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やはり入るべきでは無かった、と思った。
ゴーレムが出てきた時点で戻るべきだった。
討ち倒した後も異常を察知するべきだった。
あの後、どうにかして奥地の準液体金属の鉱脈に辿り着いた。
しかし、ピッケルで固形状態の鉱石と、近くにできて居た魔石を採取していると、先ほどと同じゴーレムが再度、それも二体出現したのだ。
流石にベルが居ても分が悪い、ベルも同意見だったのか、此方にしがみつき、
「鉱石は掘っただロ!逃げるゾ!」
と叫んだ。それで出口に向けて走っているのだが、ゴーレムは三体、四体と数を増やしていく。
いつの間にやら辺りに漂う魔素もゴーレムの起動、維持だけで枯れてしまったのか、ゴーレムは形状を崩し岩雪崩のようになりつつ此方を追い、ポーチの中の魔導具やカンテラもほぼ光を発せず、ベルのような魔素をエネルギー源として空を飛ぶ妖精も自力で浮くことすら出来ず、俺の肩にしがみついている。
この時は入る前に不気味とも思えた普段と全く変わらない地形に安心した。
光が弱くとも経験が道を的確に選ぶ。
行き先行き止まりとかだったらと思うとぞっとする。
後ろのゴーレムか岩かのなだれに飲み込まれ、すり潰されるのが関の山だ。
遠くに光が見える、曇り空でも光の強さは洞窟の比にならない。
眼窩を刺す日光の痛みに目を細ばせつつ、洞窟から転がり込む様に出る。
魔法を使うにも、妖精が宙に浮くにも少なくとも媒体となる空気中の魔素が必要だ。
それが十分に感じられる外に出ると、ベルは怒りを含ませた様に若干強引に飛び立ち、言い放つように乱暴な、しかし完璧な氷属性の完全詠唱を行い、洞窟の出入り口を堅牢な氷の層で覆い尽くした。
これでゴーレムの一体も、いやその破片ですら通さない防壁が出来た。
俺は全力疾走のあとの体力的な倦怠感と、危機から逃れられた精神的な開放感から雪がうっすら積もっている草原に仰向けの大の字で倒れた。
ベルも心なしかぐったりして草原にへたり込み、腕にもたれ掛かる。
微かな重みに無事戻って来れたことを実感する。
「あー、いヤ、なんダ、そノ……本当にすまなかっタ。日を改めるべきだったナ……」
ベルが申し訳なさそうにそう言う。
いつもの調子と違い薄笑い混じりじゃないから彼女も深刻に受け止めたらしい。
「いや、万々歳だ。お互い無事だし、鉱石も、魔石も、掘れた、助かったよ。そっちは、大丈夫か?」
そんなベルに対して気の利いたことを言えるほど賢くはないが、せめて労ってやろう。目を瞑り、息が切れ、代わりに肩で息をするように言葉を紡ぐ。
そう言うと彼女は、トルクの方が疲れているだロ、と苦笑い、氷に閉ざされた洞窟の方を見た。
十分な魔素を練り込み作られた氷の壁だ、透明で向こうの様子も見えるがちょっとやそっとじゃ傷すらつかないだろう、また別の採鉱場を探さなくては。
この後のことを考えると若干気が滅入るが、助かっただけでも儲けものとポジティブに受け止めることにして目を開けると目の前にアザラシがいた。
「うおっ」
<トルク様、無事な様ですね。あとマスター>
「……エリー、ワタシはついでみたいに言わないでくれるカ?」
俺はゆっくりと立ち上がり、さっき顔を覗き込んでいたアザラシを見る。
ベルをマスターとするアザラシ人形のオートマタ、エリーは此方にメンテナンスを求める様にコアのある腹部を見せて脱力している様だ。
関節部分の損傷が激しく、十分に移動出来ない筈だがと思いつつも部品を点検していく。
「仮にもマスターなんだゾ!ワタシは偉いんだゾ!」
<完全に駄々っ子ですね。全国のオートマタユーザーが聞いて……いえ見て呆れます>
エリーがベルを弄るという主従関係が真逆になった様なやりとりを尻目に、掘った鉱石に魔力を込め液体にし、純度を高めたあと各部にメッキを施して行く。
たった数時間で修復してしまう自己修復の異常な速さに首を傾げ、高濃度の魔素の影響と無理矢理納得し、骨組みのメッキを確認し、処置を終える。
火照った体を冷やしつつ、ベルと二人でエリーが十分に動くかどうかを確認する、あくまでこの時は気のおけない友人でなく、客と店員の関係だ。
セルクは満面の笑み……かどうかはわからないが、非常に楽しそうに雪上を滑走している……ぬいぐるみの身体で。
ベルはそれを見て満足したのだろう、腕を組み、肩の上でゆっくりと何度も頷く。
「想像以上ダ。腕を上げたナ、トルク」
労いの言葉を掛けつつ、戻ってきたエリーに跨り、帰るぞ、と急かす。
俺はもう十分冷えた身体を起こし、立ち上がろうとすると、
後方の洞窟を塞いでいた氷が、轟音を立てつつゴーレムごと内側から粉々に粉砕された。
振り向き固まる俺、あり得ないと呆然と洞窟に目を向けるベルをよそに、一番行動が早いのはエリーだった。
甲高い駆動音が鳴るとエリーの身体からルーン文字が浮かび始める。俺自身が組み込んだ機構だ、コア自体の魔力を使用し一時的に身体能力……セルクについては機体能力、を向上させるものだ。
一呼吸おくとベルもエリーに跨り直し、杖を構えた。洞窟に近い俺も一足遅れてナイフを構えた。
それから、数秒か、数十分か経っただろうか。時間の感覚が無くなるほどの極度の緊張に立つ。
ふっと冷たい風を頬に感じた。すぐにそれは背筋をも凍らす殺気となる。
咄嗟にナイフを振り、前方に障壁を生成すると同時に人のように見えるモノが障壁に武器を突き立てる、一歩遅ければ俺の胴に風穴が空いていただろう。
首の皮一枚繋がった。
そのモノは赤い髪の、筋肉質な青年に見えた。
防壁に魔力を込め、対象を覆い封じこめようとすると、その人のように見えるモノは大きく飛びのいた。
それは確かに人だが、巨大かつ極太の槍、それこそ杭のように見える武器と右腕が魔導具を通じて同化している。
ずきりと走る強烈な頭痛に顔が歪み、頭を抱え、膝をつく。
思わず口から悲痛な呻きを上げる。
それは確かに記憶にあった、かつて俺が造った……
「トルクッ!?っ天より与えられし四肢を撃ち抜く聖鎖ヨ、セイクリッドチェイン!」
<撃ち抜け、フリーズレイ>
膝をついた俺が負傷したと思ったのか、エリーとその背中に乗るベルが俺の周りに来て対象を凍結させる光線を放つ、が敵は大きく跳躍し、命中させるどころかかすりすらしないように避けてゆく。
ベルは拘束魔法を唱え、発射する。
エリーの魔法で行動を制限されていたのか、閃光と共に光の鎖と激突する。
ベルは下のエリーを向くとニヤリと笑った。
「良しッ!」
<いえ、まだですね。来ます>
エリーから淡々と述べられた事実を聞き、ベルはたじろぐが相手は待ってくれない。氷煙の中から飛び出して来た敵を何とかナイフを振って作り出した障壁で受け止める。
「よぉ、魔導工さん。久々だな」
その人らしきものから重低音が発せられる。
言葉と気づくには少し間が必要だった。
「帰ってこいよ、みぃんな待ってるぜ」
二話連続更新!