第十二話
(……油臭い?)
木材倉庫の扉を開けた瞬間、つんと強い匂いがした。燃やす準備は整っているようだ。油が木材に染み込んでいるのだろう。
しかし、となると考えるべき情報はまた一気に増えてしまった。俺は一旦状況を整理すべく倉庫の中に踏み入った。
まず、サバクダイオウグモが現れたタイミングの良さ。討伐隊が出発したその日、つまりもっともオアシス街の警備が手薄になるタイミングに丁度サバクダイオウグモが現れたことを、ただの偶然と片付けるのはまずい。
内部に今討伐隊が出発したということを知らせる人間――恐らく女盗賊プーランが魔物使いに知らせて、サバクダイオウグモをこのオアシス街に差し向けたのだろう。このタイミングの良さからして、内通者がいることは間違いがない。
そしてこの木材に油が染み込んでいるという事実。油といっても今木材にしみ込ませてあるものは揮発性のもので、一日で蒸発してなくなってしまう。つまり今日サバクダイオウグモの襲撃があることを知っていた人間でないと、油をわざわざこの木材に染み込ませようとは考えなかったはずだ。
まあ、ガラナの木は比較的燃えやすい木らしいのでアリオシュ翁は「木材倉庫に放置して乾燥させておけば燃やせるじゃろう」と判断したのだろうが、今回油を染み込ませようと考えた人間は念には念を入れるタイプの人間らしい。
そこには、無下に一般人を巻き込むつもりはない、という意図も読み取れる。
(同時に、揮発性の油を染み込ませるだなんて用意のいいことをしているってことはつまり、後でここに戻ってきて火を放つ準備もされているってことだ)
しばらく周りを見回せば、予想通り、欠片サイズの火の魔石があった。これを使って火花を起こして着火するつもりだったのだろう。
早速だが使わせてもらう。
(だが魔石の使い方、というかマナの注ぎ方なんて知らねえぞ……。こうか?)
鑑定スキルをつかってマナの流れを読み取り、何となくこうすればいいのだろうと見当をつけて試行錯誤。しばらくして火花が少しだけ飛び出る。ビンゴ。
(さて、後で木材倉庫に今回のサバクダイオウグモ騒動の関係者が現れる可能性が高い、とギルドに報告して、そして何人か冒険者を派遣してもらって、悪党を討ちとってもらえば……)
考えながらも俺は、木材に近付いて火をつけようとして――。
「誰だッ!」
「!?」
背後から鋭い声がし、俺は咄嗟に木材の後ろに身を隠した。自分でもかなり素早く動いたつもりだったが、もしかしたら隠れた場所がばれてしまったかもしれない。
そっと隙間から鑑定スキルで窺うと、そこにはこっちを真っ直ぐ見つめる例の女盗賊がいた。プーラン・プアラニ、最悪なことに気配察知スキルLv.2、その他多彩なスキルを持つ厄介なやつだ。
絶対気付かれている。
というか真っ直ぐこっちに早足で近付いてきた。
「そこだなッ!」
突然投げナイフが飛んできた。かなりの正確さで俺の居場所を狙ってくるその刃は、何とかかわした俺が一秒前にいた場所を過つことなく突き刺していた。嘘だろ暗殺術Lv.1と短剣術Lv.1優秀すぎるだろ。
仕方ないので、俺は足もとの石を遠くに投げ物音を立てた。そっちにプーランが一瞬気を取られている隙に俺は走って場所を移動した。
「! 逃がすか!」
焦って追いかけようとする彼女を、俺は妨害するため木材を蹴った。鑑定スキルは構造上の弱点も見抜く。その点に向けて蹴りを入れるだけで崩れる、ということも俺には分かる。結果なだれるように木材が崩れ、彼女の進路を阻む。
これで数秒は稼いだ――。
「くっ、小癪な!」
猿みたいな身軽さでのぼって来やがった。嘘だろこの盗賊優秀すぎじゃん。だがのぼらせることより重要な、目眩ましという意味では木材は役立ってくれた。間隙を突いて魔石の火花で点火することに成功したのだ。
ぱちりと嫌な音がして、仄かな火が木材に点く。
「!! ああ、お前ッ!?」
表面のちろちろと舐めるような火が、風に煽られて木材を包みこむように一気に広がる。もはや燃え尽きるまで消火は不可能だろう。
一瞬うろたえる彼女に、俺は腰に身に付けていた手頃な石を多数投げた。こぶし大の石から親指サイズの石まで疎らに、しかし鑑定スキルで顔面等の弱点を狙いながら。
咄嗟に防御されるが、これでまた逃げるための数秒を確保できた。
倉庫の入り口まで一気に駆ける。当初の目的だった倉庫の木材への点火は果たした。あとはこのまま逃げてギルドに駆け込むなり、或いはしばらく彼女と交戦してギルドの援軍を待つか。
後少しで出られる、というところで直感が危険を知らせた。横っ飛びに避けると同時に護身ナイフを一本抜く。
プーラン・プアラニは俺を追い抜いて先回りしていた。追い抜きざまに俺の利き腕を切り裂こうとして失敗したらしい。
「追い詰めたぞ!」
「追い詰まってないんだよなあ、それが!」嘘である。とりあえず石を数個投擲し牽制を図る。
「ほざけ! ……くそ、何てことをしてくれたんだ!」
石を回避しつつ飛び掛ろうとする彼女に、「今だ! やれ!」と咄嗟のフェイクをかけた。
「なっ!?」と背後を警戒し一瞬横に飛び退く彼女に、俺は渾身の一撃をかます。
「馬鹿め」
側頭部へ砂袋の鈍器の一撃。よろめく彼女に目潰し用の昆虫の死体をすり潰した粉(目に入るとかなり痛む)を咄嗟に振りかけ、手に二、三撃して凶器を落とさせ、耳の横を思いっきり裏拳で叩く。
凶器と視界を一時的に失い脳も揺らされた彼女が必死に抵抗しようとも、全て鑑定スキルで軌道が読めている。
鈍器の一撃を許した彼女が俺に無力化されるのは、もはや時間の問題だった。




