第二話
オアシス街の盛況の中を俺は通り過ぎていく。
向かう先はその盛況をもう少し奥に進んだ、人気が急に落ちるところだ。
そこは衛兵達が厳重に周囲を警戒している場所であり、近寄るだけでも身体検査を受ける必要がある。
塔の監獄。ここはオアシス街にて犯罪を犯したものが収容される監獄であり、脱獄の事実上不可能な建物である。
塔の周りにある詰め所に向かい、身体検査を受けてから塔の入り口で着替える。
そこから黙秘の契約書を渡され、俺はそれに従いサインをする。財宝神の加護により合意がない契約は無効に出来るが、これは別に合意して構わない、と思ったので素直に受け入れる。
その後は、監獄官に案内されて面会室へと向かう。女性の監獄官なのか、と思ったのも束の間、俺は動揺を隠す羽目になった。
何故彼女がここにいるのか、という困惑が表情に出掛かったが、何とか抑える。
まあいい。
これだから鑑定スキルは恐ろしい、と改めて自分の能力の規格外さを思い知ることとなった。
今から行う面会を思うと、この監獄官と一緒に面会するとは実に面白い話であった。
それはさておき。
監獄官とは会話もないまま、廊下を歩くことしばらく、ようやく俺は女盗賊プーランと再会したのだった。
「……何か用かよ」
机越しにぶっきらぼうに話す、伝説の盗賊『天空の花』の娘、プーラン。
彼女はかつて、『このオアシス街をサバクダイオウグモに襲わせる』という行為に手を染めた罪人だ。
だが、その行いは俺の活躍により大事にならずに解決し、結果彼女はこうやって囚われの身となっている。
そんな浅からぬ因縁を持つ彼女が、今俺の目の前に対峙しているのだった。
「まあな」
俺は警戒する彼女をよそに、あえてすっとぼけたように言葉を返した。
面会は、監獄官の立ち会いの下によってのみ許される。
よって今この面会室には、俺とプーランと監獄官の三人しかいない。
つまり、プーランも俺も何一つ怪しいことが出来ないように、監獄官に監視された状況で面会をする、という訳だ。
そんなことを考えながら、俺は話を切り出した。
「なあ、うちの従業員が襲われたんだが、お前は何か知ってるか?」
「は?」
心理グラフの動きは、知らないことを聞かれた人間のそれだった。彼女の素っ頓狂な返事も、知らない、心当たりがない、という感じだ。ということは本当に知らないのだろう。
「……知らねえけど」
「そうか」
俺はもう少し身を乗り出して、机の向こうのプーランとの距離を詰めた。
「じゃあ、お前の共犯者で過激な奴はいるか?」
「……知らねえな」
口では否定する彼女だったが、心理グラフの動きは嘘を示している。
「まず、お前には共犯者がいた」
「知らねえ」
嘘。共謀者はいるようだ。
「共犯者は、『天空の花』の関係者である」
「知らねえ」
嘘。こちらは解釈に迷う。共犯者が『天空の花』の関係者であるかどうか、知らないというのは嘘、と言う意味だ。つまり、共犯者が『天空の花』関係者かどうかを知ってはいるけども、共犯者が『天空の花』関係者じゃない可能性はあるのだから。
「はい、かいいえ、で答えろ」
「お断りだ」
仕方がない。ならば罰を与えるまでだ。「監獄官、手筈通りに罰を加えて頂きたい」と控えていた監獄官に俺は命じる。
動揺はなかった。
徹底されているな、と俺はすこしだけ感心する。
「な、おい、どういう」
思わず腰を浮かせる彼女に、監獄官から鞭の一撃が与えられる。
「ずぁっ」
顔をゆがめる彼女をよそに、俺は「はい、かいいえ、で答えろ」と再び迫った。
彼女の顔はますます歪んだ。
「沈黙ならば、もう一度だ」
「……何度でも叩け、情報は売らん」
こいつはこいつで、本当に見上げた根性だ。
女盗賊プーラン・プアラニは悪党である癖に、身内を売るつもりは皆目ないという義に厚い人間らしい。
ならば仕方ない。俺の鑑定スキルと詳細検索で調べられるだけ調べ、そこから動揺を誘うしかないだろう。
そう思った俺は、まず彼女のデータを次々と読み上げることにした。
「……『天空の花』は女盗賊マハディ・プアラニの別名であり、そしてマハディにより設立された女系盗賊団の名前でもある。実績として、王都「白い街」近辺における貴族相手の窃盗活動などがある」
「……何の真似だ」
「王都の公安局の犯罪記録簿、および自警団調べの裁判記録によると、犯行手口は街の女衒たちにより共有された情報網を活用したものであった。非常に稀な魔術、記憶魔法を持つ娼妓『天空の花』マハディは、表向きの顔は高級娼婦、裏の顔は女盗賊であった」
「……おい」
「今現在マハディは王都ではなく、最も厳しい牢獄、塔の監獄にて身柄を拘束されている。罪状は数々の強盗窃盗罪と国家転覆罪。義賊的活動を情状酌量され、および多数の署名運動による結果、マハディへの刑は死刑から終身禁固刑へと減刑された」
「……。よく調べたな」
「ただし」
俺はさらにプーランに詰め寄る。
「もしも、お前に共犯者がいたとして、それがお前個人プーラン・プアラニの共犯者なのか、それともマハディ・プアラニの脱獄のための共犯者なのかによって、マハディの罪状は変化する。……脱獄を企てた罪が加わる可能性があるということだ」
「!」
