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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
3 諦めた夢までのキャリアプラン
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第十七話

 カイエンの涙も落ち着いてしばらく、俺とカイエンは二人で冒険者ギルドに向かい必要手続きを済ませることにした。

 何と言ったって、元犯罪奴隷のカイエンが今度はギルド専属冒険者として登録され直すのだから、色々と書くべき資料もつけるべき話もあるだろう。


「いやはやお主達は、実に大儀であったの」鷹揚に笑うのはアリオシュ翁だ。「魔物使いジャジーラを討伐し、サバクダイオウグモによるオアシス街への被害を防いだ。そればかりでなく、何者かが裏で画策していたことまで未然に防ぎよった」


「それはカイエンの努力なくては無理だったことです。私はサバクダイオウグモへとカフェインの煙を浴びせるためガラナを焼きましたが、それだけです。盗賊を捕まえたのは偶然ですよ」


「謙遜せんでもよい」


「全て拷問の結果です、私が特段優れていたわけではございません」


 まるでひどい拷問をとある女盗賊プーランへと仕掛けたかのように振る舞う。その拷問の内容は、まあ確かにひどい拷問ではあったが。具体的に言えば、房中術をLv.5まで育てることに成功した程度だ。後はローブマントを手で絞る羽目になったというだけ。


 因みに女盗賊プーランには捕まってもらった。別に命を奪ってもよかったのだが、聞き出したいことが沢山あったので捕らわれてもらったのだ。それに生きたまま差し出す方が死体を差し出すよりは、アリオシュ翁としてもありがたいだろう。


「拷問か」にやりと笑うアリオシュ翁。「確かにおなごには酷かも知れんな。お主があれほどの性豪とは思わなんだ。未だにお主の名前を出すとあの女、さっと顔を青ざめるでな」


 それはそれは。いや性豪っていうけど指しか使っていないから。ここ重要だから。

 このジジイは中々スケベな性格らしく、この逸話をこれ幸いと探ろうとしているのが何となく分かった。

 話を無理矢理変えたほうがいい。


「結局私の話の裏は取れましたか?」


「話の裏? ああ」露骨に顔をしかめるアリオシュ翁。「あの女盗賊じゃが、頑として認めんかったわい。何一つ言うことはない、の一点張り。このままじゃお主の証言も全部、役所の書類上では狂言扱いになるかものう」


「それは……」


「まあ、お主の話はおおよそ分かったんじゃよ。世紀の大泥棒『天空の花』マハディの解放を目論んでおったプーランが、世界的テロリスト『狂信者』チェ・ファナティコ(やぁ、狂信者)を解放したかった魔物使いジャジーラと手を組んだ、それは分かりやすい話じゃ」


 腕を組みながら、アリオシュ翁は椅子の背中にもたれかかった。苦い表情なのは、これからの彼に回ってくるだろう仕事がきっと面倒だからだ。


 これから冒険者ギルドは、しばらくマハディとチェ・ファナティコの二人を監視しなくてはならないだろう。正確には冒険者ギルドではなく、街の衛兵たちが、である。だが、どうせ街の衛兵たちも冒険者ギルドの手助けなしにはこいつらを監視しきれるはずもない。


「はあ、面倒な時期に蚤の市がやってくるわい」


「そうですね、あとしばらくすれば蚤の市が開催されます。僕たち商人にとっては大儲けのチャンスです」


「その分、人の出入りが盛んになるというわけじゃ」顔をしかめるご老人はカイエンを睨んだ。「つまりはテロのお仲間や不埒な連中も来よるということじゃな」


 このご老人、これほど怖い表情を作れるのか、と俺は隣で感心していた。この余裕も他人事だからであって、このアリオシュ翁に直接睨まれたら俺も少々動揺してしまうだろう。それを受けるカイエンが平静を保っていることにもまた感心する。


「よって人手はいくらあっても足りぬ。それは衛兵のように守るだけの仕事ではなく、普通の冒険者のようにおおっぴらに出来る依頼の仕事でもない。……要は、汚れ仕事の人出が足りんのじゃよ、カイエン」


 カイエンはアリオシュ翁の眼光の鋭さに、しかし身じろぎ一つもしなかった。むしろそれだけの仕事に携われることを誇りに思っている節が、その表情から見受けられる。


「俺でよければ」短くカイエンは頷いた。「是非とも仕事を全うできますよう努めます。俺には本来許されなかった冒険者への復帰です。もう一度夢を見る機会を与えられました以上は、それに報います」


「よう言うた」


 今度こそ鷹揚に、しかし満面の笑みでアリオシュ翁は手を打った。


「ならば、お帰りじゃな、カイエン」


「お帰り?」


「左様」綻ばせた表情からいつもの悪戯っけが見える。「一度は冒険者じゃったのじゃろ? ようこそはおかしいわい。よってお帰りじゃ」


「……」


 ぴたりと動きが止まるカイエン。あれこれもしかして泣きそうなのでは。

 そういう俺の危惧を余所に、彼はゆっくり頭を下げていた。


「……ただいま戻りました。これからもよろしくお願いします」


 見惚れるような礼儀正しさに、「うむ、うむ」とますますアリオシュ翁は気を良くしていた。

 俺はそんな二人を見て、初めての俺の仕事が上手く言ったことを悟った。






「しばらくの間冒険者ギルドからカイエンへの給金の一部は、俺に返金すること」俺は契約をカイエンに確認させた。「これはお前の正式な値段、金貨八枚に相当するまで続く。利子は取らないが、定期的に俺から監査を入れる。それまでお前は書類上俺の奴隷だ」


