを特定することは難しく、この『会計簿の写し』も証拠能力に欠ける(写しのみでは俺がでっち上げた可能性がある、奴隷商店の本物の会計帳簿を持ってきてくれたら、ということらしい)ことから、すぐに告発することは難しいだろうという結論になった。
俺はそこで一旦話を保留させた。
そこで、アリオシュ翁の登場である。
ミーナ曰く「冒険者ギルドの長であるアリオシュ翁に『夢見の巫女がいる』とお伝えください。お告げによるとそうすれば解決します」とのこと。
夢見の巫女、という言葉が指し示す通り、ミーナは『これから先起きることの夢を見る』能力がある。
そして、『夢見の巫女』という単語は絶大な効果を発揮した。
冒険者ギルドの受付に『夢見の巫女』という単語を告げると、少々お待ちくださいとの指示の後、すぐさまアリオシュ翁(側にミロワールという奴隷商人もいた)との面談になったのだから。
「ふむ。であるならば奴隷商マルクを犯罪の現行犯としてとらえる他あるまいな」
「現行犯ですか。例えばどのように現行犯に仕立てますか?」
「まず一つ目は、巫女であるミーナ・セリアンスロープを故意に人身売買しようとした罪じゃろうな。巫女の人身売買はオアシス法で禁止されておる。つまり、マルクが『ミーナ・セリアンスロープを巫女と知りつつも人身売買しようとした』という証拠さえあれば、そのまま捕まえられようぞ」
「ですが、マルクは抜け目がない奴です。万が一にも『偶然巫女だった』と言い張れるように、物的証拠を残さない方向で動く可能性はあります」
「そこで第二の方法じゃ。詐欺罪じゃな。『ミーナ・セリアンスロープは実は巫女でもなんでもなかったのに、巫女であるとでっち上げて売ろうとした』ことにすれば良いのじゃ」
アリオシュ翁はそういって俺に笑いかけた。
さて、話を少し進めよう。
あの日の夜、ミーナと俺が「マルクからどうやって独立するか」という会話をしていたあの話であるが、実はあの会話はマルクには聞かれていない。
マルクには別の会話をあえて聞かせていたのだった。
それは。
「マルクには内緒で金貨を蓄えている。これをつかって奴を始末したい。でも奴隷紋のせいで彼に逆らうことは不可能だ、どうすればいい」
「簡単です、私が力を貸しましょう。私は獣人族の巫女です。なので、私が加護を授けた人物に限りその奴隷紋の呪いを和らげることが可能です。殴る、蹴る、などの主人に直接危害を与えるような行動でないのであれば、主人の命令を無視することが可能になるのです」
「そんな能力があるのか? ならばミーナはいつでもマルクを始末出来たはず。どうしてそれをしなかったんだい?」
「私は、残念ながら私自身の奴隷紋を無効に出来ません。協力者さえ得られたら、私はこの能力を使って奴隷商をいつでも始末できるのですが……。マルクに密告しない、信用できる協力者をどう探せばいいのか途方に暮れていて」
以上。もちろん巫女の能力云々は嘘である。
このでっち上げの会話を、俺はマルクにあえて聞かせたのだ。
マルクは色々と考えただろう。
ミーナを手元においておくといつ刃向かわれるか分からない、早めにどこかに売り払いたいと。それにトシキも出来れば始末したいと。
そう考えることは想像に難くなかった。だがまさか『ついでに、今現在商人ギルド側から脱税の疑いを掛けられているため、その疑いをトシキに着せて清算したい』とまで考えているとは予想外であったが。
話を戻そう。まずマルクは本当に巫女かどうかを確かめるべく、オアシス街の占い師であるミロワール(奴隷商、刻印師そして占い師と活躍の広い女性だ)にコンタクトを取ることが予想された。
そして予想通りミロワールにミーナ・セリアンスロープを調べてもらったマルクに、こう吹き込むのだ。
「実は大きな声で言えないのですが、アリオシュ翁が巫女を欲しているのです」と。
果たしてこれが上手くいって、これ幸いとマルクはアリオシュ翁にコンタクトを取った。
