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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
4 三つ星までのキャリアプラン
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第八話

「おかしいんですよね、正直異世界に転移して来た紀人(マレビト)様が最初に知り合った奴隷がよりによって獣人の巫女だというのに、フラグが何故か回収されないんですよ!」


 思わず水を噴き出してしまったその台詞の内容。おい調味料にかかったらどうする、と思ってしまう。

 しかも何となく意味が分かってしまうのがまた癪だ。


「聞いてますよね主様! 私を弄んでるんですか!? それともあれですか、やっぱり無理なんですか!?」


「すまん、今調味料を作っている最中なんだ、後で聞く、頼む」


「いいえ、なりません!」


 ものすごい剣幕のミーナに、俺は思わず気圧されてしまった。そういえばこいつが明確にノーを言うのってかなり珍しくないか?

 俺は思わず焼き肉のたれを作る手を止める。


「私知ってるんですよ! 主様、昔ヘティに手を出そうと考えたことがあるでしょう! というか出しちゃってる夢を見たんですけど、どうなんでしょうか!?」


「え!? 何それ初耳なんだけど!? というか、え、ちょっと待って、夢見の巫女って言葉から考えると俺の予想だとそれってちょっとまずいのでは」


 一瞬肝が冷えた。何と言うか、実は考えたことがある。普通に魅力的だし。高級娼婦というのも良く分かる。

 あと、ヘティは本当に何を考えているのか掴み辛いところがあるので、そういう関係をちょっと結ぶのもありだなとは思っていたのだ。時々そういう発言を仄めかされることもあったので、普通にそういう関係になってもいいかなあと思っていたし。

 その話に乗らなかったのは単純に、タイミングの問題だと思う。


 向こうも何となく、そういう関係を結ぶことでこっちがどんな人間なのか知ろうとしている節があった。俺だってそれは望むところではあった。元より普通に女好きな俺の性格からして、別段彼女を断る理由はなかった。

 彼女がただの高級娼婦っぽくないのも気掛かりだったし。


「まあ、考えたけど。……何だろう、お互い性には頓着なさそうだなと思ってたからな。それ(・・)を通じて俺がそういう・・・・人間かどうか試せるのって、ある意味ヘティの強みだよな。正直タイミング的にありだと思ったら、その未来は普通にあり得たと思う」


「ほら! そこで私という選択肢が出ないわけですよ! 何でですか!? 私はどう足掻いても駄目だったんですね!?」


「何でそんなに絶望してるんだよ」


「実は主様が思っている以上にダメージですからねこれ! 色々可能性がないことを突きつけられた気分ですからね!? 何が足りないんだちくしょう!」


「落ち着きだろ。ほら落ち着けよ」


 言うなりミーナは俺に飛びかかった。おかしなことに、奴隷は一般に主人に危害を加えることが出来ないのだが、ミーナは普通に飛びかかってきたのだ。

 咄嗟のことなので対応できず、そのまま飛び付かれる。


「どうせ私が処女だから何もしなかったんですよね! でも娼婦相手なら罪悪感は減るって! 違うんですよ主様! 初めてじゃなくても処女を扱うように丁寧にしてほしいんです! いやちがう、そうじゃなくて! 責任とかどうでもいいですから私だって、ってことですよ!」


「支離滅裂じゃねえか」


 俺は隣で黙々と焼き肉のたれを作る作業を続けるルッツを見た。

 彼は努めて俺を無視していた。巻き込まれたくないのだろう。賢明だ。


「はいはい認めますよー! どうせ私は憧れの紀人(マレビト)様だから好きになっちゃったー的なミーハーですよー! ちょろっと毛繕いとか手櫛とかされたら惚れちゃうチョロい女ですよーだ!」


「どうしたお前、酔ってるのか?」


「知ってますか! 年の頃十五歳ぐらいの少年が! 私と会話するときに笑顔を見せて! 毛繕いするよだなんて大胆な発言をするくせにこっちの裸見るときは顔を赤くしちゃってて! ミーナ可愛いミーナ可愛いとか言ってくる! しかもこの子紀人(マレビト)様だってなったら、あれこの子もしかしていけるんじゃね? って思うのはダメなんですかねー! やらしいですか下心ですかー! あーあー! ダメですよねー!」


「お前絶対酔ってるだろ、おい」


「巫女拗らせるんじゃなかったー! はい人生終了ですー! お疲れ様でしたー! ああ畜生何が槍術の稽古ですか! あの夜、槍術の稽古じゃなくてこっちの槍術もあるんだぜぐへへで良かったんですねー! あーあー! あーあー!」


「そろそろミーナ冷静になれ、じゃないと多分後で死にたくなるぞ」


「うへへへ、いーじゃないですかー! どうせ主様は死にたくなってる女の子の方がいいんでしょー!? 可愛いー、とか守ってあげたくなるー、とかでしょー! 死にたいぐらい恥ずかしー女の方が好きって言うなら、そんなのいっくらでも死にたくなるぐらい恥ずかしいことしちゃいますよーだ!」


「恥じらいのない女は無理、心がオバサンになるからな」


 いやそういう問題じゃないけど。


「そんなあああ! うわああああ! どうせもう無理なんだー! うわああああ! 殺せー! 殺せ殺せー! あの年増より私オバサンなのかよー! 殺せー! うわああああ!」