「ああ、旦那」


「それが終わり次第、お前は自由市民として市民権を得る。その時の諸々の手続きは自分でやってほしい……ところだが、俺も手伝おう。俺も勉強になるからな」


「それは正直助かるぜ、旦那」


「因みにお前とは違って専属冒険者じゃないが、同時に五名ほど冒険者デビューさせる予定の奴らがいる。ミーナとかも冒険者デビューする予定だ。組みたかったら、そいつらとパーティーを組んで冒険出来るはずだ」


「何から何までだな、旦那」


 隣に座ったまま、俺とカイエンは夜の飲み屋で酒を軽く呷っていた。

 この飲み屋の女将さん、どうやらカイエンの昔馴染みらしく、さっきちょっとしたサービスとして辛味噌のおつまみを作って貰ったばかりだ。中々箸と酒が進む味だ。


「全然話が変わるけど」俺はカイエンに聞いてみた。「正直惚れてたか?」


「まあな」


 どことなく遠い目でカイエンは頷いた。視線の先は女将さんなのだが、彼の目はきっとそれよりももっと色んな何かを見ている。思い出に耽っているような、そんな瞳だ。

 いや、茶化してはいけないのだろうけど、俺的には正直、この熊みたいにふくよかになって森熊の大将とお揃いになっちゃった女将さんを見て、カイエンは女将の美しかった在りし日を思い返して遠い目になっているようにも思ってしまう。疑り過ぎだろうか?


「旦那」


「どうしたよ?」


「五年間って、長いよな」


 笑っちゃいけない台詞なのだが、普通に俺は笑ってしまった。「ああ、長いとも」と頷いて酒を一口呷る。美味しくはないけど喉に残るような、人生の味がした。

 その通り、五年間はとても長い。三年間だって長い。それは違いないのだ。


「でも、五年間でも変わっちゃいねえ」


「ん?」


 カイエンは目を落とし、辛味噌のつまみを眺めていた。味が変わらなくて懐かしい、ということだろうか。


 しばらく考えてちょっとだけ分かった。五年間経ったけど自分のことを覚えてくれててサービスしてくれた女将に、何かしみじみと思っているようだった。


(なるほどな)


 カイエンは寡黙であった。別段無口でもないし会話だってこなす男なのだが、こういうように懐かしさに浸るときは決まって寡黙になる。

 語り尽くせない人生の味を、この男はよく知っている。だからこその寡黙さだ。


 かと思っていたら。


「旦那」


「ん?」


 さっきまでの寡黙さはどこへやら、急に相好を崩してへらへら笑って「性豪とありゃあよ」と口を開いた。


「それは当然キャシーちゃんを参ったと言わしめて、そしたらようやく本物の性豪ってもんよ」


「キャシーちゃん?」


「最近復帰した、千人切りの女傑よ。俺よりも図体がデカい女だが体だけじゃねえ」手の形を卑猥なそれにして笑う。「感触はミミズ、天は数の子、仕舞いに俵締めとありゃあ適うまい」


 節を回してこぶしを利かせるカイエン曰く、どうやら本当に凄い娼婦らしい。ヘティと比べてどっちが凄いのだろうか、だなどとどうでもいいはずの好奇心が頭をもたげた。

 どうでもいいはず。そうとも。


「どうだ旦那、返事は?」


「はん、そんなの決まっている」


「決まっている?」


「牙は使わなきゃ錆びるってものだ」


「流石は旦那!」


 同時に二人で大爆笑。

 すると厨房から「こら! カイエンあんたは結局これかい!」と女将さんの怒声が来た。でも女将さんも爆笑してるので、まあ、多分そういうことなのだ。


「じゃあ店を教えてくれよ、カイエン」


「いいぜ、人から聞いた話だが多分信頼できる。ハワードのおっさんが教えてくれたからな」


「ハワード! あいつ何やってんだよ!」間違いなく今日一番の驚きである。


「そら、昼は守って夜攻めるってもんだ!」


 そして爆笑。やっぱり野郎と飲む酒はこうでないといけない。






(ちなみにキャシーちゃんには、俺も負けてしまったってオチが付く)


 後日談。

 お互い指だけならば良い勝負だと思うのだが、あの女のオーガ(キャシーちゃん)は本当に凄かった。性豪と名乗るには俺はおこがましかったようだ。

 帰ってきた俺を迎え入れるのは、イリの興味津々そうな目と、ネルのあわあわしている目と、ミーナの悲しそうな目と、ヘティのやや冷ややかな目と、そしてもっと冷たいユフィの極寒の如き目であった。


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