もちろんマルクがここで、アリオシュ翁以外にも巫女を欲している取引相手を探し出してそいつに巫女を売りつける可能性はあったが、それはそれでアリオシュ翁にとっては都合のいい展開で「その時はお主を危険に晒すが、マルクもそいつも両方とも捕まえるつもりじゃ。そんな人身売買に応じるような奴、いくらでも叩くところを叩けば捕まえられようしな」と言っていた。
実際は、マルクはアリオシュ翁と取引することに決まった。多分マルクもこれが罠じゃないかどうか警戒したに違いないが、アリオシュ翁のほうが腹芸が上手だったのだろう、結局マルクはアリオシュ翁を信じた。
さて。
そして今である。
「残念じゃが、ミーナ・セリアンスロープは巫女ではないのじゃ。このわしの護衛の一人、ミロワールが鑑定したところ、ミーナにはそんな能力はないのじゃ。オアシス法に基づき詐欺未遂でお主を逮捕するぞ、マルクや」
「なっ」
「単純じゃ。この奴隷トシキとやらに処罰魔法が下らなかったのは、そもそもこやつはお主の奴隷じゃないからじゃ。騙しよったなマルクや」
「そんな! いえ、馬鹿な! 奴隷紋も奴隷契約書も本物では……っ」
「限りなく本物に見えるのう。じゃが、肝心の魔力による契約が繋がっておらぬ。冒険者ギルドにおる魔道具監査官に調べさせたらはっきりするじゃろう。これは『限りなく本物と見分けのつかない偽物』もしくは『契約を無理やり切られてしまった本物』じゃろうと。……どっちにせよお主は結果としてワシを騙そうとしたわけじゃが」
なおも縋りつこうとするマルクを、アリオシュ翁は言葉で一蹴した。
「それに、脱税の罪もそのままお主が被るじゃろうなあ。ワシほどの権力者の口添えがあれば、それこそ『小間使い一人が勝手に店の金を使いこんで、だから商人ギルドへの会計報告に怪しい点がある』というでっち上げを通すことも可能じゃろうが、ワシがお主に口添えするメリットがない今、おそらく商人ギルドはお主の証言を信じぬじゃろう。何せこの小間使いは既に『限りなく信憑性の高い』会計帳簿の写しを提出しておる。それと全く数字の同じ会計帳簿が出てくるのじゃから、どっちを信用するのかは火を見るよりも明らかじゃ」
「し、しかし! 向こうにも証拠がないのは一緒です! 私だけが一方的に犯人と決めつけられるのはおかしい」
「それについてはそこのハーピィ、イーリス・ハルピュイアが証人じゃ。音魔法による録音があるのじゃ。『だから、その使途不明金を誰かが使ったことにすれば、問題ないわけだ』という発言をどう言い訳するのじゃ?」
「……で、ですが!」
「くどいのう。お主は嵌められたのじゃ。大人しく裁きを待つがよい。死罪にならんよう努力することじゃな。もっとも、搭の監獄の牢獄は無期懲役でも相当堪えるぞ?」
かっか、と笑うアリオシュ翁と対象に、大男マルクは驚愕と怒りを交えた表情で固まっていた。
やがて、俺の様子に気づいたマルクは、歯茎から血が出そうなほどの表情をして唸っていた。
「ぉぉぉぉおおお、トシキぃぃぃぃいいいい!!」
「どうも、『罪をどうすれば軽く出来るか考えておくことだな』って言われたのでねえ、考えさせて頂きましたとも」
「貴様あああああ!!」
今にも飛び掛からんという勢いのマルクに、俺は胸の空くような思いだった。
「じゃあ、まあ偉大な先達を見習って『罪をどうすれば軽く出来るか考えておくことだな』と言いましょうかね」
「殺す! 貴様だけは! この!」
「『一々口にしないと分からないか! 俺を煩わすな!』、だな。もう詰んでるんだよ」
マルクの最大の不幸は、『俺の奴隷契約が切れていた』という点に尽きた。俺がもし奴隷のままであれば、こんなことにはならなかったのだ。全てマルクの思惑通り、上手くいっていただろう。
実際こいつはそれなりに賢かった。下手はあまり打っていないのだ。イリの『だから、その使途不明金を誰かが使ったことにすれば、問題ないわけだ』という音魔法の録音でさえ、頑張れば言い訳できそうなレベルである辺り、なかなか慎重な奴だった。
だが、状況証拠が揃いすぎている。限りなく黒に近いグレーのマルクは、そのまま状況証拠によって、あるいは頑張って悪あがきしたとしてもアリオシュ翁の力により有罪となるだろう。
