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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
4 三つ星までのキャリアプラン
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第一話

 奴隷の少年ルッツには夢があった。それは、自分の手で万人を涙させるような料理を作り上げることだ。


 食は全てである、とルッツは勝手に考えている。今まで食べてきたものが全て、形を変えて今の自分を作り上げているのだ――それは肉であったり、小麦であったり、牛の乳であったりする。一体全体少しも自分の肌に似つかわしくないこれらが、ただ食らうこと、それのみを経て自らの体へと成り代わる。食という行為に対し、不思議と神秘を感じない道理はない。


 料理が美味しければきっと幸せだろうな。そんな当たり前のようなことをルッツは思っている。


(僕にも料理は出来るはずだ)


 文字も読めず、体つきも同年齢の男より劣るルッツにとって、頭も体も奴隷として召し上げてもらうに不足が多すぎる。せいぜいが人頭要員にしかならない格安奴隷、というのがルッツであった。

 しかしそのかわりルッツには、味覚があった。


 人より多くの味を解するルッツは、程なくして料理の才能があることを見出される。奴隷商ミロワールは、ルッツに特別便宜を図ってくれ、この世界の料理の基本を教えてくれた。

 それを一通り学んだルッツは、そのままオアシス街の飲食店に召し上げてもらうこととなり、そこで現在もなお働いている。

 ――はずだった。


(何故、料理が出来ない)


 オアシス街の厨房裏で毎日させられるのは皿洗いの雑用と食材購入の作業のみ。正直言って、ルッツの考える仕事とは全く訳が違っていた。そもそもルッツは、料理すら許されていないのだから。


 すぐに自覚した。ルッツはただの奴隷ではなく、もっとも卑しい魔物オークの血を引く魔族なのだ。汚らわしいオークの作った料理など、何が入っているか分かったものではなく、食べることが出来ないのだ。


(でも、認めてもらうまで僕は、ここで頑張り続けるんだ)


 そう決意するルッツに突きつけられた現実は無情だった。

 ただ一言、解雇、と。











「ご主人様。収支についての話なんだけど、いいかしら?」


 帳簿を手に、にこりと微笑むヘティ。その声に若干険があるのは気のせいだろうか?

 と言うか彼女が「アリオシュ翁にお金を使い切って欲しいって言われてたもの、何に使おうが自由よね」と謎の念押しをしてきたのに悪意しか感じないのは、穿ち過ぎだろうか? いや悪意しか感じないだろ。


 彼女の言う通り、アリオシュ翁から『脱税で浮いた分のお金はなるべく使い切っておいて欲しい』という旨のことを述べられたのは事実だ。だからその浮いた分のお金をどう使おうが後ろ暗いことはない、はずなのだが。


