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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
9 思い出までのキャリアプラン
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第一話

 少し話は遡る。






 ◆ ◆ ◆






「……! 主様!」


 突然俺の下へ駆け込んできたミーナは、玉のような汗をかいていた。今し方飛び起きたばかりなのか、彼女の毛並みが全然整っておらず、寝起きの名残が見て取れた。


 ミーナは獣人族であるセリアンスロープ族に生まれ、珍しいことに巫女の器として目覚めた少女だ。

 何故か知らないが、俺の故郷の知識についても妙に詳しい。もしかしたら『夢見の巫女』の能力で、そう言った世界の夢を見ることもあるのかもしれない。


 そんな彼女が慌ててこちらにやってきたということは、悪夢でも見たに違いない。それ以外の理由がすぐには思い付かなかった。


「ん、おはよう。どうした?」


「……よかった」


 取りあえず身を起こして応対する。座り込んで脱力しているミーナを見るに、どうもすわ一大事かと慌ててこちらに駆け寄ったらしい。俺の何事もない姿を見て「ああ、夢で良かった」などと一息ついている。どんな夢を見たんだろうか。


「ああ、夢だったみたいだな。……何がどうなのかは俺は分からんが」


「……いえ、何でもありません。主様が勝負に負けて全てを失う夢を見てしまっただけなのです」


「やめてくれよ、その夢怖いな」


 夢見の巫女と呼ばれているミーナなのだから、たとえどんなに嫌な夢であっても、あまり無碍にできない。実現する可能性があっては困る。その夢が正夢にならないように気をつけなくてはならないだろう。


「……主様」


「大丈夫、大丈夫。全てを失うような勝負をしなけりゃ問題ないってことだろ?」


「……。心配しすぎかもしれませんけど、主様はくれぐれもご注意下さいね」


「大丈夫さ。……さて、今日もベリェッサの所に行ってきてアントニの様子を見つつ、それから久し振りにミロワールの所に行くとして……」


 こっちも寝起きで若干眠い。俺は体をゆっくりほぐしつつ「そんな顔するなって」とミーナの頬をつまんで弄った。当然怒るだろうな、と思っていたが彼女は意外にも沈黙したままだった。






 ◆ ◆ ◆






「おはよう、イリ。今日は随分と早起きだな」


「……おはようございます」


「あれか? 声を聞いているってやつか」


「ん。風の声」


「そうか」


 外でぼうっと突っ立っているイリを見かけたので、俺は声をかけることにした。

 イーリス・ハルピュイア。

 音魔法を少しだけ使えるハーピィの娘で、緑の髪と飛び出たくせっ毛が印象的な子である。


 彼女曰く「ここの風は寂しい」のだそうだ。よく分からなかったが彼女はそう感じたのだろう。こういった芸術的な感性に乏しい俺は、曖昧に同意しておいた。


「……ステラにも聞かせる。呼んでくる」


「そうか」


「きっと色々喋ってくれる」


 その言葉がふと頭に引っかかる。ゴブリンの老婆ステラは生まれつき喋れないはずだ。彼女本人がそう俺に教えてくれたのだから間違いない。嘘ならば、俺が鑑定スキルで見抜いている。


「……まあいいか」


 ステラを呼びに走り出したイリを見守りつつ、俺はこの引っかかりを胸の内にとどめておいた。






 ◆ ◆ ◆






 伯爵令嬢ベリェッサから、「抜け殻になっているアントニを励まして欲しい(可能なら芸術の世界に戻してあげて欲しい)」という依頼を受けて、俺はアントニと共に幾つか芸術活動に取り組むこととなっていた。


(まあ、本人は粘土細工とかはあまり好まない様子だったがな……)


 芸術界のかつての巨匠アントニは、少しだけ変わっていた。

 端的に言うと形を失認してしまったのだ。円を円と、三角を三角だと自信を持って断定できなくなっており、絶えず「これは真っ直ぐな部分をもっている、だから円ではなく三角のはず」というように理屈から推定する必要があるのだ。これは三角のはずなのに感覚がぞわぞわして、もしかしたら円なのではないかと、自分の景色に全く自信がもてなくなるような、そんな状況にあった訳だ。