「この! 小間使いの癖に! 貴様なんぞにッ!!」
「小間使いじゃないさ。俺はキャリア・コンサルタントだ。――そして心して聞け、マルク。これが俺の初仕事さ」
「おおおおおおおお! 俺は! 俺はッ!!」
「――こいつがお前のキャリアプランだ。あばよ」
なおも吼えるマルクはついに縄に縛り上げられて、そのままテントの外へと連れ出されていた。外にはいつの間にか四人ほどの衛兵がおり、彼らにマルクは引き渡されていた。
俺はそのマルクの背中を、ただ充実感をもってして見送っていた。
「いやあ、終わりましたね!! 主様!」
朗らかに笑いかけてくるミーナは、もはや溢れんばかりの嬉しさを隠しきれないようで、しっぽがさっきから激しく揺れている。猫って嬉しいときこんなにしっぽを振ったっけ、それって犬じゃなかったっけ、なんてことを俺は思った。
対照に、他の奴隷たちは戸惑っている。
当然だろう、今までの主人マルクが捕まってしまい、これから自分たちがどうなってしまうのか、今何をすればいいのか、何もかも分からないのだから。
「いやあ! もう完璧でしたよ! もう隣で聞いているだけでカタルシスでしたね! 凄いって思いました! もう、私、これだーって思いました! これぞ主様ですよ! ええ!」
「これぞ主様って何だよ……」
お前は俺の何を知っているんだよ、と思わなくもないが、夢見の巫女なら知っているのかも知れない。というかカタルシスって。
とりあえずテンションの高いミーナを落ち着かせつつ、俺は奴隷たちを見た。
先の騒ぎを聞きつけた奴隷たちは、徐々にだが、ぞろぞろとテントから出てきた。そしてマルクがアリオシュ翁に連れられていくのを見て、全員状況が理解できずに固まっていた。
そして現在、奴隷たちは『自分の主人が逮捕されてしまった』ということだけをおぼろげながらに理解したらしい。
一方、俺はその時間を使って、マルクが所有していた奴隷契約書をすべて上書きする作業にいそしんでいた。
奴隷たちを使役してマルクがひと暴れ……することは、アリオシュ翁が封じていたが(アリオシュ翁の護衛に一人刻印士ミロワールがおり、捕まっているマルクに契約封印の呪印を貼りつけていた、早業であった)、一応俺の方から契約を上書きすることで万が一の可能性を排除したわけである。
それがすべて終わってから、奴隷たちすべてに鑑定スキルを用いて、名前の横にある(奴隷)の表示を詳細検索し【所有者:トシキ・ミツジ】の文字を確認し、俺はようやく一息つけたわけである。
「はい、質問いいですか!」
「ん? どうした、ミーナ」
「今奴隷の皆さんは状況がつかめていないと思うんですけど、説明した方が良いんじゃないですか?」
「そうだな……」
遅かれ早かれ説明はするつもりではあった。だが、しばらくは達成感を噛みしめていたため呆けてしまっていた。
気が付けば、奴隷たちがみんな俺の方向に顔を向けていた。
丁度いい、と俺は思った。
軽く咳払いし、間をたっぷり開ける。皆が息をひそめて俺の言葉を待ち望んでいるのを感じ取って、俺は一呼吸分の深呼吸をする。
「……新しく主人になる、トシキ・ミツジだ。よろしく頼む」
そして、そのままちょっとした就任演説を披露することとなった。
「前任者マルク・ドレーシー氏は、このオアシス街の冒険者ギルド支部長アリオシュ翁に詐欺未遂を働いたこと、および脱税の余罪によって逮捕された。伴ってこの奴隷商店の経営権を剥奪され、現在は拘置所にて罪状待ちだ。つまりこの店はその間、店主不在となる」
「よって後任者として、正当な手続きを踏まえたうえで、俺に経営権が譲渡されることになった。商人ギルドには既にその旨の書類を幾つか提出しているので、許可が下り次第、俺の手による経営が開始されるだろう」
「つまり、俺が新店主になる」
「心機一転、店名を変えて『人材コンサルタント・ミツジ』に改めようと思う。よろしく頼む」
敢えて強い口調でそう断定する。
浮き足立ってる奴隷たちに言い聞かせるように、そして、俺自身もまた確認するように。