 若干を警戒をこめつつ俺は答えた。


「構わないぞ。丁度俺もその話がしたかったところだ」


「へえ、奇遇ね」


 嬉しくない奇遇だ。

 何となく蛇に睨まれたカエルという言葉を思い出す。カエルというよりは帰りたい、という気分なのだが。いや帰る場所はここなのだが。


「で、あの日の夜遊びは幾らかかったのかしら」


「……。それ、帳簿に書いたんだが」


「ごめんなさい、どの数字か分からなかったの」


「ここで言う必要あるか?」


 なるほど、そう来たか、と俺は思わず苦笑するしかなかった。どうやらヘティはあの夜俺がキャシーちゃんと遊んだことに、何か含むところがあるらしい。


 そこでささやかな復讐として、今ここでちび達の前でいくら掛かったのかを聞かせてやろうという訳である。

 何ということを思いついたんだこいつは。

 しかも効果は覿面であった。掃除に集中していたはずのちび三人組の耳が一瞬ぴくりと動き、手が一瞬固まったのを俺は見逃さなかった。

 お前ら、この話に食い付きすぎだろ。


「……。ツケさ。出世払いってことにしてもらった」


「そんな訳ないでしょ? さっき帳簿に書いたって言ったじゃない」


「……。お前嫌な女だな」


「うふふ、よく言われるわ」


 何だこれ。

 何この状況。

 風俗に掛かった料金を女四人の前で白状させられる経験なんかしたことないし、したくもない。

 こういうときは話をはぐらかすに限る。


「……ヘティ、これからの『人材コンサルタント・ミツジ』の経営について話し合わないか?」


「ええそうね、ちょっとこっちも使途不明金・・・・・について話し合いたかったところなの」


 しなを作ってにっこりと笑いかけるヘティは色っぽかった――嬉しくない色っぽさだ。暗に見逃がさないということを告げられた気がして俺は苦笑するしかない。


 まあ、実際にこれからの経営について話したいことがあったのは事実だ。

 具体的に言えば、資金の話や、商人ギルドからの依頼の話、そして手紙営業の結果の話だ。

 いずれも一応ヘティの耳に入れておきたい話であった。


「いや実際に真面目な話、そろそろお前の耳に入れておきたいことがあるんだ」


「あら、そう?」


「取り敢えず三つほど」


「……で、何の話かしら?」


「そうだな、まずは収入見込みの話からするとしよう」


 最初に切り出した話題は資金の話。具体的に言うと、奴隷達を冒険者としてデビューさせるという話の収支の顛末だ。


「収入見込みが合計で金貨三五枚半」


「三五枚半?」


「内訳はミーナ、カイエンを八枚ずつとし、ノール、エリック、ウッソを六枚半ずつと計算する。彼らは冒険者としての収入から少しずつこの値段を俺へと支払い、自分たちの奴隷契約書の金額に達したタイミングでそれを買い上げて貰うことになった」


 ノール、エリック、ウッソの三名は、カイエンと同時に冒険者デビューさせようとした戦闘奴隷たちである。全員それなりに戦えるし、きっと二年もあれば完済してくれると思っている。


「……本当にいいの? 全員、金貨十枚以上には価値のある奴隷だと思うわよ。おそらくは全員槍術か剣術の加護を持ってるもの」


 振り返りながら指摘する彼女。懸念はもっともで、普通この世界では加護持ち奴隷ならば金貨十枚は普通に超える価値がある。カイエンぐらいになれば下手すれば金貨三〇枚でも買いたいし、ミーナならば槍術Lv.4、舞踊Lv.3、見た目の綺麗さもあいまって金貨一〇〇枚に届くかもしれない。


「ああ」


 しかし俺はそれを安い値段で手放して構わないと思っている。金よりももっと価値のある物を俺に与えて貰う予定だからだ。


 例えば彼らと結んだ契約の一つに、この「人材コンサルタント・ミツジ」の店の前で稽古して貰うことを条件付けている。週に一回か月に四回、俺の店の戦闘奴隷を鍛えることを彼らに頼むわけだ。その分のコストとして剣術の先生とかを呼ばなくて済むので、このメリットは比較的大きいと俺は思っている。


 いやまあ物は言いようというもので、別にこいつらに頼まなくても俺の鑑定スキルで指導できるし、最悪残っている戦闘奴隷自身で訓練ぐらいなら出来るのだが、それをあえて彼らを呼びつけているのは、宣伝効果を兼ねてである。

 俺は、彼らはすぐに冒険者として有名になると思っている。あくまで直感のようなものだが、スキルの加護をあれだけ鍛えているのだから、下手を打たない限り冒険者として名前を上げてくれるはずだ。


 宣伝効果はいくら金を積んでも中々に得られる物ではない。


「それに関しては、あいつらに身をもって返して貰うつもりさ。宣伝効果に期待してるのさ」


「……全くもう、変なところで人が良いのは駄目なのよ。利益出す気あるのかしら」


 少しジト目のヘティの視線を感じつつ、俺は「人が良いわけじゃないさ」と弁明した。


 利益を出すつもりは勿論ある。

 だが、ノール達を金貨十枚以上で買ってくれる人を探し出す労力、あるいはそんな客が来るのを待ち続ける時間が惜しい。もし俺が代替わりした直後じゃなかったり、或いは『人材コンサルタント・ミツジ』が有名になっているならば、そういう選択肢もあったかも知れないが。

 無名な店である以上は、まず何をおいても実績ありき。来るかもわからない都合のいい客を待ち続けるよりは、という話だ。


 続けて、商人ギルドからの依頼。


「それより次だ。材木倉庫の『謎の』出火だが、あれ地味に領主が困っているみたいだな。ガラナの木を取り寄せたいという依頼が商人ギルドに出たわけで、商人の内何人かが短期労働の人手を欲しいって言ってる……分かるな?」


「……何が『謎の』だか、ひどい話だわ」


 ヘティは苦笑していた。謎の出火だとも。誰がやったのかという証拠がないのだから。


「とりあえず短期労働の人手を私達が用意するのね? 適当に派遣させる人員を見繕っておくわ」


 こう言うときのヘティは打てば響くような反応の良さがある。俺が何が欲しいかを正確に理解しているのだ。


「ああ。材木屋としても冒険者に人手を頼むより、もしくは奴隷を買うよりも安く費用を抑えたいだろうしな。俺をあてにしてきたって訳だ」


「商人ギルドに入ったら思わぬつながりが出来たわね」


「ああ。こんな感じで短期派遣を何回か受注することになるかもな、しばらくは」


 まあ、個人的なわがままを言わせて貰うと、あまりこの派遣業務は喜んでやりたい仕事ではない。まずもって派遣業務は利益が薄いし、派遣で仕事が済むのなら奴隷を買わなくていいやと購入意欲を削ぐ恐れがあるのだ。