「頼むからミーナ、静かに。集中できないんだって」


「恥じらいってなんだー! 恥じらいとか! 何なんだよ! 神様ー! 恥じらいってなんだー! 恥ずかしいことかー! 恥ずかしいってなんだー! 今の私かー!? ひゃっほおおおおお! 恥ずかしいー!」


「まあ今のお前は間違いなく恥だけど、恥じらいからはもっとも遠い場所にいるぞ」


「いぎゃあああああ! 嘘だー! 恥なんでしょ!? 恥なら貰って下さいよ! 恥なんだからお嫁に貰って下さいー! 何なら毎晩虐めて下さいー! 恥だぞー! 据え膳食わぬは男の恥だー! 恥だぞー!」


「ミーナ、お前もう酒飲むな」


「ふぇ?」


 ミーナのテンションの原因が分かった。こいつ調味料に使う酒を少し飲んでやがった。


「いーじゃないですかー! 酒! 素敵! 結婚したい! 結婚したい結婚したい! 酒が無理なら! 主様結婚して下さい! 酒最高!」


「うるせえ取り上げるぞ」


「主様!」


 酒を抱えたミーナは突如立ち上がり変なポーズで言い放った。


「酒は女を女豹にする!」


 ヤバいこいつ面白い、面白いけどこいつヤバい。


「ほら没収だ、もう向こうで休んでろ」


「ああん!」


 酒を取り上げたら妙な声を上げて抗議していた。ああんって何だよ。


「じゃあ主様と結婚! ほら結婚ですよ! ほらほら早く! はーやーくー!」


「うるせえ」


「誓いのキスー! 誓いのキスですキスー! ほらほらー! キスですよー! お買い得ですよー! 本日ミーナは女豹です! お買い得でございます!」


 凄い、何だろう、色々と見ていられないんだが。見も蓋もなさ過ぎるし、居た堪れなさすぎる。


「……じゃあ、黙ってくれよ」


「おかっ、むぐっ!」


 無理やりキスをする。ここまで誘われたら流石に据え膳食わぬとやらであろう。


「……」


「な、そのまま黙ってくれよ。いいか?」


「……ぁぃ」


 はい、とも言えない様子なので、しばらくは大丈夫だろう。

 座り込んだミーナは、なんと今度は泣き出してしまったが、まあ泣かせておこうと思う。何だよこいつ、女豹じゃねえのかよ。

 などと思いながら作業に取り組もうとした、その時。


 知ってますか。奴隷の辛い毎日に、楽しい夢をくれた人がいるんです。


 そんな台詞が聞こえた気がした。

 一瞬ミーナの方を振り向いてしまった。

 気のせいだったかもしれない。「あ、頭があああ……」と頭を抑えて呻いているミーナがいたので、こいつ酒に弱すぎるだろと思ってしまった。


 ちなみに、この時のキスを俺は後悔することになるのだがそれは別の話。






 ◇◇






 凄い人だ、とルッツは思った。


 鍋の中に、得体も知れない醤油、味噌、そして料理酒を混ぜて加熱。酒の匂いが十分飛んで、いい頃合いに冷めたのを味見する。

 これは肉に合う、と思った。

 肉に塩胡椒で下味をつけたら尚更美味しいだろう、と。


 そこに更に、にんにくおろしとごま油が追加されて、ルッツは目を見開いた。

 しかし追加されてみたら納得だ。にんにくは肉と良く合うし、ごま油はきっといいアクセントになるだろう。

 にんにくの風味とごま油の香味は、肉の味に奥深さを出してくれる。これぞ肉を食べている、という気持ちにさせてくれるはず。


 更に、りんごとレモンが追加されたとき、そこでルッツは言葉を失ったのだった。


(勝てない)


 見るからに分かってしまった。

 この二つのフレーバーは、後味をさっぱりさせるための物なのだ。なるほど味がしつこかったら、どうしても最後もたれてしまうのが食の常。


 それを解決したのが、このりんごとレモンだ。


(きっとこのたれは、鉄板焼きしたときは食欲をそそるような香ばしい匂いを漂わせて、いざ口に放り込むとまろやかな甘辛さ、そしてにんにくとごま油の香ばしさ、最後にすっきりりんごとレモンの後味を残すんだ)


 完璧だ。

 ルッツはこのたれを作りながら、少し後のことを考えた。


 きっと今からすぐ、五〇食を試作してスラム街での売り上げの実験を行うだろう。

 そして間違いなく、五〇食を売り上げるのは簡単なはずだ。


(……何となく諦めようかなって思ったんなら、多分それ夢じゃないよ、か)


 ふと、何かが刺さったような気がした。

 今から行おうとしていることは、ルッツが一度は無理だと諦めたことである。


 それがもし、成功してしまったら。

 ルッツはそのとき、夢をもう一度見れるのだろうか。


(……いや、変な期待はやめるんだ)


 思わず震えている手に気付く。


(そうだ、もう一度夢を見るとか何とか、そんなの絵空事さ。変に期待すると、後が怖いから)


 変な期待はやめろ、そう自分に何度か言い聞かせる。

 この期待するような感情はもはや、料理を作りたい、と思っている自分への呪いのようなものだった。


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