「就任にあたり、幾つか今後の展望を示すことで、就任の挨拶に代えさせて頂こうと思う」
奴隷たちはそれを、とりあえず聞いていた。口を挟むことなく真っ直ぐ。
掴みは上手くいっている、と思った。
「――君たちは、今現在奴隷だ。かつてどのような理由で奴隷になったのかは知らないが、今は奴隷として、商品として今後を生きることを決定付けられている。どのような生き方を今後するのかは俺には分からないが、どのように生きるのかを選ぶことが出来ないということだけは明白な事実だ」
「この契約書に記載されている君たちの名前が、君たちの行動の自由を制限している」
「だから、残念ながら君たちに自由は、今のところない」
奴隷たち何人かの表情が堅くなっているのが分かった。当たり前のことを再確認させられたという面持ち半分、もう半分はだから何を言いたいのだ、と続きを待っている表情であった。
俺は、ここからが本番だ、と思いながら言葉を続けた。
「だが、自由が制限されることと、希望が制限されることは異なる」
「なあ。――この世に命をもらった以上、名前を残したいとは思わないか」
名前を残したいとは思わないか――その言葉に何人かが、忘れてしまった何かをはっと思い出したような顔をした。
諦めていた何かを思い出すような、もしくはそんなことを考えていたこともあったかもしれないと我に返るような、そんな反応が様々に広がっていた。
「今自分は生きているという実感が、自分はこの世に生きたという証拠が、欲しいとは思わないか」
「ある日自分が死ぬとして、その一生を振り返ったとき、自分はこれだけのことを成し遂げてきたんだと、誇らしい気持ちで死にたいとは思わないか」
言葉を続ける度に、奴隷たちの顔がますます堅くなっていくのを感じ取った。しかしそれは決して負の意味ではなく、むしろ俺の言葉にどこか引き込まれてしまったからそうなった、というように見えた。
「俺は、そう思う」
「名前を残したい。生きているという実感と、生きたという証拠が欲しい。死ぬ時も、誇らしい気持ちで死にたい。俺は、そうやって『生きて』生きたい」
奴隷たちのまばたきの数が少なくなっていて、俺は良い傾向だと思った。
「――俺は、これから新しい形の奴隷商を開拓しようと思う。それはキャリアコンサルティングに基づく人材養成だ」
「君たちの能力を底上げする。そして君たちを大きな舞台に売りつけて、一世一代の大勝負に挑ませる」
一世一代の勝負、という言葉が何を指すのかは俺にもまだ具体的には分かっていないが、俺の言わんとするニュアンスは果たして奴隷たちに伝わった。
何故なら、いつもと違う表情を彼らが浮かべていたから。前向きな表情であるかはさておいて、それでも、何かを思っていることだけは確かだった。
「君たちがもし自分の技能を高めたいと本気で願うのならば、俺はそれを支援しようと思う。そして、本気でそれに取り組むならば、大きな舞台に挑戦する権利を与えることを約束しよう」
「奴隷とは、心の在り様だ。――俺はそう思う」
「以上を以って、就任演説を終えさせて頂こう。君たちの清聴に感謝する」
拍手は起きなかった。歓声も起きなかった。
何ならば、俺の言葉に懐疑的になっている者さえいた。
それでも、奴隷たちは皆、俺の演説を笑ったり馬鹿馬鹿しいと軽んじたりすることなく、真面目に聞いていた。疑っている者でさえ真面目に耳を傾けていた。
それでいいのだと俺は思った。
俺だって変なことを期待しすぎないように、自分を守るために、綺麗事には懐疑的になって生きているのだから。
(でも、少なくともやる気を出してもらわないと今後の改革に支障が出るんだよ。……人材派遣業務としてね)
だが、いつかは俺のことを信じてもらわなくてはまずい。奴隷たちが俺のことを信じて、やる気を出してもらわないことにはキャリア・コンサルティングなど出来やしないのだから。
では、信じてもらうにはどうすればいいのか。
俺の頭の中に浮かんだ言葉は、『モデルケースを示す』、特に『冒険者になるモデルケースを示す』というものであった。