第四話
実はこのちび三人組とはどう接していいのか、今ひとつ分かっていないのだ。何か必要以上に恐れられているし。
どうせこの三人組とは会話もないので、「ほら、歌の練習の続きをしておきなさい」と促しておいた。渋々、という様子であったが三人組は歌の練習を再開した。
いつ聞いてもいい歌声だ。イリもネルも流石に歌を得意とする魔族だけはある。精人族のユフィも、元々の声質が良かったためか、努力の末、今は上手になった。
良い歌だな、と思いながら俺は考えに耽る。
(ルッツか。もしかしたら俺の計画を一つ前倒しにできるかもしれない)
俺の計画というのはこうだ。
屋台を出して料理を売り込むことで、利益を短期的に捻出すること。前々から考えていた構想の一つで、いつかはやってみたいと考えていた。
料理を屋台で作るのは、美味しそうな匂いを広げることと、その屋台に並ぶ客の多さを見せつけること、の二つが目的だ。
(美味しそうな匂いがすれば通行人は誰だって足を止めてこちらに注目すると言うもの、とてもいい宣伝効果になる)
もちろん宣伝効果といっても、それは奴隷の宣伝ではなく、料理の宣伝にしかならないので、ちょっとだけ工夫する必要があるが、それはまあいい。
(そして行列。屋台に行列が出来ていれば誰だって興味を持ってくれるはずだ。それだけあの店は美味しい物を作るのか、とね)
俺は頭の中でプランを構築していく。問題は何を料理として売るか、とどう工夫して我が奴隷たちの宣伝へとつなげるか、だ。
ふと、今歌っている三人組が目に入った。俺はその瞬間、なるほどこれを使うのもありだ、と思った。
◇◇
「ここがあなたたちの入るテントよ、ルッツ、ダヤン」
ルッツがテントに入ったとき感じた第一印象は、思ったより悪くない、であった。
ルッツはまず、奴隷の扱いがひどいんだろうな、匂いもひどくて病人がいそうなテントに押し込まれるんだ、と思い込んでいた。オアシス街のミロワールの店でようやく匂いもひどくなく病人もいない、という程度なのだ。それより下回るスラム街の奴隷商なんて、きっと自分は家畜扱いだろう、と思っていた。
ところがいざテントに入ると、全く勝手が違う。思ったより綺麗で、匂いもせず衛生もしっかりしてそうだった。
地面は麻布を敷き詰めたものであり、驚いたことに寝転がることが許されていた。昼の肉体労働で疲れた奴隷がしばらく横になって休んでいたりしている。
奴隷たちを見ても、余り不健康そうな人はいない。全員栄養的にも悪くない物を摂取しているらしい。
(思っていたより悪くない。これは、本当に僕みたいな人頭奴隷のテントなのか? いや、そもそも人頭奴隷と一般奴隷を区別していないのか?)
ルッツは勘違いしていたが、まさか人頭奴隷がほぼゼロの奴隷商が成立するなど思ってもいなかったのだ。この店「人材コンサルタント・ミツジ」に入った奴隷は、最低でも戦闘奴隷程度には専門技能を鍛えられる、だなどとは微塵も思いつかなかったのである。効率的に技能を仕込めるような人間がいるだなんて普通はあり得ないわけで、その意味ではルッツの思い込みもごく自然な話である。
「ルッツ、ダヤン、あとでご主人様が適正面接するから、しばらくここで待ってなさい」
恐らく奴隷長にあたるだろう美しい魔族、ヘティの命令を受け、ルッツは自分と同じくトシキに買われた奴隷ダヤンと一緒にしばらく待機することになった。
(適正面接……)
適正、という言葉が聞こえた以上、例えば力仕事がどれぐらいできるかとかを試されるのだろう。
(また、何も出来ないことを痛感させられるのかな)
思わず苦い顔になるルッツ。
隣のダヤンを見る。ダヤンは明らかに体格も良く戦闘奴隷として活躍できるだろう。そのまま肉体労働にでも従事できるだろうし、使い出はいろいろある。
引き換えにルッツはどうだ。
オークだというのに、筋肉はあまり強くない。
金持ちのペットとして飼われていた過去のせいで、筋力を鍛える機会をついぞ逃してしまったのだ。
ペットとして美味しいご飯を寄越される毎日。舌は肥えるし、というか他の娯楽がないので食事を全力で堪能しようとしたのがこの結果だ。
いつか飽きられて捨てられる、ということを覚悟しておく必要があったかもしれないなと今更ながらの後悔である。
得たものと言えば、鋭い味覚と嗅覚。
それ以外は何もない。
(だいたい、オークなのに味覚なんか鍛えても仕方ないんだよ)
本来オークは雑食の生き物。味の違いなど全く気にもしない。
誇り高きハイオークでさえも「全ての命に貴賤はない。恵みの命は平等に感謝して食らうもの」と、味は二の次であると聞く。
下らぬことにこだわるルッツはおかしいのだろうか。
(……でも、僕に何が自慢できるのかな)
料理。
ふと思いついた単語を、ルッツは拒絶した。ありえないのだ。汚らわしい魔物が料理を作ってはいけない。
それは痛いほどオアシス街の料理店で思い知らされた。
ルッツはあの日、料理店で働いており、料理を作ることを許されなかった。だが一回だけその掟を破り、自分の賄い食を自作した。
それを「は、豚が何か作ってるぜ」とからかいながら一口食べた他の従業員が、「ははは! 料理も所詮はこんなものか!」と爆笑されたのだ。
その騒ぎが店長の耳に入ったとき、「料理を作らないことを条件に雇ったのだが」と忠告が入った。それはお客様に出す料理のことだろう、契約を曲解するなんて、とルッツは思った。
ルッツはその時、ひどく悔しかった。所詮はこんなもの、そう言われたとき、もっと上手くなってやると誓った。もっと上手くなってやるからもっと作らせてくれと願った。
だが、ルッツが料理を新しく作ることはなかった。
厳しくなる店長の監視。他の従業員からのイジメ。
ルッツは料理店に働きながら、料理からますます遠ざかっていた。
(そして、クビ)
最後はあっけなかった。とても偉いお客様に料理のクレームを受けたとき、こいつのせいです、と濡れ衣を着せられ、そしてめでたくルッツはクビになったのだ。
その最後の瞬間、きっとルッツは自分の値段、金貨二枚程度には活躍しただろう。
その瞬間感じた、ああ自分は無価値じゃなかったんだなという安心感が、ある意味ルッツをこのように卑屈にさせたのかもしれない。
その自覚がありながらもルッツは、自分の料理に、金貨二枚程度の価値を見いだせはしなかったのだ。
(料理がしたい、というのは馬鹿げた話だ)
いつか、『料理は美味しくあって欲しい』だなんて思っていたことを思い出す。料理が美味しければ幸せ、だなんて暢気な事を考えていたものだな、とルッツは思った。
明日から体を鍛えようかな、だなんてルッツは考えていたその矢先であった。