 あくまで小遣い稼ぎか食い扶持つなぎみたいなもの、あるいは今回材木運びをする「運び屋」という商人たちへ顔を売るためのサービス、というわけだ。


 まあ、最悪の事態である「収入ゼロ」はこれで回避できたわけだ。


 最後に手紙。


「さて、次は手紙営業の結果」俺の手元には実に残念な結果があった。「効果はゼロ。マルクのお得意様の貴族たちは今しばらくは奴隷を買いたいって訳ではなさそうだった。これはちょっと、あてにしてただけにショックだ」


「あら」


「まあ貴族たちに奴隷を売りつけることは最初からそこまで金額を見込んでいたわけじゃないんだ。彼らに売れなかったところで、手紙営業をやめる理由にはなるまい。もう一回今度、季節の変わり目とかに手紙を書いて送ろうと思っている」


「そう……」


 一瞬だけ、彼女の表情に影がちらりと差したように見えたが、それは気のせいかと思うぐらい一瞬のことで「まあ仕方ないわね」とすぐに元に戻っていた。勿論ヘティのせいではない、単純にタイミングが悪かっただけだと俺も思う。ちょっと気掛かりではあったが話を続けることにした。


「というわけで、またしばらくしたらヘティに手紙を頼もうかと思っているが」


「もう、人使いが荒いわね」


「嫌か?」


 あれ、こうやってヘティと会話を続けていれば使途不明金の件、忘れてくれるんじゃね? 何か雰囲気的にもこのままごまかせそうだし、いけそうな気がしてきた。






 そのタイミングで、外からミーナの「ただいま戻りました!」という声がした。両手には頼んでいた買い物の荷物がたくさんあった。

 後ろの奴隷達もミルクや水を背負っているのが見える。無事購入してくれたということだろう。


「主様、お使い終わりました。オアシス街までの水汲みとヤギの乳とデーツです」


「ああ、お使いご苦労様」


「はいどうぞ! 一応こんな感じで見繕ってきたんですけどいかがでしょう?」


「ああ、見せてくれ」


 彼女に差し出された麻袋を見て、俺はまず軽く鑑定スキルで品質を確かめたが、別段そこまで悪い品質の物はなかった。この分なら次から買い物をミーナに任せても問題はなさそうだ。


「ありがとうミーナ。どれも良い感じだ。この分だったら次からもミーナに任せようかな」


「あ、はい、分かりましたー」


「次は槍稽古か」


「はい! 頑張ります! 今よそ行き用の服なので訓練用に着替えてから稽古をつけますね」


 そう言ってそのまま倉庫に向かうミーナ。現在は倉庫で奴隷の服の管理なども行っており、少しずつだが服の種類を増やしつつある。ただ服はお金がかさむので、本当に徐々に買い足ししてる、というのが実情だ。


「なあ」ミーナの出て行く姿を見ながら、ふとヘティに向けて呟く。「あいつ全然冒険者デビューする気がないみたいなんだ。こうやって毎日俺の雑用をこなして槍稽古して、みたいな」


「ふふ、なら無理矢理命令する?」


「いや、しばらく考えておこう。どうせカイエンたちが十分結果を出してくれるだろうしさ。それにあれぐらい可愛いやつが店先で奴隷に稽古をつけている、ってのは凄く宣伝効果が高いはずだからな」


「あら、じゃあ私も何か稽古しようかしらね」


 彼女のその呟きに、そういえば高級奴隷たちにも何か稽古をさせるのも悪くないな、と俺は考えた。


「だよな、高級奴隷たちも歌だけじゃ暇だものな」


「歌? ああ、ユフィ(ユーフェミア)ネル(ネリーナ)は、イリちゃんと一緒によく歌っているわね。でも私は歌ってないわよ?」


「え、ヘティは歌ってないのか?」


「……書類仕事があるもの」


 いやお前私も稽古したいとか何とか言ってたじゃないか。


「いや、書類仕事しながらでも歌えるだろ」


「……私、お仕事中に歌えるほど器用じゃないわ」


 ふい、とつれなく答える彼女の様子を見てふと気付く。もしかしてこいつ音痴なのでは。だから恥ずかしくて一緒に歌ってないのではなかろうか。


「命令だ、仕事中にでも歌って、お前も歌唱技術をつけるように」


「……ご主人様って、私のこと嫌いなのかしら」


「好きだよ、だから歌ってよ」


「……もう」


 口先を尖らす彼女を見て、あれそう言えば最近ヘティは表情豊かになった気がするな、だなんてどうでも良いことに気がつくのだった。


「……さて、ミーナも帰ってきたことだし使途不明金について」


「何時間歌いたい?」


「……」


「……」


 危ないところだった。こいつ忘れてたんじゃなくてミーナが帰ってくるのを待ってたっぽい。いや、本当に間一髪だ間一髪。

 本当、なんてことを思いつくんだこいつは。

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