 そして今、俺はそんな彼を芸術界に戻すだなんて、と頭を悩ましている最中であった。


「……音楽なんてのもありかもな」


 独り言。

 何でもない思い付きでしかないが、音楽も芸術といえば芸術だ。芸術神の加護が働いてくれるかもしれない。


 それに、芸術家と言えば感性が一般の人よりも変わった人たちが多い。音楽の感性もきっと、凡百の人の感性とは変わっている……可能性があるだろう。


 無論、音楽もありかもというのはただの思い付きでしかない。


 むしろそれは願望かもしれない。今自分の店に抱えている三人娘――イリ、ユフィ、ネルは歌の才能がある。もしアントニに音楽の才があると判明すれば、彼女らとのコラボレーションの場をいくらでも提供できる。もっと言えば、名作劇団のヤコーポやオペラ歌手マリエールの伝手を頼ることもできるかもしれない。つまりアントニに音楽に才能があれば、この案件の話は楽になるのだ。


「……都合よく考え過ぎか」


 まあそれなら都合がいいんだがな、と思いつつオアシス街を歩いていると。


「……?」


 ふと目に留まったのは、とある露店の商品欄にかけられている弦楽器。鑑定スキルによると珍しい素材が使われているから、という理由で少し気になってしまった。

 俺にはこういう癖がある。

 いつもなら「高そうな素材が使われているな、転売に使えないだろうか」なんてことを考えつつオアシス街を練り歩いている訳だ。

 だから時々変な物を買って、ユフィとかヘティに「また変な物を買うだなんて、商人の癖に出費に頓着がない」と呆れられ、飽きたタイミングで転売に成功して「……納得がいかない」と白眼視される訳である。


 これもその一環で買おうかなと考えた訳だが。


(……この弦楽器、ギターに似てるな)


「ん、お客さんかい?」


 楽器を眺めていると声がかけられた。姿を見るに、恐らくはこの店の主人らしい。


「はい。実はちょっとこの楽器が面白いなと思いまして」


「あー、そのリュートか? じゃあやるよ」


「え、本当ですか?」


「良い拳闘を見させてもらったからな。まあ、賭けはかなり負けちまったが」


 おやおや。どうやら俺が例の(・・)商人トシキだとばれたらしい。俺の顔も知られるようになったものだ、と俺は思った。


 しばらく言葉が交わされた。

 店主曰く、彼はこの前の拳闘大会で俺の出した選手、チッタに賭けていたらしい。予選でリカル選手を上回って準決勝に進出したとはいえ、無名の選手でしかないチッタのことを応援してくれた人がいるとは、と俺は少しだけ嬉しくなった。


「ありがとうございます、そう言っていただけるとうちのチッタも喜ぶでしょう。願わくばあと一歩、彼女に勝たせてやりたかったですが」


 と頭を下げて応対すると、向こうは「いやいや、こちらこそありがとうって言わなきゃな」なんてことを述べていた。


「その代わりと言っちゃ何だが、彼女のサイン入りのものを貰えたら……なんてな」


「ああ、なるほど」


 納得。

 どうやら彼は、あの試合を見て、うちのチッタのファンになったようだ。「サイン入りグローブでよろしければ」と提案してみると「本当か!」と一も二もなく飛びついてきた。


 商談成立。少なくともあの楽器よりは、ボクシンググローブの方が安い。ついでにチッタのグローブを新しく換えてやるのもいいだろう。


「……まあ、物はついでだしな」


「? 物はついで、とは?」


 ふと、店の主人の男の呟きが気になった。「いや何、大したことじゃない」と言いながら弦楽器(リュートというらしい)を手に取る彼は、まあこんなものか、みたいな表情を浮かべていた。


「その楽器、いくら素材が強いからって楽器は楽器だ。熱と砂に晒すなんてないに越したことはない。露店に置いておくよりは引き取り手がいたほうが遙かにいいからな」


「なるほど」


「処分に困ってたのさ」


 肩をすくめる主人。家で保管するつもりもなく、さりとて露店の商品に出してしまうほどあまり思い入れがない様子となると、ひょんなことから思いがけず手に入れた楽器なのだろうか。


 まあいい。

 俺は商品の経緯にあまり頓着しない人間だ。いずれ飽きたら転売すればいい。


 いずれにせよ、俺はかくして楽器を手に入れることとなった。

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