「お前がもし共犯者の手を借りたとして、その存在を黙秘していたとしよう。別にそれはいい。問題はその共犯者が捕まったとき、マハディ・プアラニに無関係であることを証明できない限り、マハディの罪状は追加されることを免れ得ない」
「……っ」
「マハディを処刑したい王都貴族関係者は、これ幸いと、マハディに脱獄未遂の罪状を被せ、処刑を正当化するだろう」
俺はそこで凄んで「さあ、話せ」と語った。
しばらくの間、葛藤の沈黙が続く。彼女の心理グラフの動きは、果てしなく焦燥の動きを示していて落ち着いていない。
これでもまだ口を割らないとは、ほとほと呆れる覚悟である。
ならば俺は、別角度から攻めるのみだ。
狙うは、監獄官の方だ。
「……プーラン・プアラニ。十七歳。隠密と気配察知に優れ、暗殺術と短剣術を習得している。phoolanの名前は花の意味である。母はマハディ・プアラニ。父は公安局長、護民卿フリーデリヒ三世、と噂されている」
「!?」
俺は監獄官の女の動きを気にしながら、言葉を選んだ。
「魔物使いジャジーラと共謀しオアシス街にサバクダイオウグモを導いた嫌疑、および罪状として材木倉庫に忍び込み材木に『燃える水』を掛けるなどの器物損害罪、倉庫に対する放火罪がある」
「……放火したのはお前だろ」
「ある民間人により、魔物使いジャジーラたちと共謀し、塔の監獄の『天空の花』『狂信者』の脱獄計画を企てていることが証言されるも、証拠不十分により不起訴」
「……その民間人もお前だろ」
「さてな」
俺はそこで本題にもう一回話を戻す。
「重要なのは一つ。襲われた魔族は俺の友人だった、ってだけさ。……魔族を憎む行動は『狂信者』たちらしい行動だが、同時に『天空の花』賛同者にも襲われた可能性は否めないからな」
「……知らねえな」
「……お前の指示じゃないことは分かった。それだけでも一つの収穫だ。だがもう一回言うが、お前の共犯者が理由で母上が処刑されるかもしれないんだ」
「……っ」
「ああ、そういうことか」
思った以上に口を割らない。考えられうるパターンの虱潰し、それで図星かどうかを見るのが早いかも知れない。
「お前には『天空の花』賛同者の共犯者がいる。でもその共犯者は情報提供者であったりするだけで、実行犯として手は貸してない」
「……」
「図星か。そしてお前には『天空の花』とは無関係の共犯者がいる。こいつは当日、『天空の花』と『狂信者』の脱獄計画の実行犯として手を貸した。いや手を貸すつもりだったが、当日は脱獄計画を実行できなかった」
「……」
「図星か。そしてお前は、実行犯の方はもしかしたら捕まるかも知れないけど『天空の花』とは無関係の人間であるから、『天空の花』が脱獄を企てた罪で処刑されることはないと思っている。実行犯じゃなく情報提供者でしかない『天空の花』の賛同者の方はお前が口を割らない限りは捕まらないと思っている」
「……」
「図星か」
ここまでを聞き出すのにかなり時間を消耗した気がする。
分かったことを纏めるとこうだった。
プーランは、『狂信者』の一味と手を組み、『天空の花』『狂信者』を脱獄させるためサバクダイオウグモ事件を引き起こした。
そして少なくとも、プーランはうちのルッツを襲撃した事件には無関係。
彼女はあくまで母親を脱獄させたかっただけだった。
俺は溜め息を吐くしかなかった。
となると結局、一体何者がうちの奴隷を襲撃したのか、分からず仕舞いである。『狂信者』関係の人間である可能性は高まったが、それ以上は分からなかった。
戦闘用奴隷の数をもう少し増やして、自分の店の安全を図った方がいいかもしれない。
まあ、プーラン絡みの怨恨の事件ではないと分かっただけでもプラスではあった。
さて、そろそろ話を一旦終わらせようと、俺は最後の仕上げにかかった。
「……プーラン、お前の誇り高さは本物だな。最後まで情報提供者の名前を割ろうともしなかった」
「……はっ、何を言うかと思えば」
「跡を継ぐには立派な娘さんだな」
「……どういうことだ」
刹那、きっとプーランには理解できなかっただろうやりとりが生まれた。
俺は椅子を飛び退いて鞭を回避し、監獄官の女は回避された鞭を握りながら、この上なく警戒した様子でこちらを見やっていたのだから。
「……監獄官、いえ、マハディ。貴方に誠意があることを見込んで頼みがあります。どうか、うちの奴隷に危害が及ばないよう取りなしていただけないでしょうか」
「ま、は、……母上!?」
数瞬遅れて、事態に気付くプーラン。
俺には鑑定スキルがあるからすぐに気付いたが、この監獄官が『天空の花』マハディ・プアラニ本人である。
「あれあれ、旦那様はお気付きなんしたかや」
凛とした声。『天空の花』がようやく口を開いた。
今まで監獄官に扮した彼女が口を開かなかったのは、舌に刻まれた聖なる文字を隠したかったためだろう。宗教では、娼婦は汚れた身、その汚れた娼婦が不用意に神の名前を呼ばないように、舌にはある細工を施されることがある。それが聖文字。
『天空の花』の最大の特徴である。
「……郭言葉ですか。雅な人ですね、言葉だけで惚れてしまいそうです」
「あれ、気の多い人にありんすね。大方おかみさんを泣かせてござんしょね。……郭言葉は生まれつきにありんす」
今この場は実に不思議な空間となっていた。まさか俺が稀代の盗賊『天空の花』と会話してるだなんて誰が思うだろうか。